No.063

News 93-3(通巻63号)

News

1993年03月15日発行

最近のオーディオ事情

オーディオ・オーディオビジュアルの将来展望

(財)日本オーディオ協会誌 JAS JOURNAL、1993年3月号が“A・AVの将来像”という特集を組んでいる。CD発売から25年目にあたる2007年をターゲットとして、問題点を洗いだし、将来像を作成するという中島会長の構想をうけて、各分野10名の専門家による今後の目標が語られている。オーディオ界全体の流れを知る上で参考になる記事である。

ライカ、コンタックスのないオーディオ界

最近の機器開発の歩みから見ても、機器やシステムは高密度、高品質、コンパクト化、簡易操作化などを目指して発展してゆくであろう。しかし、振返ってオーディオの源であるピュア・オーディオの分野を見ると、ハード、ソフトともども力が溢れていたと思えるのは、CDが発売される頃までではなかったかと思う。カセットテープとCDという二つのメディアで一段落していたかと思えたオーディオ界であったが、最近ではDATに引き続いて、MD、CCDなど新機種の登場である。オーディオ界もコンパクトカメラの時代を迎えた感がある。小型化、多機能、便利さなどの方向へ発展は認められるが、SPからLPへの変遷のときのような音の本質にふれる新鮮な感動はない。

多様化の時代である。現代人の楽しみ、余暇の過ごし方はいろいろであり、音楽との関わり方もいろいろであろう。当然、オーディオ機器も多様な様相に姿を変えながら発展してゆくであろう。しかし、コンパクトカメラ氾濫の時代にライカやコンタックスなど、かたくなな製品が生命を保っているという事実がある。カメラを極めてゆくと、ライカやコンタックスになるからであろう。そこには、発見の楽しみ、一つのものを深めてゆく楽しみと感動があるからではないだろうか。かつてのオーディオにはそれに連なる喜びがあった。発散一方のオーディオ界において忘れられているのはこの原点の見直しではないかと思う。しかし、この種の問題は何もオーディオ界だけのことではない。今、各地に乱立しているコンサートホールや文化施設についても同じである。また、そこで行われる演奏や催し物の内容をみても同じである。機能の誇示、豪華さ、華麗さ、手軽さ、便利さなど、安易に享受できる性質や性能が取り上げられているように思われる。

プログラムソースの質のバラツキ

最近のオーディオ界で感じるもう一つの点は、プログラムソースの質のバラツキである。スピーカコードを変えても音が変わるという時代なのに、市販のプログラムソースの音質の違いははるかに大きい。また、CDになって音は澄んで美しいが奥行きがない、深さがない、などといった印象はなんとなく底流にあるように思うが、機器の機能や性能の競争への執念に比べると、ソフトへの関心はあまりないように思える。たしかに、現在のオーディオの主流はラジカセであり、ウォークマンである。じっくりと耳を傾けて、聴きいるという風潮が薄れてしまった現代人と音楽との関係にも大きな原因があるであろう。

最近、あるコンサートの会場で求めた著名な室内楽団のCDであるが、その音質たるや弦楽器のギラギラしたところだけが派手に強調された内容であった。これは明らかにソフト制作者の感性の問題である。プログラムソースの制作にあたっては、オーディオの原点を見直していただきたいというのが筆者の希望である。

アナログレコードの発売

アナログレコード、いわゆるLPレコードが市場から姿を消して数年になる。しかし、この間も、キングレコードからはスイスプレスによるザ・スーパーアナログ・ディスクが発売されてきたことは一部のオーディオマニアの方はご存じであろう。秋葉原の石丸電気本店にゆけば、このザ・スーパーアナログ・ディスクを含め各国のLPレコードがまだ並んでいる。このキングのディスクに引き続いて、最近、デンオンからLPディスク、「デンオンPCMマスター・ソニック」シリーズの20タイトルが発売された。解説によれば、これは国内に残っている唯一といえるプレス工場で製作されたとのことである。最近のLPは材質がよく、針音はまず問題ない。なによりも暖かい音がよい。この様な、採算にはまず乗らないだろうと思える企画が続けられていることはコンパクトディスク時代のオーディオ界の一つの救いである。是非、忘れられたアナログレコードの音を感じていただきたい。各社のアナログレコードの問い合わせは下記まで:
日本コロンビア(株)洋楽部宣伝グループTel:03-3584-8224
キングレコード(株)販売促進第一部SAD係Tel:03-3945-2114

NEWSアラカルト

1992年度レコードアカデミー賞

紹介がおくれたが、昨年の12月に発表されたレコードアカデミー賞を紹介する。本賞は音楽之友社「レコード芸術」誌上において毎年発表しているクラシック関係のディスク賞である。

