アスベスト除去・耐震補強と音響改修工事:山形県県民会館
山形県県民会館は山形市内の主要な公共ホールの一つで、昭和37年に竣工した1,500席の多目的ホールである。本ホールは、昨年11月からアスベスト除去・耐震補強工事を行い、4月にリニューアルオープンした。同工事による天井全面改修を機にホールの音響改修も実施され、天井を吸音性から反射性の仕上げに変更した。改修設計は山下設計、施工は千歳建設で、当社は改修工事前後の室内音響特性の測定と音響的なアドバイスを行った。
本ホールの改修前の内装は、シーリング投光室より前方の天井がモルタル塗り、舞台袖壁が大谷石貼で、プロセニアム周りは重量のある反射面で構成されていた。一方、後方の天井はアルミパンチングメタル+吸音材、客席側壁は開口率の低い有孔合板、後壁は開口率の高い有孔合板で、客席の天井は近年建てられた多目的ホールに比べて全体に吸音性の高い仕上げであった。そのため残響時間(500Hz、空席時)は反射板設置時:1.1秒、舞台幕設置時:1.0秒と短く、クラシック音楽系の団体にはあまり評判が良くなかったようである。
ホールの音響効果には、残響時間だけでなく初期反射音の分布性状も重要であり、それには天井の形状が大きく影響する。このため、改修の対象となった天井について、改修を行わない天井裏のダクトやキャットウォーク等に影響のない範囲で、より有効な初期反射音分布が得られる形状を検討した。具体的には、舞台に近い天井面については、現状よりも急激に立ち上げることで上部にやや舞台向きに傾斜した面をつくり、客席前方部への反射音を増すような形状とした。後方の天井についても、舞台向きに傾斜した面を増やし、より多くの反射音が客席面へ到達するような形状とした。
また内装仕上げは、前方の天井仕上げを、元のモルタルの重量ある反射面を考慮して繊維強化石膏ボード6mm×3+石膏ボード12.5mmの計4層貼、後方は石膏ボード9.5mm+12.5mmの2層貼とした。その他、側壁のスリット状の間接照明部やフロントサイド投光室周りに配置されていた吸音面を反射性の仕上げとした。
改修後の残響時間(500Hz、空席時)は反射板設置時:1.5秒、舞台幕設置時:1.3秒に伸長された。Fig.1は反射板設置時の残響時間周波数特性を改修前後で比較したグラフである。クラシックコンサートに対し十分な長さの響きとまではいかないが、多目的に使用される会館としては程良い響きであると考えている。またFig.2は、ホール中心線上の客席での定常音の音圧レベル分布(2,000Hz)の測定結果を改修前後で比較したグラフである。改修による天井からの反射音により、11列目以降の席の音圧レベルが2.5~5dB上昇し、偏差は以前の10dBから6dBに改善された。他の測線でも同様の結果が得られている。
筆者はまだ改修後のホールでコンサートを聴いていないが、会館関係者から先日行われた山形交響楽団の定期演奏会では、楽団関係者や観客から好評を得ていると伺っている。また改修により、以前は薄暗い印象だったホールが見違えるように明るくなり、これまで目立たなかった紫色の客席椅子が印象的な空間となった。響きも内装も新しくなったホールに会館関係者は満足されており、まだ10年は使うと意気込んでおられた。生まれ変わったホールがこれまで以上に活用されることを期待したい。(内田匡哉記)
遮音設計シリーズ その2 ─和太鼓の遮音は難しい!?─
今、和太鼓が盛んである。ホール計画時に和太鼓の使用を可能にして欲しい、あるいは、完成時に和太鼓の使用は可能か? ということをよく訊かれる。遮音に関する質問である。実は、これは音響設計の課題の中でも難問中の難問である。最近では、地域住民の創造活動を支援するために多くの練習室を併設するホールが増えている。また、客席数の異なるホールが複数設置される場合もある。このような場合には、周辺室、とくにホールへの演奏音の伝搬を防止するために、練習室あるいはホールを録音スタジオのような遮音性能の非常に高い防振構造とすることが一般的であるが、和太鼓に関しては、このような遮音構造を採用しても、受音側の室で全く聞こえないレベルにまで伝搬音を低減することは難しい。今までの経験から、音源室と受音室を離して配置する、両室ともに防振遮音構造を採用する、両室間にエキスパンションジョイントを設置するなどという複数の対策を実施して、ようやく使用上支障ない程度までに低減できるに過ぎない。
遮音設計シリーズその2として、和太鼓の遮音がなぜ難しいか、全く聞こえないレベルまでの低減は難しいとして、少しでも同時使用を可能にするにはどのような方法があるのかなどについて紹介したい。
和太鼓演奏音の音響特性
太鼓といえばお祭り。筆者の郷土の北九州市でも初夏に行われる祇園祭では、映画「無法松の一生」でも有名な祇園太鼓が勇壮にたたかれる。祭りの始まる前から町中は太鼓の音であふれ、その音だけで気分が高揚してくる。太鼓の音は上手であればあるほど立ち上がりの鋭い切れのよい音になり、遠くでもよく聞こえるようになる。この立ち上がりの鋭さが音量にも増して、和太鼓の遮音を一層難しくしている。和太鼓演奏音は、Fig.3に示すように、音圧レベルで最大120dBにもなる。ロックバンドの演奏音がうるさいと思われる方は多いと思うが、ロックバンドの音圧レベルは110dB程度で、実は和太鼓の音はそれ以上に大きいのである。音量は当然たたき方によって変わり、うまくなればなるほど大きくなる。また、周波数特性は太鼓の寸法によって変わり、大きくなるほど低音域成分にピークを持つ。1尺6寸程度では125Hzに、それよりも大きい2尺では63Hzにピークがある。林英哲や鼓童のコンサートで見かける3尺以上の大きいものでは、さらに低い周波数成分も大きいと考えられる。このように太鼓演奏音の周波数特性は、低音成分が非常に大きいというのが特徴である。
