新木場のライブコンサートホール
新木場は江戸時代からの木材集積地であった木場が東京湾岸の埋立ての際に移設された場所で、今でも運河沿いに貯木場があり木材問屋が立ち並ぶ倉庫街となっている。JR京葉線、地下鉄有楽町線に加えてりんかい線が大崎駅まで延伸され、便利になった新木場駅から南に徒歩4分、千石橋のたもとにライブコンサートホール“ageHa”(STUDIO COAST)が誕生し、2002年暮に年越しライブコンサートでオープンした。
施設の概要
施設は立ち見で2,402名、移動椅子を並べると1,174名収容となる平土間主体のメインホールと120名程度収容できるサブホールを中心に楽屋、ホワイエ、屋外ステージ、屋外プールなどが付帯する。運営はマザーエンタテイメント、建築設計は都市建築デザイン、建築主体工事は大成建設である。このほか舞台機構は三精輸送機、照明はエムテック・スタイル、サウンドシステムはライブ用が東京音響通信研究所、DJ用はN.Y.のジム・トス氏を中心にKenzo & Company、ヤマハサウンドテック、田口製作所、ヒビノが担当した。施工期間は6ヶ月弱と非常に短かった。当社は施主からの依頼により、室内音響と遮音対策などの建築音響設計・監理を中心に音響に関するあらゆるサポートを行なった。ポピュラー音楽コンサートを主体とする専用ホールの音響設計は当社でもめずらしい。そこで、その使用実態と音響設計の概要を紹介する。
ライブコンサートホールの性格
本ホールはいわゆるライブハウスとクラブが一体となった運用形態となっている。ライブハウスは現在、全国各地に増え続けているが、立ったまま聴くというスタンディングスタイルが一般的となっており、本ホールもこれを踏襲している。クラブは1980年代に流行したディスコにかわって80年代末に登場したもので、DJ:ディスクジョッキーが演奏するレコードやCDを聴いて楽しむ施設である。ディスコは踊りを中心にしたものであったが、クラブではアリーナに座り込んだり、寝転んだりもっと自由な聴き方がみられる。また、音楽はハウス、テクノ、トランス、ヒップホップの4つに大きく分類されるが、ディープ、ハード、プログレッシブなどさらに細分化され、より深く、広く変化を続けている。
DJは昔のように曲を紹介してレコードを再生することはほとんどなく、レコードやCDを選びながら、前の曲と次の曲のテンポや音質を調整しクロスフェードする。つまり爆音に近い大きな音を何時間も途切れなく再生し、時にはサンプリングした音をリズムに合わせてキーを叩き再生するなどいそがしく機材を操作している。さらにシンセサイザー、リズムボックス等で音の素材や曲もつくり、ミックスダウンもこなすDJもいる。また、DJブースから飛び出しステージ上でダンスを交えたり、バンド演奏をミックスするグループもいる。これはもう再生ではなく演奏であり、DJコンサートと呼ぶほうがふさわしいと思われる。つまり、本ホールは踊る場所ではなく総合的にポピュラー音楽を聴き、楽しむための施設という位置づけにある。
運営はライブコンサートの場合、夕方から9時すぎまで、DJコンサートは毎週金曜と土曜の午後8時から翌朝までというスケジュールが基本となっている。
音響設計の概要
元芝浦のクラブ”GOLD”のプロデューサをつとめ、本プロジェクトの中心となられた高橋征爾氏が強く要望された「クリーンかつヘビーなよい音で、聞き疲れしないで長時間、お客さんが音楽を楽しめるホールにしたい」ということを音響設計の目標とした。これは大音量音楽再生における「よい音」の条件を見直すよい機会ともなった。
室形はステージ両サイドの大型ラインアレイスピーカまたは分散配置される38台のDJ用スピーカからの直接音が、短い時間遅れの反射音の干渉によって音質や音像定位が阻害されないように、側壁がスピーカから遠くなる横長の室形状案を推奨した。吸音構造はスピーカの指向周波数特性に合わせて、全面/市松模様張り、空気層の厚みを変えるなどの方法で反射音の特性をコントロールし、合わせてロングパスエコー等を抑制するものとした。吸音材は厚50mmのグラスウールを統一して用い、反射部位は遮音構造である石膏ボードを塗装仕上げとしてコストの低減を図った。スピーカの分散配置に対応したため吸音面積が増え、全体ではかなりデッド気味となっているが、現在のところ、ライブ、DJいずれの関係者からも音質は最高であるとの評価をいただいている。
本敷地は準工業地域で周辺には住宅がないが、都の環境確保条例によって敷地境界にて50dB以下が義務付けられている。隣の倉庫に大量のスピーカを持ち込み、再生実験を試みたところスピーカから3mの位置で131dB(C)とやはり大きく、外部では約1.3Kmほど離れてやっと交通騒音に埋もれてかすかに聞こえる程度となっていた。遮音構造は本建物がほとんど乾式構造のため、壁面をPB@21mm×2+GW@50mm+PB@21mm×2以上とし、屋根/天井は防水シート+木毛セメント板+スチール折版+PB@12.5×2で構成した。外部への音洩れの程度を運用中に周辺で聞いてみたところ、低音がかすかに聞こえるが内容はわからない程度で、大道具搬入口の重量/防音シャッター(1重)からの音洩れがもっとも大きかったが、それもトラックの走行音に紛れてしまう程度で良好であった。 (稲生 眞記)
