教会の音響
はじめに
事務所開設以来、教会の音響についていろいろと相談を受けてきた。外部騒音遮音対策に始まった神戸六甲教会、計画の段階から音響設計を実施した霊南坂教会、説教の明瞭度の改善対策を行った弓町本郷教会、拡声設備改修と高齢者の聞こえの改善対策を実施した東中野教会などコンサルタント業務の内容は様々である。最近ではオルガン設置にあたって会堂の響きの調査、改善という教会特有ともいえる業務を実施した。松山教会、立教女学院聖マーガレット礼拝堂などである。これまで体験してきたわが国における教会の音響上の問題、音響特性の特徴とともに、新築、改修計画の際の基本的な考え方を紹介したい。
1.音響的にみたわが国の教会の現状
戦前からの歴史的建造物となっている教会、戦後の貧しい時代に建設された教会が、数は少ないもののいまだに残っているが、現在活動している教会の大多数は経済復興とともに建設された教会である。しかし音響的な配慮が、天井の過剰な吸音処理、集会室レベルの拡声装置という状況になっているのが殆どである。最近、やっと音響設計を実施した教会空間が誕生しているが、その数はまだ限られている。
教会空間には説教の明瞭度とオルガンを中心とした聖歌の演奏に対する豊かな響きという相矛盾する条件が要求される。それに、天井高などわが国独自の建築的な制約条件もあり、予算も限られている。また、教会の音響条件については欧米においても資料も少なく、音響設計についての考え方も整理されていない。これまでの事例からわが国の教会が抱えている音響上の問題を集約すると次のようになる。
(1) 外部との遮音
教会はガラス窓一枚で外部と接しており、外部騒音に対して遮音性能が十分でない。道路交通騒音、地区によってはデモ、街頭演説などで説教がまったく聞き取れないという事例もある。 かつて、銀座教会は毎日曜日、街頭演説の被害を被っていた。 最近調査した都心の木造の教会でも状況は同じである。会堂内外の遮音度は500Hzで30dBのオーダーである。
(2) 空調設備騒音
床置きの空調機、暖房機などで騒音対策はなく、室内の騒音レベルが45dB(A)を超えている。いまだに夏期は窓の開放、扇風機という所もある。
(3) 拡声設備
講堂、集会室レベルの機器で構成されている例が殆どである。スピーカはいまだに数世代前の柱状スピーカが主役である。それに、その取り付け位置、向きが適切でない事例も多い。礼拝時には祭壇を含めて2~3本のマイクロホンが使用されるが、礼拝が始まれば全てのマイクロホンはON の状態で使用され、ミキシングは行われない。
(4) 高齢者の聞こえの問題
ほとんどの教会が抱えている問題である。高齢者用の席を定め、イヤホンセット、小型スピーカによる局所的なサービスを実施している例もある。
(5) 天井の吸音処理とボード張りの側壁
オルガンを設置した教会で天井全面吸音、オルガンパイプ上端が天井吸音板すれすれという事例もあった。また、一見、コンクリート造の教会とみえても、内装の壁、天井は薄いボード貼りという例が多く、板振動によってオルガンの響きに重要な低音の響きを短くしている例が少なくない。
2.教会の残響特性
残響時間の実測例を下図に示す。ホールと比べてその特性の違いがあまりに大きいのが特徴である。旧霊南坂教会は木造の教会の代表的な特性である。また、最近建設された教会でも、明瞭度に対する考慮から、天井の吸音処理という例が多い。
3.教会の音響改善に対する指針
- 会堂新設の場合、出来るだけ天井の高い空間の実現を図る。
- 教会周囲の環境にもよるが、外部からの騒音の遮断、あるいはオルガン演奏、聖歌演奏音の外部への音漏れの遮断のために、窓は気密型防音サッシ、または2重サッシを使用する。換気口からの音の透過については吸音ダクトで遮断する。
