劇場コンサルタントの活躍
“劇場コンサルタント”という職業を知ったのはかなり以前のことである。しかし、その活動の実態は当事務所が音響設計を担当しているW.ディズニー・コンサートホール担当者の報告から知ることができた。このプロジェクトにはイギリス、アメリカで活躍されているTHEATRE PROJECTS 社の社長、R.Pilbrow氏が参加している。
わが国においてもホール計画にあたってシアターコンサルティングという業務の重要性が浸透してきており、現在、数人の方々がこの分野で活躍されている。音響設計を担当している私たちもいくつかのプロジェクトで劇場コンサルタントの方々と共同作業を行ってきた。今回は音響設計者から見た劇場コンサルタントの業務について報告したい。
劇場コンサルタントの誕生:
この劇場コンサルタントという業務はいつ頃、どこで発生したのであろうか。この件について海外の多数の劇場で実務を体験されてこられた小川俊朗氏に電話で伺ったところ、発祥はドイツ、今世紀初頭にはじまった舞台機構の近代化、規模の拡大、新機構の導入などといった劇場の変革を背景に、舞台技術(Buehnenntechnik)というジャンルが誕生、その技術者によって結成された職業集団であるとのことである。それが戦後、英国のナショナルシアター、バービカンセンターなどの計画において、その活躍が国際的にも着目されるようになったのである。現在の大きなテーマはニューヨークリンカーンセンターのリニューアル計画だと聞いている。
劇場コンサルタントの仕事:
施主、中でも公共団体が新しいホール計画にあたって彼らに求めるのはまず、ホールの性格、規模と構成、敷地の選定など基本的な枠組みの決定といってよいであろう。彼らは施主の意向をうけて、ホールの基本構想を検討し、彼らが提示、承認された計画に基づいて、建築設計、舞台設備設計、また、音響設計を進めるというのが本来の劇場設計の流れである。もちろん、この内容は開館後の運営計画をふまえたものでなければならない。
戦後の多目的ホールの計画において、この役目を形式的にしろ、こなしてきたのは、建設委員会という名称で代表される委員会組織である。この構成メンバーは通常、施主側の幹部と学識経験者、音楽、演劇、舞踊など各界の代表者であった。その委員会の任務は事前に施主側で制作された基本計画案についての審議であり、これをオーソライズするというのが仕組まれた機能であった。また、舞台設備の計画から設計までの実務作業─これが本来の劇場コンサルタントの基幹となる業務なのであるが─は舞台機構、照明、ときには音響設備の専門業者の手によって行われてきたというのが実情である。このような仕組みで誕生したのが全国各地に点在する多目的ホールをもった、市民会館、県民会館であった。
また、聞くところによれば、欧米の劇場コンサルタントの報酬は舞台設備工事費総額の3%とのこと。報酬のベースが工事金額となっている点は建築設計料と同じ構図であり、その業務は舞台設備の設計、監理であることを物語っている。われわれが彼らに期待している業務には劇場、ホールの基本構想という重要な課題があるが、欧米の劇場コンサルタントはこの種の業務をどのような位置付けで処理しているのであろうか。また、この報酬についてどのような基準があるのだろうか、知りたいところである。
わが国の劇場コンサルタント:
わが国で劇場コンサルタントの必要性が叫ばれたのは新国立劇場の計画が開始された時点である。とくにオペラの伝統のないわが国では、海外の専門家の知恵や経験に頼らざるを得なかったというのが実状である。この新国立劇場の計画、設計を機にわが国では劇場コンサルタントが脚光を浴び、文化施設の計画においては彼らの登場が頻繁に行われるようになり、今日に至っているのである。
劇場コンサルタントの方々にはいくつかのタイプがある :
- 劇場の調査・研究を専門とされコンサルタントの実務経験も積まれた方─これも調査・研究の内容によって専門がやや異なる─
- 逆に現場の技術者として経験を積まれ、学校で教鞭をとる傍らコンサルティングも行なっている方
- 劇団関係者あるいは劇場運営に長年携わって経験を積まれた方
- 舞台監督、舞台美術、舞台照明、舞台音響などの上演スタッフとして豊富な知識と経験を積まれた方
- 劇場建築設計を自らの専門と謳う方
