永田音響設計News 04-02号(通巻194号)
発行:2004年2月25日






プリミエール酒々井(しすい)・文化ホール

Entrance Hall
 酒々井(しすい)町に完成したプリミエール酒々井(町立図書館/文化ホール)で、2003年9月13日(土)にニューフィルハーモニーオーケストラ千葉の演奏による開館記念演奏会が行われた。酒々井町は千葉県北部、成田市に隣接する町で、東京駅から成田空港行きの快速電車で1時間あまりの距離に位置している。酒々井の地吊は、市のホームページによれば、お酒の好きな父親のために一生懸命働いていた孝行息子がお酒を買うお金がどうしても作れないときに井戸水を汲んだところ、それがお酒だったということに由来している。その吊の通り300年の歴史を誇る蔵元が現在もあり、資料館となっている醸造元では清酒の試飲も可能ということである。

 プリミエール酒々井は、350席と小規模ながら本格的な舞台設備を有するホールと図書館が併設された文化施設である。施設はエントランスホールを中心にして、右側にホール、左側に図書館が配置されている。エントランスホールは2層吹き抜けで周囲がガラス張りになっているため、外光が降り注ぎ星空も仰ぎ見ることができる気持ちの良い空間となっている。室中央の柱を囲んで椅子やインターネットコーナーなどが配置され、ホール開演前や休憩時の利用の他、日常のコミュニケーションの場として子供からお年寄りまで気軽に利用できるように計画されている。設計は梓設計、建築工事は鹿島建設である。

◆室形状と内装仕上げ
View from audience
 複数の曲面を組み合わせた木仕上げの側壁と円弧状の布が吊り下げられた白色の天井などにより、暖かな雰囲気のホール空間となっている。小さなホールなので、設計当初から天井や壁から優しい反射音が得られるように拡散形状が必要と考えていたところ、梓設計の担当者とは今までにもいくつかのホールでご一緒しており、こちらの希望をかなりご理解いただいていたためか、最初の打ち合わせの時にすでに大まかな拡散形状が計画されていた。

 天井は、ボードで仕上げられた天井の下に空気膜ドームなどで使われている厚手の布をワイヤーでピンと張って成型したものを取り付けている。設計当初から反射性にしてほしい旨を伝えていたが、工事段階で作成した試作品により中高音域については十分に音を反射することを確認した。客席の後壁は目透かし積みの木ブロックの様に見える大きなスリット構造で、背後にグラスウールを設置した吸音仕様となっている。ホール内の吸音構造はこの部分のみである。残響時間は、舞台反射板設置時の空席時で1.3秒(500Hz)である。

◆音響反射板
 文化ホールは、小粒ながらもクラシックコンサートから映画会、研修会など、多目的な利用を意図したホールとして計画され、舞台にはクラシックコンサート時の利用に対して音響反射板が設置されている。音響反射板のセットには人手や時間がかかることが多いのだが、この音響反射板はスイッチひとつで簡単に操作ができる。梓設計で今までに多くのホールの計画・設計に携わって来られた本プロジェクト担当者の永池さんのアイデアが反映されたものである。音響反射板のセットや収紊が一人で、また30分足らずで行えるため、舞台技術者の常駐が難しい地方の小型のホールにはありがたい機構になっている。

 プロセニアム開口の高さは、音響反射板設置時には舞台と客席の天井が連続した形状となるように高くし、幕設置時には見切りの幕によって低くする方法をとった。なお音響反射板の形状は客席のデザインに合わせて、また前述の連続した形状が必要という音響上の配慮から曲面形状とした。

◆オープニングコンサート
View from stage
 開館記念コンサートのチケットは半月前に先着順に配布されたそうだが、予想以上の方が来場したために、急遽、招待券もコンサート当日に抽選で配布することにしたということである。町の方々のこのホールに寄せる関心の大きさがうかがえる一コマである。演奏曲目が誰もが一度は聴いたことのあるアリアの吊曲や日本歌曲だったこともあって、コンサート当日の抽選に漏れた方々はホワイエやエントランスホールでスピーカからの音に耳を傾けていた。

 私もコンサートを聴くためにホールに出かけたのだが、チケットが手に入らずリハーサルのみしか聴けなかった。その限りでは、規模の割に天井高を高くしたためか、25人程度のオーケストラと男性、女性の独唱者で舞台いっぱいの編成による演奏も、明瞭さと響きのバランスの良い優しい響きが堪能できた。演奏者からも演奏のしやすさやホールの雰囲気などについてお褒めの言葉をいただいた。自主事業は行わない方針だと聞いているので、今後は地元の方々の利用がホール活性化に繋がるものと考え、今後の様々な利用に期待したい。 (福地智子記)  

感じる、言葉にする、数値化する
-ホール音響効果評価のあり方について-

 今日、感覚の世界にも数値化が求められている。そのためには、まず、五感で感じたことを的確な言葉で表現することが求められる。しかし、これは簡単なことではない。

 以前から、環境の騒音を表す尺度として、物理量である音圧レベルを耳の感度の周波数特性で補正した“騒音レベル”が国際的に用いられてきた。しかし、音の大小の感覚をこのような単純な操作で数値化する、しかも、簡単に測定できるということは珍しい例といえよう。同じような事例として、温度と湿度から決まる“上快指数”がある。