- 会堂の規模にもよるが、ダクトによる空調システムが理想である。しかし、最近のエアコンにはきわめて静かなものもある。静かな機器に交換するというのも対策の一つとして考えておくべきである。
- 天井の吸音処理、薄いボード仕上げなどは避ける。特にオルガン周辺の壁、床、天井はできればコンクリート露出が望ましい。木のパネルの場合は合板厚12mm× 3枚貼り以上の剛性の高い仕上げとする。床も下貼りを含め厚さ45mm以上の剛な床とする。
- 拡声設備は説教の明瞭度と品質を決める重要な設備であることを、教会関係者はまず認識してほしい。スピーカの機種と取り付け位置の選定、完工時の調整が決めてであり、これらの業務は専門家に任すべきである。
- 松山教会は1986年に新築された会堂であるが、オルガンビルダーの要望で1994年に改修工事を実施した。主要な対策はオルガン背後のボード壁を撤去、コンクリート露出の壁とし、天井面のスリット(背後は吸音材)を反射材で塞ぎ、低音域の響きの伸長を図った。立教女学院聖マーガレット礼拝堂は昭和初期に建築された木造建造物である。対策はもっぱら壁、聖壇床の板振動の抑制であった。レリーフのある聖壇側壁を変えてはならないという学園側の強い要望により、制振を目的とした補強工事は大変であった。また、新オルガン設置のための工事も実施した。その詳細は本NewsNo.137 号(1999年5月号)を参照いただきたい。
教会はその音響特性が重要な空間であるにも関わらず、音響設計との関わりが希薄な空間であった。お金を掛けて響きを殺している例、音響材料の間違った使用例、遮音の基本を無視した扉や窓、騒音対策を忘れた空調設備など計画段階で相談をいただいていれば、と思うような事例があまりにも多い。どうぞ気楽に、早めにご相談いただきたい。(永田穂記)
15年目を迎えるパルテノン多摩
東京・多摩ニュータウンの中心駅“多摩センター”の南、緩やかな坂の先の大階段の上に建つパゴーラ(藤棚)と両翼に伸びる建物が目を引く。今年10月に開館15年目を迎えようとしている多摩市複合文化施設(パルテノン多摩)である。小高い丘の北斜面を削り取って大・小ホール、博物館機能など15,000㎡の施設が埋め込まれ、大階段を上って丘の上の公園へとつながる。久しぶりにここを訪れ、石坂事務局長、榎本管理課長、田川主幹にホールの近況をお伺いした。多摩そごう閉店で大塚家具・三越に代わったビルを眺めながら緩やかな坂を歩いたが、平日昼間でも女性を中心に人通りは結構あるように思えた。 大ホールは1,414席のワンスロープ形式で、多目的利用のためのフライタワーを備えている。ステージ音響反射板は通常のつり込み式であるが、天井反射板位置が高い(プロセニアム開口部で11m)ことと、正面反射板を移動してステージ奥行きを変えられることが特徴である。小ホールは304席で、ステージの見やすさを重視して比較的角度の急な段床がつけられて、こちらもステージ音響反射板を備えている。
二つのホールはどちらも多目的ではあるものの、大ホールは“本格的なコンサートホール機能を備えていること”、小ホールは“市民利用中心”、という明確な性格付けのもとに計画されている。このような性格付けは今でこそ珍しいものではないが、設計がスタートした1982年当時は新鮮であった。この方針は当然、開館記念企画以降の事業計画にも受け継がれ、音楽・演劇・映画を3本柱とするホール自主事業が開催されてきた。開館準備の段階から、企画立案のためのプロデューサ制が導入され、各分野で魅力あるプログラムが行われてきた。音楽分野では、新日本フィルの多摩定期、12年目を迎えた“サロン・コンサート”や、屋上につながる公園に特設ステージを設けて行われたサマー・ライブ、演劇分野では、劇団四季のミュージカル公演や小劇場フェスティバル、などである。小劇場フェスティバルは、市民で組織する“演劇探検隊”が若手小劇団公演を実際に観て出場劇団を決め、審査にも市民が参加するというユニークなコンテストである。また、映画については2番館興行権を取得して、定期的に“シネサロン”という映写会を催している。
