No.195

News 04-03(通巻195号)

News

2004年03月25日発行
Sakura Hall

北上市文化交流センター(さくらホール)

「北上夜曲」という歌をご存知だろうか。「…想い出すのは、想い出すのは、北上河原の月の夜」で終わる岩手県北上市を流れる北上川の美しい情景を歌った、かつて全国的に流行した当地の名曲である。当時、この曲のヒットに合わせて3本の映画も作られた。

 また、このところJR東日本では北東北の観光キャンペーンで秋田県角館の枝垂桜とともに、北上の展勝地(てんしょうち)を桜の名所として紹介しており、そのポスターを駅のあちらこちらで見かける。このような観光名所を持つ北上市は、岩手県のほぼ中央部に位置する人口約9万人の都市で、ここは岩手県第1の先端技術産業都市でもある。

 昨年11月、この北上市に北上市文化交流センター(愛称:さくらホール)がオープンした。施設の設計は久米設計、施工は鹿島建設JVである。

Sakura Hall

施設の概要

 この施設は、段床・バルコニー形式の多目的ホールである大ホール(1,406席)と中ホール(461席)、平土間の小ホール(最大264席)、さらにそれらに囲まれたアートファクトリーとで構成されている。このアートファクトリー(芸術工場)がこの施設の特色で、まさに工場のようにトップライトのある大屋根で覆われた大空間の中に、8室の練習室、3室の美術工作のためのアトリエ、録音スタジオ、サテライトスタジオ、和室、会議室などが個々にコテージのように点在し、吹き抜け・階段を介して回遊できる開放的な空間になっている。

 全ての部屋には、大きなガラス窓があり、部屋外の共有スペースにいると、室内のダンスのレッスンやバンド演奏、絵画の創作などのさまざまな活動が垣間見え、またガラス窓からは微かにそれらの音が聞こえてくる。共有スペースにはテラスラウンジがあり、テーブルやベンチが用意され、施設利用者の休憩やふらりと訪れた人たちのくつろぎの場にもなっている。このような人の動きや光景を、このアートファクトリーのいたるところで目にすることができ、ここは施設全体の活気が感じられるとても楽しい空間となっている。

 また、事務室も壁の2面がカウンターで共有スペースに対し開放的な構成となっている。

Main Hall

音響計画

 この施設で特筆すべき音響計画は、これらアートファクトリー内各室の遮音計画である。各室の利用形態を設計段階で想定し、それを前提とした遮音性能を設定し、遮音構造を決めた。ここは練習室等が間仕切壁で仕切られるような構成と違い、各室が大きな空間の中で独立して建っているため、それだけで室間遮音効果上有利である。練習室やスタジオもガラスを多用した構造であるが、防振遮音構造を採用することで、室間で95dB/500Hzを超える高い遮音性能が得られている。

Art Factory View
Art Factory View
Rock Music Rehearsal in Studio
Rock Music Rehearsal in Studio
Dance Lesson in Studio
Dance Lesson in Studio
Fine Art Atelier
Fine Art Atelier

施設運営

 施設の運営は(財)北上市文化創造が行っている。また、そのスタッフの運営に対する意気込みもすごい。まず、アートファクトリーのサテライトスタジオでは週1回FM岩手のレギュラー番組「スタジオ・サクラート」が生放送されている。パーソナリティは毎回ホールのスタッフが担当している。ホールに行くと人気パーソナリティがいるのだ。こういった試みはこれまでの公共ホールでは例がない。また、この施設には休館日がない。利用希望があればいつでも開館するという。それ程利用されないと見込んでのパフォーマンスだろうか。いや、オープン以来、特にアートファクトリーの利用は多く、ひとつの練習室を毎日使っている人もいて、保守点検日以外しばらく閉館日はなさそうだ。

思いがけない評価

 施設のオープンからまだ2ヶ月も経っていない頃、あるホールでのオーケストラの練習を聴いていたときのこと、指揮者の井上道義氏と話す機会があった。そこで思いがけず井上氏の口から、「この間、北上ってところに行って仙台フィル振ったんだけど…。」と切り出された。かつて井上氏の一言でホールを改修したこともあり、また何を言われるのかドキリとしたが、「細かいところまで良く考えられていて、施設の中で活動している人たちがよく見えて、活気があってすごく良いホールだった…。」と絶賛された。歯に衣着せぬ物言いの方だけに世辞はないだろう。施設の魅力に加えてスタッフの対応も好印象を与えているのではないか。

 これからの公共ホールのあり方に対する建築側が示す新たな一つの提案がそこにある。そろそろ桜の季節。桜の名所とさくらホールに一度訪れてみてはいかがでしょう。 (小野 朗記)

問合せ:さくらホール Tel.0197-61-3300
http://www.sakurahall.jp/

国際基督教大学礼拝堂の電気音響設備改修

 国際基督教大学(東京都三鷹市)は緑豊かな武蔵野の森に広大なキャンパスを構えている。その中央に芝生の広場と木々に囲まれ静かに佇む礼拝堂は、座席数約600席、コンクリートの外壁と木質の内装で仕上げられた趣のある建築で、W.M.ヴォーリズの設計により1954年に完成した。祭壇中央にリュックポジティブを備えたパイプオルガン(オーストリア:リーガー社製/36ストップ/1970年設置)が据えられ、礼拝堂の荘厳さをさらに高めている。

