No.192

News 03-12(通巻192号)

News

2003年12月25日発行
Exterior of WDCH (photo by LA Philharmonic)

ウォルト・ディズニー・コンサートホール、オープン!!

 ロサンゼルス(LA)のウォルト・ディズニー・コンサートホール(WDCH)がオープンした。ロサンゼルス・フィルハーモニック・オーケストラ(LAフィル)の新しい本拠地としてのクラシック音楽専用のコンサートホールである。私ども永田音響設計が担当した初めての海外における大型コンサートホールである。場所はLAのダウンタウンのど真ん中、これまで同オーケストラの定期公演会場であったドロシー・チャンドラー・パビリオンのすぐ向かい側である。地元の世界的な建築家、フランク・O・ゲーリーの人目を引くデザインにより、早くもLAの新しいランドマークとして注目を集め、多くの観光客が訪れている。

http://wdch.laphil.com/wdch

Exterior of WDCH
(photo by LA Philharmonic)

 主役はもちろん内部のコンサートホールである。去る10月23日より3日間、オープニング・ガラと称する正式なオープニング・コンサートが、音楽監督エサペッカ・サロネン指揮のLAフィルにより盛大に行われた。その後約2ヶ月にわたって、LAフィルの定期公演を中心とした興味あるプログラムが繰り広げられてきた。サイモン・ラトル指揮のベルリン・フィルハーモニック・オーケストラも客演した。オープニング前にもリハーサルということで、実際に聴衆を入れた非公式なセッションも約10回近く行われた。それらは一部のプレスにも公開されてきたことから、新しいホールについての報道、特に音響性能に関する評判は、オープニング前からかなり新聞や雑誌の紙面を賑わしてきた。特に地元紙の取り扱いようは大変なもので、オープニング前後1週間くらいはほとんど毎日何らかの記事が掲載された。1面全面がホールに関する記事で埋められることもしばしばであった。日本のコンサートホールのオープニングしか経験してきていない者にとってはちょっと驚きであった。クラシック音楽という文化がそれだけ一般の市民生活に深く根ざしているということであろう。オーケストラの定期公演の数や定期会員の多さから考えても当然のことかもしれないが・・・。

 新ホールの音響性能に関する評判は上々である。むしろ、センセーショナルといってもよい程、好意的に受け止められている。ホッと胸を撫で下ろしているというのが正直なところである。音楽監督のサロネンは「100%気に入って」おり、LAフィルのメンバーもほとんどが最初のリハーサルの時からその音響に関して好意的であった。ベルリン・フィルを率いてきたサイモン・ラトル(ホールの設計開始当時、LAフィルの首席客演指揮者)は「音楽への最高のプレゼントをありがとう」というコメントを残して行った。

1.ホール建設計画の経緯

 私ども永田音響設計がその音響設計を担当したサントリーホールのオープンは、今から17年前の1986年のことである。そしてその翌年の1987年に、故ウォルト・ディズニーの未亡人リリアン・ディズニーさんが、LAカウンティ(郡)のミュージック・センターにLAフィル専用のコンサートホールを建設する資金として5千万ドル(約55億円)を寄付されたのがこのプロジェクトの始まりである。翌1988年には建築設計者と音響設計者の選定が行われた。LAフィルの事務局長らを含むホール建設委員会の一行がサントリーホールなどを視察に訪れたりもした。最終的には国際コンペによって私どもがその音響設計を担当することになり、翌1989年に設計が開始されたのである。設計から完成までに実に14年の年月を要した。アメリカにおける90年代前半の不景気の影響を受けてプロジェクトが1994年から1998年までの約4年間、一時的にストップするなどの紆余曲折もあった。設計が始まった当初、日本で「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」といっても、ほとんどの人はそれがどんなホールか、すぐに分かってはくれなかった。ディズニーランドの中に何かショーをやるためのホールが出来るのだろう、程度のことであった。前述のように、故ウォルト・ディズニーを記念して、未亡人のリリアンさんからの多額の寄付金によって建設されたことからウォルト・ディズニーの名前が冠されることになったが、出来上がったホールの所属はLAカウンティ(郡)のミュージックセンターであり、れっきとした公共ホールである。そして同じミュージックセンターに所属するオーケストラであるLAフィルがそのホールを専用使用することになっている。

2.建物の概要

 建築家ゲーリーによるデザインは、一見してそれと分かるユニークなものである。外装はステンレス・スチールで覆われ、うねるような3次元曲面で構成されている。建物というよりも彫刻に近いイメージである。総敷地面積は、約14,565.6m2 (3.6 acre)。総床面積は、27,219.7m2 (293,000 sq.ft)。プロジェクトの総経費(設計+工事金額)は、$274,000,000-(約300億円)。2,265席のクラシック音楽専用のコンサートホールを中心として、エントランス・ロビーやホワイエ等の表回り、楽屋等の裏回りの諸室の他、大小計13室のアンサンブル練習室、コーラス用練習室、等々で構成されている。また、ロビー空間の一角には、プレ・コンサート・エリア(Preconcert Area)と称される200-300人程度の聴衆のためのレクチャー用の空間が用意されている。オーケストラの定期コンサートの直前にその日のプログラムについてのレクチャーが用意されており、30分ほど早めにホールに着けば誰でも参加できる。またこの空間は時によって、室内楽のコンサートにも使われるし、テーブルを持ち込んでのディナー・パーティにも使われる便利な多目的空間として計画されている。

Interior of WDCH

 ホール施設の地下には6層の駐車場が用意されている。これは車社会であるロサンゼルスならではのもので、計約2,500台の車が駐車可能である。この駐車場部分はWDCHのプロジェクトとは別にLA市が建設したものであり、前述の総経費には含まれていない。