博物館の中にも施設のキーワードである音楽が組み込まれている。マジックサウンドラボと名付けられている部屋で、自動演奏楽器の演奏が楽しめる。楽器は全部で8台。いずれも約100年前に製造されたもので、中でも奏法の異なる2台のヴァイオリンがおもしろい。メンテナンスが行き届いてどの楽器も状態が良く、毎回演奏楽器・曲目が変わるので、それを楽しみに訪れるリピーターも多いそうである。
筆者は、音楽を中心に何回か訪れている。小澤征爾指揮・新日本フィルの“ダフニスとクロエ”、チェリビダッケ指揮・ミュンヘン・フィルの緊張感や、アンコール(黒人霊歌)を楽しみに出かけたジェシー・ノーマン・リサイタル、和風で不思議な“ジーザス・クライスト・スーパースター”など、今でも記憶が蘇ってくる。席数1,414を考えれば、贅沢なコンサートが楽しめるホールである。
バブル崩壊後の経済状況の影響で、ここでも市からの補助金が圧縮され、プロデューサ制はアドバイザー制に移行した。経費のかかるサマー・ライブは休止状態ながら、開館当時からの事業のかなりの部分は継続されている。新日フィル多摩定期は、逆に今年からこれまでの年3回から年5回に増えたという。このニュースでも何回か紹介しているように、新日フィルは墨田区・錦糸町の“すみだトリフォニーホール”を活動の拠点とし、渋谷の“オーチャードホール”でも定期演奏会を行っている。多摩定期は東京の西地区に住むファンにとって通いやすいコンサートで、定期と同様にトップクラスの指揮者が登場する。聴衆は多摩地区だけでなく、川崎・相模原からも訪れるという。2000円以上のチケット持参で、ホールと周辺商業施設の駐車場料金の割引サービスが受けられるのも魅力である。
もう一つ。ジャパン・チェンバー・オーケストラ(JCO)が、一昨年からここの大ホールでのみ公演を行っている。JCOは有能な若手演奏家の集団で、指揮者を置かずに古典から現代曲までフルオーケストラの曲をこなしているところが驚きである。当初、銀座・王子ホールのレジデンツ・オーケストラとして現代曲を中心に活動を始めたが、様々な事情が重なり2年ほどで活動を休止した。その後、パルテノン多摩のサロン・コンサートに定期的に出演していた都響コンサートマスター・矢部達哉氏と新日フィル主席クラリネット奏者・山本正治氏が、ホールに相談を持ちかけて活動再開となったという。9/22(土)で第5回を迎えるが、第3回よりベートーヴェンの交響曲シリーズをスタートさせ、前回より同ピアノ協奏曲シリーズをスタートさせている。個人的にも是非聴いてみたい公演である。
こうした積極的な事業推進で、稼働率は大・小ホールともに80%前後に達しているそうである。カラフルで人目を引く広報誌は、多摩市だけでなく周辺市にも新聞折り込みの形で広く配られている。今では毎回約40万部に達するということである。
首都圏のホールとしての特徴・苦労や今後の方向性をお伺いしたところ、やはり若い人は都心に出かける傾向が強いので“中高年の方や主婦層が魅力を感じる企画”、逆に都心から移転してきた“大学や本社機能を置く企業との連携”がポイントのようである。経費は抑えつつ、いかに事業を継続するかに苦心されておられる様子がうかがえた今回の取材であった。また足を運びたいホールとしての魅力をいつまでも持ち続けてほしいと願っている。
パルテノン多摩 http://www.parthenon.or.jp (小口恵司記)
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