明治学院大学白金キャンパスパレットゾーン
東京都港区白金および白金台の地区は、桜田通り(国道1号)等の幹線道路はあるものの、これまでは地下鉄の便がやや悪く、周辺から少し取り残されている印象を受けていた。実際、古くからある住宅や神社・寺院、学校などが多く、市街地開発は難しい地域である。しかし一昨年に地下鉄南北線が全線開通して2つの駅がオープンし、近郊各線との相互直通運転も実施されて、首都圏を通じる南北のラインが文字通り完成した。最近では市街地再開発事業やマンションの建設も進んでおり、以前より身近に感じられるようになった。
この地にある明治学院大学白金キャンパスにも、やはり多くの歴史がある。重要文化財に指定されているインブリー館をはじめとして、旧神学部校舎兼図書館(記念館)や礼拝堂(チャペル)など、建築史上重要なものが多いことでも知られている。ローマ字表記のヘボン博士、島崎藤村作詩の校歌などに加え、キリスト教に関することだけでもこのキャンパスの持つキーワードは数多い。
この白金キャンパスでは4期にわたる再開発計画が1986年に開始され、今回完成した福利厚生施設が第3期計画にあたる。
施設概要
本施設は、インナー広場、アートホール、アリーナ、ダイニングラウンジ、スタジオおよびサークルルームなどで構成される複合施設で、おもに学生活動のために建設された。公募により採用された「パレット」の名称は、施設の各機能を利用して、学生自身が自らを画布として自己の想定した「個」を作り上げて欲しいという願いが込められているとのことである。
建築設計は内井昭蔵建築設計事務所、施工は大成建設で、この建物を神に捧げるための献堂式と呼ばれる式典がチャペルで行われたのが昨年3月17日であった。
インナー広場
外部のベンチではなく、屋内で快適な時間を過ごすことができるこの空間は、キャンパスに集う学生たちの「広場」であり、この施設の中心的な役割を担う。写真には無いが、現在は綺麗な木製の円卓と椅子が一面に並べられ、高い天井に設けられた5本のトップライトと、日射しをコントロールするための可動ルーバーが取り付けられた外壁のガラス面からは、明るくまた柔らかい光が差し込んで来て、開放的でとても気持ちが良い(新建築2001年8月号に掲載)。ここにはハンバーガーショップまである。
パンチングプレートを用いたユニークな立体トラスで支えられている天井のうち、トップライト以外の面には岩綿吸音板を貼り、また外壁の可動ルーバーの内部にはグラスウールボードを挟み込み、表面をパンチング仕上げとして、空間が響き過ぎないようにできる限りの吸音処理を行なった。立体トラスの合間には、照明器具やスピーカが吊り下げられている。
アートホール
生演奏の音楽を主な目的とする最大300席収容の空間であるが、煉瓦の壁や高い天井など、デザイン面ではチャペルとしても使えるように考えられている。また周囲に2層のギャラリー面が設けられ、催し物に応じて照明などの演出ができるようになっている。正面壁には巻き取り式のスクリーン機構が、また正面両サイドの上部には拡声用のスピーカが設置されている。
煉瓦の透かし積みになっている壁のうち、1階後壁の裏側にはグラスウールが配置され、2階側壁の裏側にはカーテンが手動で開閉できるようになっており、目的に応じて響きを調節できる。移動型の椅子を約100脚設置したときの500Hzの残響時間は1.5秒で、カーテンの開閉については高音域でわずかに効果がみられる程度であったが、聴感上の響きはかなり違って感じられる。全体のバランスとしては低音の響きがやや長く、礼拝堂のような音の空間になっている。
このアートホールでは、作曲家シェーンベルクの50回忌にあたる昨年の7月に「シェーンベルク・フェスティバル」が開催された。展覧会、シンポジウムおよび記念演奏会などの内容や、文学部教授の樋口隆一先生による解説が大学のホームページに掲載されている( http://www.meijigakuin.ac.jp/ )。