3.コンサートホールの概要

 客席数は2,265席。東京のサントリーホール(2,006席)より一回り大きい。ホール形状は、サントリーホール同様、ステージの周りを取り囲む形で客席を配置するいわゆるヴィニヤード型のレイアウトが採用された。この基本方針は、設計者を決めるコンペの前の段階から決められていた。世界中のホールを視察して回ったWDCHの建設委員会によって決定されていたのである。客席部分を小さなブロックに仕切り、しかも各ブロックを段差を設けて配置する。そして、それらの段差によって生じる低い壁面を利用することによって、客席面に必要な時間遅れの小さい初期反射音を得る。ベルリン・フィルハーモニー・ホールにおいて初めて適用されたヴィニヤード型コンサートホールの音響設計の基本的な考え方である。

Interior of WDCH

 内装については木を多用した仕上げとなっている。天井および壁面は米松(Douglas fir)、ステージ床はアラスカ産ヒマラヤ杉(Alaskan Yellow Cedar)、客席床は樫(Oak)である。壁、天井とも木のパネルの背後には発砲コンクリート材を吹き付けて、低音域における音の反射に必要な重量を確保した。また、天井には小さな凹凸を建築デザインの中に取り入れてもらい、高音域における反射音の拡散を意図した。

 完成後の音響測定の結果、残響時間は空席時において約2.2秒(500Hz)、満席時の計算値は約2.0秒(500Hz)であった。室容積は約30,600m3(1席当たりの気積:約13.5m3)とかなり大きい。このことが空席時と満席時の残響時間の差を小さくすることに大きく寄与している。実際のリハーサルとコンサートを通じて、空席時と満席時におけるホール音響の差がかなり小さいことを確認している。また演奏者の多くもそう証言している。

 このディズニー・コンサートホールのプロジェクトについてご紹介したいこと、しなければならないことは、まだまだたくさんある。●日米のプロジェクトの違い●ゲーリーとの協同作業●チューニングセッション●ホールとオーケストラの関係、等々である。

 ホールがオープンしてから2ヶ月が経った現在、LAフィルの定期公演を中心にしたプログラムが繰り広げられている。(http://wdch.laphil.com/home.cfm)。しかしながら、ホールとオーケストラの長い歴史は始まったばかりである。真の意味で、特定のオーケストラのためにコンサートホールがつくられるというケースがこれまでの日本にはあまりにも少なかったし、我々自身、身をもって体験した事例はほとんど無いといってよい。考えてみると、欧米においてでさえ、オーケストラの演奏者や事務局の人達にとっても、新しいコンサートホールのオープンを体験することは、一生に一度あるかないかの貴重な出来事である。あらゆることがチャレンジの連続、試行錯誤の連続といってよい。これら今後のプロセスにおいても、我々の見たこと、学んだことなど引き続き報告していく予定である。(豊田泰久 記) 

音響模型実験用スピーカの試作

 本ニュースでも何度か紹介したが、ホールの室内音響性状をより詳細に検討するために音響模型実験を行うことがある。福島市音楽堂をはじめとして、これまでに10例以上のホールについて模型実験による検討を行ってきた。コンピュータ・シミュレーションと比べた場合の音響模型実験の利点は、なんと言っても音の波動現象をシミュレートできることである。コンピュータによるモデル化に波動現象を取り込む研究が行われているが、実務から見て模型実験に取ってかわるようになるにはもう少し時間がかかりそうである。

 さて、音響模型実験には1/50~1/10縮尺の模型が使われる。実験には、実際のホールの音響現象をシミュレートする(これを相似則と言う)ために、縮尺に対応して波長の短い、すなわち周波数の高い音を用いる必要がある。例えば縮尺1/10の場合、実音場の4kHzでおきている現象は、模型内では40kHzの現象であり、我々の耳には聞こえない超音波領域の現象となる。

 実音場の測定では、正12面体の各面にコーンスピーカを1個ずつ埋め込んだ“12面体スピーカ”を使う。12面体スピーカは1kHz以下の帯域でほぼ無指向性である。一方、模型実験では超音波帯域まで再生できるトゥイータを用いてきた。無指向性に近い特性を得るためにはトゥイータに細い管を取り付けて音を再生したが、これでは音の出口をわざわざ狭めているわけでその効率の悪さが難点であった。常々模型実験に使えそうな小型スピーカユニットを探していたのであるが、高級オーディオの世界で指向されている再生帯域の広帯域化の流れの中で、再生帯域3Hz~100,000Hzを謳うヘッドホンが登場した。このヘッドホンの再生ユニットは低音を受け持つ小型コーンスピーカ(直径57mm)と高音部を受け持つ小型ドームトゥイータ(直径20mm)で構成されており、簡単に分解できたので、これらを使って今回模型実験用スピーカを試作した。

Loudspeaker for
Acoustical Scale Model Test

 このスピーカは、直径50mmの木球に上記12面体スピーカと同じ位置関係となるように小型ドームスピーカユニットを埋め込んだ高音再生部と、小型コーンスピーカ3個を円形に配置した低音再生部からなる。製作は森本・浪花音響計画の浪花氏に依頼した。スピーカユニット間の配線も露出なので、いかにも手作りの趣がある。試験測定の結果、縮尺1/10の模型実験で必要となる500Hz~80kHzの帯域が再生可能で、10kHz以下はほぼ無指向性であることが確認できた。このスピーカは兵庫県の芸術文化センターの模型実験で既に使用しており、年明けからはデンマークDanish Radio Concert Hallの模型実験にも使用する予定である。(小口恵司 記)  

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