永田音響設計News 02-04号(通巻172号)
発行:2002年4月25日






改修と音響設計≪2≫ ホールの室内音響改修

 今月は、シリーズの2回目としてホールの室内音響に関連する国内の改修例を紹介する。

■ニュースで紹介した事例
 "hall acoustic(al) renovation"のキーワードでインターネット検索を行うと、800を越える英語サイトが抽出され、アメリカを中心に様々な改修事例を垣間見ることができる。一方、“ホール 音響改修”で国内の事例を検索してもあまり抽出されないが、必ずしも改修例が少ないということではなく、単にインターネット上で紹介されていないに過ぎないのであろう。本ニュースでは、これまでにつぎのようなホールの室内音響に関連する改修の話題を紹介している。

162号(2001年6月):リニューアルがもたらしたもの-東京文化会館とサンプラザホールの例から
140号(1999年8月):東京文化会館-計画から45年の歩みを尋ねて
128号(1998年8月):波田町情報文化センターアクトホールの手直し
124号(1998年4月):シカゴ・オーケストラホールの改修

■改修の目的
 ホールの改修には、耐震補強・バリアフリーへの対応・利用者の多様な要望への対応など“機能の更新や再構築”を目的とする場合と、内装の化粧直し・老朽化した設備の更新など“機能の維持”を目的とする場合がある。前者で室内音響に関連する内容としては、音響反射板の新設・更新や内装仕上げの変更が考えられる。また、後者では客席椅子の取り替えや内装仕上げの化粧直しなどが上げられる。

■東京文化会館小ホール(東京都、設計:前川国男設計事務所、649席)
東京文化会館小ホールの断面と改修部位
 このホールは国際会議場・リサイタルホールとして計画され、オープン当時のパンフレットには円卓形式の国際会議風景を見ることができる。当時の音響設計レポート(NHK技術研究15巻,1963)によると、音楽用放送スタジオに推奨される比較的短めの響きを目標として残響設計が行われ、残響時間は1.4秒(空席時、測定値)であった。オープン後はもっぱらリサイタルホールとして利用されており、このような状況に対して、1984年によりリサイタルに適したホール音響の実現を意図した改修が行われた。

 改修方法を検討するために、客席後壁やステージに仮設の反射板を設置して音響測定と試奏・試聴を行った。オープン後、ステージ背面の吸音仕上げや通路部へのカーペット敷き込みなどの改修が行われており、残響時間は竣工直後よりさらに短くなっていた。試奏・試聴の結果から、ステージサイドに反射面を設けて側方からの反射音を増強する方法が有効と考えられたが、客席からの視線が一部遮られることやデザイン的な変化が大きくなることから、実際には残響時間を伸長するための改修工事が行われた。内容は、

1.ステージ背面の吸音仕上げを反射性に変更、
2.ステージ方向に向くために吸音仕上げとなっていた有孔板天井面を無孔ボードに変更、
3.背後に吸音材が設置されている客席後壁の竪リブ間の木片埋め、 である。

 音響性能の更新を意図する場合、最適な改修方法を探るためにこの例のような事前の測定・試奏・試聴を行うことが有効である。また、長年親しまれてきた空間のデザインとの関係を考慮することも重要である。

後壁リブを木片で埋める 改修に伴う残響時間の変遷


■飯田文化会館(飯田市、設計:佐藤武夫設計事務所、1288席)
 このホールは、プロ・オーケストラ団員のためのセミナーとコンサートで知られる“アフィニス夏の音楽祭”の主会場として使われている。クラシック演奏会の場合には、吊り込み式音響反射板をセットしてステージ空間を造る、典型的な多目的ホールである。第10回の記念の音楽祭で計画されたプロコフィエフ・チャイコフスキーの大編成交響曲に対応できるように、音響反射板を改修したいという相談を受けた。現地調査の結果、側面反射板の絞り込みが大きくてステージ奥の幅が狭いこと、ステージ照明のためのサスペンション・ライトが天井反射板のピース間にセットされていて隙間が大きいこと、の2点を改修のポイントに上げた。予算の都合もあり、実際には天井反射板の更新と側面反射板のセット位置の変更が行われた。天井反射板に照明器具を埋め込むことでピース間の隙間を最小にし、側面反射板の絞り角度を小さくすることでステージ奥の幅が広がると同時にピース間の隙間を小さくすることができた。更新された天井反射板は、すのこの荷重条件でボード積層張りとすることができなかったので、剛性を稼ぐ意味で円筒形状となっている。

 理想を言えば天井反射板をより高い位置にセットできればという希望も抱いたが、そのためにはすのこの更新やプロセニアムまわりの改修が必要で、かなりの予算が必要となる。

改修前の音響反射板 改修後の音響反射板


■松本市音楽文化ホール(松本市、設計:日総建、756席)
松本市音楽文化ホールの
浮き雲反射板
 このニュースにも何度か登場した松本市音楽文化ホールは、正面にパイプオルガンを備えたコンサートホールで、サイトウ・キネン・フェスティバルではアンサンブルのコンサート会場として利用されている。フェスティバル関係者から天井が高いので反射板を吊って欲しいとの要望が出された。ステージ上の天井高さは最高15.3mで、同程度の天井高さを有するコンサートホールでは特に反射板を吊っていない例も多い。小編成アンサンブルの場合、壁から演奏者までの距離も離れるが故の要望であった。

