くらしき作陽大学キャンパスの完成 ―藤花楽堂のオープン―
2002年10月30日、くらしき作陽大学(岡山県倉敷市)で長らく完成が待ち望まれていたホール“藤花楽堂”の落成記念演奏会が催された。藤花楽堂は800席の可動反射板を設備したシューボックスタイプの多目的ホールで、主として音楽学部の授業および発表の場として様々な舞台芸術活動が行われる。
本大学の前身は岡山県津山市にあった作陽音楽大学で、’97年4月に新倉敷駅から徒歩10分程度の小高い丘の上に移転、その翌年に食文化学部が併設されて、くらしき作陽大学となった。吉村設計事務所による倉敷キャンパス全体の設計をⅣ期にわたる工事で整備し、藤花楽堂を含む最終3棟の完成ですべてができあがった。キャンパスには本ホールに先立ち建設されたパイプオルガンを備えるホール“聖徳殿”もある。全体構想を踏まえて計画・建設されてきたため、整然として統一感があるキャンパスである。
吉村順三氏「遺作」のホール
作陽大学ではホール建設の構想は旧く、津山時代から進められており、作陽大学音楽学部長であった指揮者の故渡辺暁雄氏の進言で故吉村順三氏に設計が委託された。しかし吉村氏存命中の1983年に実施設計まで完了したものの、キャンパス移転のためホールは実現しなかった。ホールの計画は倉敷キャンパスに場所を移され、藤花楽堂として設計から20年を経て実現された。内装は基本的にボード仕上げに木練付板またはペンキのグラデーションで、吉村作品らしいカラーとなっている。永田音響設計は津山時代の計画に引き続き、今回の建設にあたっても音響設計を担当した。舞台コンサルタントは藤本久徳氏である。
計画から20年間を経てのホール
本プロジェクトは大学の意向により基本的には津山時代の計画にもとづいて進められてきたが、現在の状況にふさわしい内容にするため、いくつかの検討が加えられた。たとえば大学の教育内容に日本伝統芸能、ミュージカル等の内容が増えたことに対応するための舞台機構の検討、楽屋の拡幅などがある。また建築設備についても最近の仕様への見直しが行われた。
音響設計についても、ここ20年というのは日本におけるホール事情の変化はめざましく、音楽専用ホールの誕生や、全国的なホール建設の拡がりなどがあり、ホールに対する認識にも変化が大きかった時期である。それらを踏まえ、音響設計の見直しとそれに伴って建築設計の変更が行われた。
室内音響に関する点では、室容積をできるだけ確保すること、またコンサートホールのように舞台と客席空間が一体化したワンボックス空間をめざし、プロセニアム開口高さを変更した。もともと音楽ホールとして、客席天井高はその当時としては高めと考えられる15m程度(舞台高さより)が確保されていたが、その客席天井と舞台天井がスムースに繋がるようにした。開口高さは当初の設計の10.8mを13mにし、可動反射板奥の高さも7mから10mに変更した。また、客席天井の角度や高さも若干の変更を行った。その結果、室容積は増えて8,000m3が確保できた。20年前の作業ファイルには手書きによる2次元の反射音線の検討があった。今回、ホール形状の検討については3次元のコンピュータシミュレーションを用いている。20年前には現在のようにパソコンが安価に使える世の中になることをどれほど想像できたであろうか。
また騒音対策の面では、室内設備騒音値について20年前の設計ではNC-25を目標としていたものをNC-20に変更した。これは、最近の音楽専用ホールにおいて極めて静かなNC-15以下が達成されることも少なくなく、多目的ホールにおいてもコンサートを行う空間としてNC-20が求められることが一般的となってきていることからの見直しである。
ホールの音の印象
落成記念演奏会では、音楽学部の最高音楽顧問である岩城宏之氏他の指揮により、作陽大学管弦楽団とオーケストラ・アンサンブル金沢の合同演奏が行われた。池辺晋一郎氏に委嘱されたオーケストラと混声合唱のための“Fan-Faring”の初演も行われ、岩城氏と池辺氏による軽妙なおしゃべりも華を添えた。大規模コンサートホールの様な長い響きではないが、素直で空間の規模に適した響きであり、演奏者の評判も良いと聞いている。ピアノ科教授の渡辺康夫氏からはピアノには特に良いとの話もうかがっている。また、演奏会のステージ準備などをアートマネージメント科の学生さんが行っていた。ホールはできたがホールのことがわかる人が少ないとも言われる中、ホールでの実習経験を積んだ人材が育つのも楽しみである。今年、倉敷市では“第5回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクール”が催される。藤花楽堂、聖徳殿もその会場になっている。今後のコンサートスケジュールなどは
http://www.ksu.ac.jp/
でご覧いただきたい。(石渡智秋記)
孔の見えにくい孔あき板吸音構造
孔あき板吸音構造は、孔あき板の板厚、開孔率や背後空気層の厚さを変えることで様々な吸音特性が実現できるので、騒音制御や室内音響調整の目的で様々な部位に用いられている。特に、ホール・録音スタジオ・音楽練習室などの音響空間においては、目標とする残響時間を実現し、またエコーや音の集中など音響障害を防ぐために、広帯域をできるだけ均一に効率よく吸音する構造としてよく用いられている。