アリーナ
主にスポーツ活動のための空間で、地下3階にある天井高11mの大きなメインアリーナの他に、剣道場や柔道場としても使える第2、第3アリーナも備えている。
ダイニングラウンジ
インナー広場の下階にある食堂は雑木林のような柱が特徴的で、煉瓦や木のフローリングの内装が可動式の格子戸のようなパーティションで仕切られている、落ち着きのあるラウンジである。
スタジオ・サークルルーム
地下2階のサンクンガーデンや1階の中庭を取り囲むようにして、スタジオや和室など、サークル活動のための諸室が地下2階から地上3階までの各階に多数配置されている。昔ながらの暗くて黴臭い地下にある部室のイメージは微塵も無く、新品ピカピカで羨ましい限りである。最近では早稲田大学でも学生会館が新しく建設されたように、学生のための施設の建設が流行しているようである。明治学院大学マンドリンクラブの活動は有名で、竣工してすぐにスタジオで練習に励む学生たちの姿が印象に残った。
以上、様々な機能が凝縮されたこの施設は、桜田通りからは少し奥まった位置にあるので、車では気付かずに通り過ぎてしまうかもしれない。逆に、中庭側では道路の音もさほど気にならない。現在改装工事が進められている隣接の都ホテルにいずれ宿泊する機会があれば、綺麗な日本庭園越しに新しい施設の全体を眺めることができるはずである。(菰田基生記)
(問合せ先)明治学院大学管財部:東京都港区白金台1-2-37 TEL:03-5421-5128
群馬県大泉町文化むらの「顔」
施設概要
群馬県の東武伊勢崎線太田駅から車で15分ほどの大泉町に文化むらが完成したのは、1988年12月のことである。第一期工事大ホール棟(大ホール:800席、小ホール:288席)の工事費は約15億円。豪華な建材はないがコンクリート打ち放しと地元で出来る瓦の屋根との建物で、質素ながら洗練されたデザインである。
施設の顔
この施設の完成をきっかけに東京の広告代理店に勤務していた福田雅氏が、このホールの運営に携わるために志を抱きながら町にUターンした。それから10数年、施設の管理から催し物の企画、財団が毎月発行している情報誌「フレッシュ大泉」の編集発行までを行い、カットのイラストまで描いている。
公共ホールはハードが先行しソフトがないなどと批判を受けがちだが、ソフトは単に人の作る仕組みであり、むしろ運用する人の思いがその施設を生かし、施設の顔となる。この顔が見える施設こそ生きた施設となっていることを多くの公共ホールを見て思うところである。福田雅氏はこのホールの「顔」となっている。福田氏の事業の一部を紹介する。
古澤巌のホームグランド
このホールが出来た頃、古澤氏は都響をやめソロ活動にはいっていた。住居をこの大泉町に近い足利市に構えたこともあり、大泉文化むらでデビューアルバムの録音を行った。そして翌年よりリサイタルを始めた。大泉町に工場を持つ三洋電機がこのリサイタルのスポンサーとなったこともあり、その後、当初は年に4度、土曜日曜の計8回、最近は時世により年2度4回のリサイタルを毎年続けている。
「家の近所で気軽に飲んで食べて仲間と会って、おまけに音楽の余韻付き、こんなパーティーのようなコンサートがあったら行ってみたい…。」これが古澤氏の考えるこのリサイタルのコンセプトだ。まず、演奏会の前に併設の小ホールで小さい子供でも入れる無料のミニコンサートを行う。小さいホールなので古澤氏がお辞儀をするとお客も拍手でなくお辞儀をしてしまうという。そして、コンサート前にホワイエで古澤氏を交えての軽食とワインの簡単なパーティーが行われる。ワインは、古澤氏お気に入りのワイナリーで、古澤氏自らプロデュースしたもので、ラベルにはバイオリンの絵と彼のサインとともに「I.FURUSAWAの音を聴いて育った葡萄がI.FURUSAWAの音を聴きながら発酵しワインになった」と記されている。演奏を聞かせなかったワインと飲み比べて見たい。