ホールを支える人シリーズ その2
薄崇雄さん(喜多方プラザ文化センター)
ホールを支える人シリーズの第2回として、喜多方プラザ文化センターの薄崇雄(うすきたかお)さんを紹介したい。薄さんは喜多方のご出身。1983年、会館オープンの直前に東京のPA企業から故郷にUターンされ、今日まで会館職員として舞台技術とホールの運用企画を担当されてこられた。決して潤沢とはいえない設備の地方の会館で、薄さんはこつこつと工夫を重ね施設をフルに活用されておられるし、また地元との自然な結び付きの中で様々な企画を推進されている。勉強家であり、東京での舞台技術の会合などでもよくお見掛けする。現在、薄さんは日本PA技術者協議会の副理事長という要職についておられるが、決して親分肌の方ではなくむしろ控え目な方である。新春の雪がうっすらと積もった喜多方プラザに薄さんを尋ねた。
喜多方市は会津盆地の北にある人口3万7千人、世帯数1万の町。いまは蔵の町、ラーメンの町として全国にその名が知れわたっている。喜多方プラザ文化センターは1,176席の大ホールと400席の小ホールをもった中規模の文化会館である。10年前の開館当時は建築からみても設備からみても、進んだ文化施設の一つであったが、今となってみると地味な会館である。しかし、この文化センターは多彩な自主事業、地元文化団体の育成などユニークな活動を展開している。
いま文化施設についてはその運用の難しさが指摘されているが、この会館は毎年10本から18本、平均で14~15本の自主事業を行っている。ホールの稼働率はオープン以来大ホールが約50%、小ホールが70~80%を維持しており、最近は大ホールの利用率が上昇するという盛況である。また、自主事業の入場料収支比率も全国平均が60%という中で、80%という高い値である。このような奇跡的ともいえる会館活動の秘密はいずこにあるのだろうか?薄さんの存在が大きいことはいうまでもないが、行政側の理解、市民の協力など個人の熱意や力を越えたファクターがないと、とかく息切れしてしぼんでゆくのが一般である。この点からお話しを伺った。
N:薄さんは当時花形企業だった東京のPA会社から故郷とはいえ、地方の会館に転職されましたね。そのきっかけとなったのは何だったのでしょうか?
薄:この会館の図面を見たとき、ここなら自分が好きな事が何とかやれるな、という直観的な印象を受けました。クラシック、ポピュラー、それに演劇まで大小ホールの規模からいって非常に使いやすい施設です。
N:いま文化施設の運営については、企画会社に委嘱したり、専門プロデューサーをおいたりいろいろな方式が採用されております。オープニングプログラムは豪華だけどその後が続かないという傾向の中で、この会館はオープン以来手作りのプログラムが続いていますね。記録を拝見しますと、初回の59年度のプログラムは回数も8回と少なく、内容もむしろ地味ですが、それが年ごとに内容が充実してきています。私がリヒテルのピアノリサイタルにうかがったのは昭和61年の秋でしたが、クラシックでは昨年はプラハ交響楽団、今年は小澤征爾さん指揮の新日本フィルハーモニーの演奏という大物が予定されていますね。人口3万7千人の町の企画としては大胆な企画のように思うのですが、企画についてのお考えと、これを消化できる土壌についてお伺いしたいのですが。
薄:企画番組の内容は一流で行くべきだ、というのが私ども企画関係者の一貫した姿勢です。いい内容のものを提供するというのが公共ホールの大事な使命だと考えています。それと、地元の観賞団体、創作グループの育成にも努力しております。イベントの主催者育成の教育講座なども開催しました。
また、自主事業についてはわれわれはあらゆるメディアを動員してPRに努めております。企業を尋ね、お願いもしますし、テレビスポットも利用します。その甲斐があって、チケットの売れ行きは非常によくなりました。たとえば、昨年末のプラハ交響楽団ですが、1万円というチケットが3日間で売り切れました。これには関係者も驚いた次第です。
