No.153

News 00-09(通巻153号)

News

2000年09月25日発行
Richard Pilbrow氏

本ニュース先月号(2000年8月)の記事「シアターコンサルタントの活躍」について、記事掲載直後に、欧米を始め世界中で活躍されているTheatre Consultants Inc.会長のRichard Pilbrow氏からコメントが寄せられました。今月は、まず最初にそれをご紹介します(英語の原文は、当事務所ホームページhttp://www.nagata.co.jpにてご覧いただけます)。

The Acoustician and the Theatre Consultant must be Friends

 先月号の永田音響設計ニュースを興味深く読みました。
稲生眞氏は、ホールという複雑な建物を設計する建築家をサポートする上で、劇場コンサルタントと音響コンサルタントの自由な雰囲気での協力関係が重要であることを述べています。ホールというのは様々な建物の中で最も複雑なものではないかと思いますが、今日、ホール設計にたずさわる建築家はそう多くありません。劇場やコンサートホールや芸術センターの設計では、美学、技術、音響、人間関係、劇場機能、経済など、芸術性と実用性が複雑に絡んでいます。

 私の友人でもある小川俊郎氏のコメントにもあるように“劇場コンサルティング”という専門分野が確立したのは20世紀初頭のドイツにおいてと言えるでしょう。第2次世界大戦で破壊された多くのドイツの劇場の再建を通して、劇場コンサルティングという職業が広く認知されるようになりました。アメリカでは、1950年代に特に大学で新しい劇場が多く建設されました。その大学の教官が劇場設計に関与するケースが多くあり、劇場コンサルティングを専門とする教官も登場しました。その頃、といっても30年程の開きはありますが、イギリスでも劇場建設の機運とともに職業としての劇場コンサルタントが誕生しました。我々が最初に技術面を中心としたコンサルティングを担当したのが、ロンドンで待望されていたロイヤル・ナショナル・シアターやバービカン・センターのプロジェクトでした。

Richard Pilbrow氏

 どちらの劇場も、それまでのイギリスにおける劇場に比べて遥かに洗練されたものでした。両劇場はソフトの面では成功していますが、劇場というハードとしては、劇場としての雰囲気や親密感といった点で問題を含んでおり、これらは生の演奏や上演を行う空間において必要不可欠な要素なのです。この問題は、これら二つの劇場に特有のものではなく、1925年から1975年にかけて建設されたいわゆる“モダン”で非人間的なデザインのほとんどの劇場において、古い劇場のような特徴や魅力が欠けていると言ってよいと思います。 モダンなデザインの劇場の多くが劇場として相応しくないと認識したのは、我々劇場コンサルタントの中で私が最初ではないかと思います。そして我々は、劇場の実用面・機能面のことだけでなく、劇場らしい雰囲気作りや観客の劇場体験を盛り上げるような客席まわりの計画・設計にも関わるようになってきたのです。

 今、我々Theatre Projects Consultantsが最も力を入れているのは、活気ある劇場空間を設計すること、すなわち、観客の創造力と参加意識をかき立てるような、観客と演者の強い一体感が感じられるような空間を創り出すことです。観客の意識を盛り上げ、忘れがたい体験が得られる雰囲気のある劇場が、すばらしい公演を生み出すのだと思います。 我々は、機能的にも経済的にも芸術的にも、いずれも高次元で成り立つ劇場作りを目指しています。設計にあたっては、まず、劇場が計画されている地域とそこに住む人々のニーズを徹底的に調べ、それを建築計画と予算計画に反映させ、無理のない運営予算計画を練り、舞台・客席の基本計画を立案します。設計段階では、舞台の視線チェックを行い、劇場技術と音響設備を含む劇場設備のとりまとめを行います。

 設計段階で劇場設備メーカーの設計支援を受けそのメーカーが劇場設備を納めるのは、適正なやり方ではないと思っています。それはまるで彼らに建築主の財布を渡してしまうようなものです。我々はメーカーに大いに敬意を払い彼らと密度の濃い仕事をしていますが、舞台裏での様子や劇場設備操作について熟知しているメーカーはほとんどありません。

