No.014

News 89-2(通巻14号)

News

1989年02月25日発行

老人の耳と音楽

 昨年の10月、聖路加国際病院の野辺地先生からお便りをいただいた。News88年2月号で取り上げたピアノの音量のことに関連して老人の聴力のお話であった。最近、私自身も高音域の聴力の低下を感じているだけに心にひっかかっていたのである。

 先生の説によれば、高音域の聴力の低下は耳鳴りの音域の広がりと関係があるということ、つまり年とともに耳鳴りのバンドノイズが低音域にひろがってゆくことによるというご意見である。若い方には耳鳴りということは想像もできないだろうが、私など最近のホールで時たま訪れるあの絶対的ともいえる静寂の瞬間に自分の耳の中で蝉のような音を感じてはっとすることがある。

 先生のお便りにはこの耳鳴りのほかに、大音量に対してのtolerance(許容力)が下がってきたこと、それでホールによってまた演奏によって音のうるささを特に意識するようになったこと、内外のホールでのいろいろなコンサートの体験が添えられていた。Newsで取り上げたカザルスホール―ピアノについては多少批判の声のあるホールではあるが、チェルカスキーのピアノリサイタルではちっともうるささを感じなかったこと―についての私の体験を実に的確に表現されていたことに敬朊した次第である。

 野辺地先生のこのお便りがまださめやらぬ11月、アメリカのオーディオ協会誌の10月号に面白い論文を見つけた。題目は“Audio for the Elderly(老人用のオーディオ)”、著者はRCAの研究所出身のE.W.Herold氏である。

 まず彼は、アメリカにおける老人の聴力障害の統計を述べる。65才以上の年齢の約30%が補聴器を必要とする。残りの70%が年齢としては正常の聴力ではあるが、それでも高音域の聴力障害は年とともに進んでおり、スレッショルド、すなわち聞き取れる最小の音圧のレベルが年とともに上昇する。その例として右図の特性を示している。

 右図は1929年に発表されたBunchの論文からの引用であるが、彼は年代を20~30才代、30~40才代、40~50才代、50~60才代、60才以上の5段階に分け、各グループごとに可聴値のレベルの上昇を示している。60才代の低下を見ると私など愕然とするが、40才代でも5KHzでは20dBの低下があることを知って多少安心するのである。わが事務所で聴力低下ゼロは庶務のお嬢さん三人と学生のアルバイトさんだけである。

年齢別の聴力損失

 老人が聞くことのできる音の範囲は高い周波数で急に狭くなってくる。2025年のアメリカでは65才以上の老人が現在の12%から19%に上昇する。わが国ではもっと高くなるであろう。そこで彼の主張がある。ダイナミックレンジが80dBから90dBにもおよぶCDで代表される現在の音楽ソフトとは別に、老人の耳を考慮した音のソフトがあってしかるべきではないか。高い周波数だけのダイナミックレンジを狭くすることは現在の技術では難しい課題ではないだろう…と。彼はまた、低音域に広がった拡声設備の音質について注文をつけている。低音域の音によって高い周波数がマスキングされるため、老人にはますます聞き取りにくくなるのだ…と。

 老人の耳の機能の低下は厳粛な事実である。しかし、この点についていつも頭に浮かぶのは、巨匠といわれる音楽家の活躍である。彼らの耳も多少の違いはあれ、自然の理から免れることはできないであろう。だが、そこから一層神の領域に近づいたといえる音楽が生まれている。

 12日の夜、ジルヴェスターコンサートのカラヤンを聴いた。病の身を引きずってベルリンフィルを指揮し、ドイツ語とロシア語で聴衆に向かって新年の挨拶を述べるカラヤンに涙が出た。彼はどのような思いでこの挨拶をしているのだろうか。当然、自分の身は神にまかせているのであろう。