 ステージ上部の美術バトンに浮き雲型音響反射板を取り付けることを想定して、ベニヤ板を仮吊りした仮設反射板を使って試奏・試聴を行い、その効果を確認した。演奏者からは、高さ10~12mの間に演奏しやすい位置があるというコメントが得られ、同時に好ましい高さに個人差があることも確認された。

 このような試奏・試聴実験の場合、ステージ上のインパルス応答の測定も行うが、波形上に現れる反射板の高さの違いはわずかで、聴感による効果の確認の重要性をいつも認識させられる。

 これらの試奏・試聴結果をもとに、1.5m×0.9mの透明反射板12枚が導入された。なお、この反射板が吊られるのはフェスティバル期間中のみである。

■東京文化会館大ホール(東京都、設計:前川国男設計事務所、2303席)
更新前後の椅子の吸音力
 豊かな低音と暖かみのある響きで定評のある“文化会館の音を変えないこと”を条件に、1998年3月から15ヶ月にわたる大規模改修が行われた。改修の目的は、舞台機構のグレードアップ(音響反射板を一体化して奈落に収紊、すのこの掛け替え、機構の更新)と、一部老朽化した建築、設備の更新・化粧直しである。音響に関連すると思われる項目については、徹底して改修前の仕様が踏襲された。例えば、音響反射板やステージ床の構造、天井・壁反射板接合部の大きめの隙間、舞台フライズ壁面に吸音仕上げがないこと、客席天井面のクロス張り、などである。客席椅子は85年に取り替えが行われたが、その際には背の表面布をビニールでラミネートし座裏板を無孔にすることで、吸音性能をできるだけ改修前の椅子に近づける工夫を行っている。今回の改修では椅子の布地のみの張り替えが行われたが、布の張り替えだけでも新旧の椅子の吸音力測定を行い、性能の確認を行っている。

 開館後40年を経てもなお、東京を代表するホールとしての存在感を維持するための改修を続けている関係者の努力と熱意に敬意を表したい。(小口恵司記)

コペンハーゲンの新コンサートホールの設計者選定コンペ

 デンマークのコペンハーゲンにおいて新たに建設が予定されているコンサートホール設計のコンペが実施され、フランスのジャン・ヌーベル建築事務所(Ateriers Jean Nouvel)と私ども永田音響設計のチームが選ばれて、その設計を担当することになった。新コンサートホールはデンマーク国立放送局がその移転にあたって新たに建設するもので、1600-1800席規模のコンサート専用ホールが計画されており、所属するオーケストラ(Danish National Radio Symphony Orchestra)の本拠地となることが予定されている。

 コンサートホールの設計者を選定する方法については、これまでにも公開コンペや指吊コンペなど、色々な方法によって行われてきている。特に、建築設計者と音響設計者をどのように選んで、そしてその組み合わせをどのように考えるかについては、様々な意見がある。施主側が別々に選んでチームを組むケース、あるいは最初にチームを組んだ上でコンペが行われるケース、建築設計者はコンペで選び音響設計者は特命にて指吊するケース、建築設計者だけを選定して音響設計者は建築設計者が選ぶケース、・・・等々である。各々一長一短があり、それ故にほとんどの場合において様々な議論がなされる。

 今回の場合は、予め音響設計の候補者のリストを施主側が選定し、建築設計のコンペに応募する者はそのリストのうちからチームを組みたい相手を選定して、チームとして設計コンペに応募する、という方法が採られた。ちなみに音響設計者の候補者として選定されたコンサルタントは次の8者である。

(1) Akustikon and Bo Mortensen Akustik;
(2) Arup Acoustics;
(3) Jaffe Holden Acoustics, Inc.;
(4) Ingemansson Technology, Jordan Akustik, Rindal Akustik;
(5) Marshall Day Acoustics Pty. Ltd.;
(6) Muller-BBM;
(7) Nagata Acoustics, Inc.; and
(8) The Talaske Group, Inc.(アルファベット順)

 建築設計者の選定は、施主側の委員会が指吊した3者と、一般応募の中から書類選考によって選定された4者の計7者によるデザインコンペが実施された。参加チームは次のとおりである。

(1) Ateliers Jean Nouvel (F) + Nagata Acoustics, Inc. (Japan);
(2) Henning Larsens Tegnestue (DK) + Arup Acoustics (UK);
(3) Jose Rafael Moneo, Arquitecto (Spain) + Ingemansson Technology, Jordan Akustik, Rindel Akustik (S/DK);
(4) 3XNielsen A/S (DK)/ Knud Fladel and Nielsen (DK) + Akustikon and Bo Mortensen Akustik (DK);
(5) Rafael Vinoly Architects PC/ Aarhus Arkitekterne A/S (USA/DK) + Arup Acoustics (UK);
(6) Schmidt, Hammer & Lassen K/S (DK) + Akustikon and Bo Mortensen Akustik (S/DK);
(7) Snohetta A/S (N) + Arup Acoustics (UK)(アルファベット順)

 今後直ちに設計が始まり、2003年の後半には着工、そして2006年に完工の予定である。プロジェクト全体のタイトなスケジュール、特に設計期間の短さは日本なみ、あるいはそれ以上である。(豊田泰久記)


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永田音響設計News 02-04号(通巻172号)発行:2002年4月25日

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