 本会堂では礼拝をはじめとする学内行事の他にリーガーオルガンの演奏会も定期的に行われていたが、響きが抑えられた内装設計のためオルガン演奏にはやや物足りない状態であった。大学側は数年前に響きを伸張するための内装改修工事を実施し、残響時間(500Hz、空席時)は1.9秒から2.6秒に伸張され、オルガンは以前よりも豊かに響くようになった。しかし一方で、長くなった響きに既設の拡声設備が対応しきれず、拡声音が聞き難くなるという問題が発生した。当社は大学側から拡声音の明瞭さの改善対策検討を依頼され、現状設備の測定・調査と電気音響設備の改修設計、ならびに施工中のコンサルティングを行った。

Inside view of the chapel

 響きの長い空間において拡声音の明瞭さを確保するため、スピーカには、垂直方向の指向性が狭く不要な方向に放射される音による残響のエンハンスを抑えられるラインアレイ方式を採用した。これは小型のスピーカユニットを近接して縦に線状配列したもので、これにより垂直方向の鋭い指向性を得ている(ただしアレイの長さよりも短い波長において)スピーカである。本会堂では意匠への配慮から最もスリムなパイプ状の機種を採用した。このスピーカを会衆用として説教台脇、1階席側壁中央部、2階席側壁先端部に左右1台ずつ設置し、また壇上へのはね返り用として同スピーカの小型モデルを祭壇先端の側壁に設置した。その他、オルガン演奏者モニター用と祭壇中央用として移動式の小型パワードスピーカを用意した。
 なお大学側の希望により、卒業式の際に本スピーカシステムを仮設し、事前にその効果を確認した上で本工事を行った。

 改修後、大学側が学生約200人を対象にアンケートを行ったところ、90%以上の学生から以前より聞きやすくなったという回答が得られた。スマートで一見してそれとは分からないスピーカとあわせて、大学関係者の好評を得ている。(内田匡哉記)

New loudspeakers
installed at the pulpit (left)
and on the wall (right)

本の紹介1
『小出郷文化会館物語』

 小出郷は新潟県の長岡市と越後湯沢のほぼ中間、国道17号線沿いの小出町を中心とした6町村をいい、人口は約45,000人である。

 小出郷文化会館は1,136席の大ホール、406席の小ホールをもつ施設で、平成8年に開館した。この会館は平成5年、町の広報誌に載った「小出町長と語る会」から始まる。来場者はここではじめて、文化会館建設計画を知るのである。行政側でとりまとめてきた基本構想─ビジョンのない、抽象的な言葉で飾られた構想─に対して、文化人や関係団体代表の委員会、住民側代表の打合会などが繰り返され、いつの間にか会館の詳細がかたまってゆく、というのが普通である。ところが、ここでは、その後の展開が劇的である。様々な人が登場し、ぶつかり合いながら、その使い方から建物を変えてゆく。生々しい記録である。

 大都市の文化施設の建設では隠れて見ることができない、関わりのあった1人、1人の顔が見えてくる記録である。おらが郷の文化会館、このようなアプローチは大都市の会館では無理であろう。この小出郷文化会館こそ、文化会館の原点ではないだろうか。小さな町や村から、住民が企画し、運営する施設ができてくることはうれしいことである。

 小林真理・小出郷の記録編集委員会,水曜社,ISBN 4-88065-026-9 (永田 穂記)

本の紹介2
『HALLS FOR MUSIC PERFORMANCE
ANOTHER TWO DECADES OF EXPERIENCE 1982-2002』

 本News 01-07号で、シカゴで開催されたアメリカ音響学会の音楽ホールポスターセッション “Halls for Music Performance … Another Two Decades of Experience 1982-2002” の様子を紹介した。その際ポスターの縮小版が出版される予定であることも報告していたが、ようやく昨年11月に標記タイトルのポスター集が出版され、先頃手元に届いた。

 ポスターセッションが開催されたのは2001年6月であるから、出版までに足かけ3年を経ている。実は翌年2002年春のピッツバーグ・ミーティングにおいて、もう一度追加的なポスターセッションが開催され、その時に出展されたポスター52件も今回のポスター集に収録されている。収録件数総計はシカゴ・ミーティングの90件と合わせて142件である。


 1982年にやはりシカゴで開催された音楽ホールポスターセッションの後に出版された1962-1982版はモノクロ印刷であるが、今回は出展者の希望とセッション担当者の努力によりカラー印刷で仕上がっている。カラー写真によりホール内部の様子・雰囲気が分かり易くなり、共通の仕様で作成された平・断面図など、この20年間のホール記録として活用されるであろう。
 University of Toronto Press ISBN 0-9744067-2-4 (小口恵司記)

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