今年のホール界
第九に続くもの
昨年末全国の第九の演奏会は167回におよんだことを1月6日付けの日本経済新聞紙上の“あすへの話題”は報じている。東京、大阪ではさらに大晦日のコンサートが定着しつつある。オーチャードホールのGALAコンサートは3年目を迎え、カザルスホールでも今年はイギリス室内管弦楽団によるスペシャルコンサートが行われた。10,000円というチケットも完売とのこと、明けて元旦にはウィーン国立フォルクスオーパー管弦楽団、ハリウッドボール・オーケストラなどによって、ニユーイヤー・コンサートへと受け継がれていった。第九に続く新しい音楽行事である。
東京、大阪では1月に、アバドの率いるベルリンフィルによってブラームスチクルスの公演があり、3月にはウイーン・フィルが創立150周年記念世界ツアーの一環としてクライバーとともに来日する。その他、ロジェストヴェンスキーとソヴィエト・フィル、プロムシュテットとサンフランシスコ響、デュトワとモントリオール響など大物が目白押しという状況である。オペラでは7月にロイヤル・オペラ、11月にバイエルン国立歌劇の引っ越し公演がある。今年の音楽界もたいへんな賑わいである。
公共団体の文化支援
景気の後退が噂されている今日でも、コンサートホールの建設は着実に増加している。宮崎県、京都市、愛知県、墨田区など各地の大型ホールとは別に、500席から800席くらいの小中ホールが日本中、津々浦々の町に、村に計画されている。この勢いが続けば今世紀末のわが国のコンサートホールの数は100を越えるであろう。
ところで、先月のNEWS48号で「全国音楽ホールネットワーク協議会」が設立されたことを紹介したが、1月4日付けの日経紙は“自治体と芸術”という見出しで地方自治体が芸術の支援に目を向け始めたことを報じている。すなわち、文化行政が「建てるだけ」から「ハコより中身」の時代へと移り、さらに人材育成や創作の活用性へと発展、成熟しつつあるとして、いくつかの事例をあげている。兵庫県が劇場建設に先立って運営のための財団を設立、山崎正和氏の作品「獅子を飼う」の制作上演に県が5600万円を出資し、今年、関西と東京で公演を行うという。この詳細は“関西が幕開く新劇場時代”として1月6日の同紙の夕刊でも紹介されている。図は4日の日経紙に載った芸術文化関係予算の推移の図である。しかし、現実には運営計画がないまま建設を進めているホールがあまりに多い。
第二国立劇場のゆくえ
1986年に基本設計が開始された第二国立劇場であるが、隣接の東京オペラシティとの関係で設計の調整が行われていることくらいで、その実態は私どもにもまったく掴めない。舵取りが多くてエンジンのない舟のように、いったい、何時、どの方向に走り出すのか不明なまま数年が過ぎてしまった。しかし、1月20日付けの日経アーキテクチュア誌は特集[舞台は泣いている]の第2部で第二国立劇場の概要を紹介している。それによれば、大劇場の座席数がいつの間にか1900席に拡大されていること、音響設計にアメリカの音響学者のベラネク氏の名前があるなど、新しい局面に入ったことを示唆している。ところで、これまでの建築設計や音響設計のゆくえはどうなるのだろうか?計画段階から、委員会、ヒアリングが錯綜した設計組織であったが、その仕組みはますます分からなくなった。国の文化施設としてはこのような進め方しかできなかったのだろうか。今世紀最大の複雑な設計組織である。それに、着工は来年とのことであるが、まだ分からない。名実ともに大船頭がほしいのがこの劇場である。
歴史的名ホールの音響特性
コンサートホールの音響が学界の関心をひいていることは洋の東西を問わず共通の傾向のようである。アメリカ音響学会誌の1991年3月号にカナダの音響学者J.S.Bradleyが最近の測定手法を用いて、ウィーンのムジークフェライン、アムステルダム・コンチェルトヘボー、およびボストンシンフォニーホールという歴史的な3ホールの音響特性を比較測定した結果を紹介している。測定項目は、
- 残響時間周波数特性(RT)
- 初期残響時間周波数特性(EDT)
- ストレングス(G)
- 初期反射音/残響音エネルギーレベル比、クラリティ(C80)
- 側方初期反射音エネルギー/残響音エネルギー比、(LF)
などで、Bradleyは各項目について座席内の分布のバラツキなどを細かく測定している。
3ホールの音響特性
以上の測定結果から満席時の二つの特性を示す。左が残響時間であり、右がストレングスといわれる音量に関係するパラメーターである。これは同じ強さの音源に対して、野外と室内とのレベル差を示したもので、この値が大きいほど同じ音源でも大きく聞こえることを示している。また、ボストンは低音域のクラリティがもっとも大きい。3ホールの中でボストンシンフォニーホールだけがやや違った特性である。すなわち、このホールは他の2ホールに比べて中低音域の残響がやや少なく、また、低音域の強さが小さい。ボストンの方が歯切れのよい響きといえるであろう。