など多種多様のバックグラウンドをお持ちの方が劇場コンサルタントとして活躍されている。
欧米のコンサルタントとわが国のコンサルタントとの大きな相違は何処にあるのだろうか。欧米のコンサルタントが舞台設備の設計・監理という実務から出発しているのに対して、わが国のコンサルタントの主要業務は劇場計画にあるといってよいであろう。欧米のコンサルタントは舞台設備の設計図を作成するが、わが国のコンサルタントの業務は設備の構想、基本設計にとどまり、設計図の作成は依然として舞台設備工事者の手にゆだねられている。これは音響設計における舞台音響設備設計の現状にも見られる傾向である。
音響設計と劇場コンサルタント:
クラシック音楽専用のホールはその規模、客席配置の形状にいくつかの違いはあるとしても、劇場としての基本的な構成は決まっており、特別な舞台設備は必要としない。建築設計者と音響コンサルタントで計画が可能な施設だといいきってよいであろう。現にわが国の著名なコンサートホールはこのような設計組織で誕生している。照明コンサルタントが介入したために、不要な照明用のラダーを天井に付けっぱなしの音楽ホールがある。
ただし、多目的ホールとなると別である。今後の多目的ホールでは劇場コンサルタントの力を借りて明確な性格を打ち出し、それに応える舞台設備を構築する必要がある。 われわれも新国立劇場の計画において、舞台音響、連絡設備、映像設備の設計を行った。ここで、わが国を代表する舞台設備専門家の方々、劇場コンサルタント、上演スタッフ、舞台技術者の方々と舞台設備のあり方について討議の場を重ねてきた。これまでも、照明、機構の方々と個別の話をする機会はあったが、このような総合的な視点から舞台全般について共同で、しかも様々な主張の衝突の中で解決を求めてゆくという仕事は初めての体験であった。劇場コンサルタントの仕事の複雑さ、重要性を知った貴重な体験であった。 仕事の性格上、音響コンサルタントは音楽指向、劇場コンサルタントは演劇指向という傾向は拭いきれない。今後の共同作業をとおして、より高い次元での調和を目指してゆきたいと考えている。(稲生 眞 記)
今秋5周年を迎える「黒部市国際文化センター」の運営
本誌1996年5月号で紹介した黒部市国際文化センター「コラーレ」がこの秋5周年を迎える。建設から運営まで地域住民の積極的な参加によって計画されるという市民参加型のプロジェクトとして、また、建築的にも日本建築学会作品賞等を受賞するなど、当時話題になった施設である。当初から元気なこのホール、市民と市民主導のサポート役に徹した事務局との二人三脚に秘訣があるようである。ここでの運営の基本方針である市民主体の運営=市民自らの意志(企画等)と手(ボランティア)による運営の実態を紹介したい。
コラーレは、人口約3万7千の黒部市に1995年11月にオープンした施設である。大ホール(カーターホール:886席)、マルチホール(208席)、リハーサル室からなるホールゾーンと展示、図書、創作、工房等の学習ゾーン、屋外の能舞台のゾーンからなる。この施設、これまでの入館者数は約80万人、利用状況を見ると年々増えているようである。主要施設の昨年度の稼働率は大ホールで69%、マルチホールで78%、これまでの累計稼働率でも大ホールは61%、マルチホールは70%とかなり高い。オープンな雰囲気に加え、夜間10時半まで開館しているためか、イベントの有無によらずレストラン、学習室の利用者も多い。そういえばコラーレを訪れると、午後、ロビーで中高生をよく見かける。試験の前になるとロビーにも机を出さなければならないほどとか。イタリアンレストランの盛況にも市民の溜まり場的存在が伺える。
設計と同時進行の運営計画:
このプロジェクト、今では文化施設の計画手法として定着してきているが、指名プロポーザルで選ばれた設計者の新居千秋氏の熱意とこだわりがプログラムの見直し、運営計画の策定へと発展させている。この時の市の対応もすばらしく、市民、専門家、設計者をメンバーとする別枠予算の運営企画会議を別に組織し、管理運営規定の策定、事業計画とその収支計画、広報宣伝、販売計画から具体的なオープニングイベントの計画立案、レストラン業者の公募等々のソフト面での検討を設計作業と並行して進めて行ったのである。このプログラムを作る過程そのものがシンポジウムや見学会であったり、イベント化したりもした。また、運営サイドが企画、設計に参画し、意見反映してきたことが施設への愛着にもつながっているとも聞く。今も市民が中心となって運営するコラーレの原型がこの段階で作られたのである。