図-1 コーヒーの味のチャート
 ところで、騒音レベルのようにそのエネルギーの大小が主要な要素となっている現象はまだその仕組みが簡単であるが、これが音質となると単純ではない。

 かつて、オーディオ界がにぎわっていた時代、スピーカを中心とした音質論が盛んであった。多くの表現語が提案され、オーディオファンを沸かしたものである。その表現語としては、“暖かさ”、“歯切れのよさ”、“透明さ”などその背後に物理特性の裏付けを感じさせる用語もあったが、中には“音楽的”、“粒立ちのよさ”など全く主観的な評価語もあった。しかし、オーディオ機器の性能が向上してきた今日、オーディオ専門誌にはこのような評価軸による表現は姿を消し、もっぱらオーディオ評論家の“ことば”による表現が主流となっている。今、この種の評価法として、われわれが巷で目にするのはワイン、日本酒、コーヒーなどの味の評価である。図-1はあるコーヒー売り場のデスクにおかれていた各コーヒーの味の特徴を表したチャートで、“light-strong”、“soft-sharp”の2軸で区切られた4領域で提示している。感覚の表現語としては、味に関する言葉がもっとも発達し、誰にも通じる共通の言葉として通用しているように思う。

 空間の響きについての表現語となると、音質の場合より、さらに複雑であり曖昧であるが、学会レベルでは今日いくつかの物理量…音場パラメータ…が空間の響きの特性との関係で提案されている。しかし、これらのパラメータは実験室における評価実験に基づく成果であり、一般の聴衆がコンサートで感じる音響効果とは一線を画するものがある。すなわち、われわれが演奏会で感じる各ホールの響きの特色、あるいは同じホールでも1階席とバルコニー席での響き違いなどについて、現在の音場パラメータでどこまで説明できるだろうか、この問題がまだ解決されていないのである。

 響きの性質についての表現語も、“響きの豊かさ”などは一般の聴衆にも素直に理解できる用語であるが、“音に包まれた感じ”、“空間印象”となると、その定義もあいまいであり、コンサートの現場ではたしてこのような表現が通用するかどうかも疑問がある。空間の響きの体験について長い歴史をもつヨーロッパの国々でも、その特色をあらわす言葉はごく限られており、味や色彩のように多彩でしかも一般にも通用する用語はいまだに生まれていない。

 感覚の数値化も、図-1のような多軸上で、それぞれの軸が表す性質を、自己の判断の参考にする、というところにとどまっているならば問題はない。手許にある健康診断の結果は30数項目についての検査結果が数値で、正常値とともに示されるから、自分の健康状態を知ることが出来る。しかし、これをある操作で一軸上の数列に集約し、そこでランク付けを行い優劣の判断をするということになると問題である。とはいっても、この手法は入学試験をはじめ、人や物品の選考に昔から採用されてきた手法なのである。

表-1 音場のパラメータと音響効果に対する寄与度
 ところが、ホールの音響効果の評価についても入学試験に似た手法が提案され、ホール計画の現場に波紋を起こしている。その手法は、まず、代表的なパラメータiの音響効果に対しての寄与度Wiを設定し、各パラメータの測定値と評価特性から評点Siを読み取り、Wi・Siの総和ΣWi・Siからホールの音響効果のランクとしてA+、A、B、C…などを定めるというものである。音場パラメータとその音響効果に対する寄与度Wiを表-1に示す。

 これはアメリカの音響学者L.Beranekが彼の著書“Music, Acoustics & Architecture”の編纂にあたって、各国ホールの音響特性、現場での彼自身の聴取体験などをもとに編み出した手法で、その後、最近の音場研究の成果も加え、体系化したものである。その詳細は、彼の著書“Concert and Opera Halls, How They Sound”に記載されている。  彼の評価手法によれば、ウィーン楽友協会大ホール、ボストンシンフォニーホールのような幅の狭いシューボックス型ホールの響きが理想でランクA+、ベルリンフィルハーモニーのようなワインヤード型の空間はAにとどまり、A+にはなりえない。しかし、サントリーホールや札幌コンサートホール、それに最近ではW.ディズニーコンサートホールの評価が示すように、ワインヤード型のホールは今ではシューボックス型とは違った味の響きであることが音楽ファンや演奏家にも理解され、安定した評価を得ているのである。

 ホールの響きは本来、味の好みのように様々な方向がある世界であり、一軸による評価はもともとなじまない。このようなランク付けに飛びつくのはホールの響きを体験していない建設委員会の一部の先生方とお役人である。音楽ファンにとってなじみのホールにA、Bなどのランクが付されているようでは夢をそがれる思いであろう。自分なりに感じているXホールとYホールとの響きの違い、いつもの好きな席の響きの特色が、適切な物理量の組み合わせではこのように説明されている、など響きの特色が分かればコンサートの愉しみも一層深くなるであろう。学会の成果をこのような方向で理解し、利用することが私ども音響コンサルタントの使命と考えている。ホールはいろいろな顔があり、演奏によっても響き方は違ってくる。音楽ファンの皆さん、どうぞ、数値などあまり気にせずに演奏を愉しんでいただきたい。

 現在、音響の世界でも、まず、聞いて感じる、ということをなおざりにし、現象が語りかける本質的なものに耳を塞ぎ、測定結果や計算結果の数値のみに関心をよせ、判断する、という傾向があることを痛感している。 (永田 穂記)

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