レコードアカデミー大賞

  • <交響曲部門>交響曲第9番ニ短調(マーラー)
    レナード・バーンスタイン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
    (グラモフォン POCG1509~10) ポリドール

レコードアカデミー賞

  • <管弦楽部門>交響詩「ドン・ファン」/メタモルフォーゼン/交響詩「死と変容」(R・シュトラウス)
    クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
    (ロンドン POCL1218) ポリドール
  • <協奏曲部門>ピアノ協奏曲第2番変ロ長調(ブラームス)
    アルフレッド・ブレンデル(P)、
    クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
    (フィリップス PHCP191) 日本フォノグラム
  • <室内楽曲部門>ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調/同第2番ニ長調/
    ヴァイオリンのための5つのメロディ(プロコフィエフ)
    ギドン・クレーメル(Vn)、マルタ・アルヘリッチ(P)
    (グラモフォン POCG1578) ポリドール
  • <器楽曲部門>後期ピアノ曲集(ブラームス)
    アファナシエフ(P)
    (デンオン COCO75090) 日本コロンビア
  • <オペラ部門>《トスカ》(プッチーニ)
    ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団・
    コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団、フレーニ(S)、ドミンゴ(T)、レイミー(Bs)他
    (グラモフォン POCG1580~81) ポリドール
  • <声楽曲部門>合唱曲集(ブラームス)
    ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モンテヴェルディ合唱団
    (フィリップス PHCP5209) 日本フォノグラム
  • <音楽史部門>ヴィオール曲集第1~5巻より(マレ)
    サバール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、コープマン(チェンバロ)他
    (アストレ NSC351~5(分売))ミュージック東京
  • <現代曲部門>未来のユートピア的ノスタルジー的遠方/夢見ながら「歩かねばならない」(ノーノ)
    クレーメル、グリンデンコ(Vn)
    (グラモフォン POCG1606) ポリドール
  • <特別部門/日本人作品>リアルタイム4~糸の歯車(高橋悠治)
    高橋悠治指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
    沢井忠夫(箏)、数住岸子(Vn)
    (フォンテック FOCD3156) フォンテック
  • <特別部門/日本人演奏>合奏協奏曲第1番(シュニトケ)、カルメン組曲(ビゼー/シチェドリン編)
    岩城宏之指揮オーケストラ・アンサンブル金沢
  • <特別部門/全集・選集・企画>クリュイタンスの芸術《オペラ編》第1&第2巻
    アンドレ・クリュイタンス(指揮)
    (エンジェル TOCE7871~81) 東芝EMI
  • <特別部門/録音>楽劇《ジークフリート》(ワーグナー)
    ジェイムス・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
    ゴルトベルク(T)、ベーレンス(S)他
    (グラモフォン POCG1550~53) ポリドール
  • <特別部門/ビデオディスク部門>楽劇《ニーベルングの指環》全4部作
    ジェイムス・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
    イェルザレム(T)、ノーマン(S)他
    (グラモフォン POLG9001~11) ポリドール

第5回日本オルガン会議のご案内

日本オルガン研究会では3月31日(水)から4月3日(土)の4日間にわたって、第5回のオルガン会議を開催する。会場は東京の新宿文化センター、霊南坂教会、サントリーホール、横浜のフェリス女学院大学の4会場である。

今回の会議の中心テーマは“19世紀のオルガン”で、8名のオルガニストによるリサイタル、講演会、シンポジゥムという多彩な内容である。今回の講演会、シンポジゥムにはフランスからクルト・ルーダース氏(国際オルガン建造家協会事務局長)、アメリカからスティーヴ・ディーク氏(オルガン建造家)のお二人が参加される。国際的な交流が少ないわが国のオルガン界では画期的な企画である。また、4会場で、特色あるオルガンが聴けることも楽しみの一つである。会議の参加費は10,000円であるが、それぞれのコンサートは各回、3,000円で聴くことができる。プログラム、および会議の案内を同封する。

参加の申し込み、および問い合わせは事務局まで。なお、オルガンコンサートのチケットはチケットぴあ、サントリーホールチケットセンターでも扱う。

1500円で聴けるクラシックコンサート ─かつしかシンフォニーヒルズの試み─

映画“寅さん”が縁でモーツァルト像が立つことになった「かつしかシンフォニーヒルズ」がオープンしてそろそろ1年になる。この会館は昨年のニュース1992年6月号で紹介したように、1318席のモーツァルトホール、298席のアイリスホールという二つのクラシックコンサートを主目的としたホールで構成されている。下町にクラシック音楽とは?という計画段階からの批判を乗り越えて、区の職員、文化財団の方々は精力的な努力で運営を続けておられる。昨年はベートーヴェン交響曲連続演奏会、今年はベートーヴェン協奏曲とピアノ・ソナタ連続演奏会など骨のある企画が続いている。