住民参加の仕掛け:
1年半をかけて検討された市民主体の運営の特徴は、オープニングの方法、運営体制、コラーレ倶楽部にみられる。建物の名前が売れることよりも、できるだけ多くの市民に関心を持ってもらうという方針のもとに計画されたオープニング事業は、よくある単発花火型ではなかった。最初の1年、完成した建物を隅々まで見てもらう期間に始まり、施設を実際に使ってもらう期間、一流のアーティストの芸術を鑑賞する期間、集客性のあるイベントを中心に行う期間と、長いスパンでじっくりとした構成となっていた。派手さはないが、継続性重視の市民のためのオープニング事業が展開されたのである。そして企画運営の核として、運営委員会、コラーレ倶楽部を位置付けている。コラーレは黒部市国際文化センターという財団運営であるが、市民参加という意味の積極的な運営の要は、計画当初の運営企画会議の意思を受け継ぐ運営委員会にある。財団の理事会に自主事業や運営方針を提案するこの委員会は、専門的な立場の委員と一般市民が何時でも入会できるコラーレ倶楽部から選出された委員の半々で構成され、コラーレすべての事業について企画立案、提案をしているのである。コラーレ倶楽部は建設中のプレイベント事業の中で市民の参加を呼びかけ、設立されてきたもので、チケット優先予約、割引・優待、情報誌の配布、レストランの割引等の特典に見られる従来の友の会をもう少し発展させたもののようである。情報提供、特典というよりも、活動、ボランティア、交友に力を入れた能動型の組織といえる。多用な利用者のニーズにも答えているように思う。特に運営企画に参加という点では、自主事業等を企画運営している運営委員会の半数の委員を送出している倶楽部の活動が重要な位置付けになっている。さらに、サポート役に徹した市担当者の市民主導の運営体制作りがホールに活気を与えていることも見逃せない。この活発な体制が、今も元気のあるホールのもとのようである。
今もプログラム作りに住民参加:
倶楽部会費は2年間で3000円、仲間を募ってサークルグループを作り、企画し、それを提案できる。採用されれば主催事業として自分達の手で実行するシステムも魅力のひとつとなっている。現在、会員数約1000人、倶楽部内にサークルグループが11あり、年々増え続けているそうである。グループには学芸員室が活動場所として無料で利用できる等の特典にも市民参加重視の体制が伺える。自己表現したい人、裏方に興味ある人、ボランティア活動したい人等々、得意分野を持ち寄ったグループ活動が施設を盛り上げている。運営委員は14名で、月に1回の委員会は、実施したイベントの結果、予定イベントの準備状況等から入場者数のチェツク、広報活動、チケット販売報告等、さらに、秋には次年度の事業計画をそれぞれが企画を持ち寄り決めていくという。また、倶楽部員が発行している情報誌コラーレタイムスの企画募集による提案も検討される。事務局はそれぞれの企画に予算的な裏付け、出演者側への可能性等を調べ、企画書として完成させ委員会に提出する。例年100件を超える企画書を催し物のバランス、集客性、芸術性、コラーレらしさ等から約30件に絞り込むという。事務局スタッフも大変忙しそうであるが、事務局のオープンな活気に満ちた雰囲気がこの施設を支えているのであろう。計画当初から市側の窓口として、また事務局側から施設を支えていた方々も今年の春までに市役所に戻られた。事務局の後継も着実に行われていると聞く。
最近のコラーレ倶楽部通信という連絡誌に倶楽部新聞部が発足した旨の見出しを見た。情報誌が倶楽部会員の有志に委ねられるという。また、催し物案内にサポータ募集という大きな見出しが掲げられている。これら市民手作りの活動支援状況をみると関係者の施設への愛着が伺え、嬉しくなる。参加型の文化施設の理想モデルとなってほしいものである。
黒部市国際文化センター:富山県黒部市三日市20番地 tel:0765-57-1201
http://kurobe.city.kurobe.toyama.jp/(池田 覚 記)