ところで、われわれが抱いているホールの響きのイメージというのは曲目や演奏の内容と微妙にからみあってくる。ホールの響きの特色を把握するには、かなりの時間、いろいろな演奏について聴き込まないとできないことではないかと思う。巷で語られているムジークフェラインの響きというのも、ウイーンフィルの演奏の響きではないだろうか。別のオーケストラだったら果たしてどのように響くのだろうか。また、同じ演奏をこれらの3ホールで聴くことができたなら、どのように感じるのだろうか?響きの違いが今回の測定結果で説明できるのだろうか?われわれの印象ではウイーンとアムステルダムとでは、響きの質がかなり異なると思うのだが、測定結果には大きな違いは見当たらない。
測定手法の開発によって、現在では音場の解析は細かいところまで可能となってきた。しかし、われわれがコンサートホールの現場で演奏をどのように受け止めているのか、その評価の構造についての解析はまったくといってよいほど行われていない。もちろん、曲目、演奏の内容から聴衆の音楽的な背景まで複雑な要因がからんでくることは事実であり、学問の体系にはすぐには載らないことも明らかである。しかし、この課題を避け、パラメーターや条件を絞った実験室での実験だけでは、響きの仕組みは永久にまとまらないのではないかと思う。社会科学の手法や川喜田二郎氏の提唱する野外科学の手法を用いたアプローチが必要ではないかと考えている。
いま、アメリカではベラネク先生の提唱によって、国際的な音響特性測定グループが結成されつつあり、まず、アメリカのホールの測定が行われようとしている。ここしばらくホール音響界の話題はつきないであろう。
NEWSアラカルト
磯崎新1960/1990建築展
昨年の12月7日から今年の2月2日まで、水戸芸術館の現代美術ギャラリーにおいて、現代建築界に大きな道を切り開いてこられた建築家、磯崎新氏の30年間の航跡をまとめた回顧展が開催されている。展示は、
- 空想の懐胎
- 建築家の誕生
- カストロフィー・ジャパン
- 世界市民としての建築家
- ハイパーテックTOKYO
の5部で構成され、30年の業績の中から未完のプロジェクトを含めて、自選の30の作品が5つのセクションで展示されている。
展示は各作品のコンセプトを言葉とイメージで表したシルクスクリーンのパネル、数多くのスケッチ、版画、数10点の模型などで、ギャラリー一杯の展示は圧巻であった。私にとっては始めての楽しいギャラリーであった。もう一つの特徴は3台のハイ・ビジョンによる作品紹介で、映像によるディスプレイはパネルや模型とは別の角度から、ARATA・ISOZAKIの世界を堪能させてくれた。
ただ、気になったのはハイビジョンギャラリーの騒音で、空調騒音だけではなくビデオプレヤーの冷却ファンの騒音も大きいように感じた。
この建築展を記念して、1月18日(土)の夕べ、同館のコンサートホールにおいて、宮田まゆみさんの笙のリサイタルが、宮脇愛子の彫刻“うつろい”がディスプレイされた舞台で行われた。曲目は細川俊夫の「鳥たちへの断章」、ジョン・ケージの「TWO3]その他という現代曲であった。笙のリサイタルというのは私もはじめての体験であったが、ハープ、フルート、打楽器との共演がすばらしく、甘さを捨てた“勁い”音が新鮮であった。
東京芸術劇場パイプオルガン委員会の終結
昭和61年9月に設置された東京芸術劇場パイプオルガン委員会(委員長:遠山一行氏)が平成3年12月20日の第20回委員会で終了した。10ケ国、16社のビルダーの中から5社を選定し、この5社に委員会から直接提案を求めるというわが国で異例の手続きで、最終候補として、M.ガルニエ社が選定された。このオルガンについては本紙でも何度が取り上げたように、3台の回転台の上に設置された複合オルガンである。工期の遅れから完成が大幅に遅れたことも異例であり、いろいろな意味で話題を提供したオルガンであった。
昨年末の館側の資料によれば、4月4、5、6日のマリークレール・アランの演奏会に引き続いて、6月には松居直美のリサイタル、都内交響楽団やウィーンの森少年合唱団との共演が決まっている。コンサートホールのオルガンとしてはまずまずの出足である。
当日の委員会でも指摘されたことではあるが、この種の大型オルガンの運用上の問題は多々ある。何よりも、リハーサルにホールとオルガンを専有するコンサートオルガンでは練習時間の確保と使用料金の設定が大きな問題である。委員会の席でもピアノとオルガンの利用料金のことが問題となった。また、このルネッサンス、バロック、ロマンチックと使い分けができるということは、聴く側にとっては興味のあることではあるが、十分な練習時間がない限り、オルガニストにとっては大きな負担になることが指摘されている。練習時間と使用料金の問題はなにもこの会館に限ったことではなく、今後導入が進められているコンサートオルガンに共通した課題といえよう。
NEWS“静けさ、よい音、よい響き”発行50号記念講演会とコンサートのお知らせ
3月21日(土)午後2時より上野学園石橋メモリアルホールにおいて、渡辺裕先生の講演「劇場の文化史」と松崎八重子さんのソプラノ独唱を開催いたします。詳細は同封のチラシをご参照下さい。