 我々は世界各国でコンサルティングをしています。異文化圏ではまず、彼らの本当のニーズを汲み取らなければなりません。西洋文化がまさに求められていることもあれば、逆に全く相応しく無い場合もあります。様々な状況の中ではバランス感覚が重要です。

 イギリス・アメリカの劇場コンサルタントの多くは舞台照明家出身者です。舞台照明家は劇場コンサルタントに相応しいトレーニングを受けているといえるでしょう。舞台照明家は現実的なことと芸術的なことの両方の場面に関わります。演劇・オペラ・バレエなどの製作に関わり、舞台監督や舞台美術家、演者といった人達の演出場面に立ち会い、あるいは劇場の建築設計者や技術者とも関わります。技術や工学やマネージメント出身者は、チームの一員として参画しない限り彼らの専門性が強過ぎるのです。実際に演劇や音楽の現場で実務経験のあることが、劇場コンサルタントに最も相応しい経歴といえるでしょう。

 劇場コンサルタントは個人で行うには難しい仕事だと思います。コンサルティングはあまりにも複雑で多岐に渡っているので、建築・舞台・電気の知識を持った者と演劇や音楽やパフォーマンスの経験と知識を持った者の共同作業が必要となります。

 先月号のニュースで私が意見を異にするのは、コンサートホールについてです。コンサートホールにも劇場コンサルタントは必要だと思います。コンサートホールとは“音楽のための劇場”ではないでしょうか。サイトラインやバックステージ計画や聴衆の動線計画、また演出照明や連絡設備や音響設備など劇場コンサルタントを必要とする場面が多々あります。私の知る限り、コンサートしか行われないコンサートホールは無いといってよいでしょう(ウィーンのムジークフェラインでさえそうです)。どこでも時折コンサート以外の催しものが開かれています。見本市、卒業式、会議など、大がかりなこともあります。ニューヨーク・フィルの本拠であるエイブリ・フィッシャーホールの全公演のうち、オーケストラ公演は40%で、残りはコンサート以外のありとあらゆる劇場要素の強い催し物です。従って、コンサートホールであっても劇場コンサルタントと音響コンサルタントの共同作業は必要だと思います。我々は、コンサート専用に設計されながら、オープン後あまり実用的でないことが分かり、利用頻度が少なくて運営コストがかさむことから、より使い易い方向への改修を望むホールのコンサルティングを請け負ったことが何回もあります。

 音響と劇場機能上の要求のどちらが優先されるべきかの議論は常にあります。我々“劇場派”が照明を仕込みたいと思う場所に音響サイドは反射板が欲しいと言い、音響サイドが堅い反射壁が欲しいと思う場所を我々は客席にしたいと言ったりします。しかし、建設的で合理的な論議を尽くせば、両者の主張の解決点が見い出せるはずだと思います。こうした努力が、お互いの理解や経験を深めてよいチームワークを生み、共通の最終目標、すなわち芸術家と観客のための魅力的な劇場空間の創造に繋がるといえるでしょう。(Richard Pilbrow記)

参照:Theatre Projects Consultants Inc.ホームページ(http://www.tpcworld.com)

新十津川町総合健康福祉センター“ゆめりあホール”

 新十津川町は、北海道の札幌と旭川の中間辺りに位置する人口およそ9千人の町である。札幌からはJR札沼(さっしょう)線というのが北に向かって走っており、その終点が新十津川である。ただし列車の本数は日に数本しかなく、しかも3時間近くかかる。滝川市に隣接していることから、アクセスとしてはJR函館線の滝川駅からタクシー(約10分)を利用する方がずっと便利である。札幌から滝川までは特急でおよそ1時間で、ほぼ1時間に1本のL特急が走っている。

 この新十津川町に「ゆめりあホール」と命名されたおよそ350席のホールが今年の3月にオープンした。建築設計は北海道開発コンサルタント、施工は大成・泰進・中根特定建設共同企業体他で、永田音響設計が一連の音響設計・監理・測定を担当した。「ゆめりあホール」は、新十津川町総合健康福祉センターの一施設として設けられている。