3月9日の夕べ、ベルリン八重奏団の演奏会で久し振りにモーツァルトホールに行った。都心のホールのような華やいだ賑わいはなかったが、それだけに、静かな雰囲気のコンサートであった。この演奏団はベルリンという名がついてはいるが、旧東ドイツのメンバーである。2月の上野の東京文化会館の演奏会も地味な印象であった。同じベルリンでも旧東と旧西では受入れ側の対応も随分違うことを感じた。この傾向は統一後かえって大きくなっているのではないだろうか。東京文化会館の演奏では彼等自ら、演奏ごとに、楽器や椅子を動かしていたのには心打たれた。最近では、室内楽までも軽妙に名人芸を歌い上げる傾向を感じている中で、このベルリン八重奏団の演奏はアンサンブルのうまさを誇示することもなく、あたたかさを感じさせるしっとりとした演奏であった。来場者だけが得をしたように思える演奏会であった。

ところで、この演奏会であるが、S席で3,000円、A席が2,500円、バルコニー席が1,500円という値段であった。ベートーヴェンシリーズの、協奏曲でS席4,000円、A席3,000円、B席2,000円、5月28日に予定されている、パウル・バドゥラ=スコダのベートーヴェンのピアノソナタの演奏会はそれぞれ、2,500円、1,500円、1,000円という考えられない入場料である。スコダの演奏会が1,000円で聴けるのである。このバルコニー席の特別料金は舞台が見にくいという一部の議員のクレームに対しての処置だそうである。

このホールの音響の特色は1300席という他のホールにない空間にある。1300席という規模は個人の演奏会には大きすぎるし、一流演奏家では入場料金が割高となることから採算がとりにくく、現在のホール計画では皆が避けてとおる規模である。しかし、演奏者にとっても、聴く側にとってもこの規模のホールでしか味わえない演奏のしやすさ、親しさと豊かさのバランスが得られる。このシンフォニーヒルズでは、月2回くらいのペースでクラシックのコンサートが企画されている。ぜひ、このホールの響きを体験していただきたい。葛飾と聞くと遠い印象であるが、今、銀座や新橋から地下鉄一本で40分もあればホールの席につくことができる。最寄り駅は京成線(都営地下鉄浅草線直通)の青砥である。
プログラム等の問い合わせは下記まで。
かつしかシンフォニーヒルズ:東京都葛飾区立石6-33-1 Tel:03-5670-2233

本の紹介

『ゾウの時間ねずみの時間』 本川達雄 著  中公新書1087 中央公論社

心臓の心拍の時間間隔は体重の1/4乗に比例する。また、標準代謝量は体重の3/4乗に比例するなどの観測結果から、動物(人を含む)の食事量、生息密度、走る、飛ぶ、泳ぐに要するエネルギー量、バクテリアの運動、昆虫の構造と生態、ウニやヒトデのような棘皮動物の不思議な性質まで、そこを支配している創造主の摂理を感じさせる本である。その中には、椊物の建築法(構造)と動物の建築法との違い、バクテリアの運動の特色、呼吸系と循環系の問題などがサイズとある関係にあることが見事に展開されている。また、何故、車のある動物、プロペラをもった鳥、スクリュウのある魚が発生しなかったのか、という課題、哺乳類の生息密度と体重との関係から人の体重60kgをいれて求めた動物の生息密度は1.44匹/km2となり、日本の人口密度320人/km2の約230倊という広さであり、日本の状況はウサギ小屋など、とんでもない、ねずみ小屋の状況であるなどの興味ある記事に満ちている。自然に取り組む科学者のよろこびを肌で感じることができる好著である。

『帝王から音楽マフィアまで』 石井宏 著  新潮社

標題からしてショッキングな内容であることが分かる。クラシック音楽界を裏から眺めた本である。コンサートビジネスに携わっておられる数名の方に意見をうかがったが、真っ向からの否定はなかったから、このような流れが現在のコンサートビジネス界の一部にあることは事実であろう。“子どもの好きな「巨大オペラ」”で、石井さんが指摘されているように、招待券がばらまかれたことは、筆者も雨の中、招待者受付けのテントに並んだことがあるので事実である。

このような痛烈な批判の内容の中で、一つ救いがある。それは“百歳のピアニスト”として、昨年、満百歳の誕生日を迎えたピアニスト、ミエチスラフ・ホルショフスキーに関する記事である。彼の生い立ちから、日常生活、98歳のカーネギーホールでのリサイタルなど、そこには神が遣わしたといえるような音楽家の実像が描かれている。音楽界は決して、帝王やマフィアだけではなく、天使がいることもこの石井さんの本は教えている。