N:自主事業が成功されているから問題はないでしょうが、会館によっては、自主事業の内容や成果について、行政側や議会側からの干渉があることを聞いていますが。市当局と会館との関係もここではうまくいっているのでしょうね。
薄:一般の文化会館の多くが、市の教育委員会の直属で運営されていますが、この会館は会津北部の7市町村で構成される喜多方地方広域市町村圏組合の共同事業として管理運営されています。だから、喜多方市との間には公的には直接のパイプはありません。むしろたまには批判や苦情がほしいなど館長も言っているくらいです。ですから、他の会館では行政の機構上不可能な事、たとえば年度を越えての事業計画なども自由にできますし、些細なことですが、要求があれば楽屋にお酒をとどけることもできるのです。市直属のホールでしたら難しいでしょう。それに、われわれ職員の行動も自由なのです。それだけに責任を感じております。
N:拝見していますと、この会館は人の出入りが多い会館ですね。地方のホールによっては、地元と絶縁されている感じのホールがありますが、ここでは市民の方が自由に出入りし、一緒になって会館をうまく利用して楽しんでいる感じがします。昨年12月のプラハ交響楽団のチケットが3日間で売り切れたとか、いま、大都市のホールでもチケットの売れ行きが鈊っているという中で、驚くべきことですね。喜多方という町の風土、人々の気質なども関係しているのでしょうか。
薄:今日と明日、全国児童青少年演劇協議会という児童劇の団体の総会がここで行われてますから、一層賑やかです。この会館が核となって、1991年からNLC(New Life Circle)フェスティバルという創造活動が発足しています。これは音楽、演劇、芸能などあらゆるジャンルを包み込んだ活動で、会館側もできるかぎりの便宜を図っております。
幸いにも、最近、米沢市との間に冬でも通れるトンネルでつながった道路ができ、山形県からもお客が集まるようになりました。それにプラハ交響楽団の場合には地元の裏磐梯高原ホテルとタイアップして、宿泊、ディナー付きのコンサートチケットを発売しました。その40席のチケットも完売しました。また、教職員互助会をとおして、一般とは別のチケット販売ルートも確保してあります。
私が喜多方出身なので贔屓めの発言になるかも知れませんが、喜多方の人の特色というのは新しいもの好き、それと、娯楽的要素よりも教育的要素が好きだということです。隣の若松市が武家社会だったのに対して、喜多方は商業、流通の町だということがいえます。盆地の町ですが、関心は外に向かっているのです。以前、町の青年会議所の方々に協力して喜多方の歴史ビデオの制作を進めたことがありますが、出土品や資料から分かったことは、この会津の地は大和朝廷時代に東北一帯に勢力をもっていた豪族の根拠地だったらしいのです。そのような先人の気質が支えているのかも知れません。
職の関係で町を離れている人も当然おりますが、その人達にとって故郷という意識は非常に強いような気がします。この小さな町には20の山車があるのですよ。町は年ごとに活性化しておりますし、人口も一定だということは若い人が定着しているという事でしょう。
N:ところで、薄さんは数年前からFBSR会というホール音響技術者の勉強会を企画されていますね。とかく、舞台技術という世界が流儀や芸の世界で扱われ、技術的な側面が掴みにくく、設計にフィードバックできないことを痛感しています。この集いには私どもも大いに期待して電気音響関係者を出席させるようにしております。近々、会合がありますね。この会についてお聞かせ下さい。
薄:もともとこの会は北日本地方の音響技術者の研修会として発足した集いで今年で7回めになります。今年は2月2日、3日の二日間、山形市民会館で開催します。テーマは《ミキシング・パート2「等価器の功罪」How to EQ》で、講師は半田健一氏と岡田辰夫氏を予定しています。実際のミキシングを体験していただけるよう準備を進めております。所属やお仕事に関係なく、音に興味のある方の参加を希望しています。詳細は喜多方プラザ文化センターまで問い合わせ下さい。研修の参加費は5,000円です。
N:話しは尽きないのですが、最後に今後の会館の建設について、設計側への希望をお伺いしたいのですが。