 この総合健康福祉センターは、町民が健康で明るく生活するために必要な保健や予防、健康的な身体づくりや生きがい学習の助長、介護、福祉サービスに関する助言のほか、障害者や高齢者の自立した生活の維持を側面から支援できる機能を併せ持った複合施設で、ホールの他に●練習室●各種研修室●創作活動室●調理実習室●工作実習室●教養娯楽室●リラクゼーションルーム●健康体力増進室●健康づくり指導室●体力増進機能回復訓練室●視聴覚障害者ライブラリー●心身障害者共同作業所●在宅供食調理室●在宅介護支援室●検診室●乳幼児室●各種相談室・・・等々、列挙するだけで大変な数の室が用意されている。いわば、ホールなどの文化施設に、最近各地で建設が進んでいる生涯学習施設、健康福祉施設、介護福祉施設などの機能を総て盛り込んだ、まさに総合施設なのである。

 さてこのような施設の一環として誕生した「ゆめりあホール」の大きな特長は、基本的には多目的ホールであるものの、このホールが限りなく音楽専用ホールに近い機能、音響性能を持っていることである。この町にはこれまで公民館程度の集会施設はあったものの、ホールと呼べるような施設は無いに等しかった。このような場合、まずはどんな演目に対しても柔軟に対応できて管理運営もやり易い普通の多目的ホールを作るのが一般的であり正解といえるだろう。しかし新十津川町では、町長や助役を始めとして音楽ホールとしての音響性能を追求したホールの建設に熱心であった。一般的には新ホールを新設した際に備品として購入されるコンサートピアノ(しかもスタインウェイ)が、すでに数年も前に購入されていて公民館で使用されていたという事実からも明らかなように、これまでも音楽方面の文化施策に対してかなり熱心な町なのである。スタインウェイが町レベルの公民館に設置されているという例もあまり聞いたことがない。さらに、隣接の滝川市に非常に近いという地の利もあった。一般的な多目的ホールとしては、すでに滝川市に設置されている大型の市民会館を利用すればよいし、逆に新十津川の音楽ホールとしての公演に対しては滝川からの来客も期待できるという判断も、本ホールの性格付けの決定に対して大きく影響している。何事も行政区分で線引きされた範囲内でしか物を考えようとしない地方行政が多い中で、広域的な行政の考え方はこの分野の文化行政に必要不可欠であろう。

 音楽専用ホールに近い多目的ホールとしてのハード面での特徴はステージ上の走行式音響反射板であり、このこと自体は昨今ではそれ程めずらしいことではなくなった。他の一般的な事例との違い、本ホールにおける大きな特長は次のような点にある。

音響反射板格納時
音響反射板設置時
  1. 音楽ホールとして望ましいホール形状をまず最初に決定し、次にステージ上の天井や壁面が音響反射板として移動するような機構の検討を進めた。従って、まずプロセニアムの寸法や位置が決定された上でのホール形状検討ではなく、それらの存在が音楽ホールとしての機能にほとんど影響を与えないような形状とすることができた。これには、本ホールの規模が大きくなかったことも大きく寄与している(一般的には走行式音響反射板の自立に必要な構造(厚みや部材構成)がその形状決定に対して大きく影響している)。
  2. 意匠面においてもステージまで含めた一体的なデザインが施され、一目見ただけではステージ上の天井や壁面が音響反射板として動くようには見えない(写真参照)。
  3. 音響反射板の正面壁は下半分が可動式で上下する機構となっており、上げた状態で格納することにより反射板部分が倉庫として活用できるようになっている(従来型走行式反射板の大きな欠点は設置面積を大きく必要とすることであったが、倉庫としての利用を可能としたことにより反射板専用の必要面積を最小限とすることができた)。

 結果として、音楽ホールとしての室容積は客席数352席に対して4700m3が確保されており、一席当たりの気積としては13.4m3と本格的な音楽ホール並の室容積と室形状が実現されている。残響時間は、約1.4秒(満席時、500Hzにて)である。

 オープニングコンサートとして、中村紘子ピアノリサイタルと早川正昭指揮の新ヴィヴァルディ合奏団によるコンサートが催された。いずれも350席規模のホールとは思えない豊かで余裕のある響きを確認できた。基本的に多目的対応となっているため色々な演目にも対応可能である。閑古鳥の鳴かない稼働率の高いホールであって欲しいが、ホール設計における意図を生かすためには、コンサートを主体とした自主事業の展開が不可欠である。今後の積極的なホール運営を期待している。(豊田泰久 記)

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