照会はageHa:03-5534-2525。
http://www.studio-coast.com/、http://www.ageha.com/
カザルスホールの終焉
昨年、ホール業界最大の話題といえはカザルスホールの閉館であろう。15年というのはあまりにも短い活動であった。また、発注から6年の歳月を経てやっと設置されたアーレントオルガンも活動してまだ5年あまり、わが国のオルガン音楽の大きな拠点として期待されていただけに本当に残念である。
公式のプログラムは昨年の9月末に終了したが、ホール関係者を対象としたカザルスホール主催のコンサートが10月29日の午後と夕方に行われた。演奏はまず、谷川俊太郎さんの詩の朗読で始まり、オルガンリサイタル、ヴァイオリン、ヴィオラ、フルート、クラリネット、ハープ、アコーディオン、最終は野平一郎さん指揮による皇帝円舞曲の演奏など、15年にわたりカザルスホールに響き渡った調べの集約で終わった。
なお、誰もが関心のある今後のカザルスホールであるが、日本大学への移行後もコンサートホールとして運営されるとのことである。火の鳥のようにたくましく蘇ることを願ってやまない。(永田 穂記)
改修と音響設計《7》 スポーツ施設、展示場、議場等の音響改修
音響は建築に必要な多くの機能・性能のなかの一つであるが、ホール以外の施設ではとかく忘れられたり軽視されたりしがちである。その結果、竣工直後に音響障害が問題になる例が少なくない。以下に当社がクレーム発生後に相談を受けて実施した改修事例の一部を紹介する。
A市屋内スケートリンク
アイススケートを愛好する市民の要望に応えて市が建設した1700席の観覧席を持つインドアリンクである。建物が完成した時点で残響過多により拡声音が聞き取れないことを指摘され、開館直後に予定されていた公式競技に支障となることから、急遽、天井全面の吸音工事が行われた。その結果、残響時間は7.4秒から2.4秒になり問題は解決したものの、原設計に音響的な配慮がまったく欠落していたため対策工事費の支出をめぐり責任問題に発展し、その余波は小さくなかった。
B県立展示場
展示会や見本市会場として計画された床面積3,000㎡の大型展示場である。展示場だから音響的な配慮の必要性が関係者に希薄だったのはやむを得ないことかもしれない。しかし、県内に大人数を収容できる施設が少なかったことから、会議や集会にも利用されるようになってスピーチやアナウンスが聞き取れないことが問題となり全国規模の会議開催を予定していた県はやむを得ず改修に踏み切ることになった。障害の原因は主として残響が長すぎることにあったが、機械室内のようなNC-54という空調騒音と、空間規模に対して拡声設備の性能不足も明らかになり、大がかりな工事に発展してしまった。改修により7秒近い残響時間は約3秒、空調騒音はNC-43、スピーチ明瞭度指標(RASTI)は約0.3から0.5以上に改善され一件落着となったものの、竣工直後の大改修という事態に当時の関係者の心労は大変なものであったに違いない。
C市議会議場
床面積300㎡強の議場で、議員と傍聴の市民から発言が聞き取りにくいという指摘があり改修ということになった。現状調査の結果から残響が長いことと、各議員卓の会議システムが十分に機能していないことが原因であることが判明した。対策は議員席の側壁上部を吸音面に変更することと、議員席と傍聴席に拡声用のスピーカを新設することとした。改修により残響時間は1.2秒から0.7秒と会議室に適した値になり、また、拡声音の音量に余裕ができ音質もクリアーになった。既設の会議システムは、多くの議場に導入されている定番ともいえる設備であるが、カタログに‘議場用’となっていると、とかくそれを入れさえすれば上手く行くようにとらわれがちである。本例も設備を過信し、設置後のきめ細かい調整と議員席における諸特性を測定して最終的に耳で確認する、という基本的なことがおろそかにされた結果であろう。
D市立保育園
保育園のホール(遊戯室)で、園児の歓声がホール内に充満してやかましいだけでなく、先生の話や歌も聞ける状態ではない、ということで市の建築課をとおして相談を受けた。ホールは直径約15mの円形平面、天井はドーム形状で天頂部の高さは約10mである。調査の結果、壁・天井とも吸音がまったくなく、小さい部屋なのに3秒近い残響時間である。対策として腰部から上部の壁と天井の全面を吸音処理することにより残響時間を約0.8秒まで抑えた。園長にはこの効果は予想以上だったようで大変喜ばれた。担当としてうれしいことであるが、あわせて、弊社のような仕事があることを初めて知ったという言葉をいただきPR不足・難しさも感じた。
今回で《改修の音響設計》シリーズは終了します。国内外の様々な事例を紹介してきましたが、今後も折を見て改修に関する話題を取り上げていきたいと思っています。(中村秀夫記)
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