薄:申し上げたい事が二つあります。現在の会館はどちらかといえば既存のものを展示、再生する施設で、創作する場が全くといっていいほど考慮されていません。この会館でも何か製作しようとしてもその場所がないのです。アトリエ的な機能が欲しいのです。それから、これはわが国の文化施設に共通した問題ですが、教育的な施設が全くないことも残念です。今後の会館では是非考慮していただきたい点です。
N:貴重なご意見をありがとうごさいました。
付記:喜多方プラザ文化センターでは、事業の一つとして地元アマチュアのホール技術者の養成を行ったり、新規ホールの職員研修を受け入れたりしている。新しい会館で職員の技術研修や運営についての相談を希望されるところがあれば、問い合わせされるのがよいと思う。
喜多方プラザ文化センター:
〒966 福島県喜多方市字押切川向5364-1 Tel & Fax:0241-24-4611
本の紹介
『「超」整理法』 野口悠紀雄 著 中公新書 1159 中央公論社 定価720円
恒例の年末の大掃除はいかがだったでしょうか。私は机の上の書類の片付けだけで、部屋に積み上げた段ボール箱はそのままで年を越し、わが事務所の年末のSS(整理、整頓)も業務に追われ片付け程度のことしかできなかった。ところで、整理法について画期的な本が出た。この「超」整理法である。
著者の野口さんは工学部ご出身の経済学者、多くの著作がある。まず、あとがきに心ひかれた。“私が「整理法」について本を書きたいといい出したとき、私のまわりのすべての人は、驚き、かつ呆れ、あるいは、私の正気を疑った。それは当然のことで、私の研究室は、「乱雑」「混沌」「無秩序」という言葉の実例そのものだったからである。””
著者が提案する整理法は「整理は分類」からという従来の考え方を捨て、時間軸で並べるという方式である。情報を分類する事自体が無理であるとし、新着の書類、使用した書類を時間軸で並べることによって使用しない書類は自然と片側に押しやられ、廃棄候補が抽出されるという仕組みである。名簿もパスポートさえも例外なく、書類と同じ一つの棚にならべることを主張されている。
なお、本書には整理の手法として、図書館方式(デパート方式)、百科辞典方式(アルファベット順に並べる山根式)、検索簿方式、それにこの超整理法という時間軸検索方式の4方式を、検索スピード、操作が簡易かどうか、フェイルセーフ(まちがった作業や放置によって混乱を招くかどうか)、事故の種類、捨てる判断、変化への対応、秩序の時間的推移、共有できるか、などについての比較がある。名刺もフロッピーも分類せず、時間軸で整理すべきことを強調している。この整理法が自然に受け入れられるのは著者もいっているようにネクタイであろう。ただし、この整理法はあくまで個人の作業ファイルの整理法で、助手も秘書も必要としないところに魅力がある。書籍などは検索簿方式を推奨している。また、パソコンの使い方にも鋭い指摘がある。
NEWSアラカルト
オーディオ試聴用CD MUSIC REFERENCE FOR LISTENING ROOM
日本オーディオ協会ではこれまでオーディオ機器の調整、チューンナップ、試聴、測定用信号を収録したCDを販売してきたが、その13号として、表記のCDをリリースした。内容は、パイプオルガン、三十絃琴、尺八などの単一楽器から、打楽器のアンサンブル、独唱、合唱、パイプオルガンとオーケストラの合奏など、従来のテスト用プログラムにない邦楽器など新しい音源が豊富に盛られている。また、打楽器のアンサンブルについては音楽ホールと無響室で同じ曲目の録音が行われている。録音には松本市音楽文化ホール、筑波ノバホール、戸田市文化会館、石橋メモリアルホールなどが使用されている。V=ウィリアムズの海のシンフォニーのマルチトラックの録音ではメインマイクと補助マイク別の分離した信号を聴くことができる。さらに、各種フィルターを通した時の信号、ビット数を変えたときの信号なども収録されている。録音の制作・監修は相沢昭八郎氏である。
お問い合わせは:(財)日本オーディオ協会 Tel:03-3403-6649まで 定価2,500円