ところで、孔あき板は構造的に弱いグラスウールなど多孔質材料の保護や意匠的な仕上げの役割も有している。表面仕上げ材とは言っても、近くでは孔の奥が見え、また遠目には無孔部分とコントラストが付くために、意匠的にできるだけ均質に見える吸音構造を問われることも多い。代替の吸音構造として、コペンハーゲン・リブ、アルミ繊維板や吸音セラミックなどが挙げられるが、吸音域が限られたりコストが高いことなど、広帯域にわたって一様に効率よい吸音特性を示す構造の選択肢はまだまだ少ないのが現状である。
しばらく前から、広帯域を吸音する構造の選択肢を広げる意味で、孔あき板の孔の前面に目隠し板を置いた立体的な表面仕上げ+グラスウール+空気層で構成される孔あき板吸音構造の吸音特性について検討を行ってきた。きっかけは、九州芸術工科大学・音響設計学科の藤原恭司教授を訪ねた折、孔あき板の孔の列を覆う形に木片を並べたサンプルを見せていただき、中音域では覆いの無い単なる孔あき板に近い吸音特性を示すという試験結果のお話を伺ったことにある。孔あき板の孔と目隠し板の並び方は周期的なので、その周期性を利用した吸音特性計算法の検討も進め、現在は任意の形の周期的吸音構造の吸音特性をある程度の精度で予測できるようになっている。ここでは、これまでの検討結果の概要を紹介したい。
広帯域を吸音する孔あき板吸音構造は、開孔率20%以上の孔あき板+グラスウール+背後空気層厚さ300mm以上の構成である。その吸音機構は、孔あき板と大きな背後空気層の組み合わせによるヘルムホルツレゾネータ型の中低音域の吸音域と、背後空気層の数次の気柱共鳴による中・高音域の吸音域が組み合わされたものである。この孔あき板の前面に目隠し板を置いた場合でも、中音域では孔あき板吸音構造の共鳴周波数を中心とする山型の吸音特性を示す。ただし、目隠し板を置くことで共鳴周波数が低域にシフトする現象が見られる。また、目隠し板を孔あき板から10~20mm離れた位置に置くと、目隠し板のスリット共鳴と考えられる吸音域が2kHz以上の高周波数域に現れる。
ベースとなる孔あき板の吸音域または目隠し板が形成するスリット構造の吸音域は、いずれも孔あき板の孔または目隠し板の並びが周期的であることにより生ずる吸音域であり、それぞれの共鳴周波数付近で1に近い大きな吸音率を示している。したがって、これらとは異なる共鳴周波数をもつ周期開口を付加することで、より広い周波数範囲、あるいはより平坦な吸音特性が得られる可能性があると想定された。
そこでその一例として、平面的に孔径の異なる孔を周期的に配列した孔あき板を用いた吸音構造の吸音特性を調べてみた。具体的には、8φ-15(直径8mm,孔ピッチ15mm)の孔あき板の孔をタスキがけに結んだ交点に孔径6mmの孔を配置した孔あき板である。6mm径の孔の間隔も15mmであり、総開孔率は約35%となる。(以下8/6φ-15と記す)この2種類の孔を市松状に開けた孔あき板(それぞれの孔間隔15mm)を用いた吸音構造は、中音域の広い範囲で大きな吸音率を示すことが明らかとなった。ただしこの吸音域は、孔を追加して孔あき板の開孔率が増したことで、裏打ち材であるグラスウールの吸音特性がより明確に現れた結果である。
さらに、その前面に目隠し板を並べると、スリット共鳴による高音域の吸音が付加され、全体として広い周波数範囲で高い吸音率を示す孔あき板吸音構造が得られた。開孔率の大きな孔あき板としてよく使われる8φ-15と比較して、特に1000Hz以上の高音域で高い吸音性能が得られているのが特徴的である.また、単一孔の孔あき板を用いて300Hz~3kHzの広帯域を吸音する構造を実現しようとすると、多孔質材背後に200mm程度の空気層が必要となるが、ここで考えた構造の背後空気層は50mmで、特に大きな背後空気層を確保しなくても広い周波数範囲で大きな吸音率が得られる。そして、このような広帯域吸音特性が実際に得られるかどうかを確認するために吸音率測定を行った結果、計算結果は実測値をほぼトレースしていることから、計算で得られた吸音域が実際に生じていることが確認された。
孔あき板の前面に目隠し板を置いた立体的な表面仕上げ構造は、正面から見ると目隠し板裏の孔は見えにくいが、斜め方向からは見える角度がある。しかし、残響室法吸音率測定用に製作した大判試料を一般室内照明の下で見ると、目隠し板が比較的密に並んでいるので実際には目隠し板から奥の様子はほとんどわからない。ここで考えてきた目隠し板を有する孔あき板は、実際に孔の見えにくい孔あき板と言うことができよう。
“今までと見え方の異なる(孔あき板)吸音構造を使ってみたい”、“ある構造の吸音特性を知りたい”など、要望・疑問をお寄せ下さい。(小口恵司記)
小口恵司職員は、本年3月この論文によって九州芸術工科大学より博士(芸術工学)の学位を授与されました。
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