受音室に伝搬する和太鼓演奏音
建築部材の遮音性能は、一般に低音域ではそれほど高くなく、周波数があがるにつれて増加する性質を持っている。すなわち低音域は中高音域に比べて遮音しにくいということである。例えば音源室~受音室間の遮音性能をD-85(建築学会:建築物の遮音性能基準)とすると、受音室で聞こえる和太鼓演奏音のレベルはFig.4のようになる。Fig.4には、NC-20、M’-20および連続騒音の最小可聴値の曲線も示している。NC曲線は、よく知られているように、騒音の評価値である。NC-20はコンサートホールの室内騒音低減目標値として一般に設定される数値で、この数値が満足されていれば非常に静かな状態が得られているといえる。また、M’曲線はマスキングスレショルドレベルと呼ばれ、同じ数値のNC曲線の騒音によってマスクされる数値を示したものである。すなわちM’-20は、NC-20の騒音に隠れて聞こえなくなるレベルである。建築学会基準に示されているD-85の音圧レベル差は次の通りである。125Hz/70dB、250Hz/78dB、500Hz以上/85dB。63Hz以下については示されていないので、125~250Hzから推定して、31.5Hz/21dB、63Hz/47dBとした。このD-85の遮音性能は、両室を防振遮音構造とすれば達成できる数値である。
このような仮定の下ではあるが、Fig.4から、音源室、受音室ともに防振遮音構造を採用していても、受音室における透過音レベルは63~250HzでM’-20をオーバーしており、聴感的にも聞こえる状況であることがわかる。一般に125Hz以下でD-85が確保されていれば250Hz以上ではさらに高い性能が得られるので、実際には透過音は63Hz,125Hzに限られることが多い。聴感的には、ドンドンドドドンというようにバチのリズムがかすかではあるが聞き取ることができる。
太鼓演奏との同時使用を可能にする方法はない? 運用での対応で可能か?
はっきり言って、同一の建物内では太鼓演奏との同時使用を行うのは無理である。受音側の室の暗騒音がよほど大きいか、受音室でも発生音の大きな催し物を行っているか、練習なので多少の音が聞こえても許容できるというような場合であれば可能であるが、受音側の室で催し物を行う場合には同時使用は避けるのが賢明である。とくにとびきりの静けさが必要なクラシックコンサートとは絶対に避けるべきである。
遮音の確保に対しては、文頭でも述べたように、まず配置条件─離して配置する、エキスパンションジョイント(音響的な)の採用、防振遮音構造の採用等が考えられる対策であるが、和太鼓に関してはこれらを徹底的にやっても、全く問題なく同時使用が可能とは言い切れないというのが音響設計者としての本音である。設計において可能な限り上記の対策を行い、さらに工事でも欠損がないように注意を払うことはもちろんであるが、さらに運用での対応がないとクレームに繋がる恐れもある。複合施設での和太鼓の使用については、運用対応は不可欠である。
以上、和太鼓の遮音に関して、演奏音の音響特性や同時使用に対する注意事項等について示した。演奏者が増加している昨今、思う存分練習できる場所があるといいのだが、上述したように、複合施設ではなかなか難しいのが実状である。(福地智子記)
本の紹介
パウゼの椅子「わが家の音楽室建築と70回のコンサートの記録」松田木綿子著 音楽の友社 発行 定価 2000円+税
著者の松田さんは東京郊外の玉川学園にお住まいの音楽家、この著書はご自宅の音楽室で約15年間、総計70回にわたり続けてこられたハウスコンサート─コイノス・コンサート─の記録である。松田さんから、70回のコンサートの記録とともに、この舞台となったわが家の音楽室建築のあらましを記したいので、専門家の立場からみてほしいというご依頼があり、前半の建築の章を監修という形でお手伝いしたという次第である。
この音楽室は木造住居の1階の2室を改修によって1室にまとめた12坪の部屋である。幸いにも改修設計を担当した建築家の協力により、木造ではあるが夜間でも周囲に迷惑をかけない音楽室が実現できた。ここには、素人ならではの様々な工夫が盛り込まれている。
しかし、本書の心髄は、著者松田さんのこの音楽室計画の理念とそれをコイノスコンサートという形で15年にわたって行ってこられたその実績である。若い音楽家に演奏の場を提供する、また、音楽以外で活躍している専門家との交流の場とする、この二つが、このコイノスコンサート誕生の源泉となった。
いま、箱物行政の産物として、文化施設が問題になっているが、一個人の熱意から素朴な音楽空間が生まれ、数々の若い音楽家が育っていったこと、ささやかではあるが、一粒の葡萄のように尊い歩みといってよいであろう。(永田 穂記)
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