1本2,000円。コンサートの最後には古澤氏からのプレゼント抽選会もあり、参加者の毎回の楽しみにもなっている。このコンサートは毎回古澤氏自らプロデュースしており、限られた予算の中で氏の人脈により毎回豪華なゲストを招き、ジョイントコンサートが実現されている。これまで呼ばれたゲストは熊川哲也、葉加瀬太郎、辰巳琢郎等々。ホールだけの事業予算でこれだけのゲストを年に何遍も呼べないし、内容も東京でも見られない魅力的でユニークな企画である。観客は地域のみならず、東北地方や四国・中国地方からも訪れるそうだ。また、このコンサートだけでなく、地域の小学校の音楽鑑賞会としても毎年古澤巌氏を招いており、古澤氏は地元の子供たちにも身近な存在となっている。
大泉町は5年前に、町発足40周年を記念して古澤氏に作曲を依頼し、「町の想い出」「旅立ち」の2曲が出来上がった。古澤氏のCDにも収録されており、町は貴重な財産を得た。
バイオリン教室
文化むらでは、毎年30人のバイオリン教室の生徒を募集、一人一人に楽器を無料貸与し、1年間週に1度のグループレッスンを行っている。(レッスンは有料)バイオリンは持ち帰って自宅で練習をすることができる。応募者はバイオリンを触るのもはじめてといった全くの初心者だが、1年後には大ホールでグループの発表会ができるまでになるという。楽器を買ってレッスンに通うとなるとある程度強い決心が必要だが、こういった教室は気負わずに参加できるので大変好評だという。当初は、小学生(3年生以上)だけを対象としていたが、数年前から中高年者を対象にした教室も始めたところ、反響が大きく参加者も多いそうだ。小学生の参加者の中には、古澤氏のコンサートをこれまで何度か見ることでバイオリンに憧れ、自ら始めたという子供も多いという。また、この教室をきっかけにその後さらに個人的にレッスンを続け音楽大学に進んだ子も何人かいるそうだ。この教室のそもそものきっかけは、町のある有志の方が退職金で30台のバイオリンを寄付されたことだった。ホールと古澤氏の繋がり、そしてこれまで古澤氏が魅せ続けたバイオリンという楽器の魅力が町の人たちへ浸透し、形として現れている。
ぐんま地域ネットワーク事業
群馬県の4つの町、境、新田、笠懸、そして大泉。ここの4箇所の公共ホールと県教育委員会が共同でひとつの公演を企画し、同じ公演を行う。町のひとつのホールでは予算的にできない企画を、4つの町のホールが共同で行うことで負担を軽減させられる。一昨年に「高嶋ちさ子&加羽沢美濃ハートフルコンサート」を企画し、昨年も同様のコンサートが行われた。この成功を機に、4ホールでは「ぐんまねっと倶楽部」を作って地域の方々から会員を募り、県と4つのホールが連携して新たなイベントの企画や各ホールの情報などを提供するという。全国レベルで大型のホールあるいは民間のホールではこういった共同の企画もあるようだが、限られた地域内での公共ホール同士の連携で、ホール活性化にどのように役立たせるか、今後の活動に注目したい。
トータル・エクスペリエンス―五嶋みどりリサイタル
五嶋みどりデビュー20周年となる今年、みどり教育財団が「共に私達のコンサートと思えるような体験(トータルエクスペリエンス)を目指すパートナー」を全国の公共ホールを対象に募集。170のホールの応募から13のホールが決まり、大泉町文化むらはその内のひとつに選ばれた。正確な選定理由はわからないが、ホールの活動の中に「顔」が見えたのではないか。7月13日に公演が行われる。
一人の音楽家と町の人たちが文化むらを拠点としてコミュニケーションを持ち、町を活性化させている好ましい状況を見ることが出来た。そこにはやはり「顔」があった。
【問い合わせ先】(財)大泉町スポーツ文化振興事業団tel: 0276-63-5250 (小野 朗記)
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