 そういえばカザルスホールのオープンで聴いたホルショフスキー、サントリーホールでのホルヘ・ボレット、日比谷公会堂でのコンラート・ハンゼン、また最近カザルスホールで棒をふったアレクサンダー・シュナイダー氏など若くて70才代、90才を越えた方もおられる。これらの方の音楽には肉体の枠を越えた大きなもの、深く暖かく安らぎを感じさせる何かがある。また、老大家といわれる画家の晩年の作品にも共通した世界があるではないか。おおらかな色彩、生のよろこびを感じさせる世界がある。

 耳と同じように視覚にも衰えがあるであろう。その衰えの中から花咲く生命の輝きとは何なのであろうか。人間の終局にそのような可能性があること、これが何よりも救いである。

 野辺地先生の一片のお便りからこんな話題に発展したことをお許し願いたい。

NHKの音楽放送から

 数年前だろうか、NHKのFM放送からクラシックの番組から消えたと思われる時期があった。しかし、衛星放送が開始されてからオペラ、クラシック番組は充実し、民放と格段の差ができた。ところが、教育テレビの音楽番組が相変わらずステレオではなく、それを補うものとしてFMの同時放送を行っているが、音楽番組すべてではない。それに、新聞の番組案内欄でこのFM同時放送かどうかをキャッチするには、テレビとラジオの番組案内欄を見比べる必要がある。

 そればかりではなく、NHKご自慢の衛星放送も新聞の案内では詳細は分からない。NHKの番組フラッシュをメモするか、番組紹介の週刊誌を見る必要がある。幸いなことに“FMレコパル”などの雑誌には、衛星放送を含むすべてのテレビの音楽番組が載っているので便利である。

 ところで今月12日の音楽番組を紹介すると、次のような豪華な内容である。

NHKの音楽番組(2月12日)

NHK-FM

9:00名曲のたのしみ
    〈ベートーヴェン その音楽と生涯〉
    (演奏)P;アシュケナージ、ゲルバー他
    (解説)吉田秀和
10:00名演奏家を聴く
    〈チェロの巨匠・偉大な音楽家 パブロ・カザルス〉
    (解説)角倉一朗

NHK教育

21:00芸術劇場
    〈スタニスラフ・ブーニン ピアノ・リサイタル〉
22:30芸術劇場
    〈ピンカス・ズーカーマン バイオリン・リサイタル〉

衛星第一

23:15〈ジルヴェスターコンサート〉
    (演奏)ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
    (指揮)ヘルベルト・フォン・カラヤン
    (ピアノ)エフゲニー・キーシン

 東京がクラシック音楽の国際的なコンサート市場になっていることはいくつかの資料でご紹介したが、衛星放送の開始によって放送の音楽番組も急速に充実してきた。ブレンデル、ブーニン、キーシン、カラヤン等の大物の演奏を一日の内で聴けるなど音楽ファンにとってうれしい限りである。

 いっぽう民放であるが、たまたま松本のホテルで“カザルスホールから”を聴いた。土曜日の朝7時30分という時間だけになじみのない番組であるが、萩元晴彦氏の歯切れよい解説がさわやかであった。ただし、演奏が細切れになるのが残念である。一考を望みたい。

白樺美術館とルオーオルガン

 10日、オルガニスト協会東日本支部のオルガン見学会に同行して、松本のハーモニーホールのベッケラートオルガンを聴き、翌日は清春芸術村の白樺美術館、ルオー礼拝堂を見学した。ここは前々から訪れたいと思っていた美術館の一つで、ルオーの作品を中心に印象派の巨匠の作品が囲んだ楽しく小さな美術館である。
 この敷地には芸術家に開放される“ラ・リューシュ”というアトリエを兼ねた宿泊施設とルオー礼拝堂の二つがある。

白樺美術館

 ルオー礼拝堂は20席くらいの小さな礼拝堂である。壁にはルオーのミゼレーレの版画が数葉、晩年寝室に掛けてあったキリスト像、彼の手によるステンドグラス……コンクリートの壁は冷えきっていたが、彼のぬくもりの感じられるすばらしい空間である。

 ルオーオルガンといわれる小オルガンは入り口脇に据えられていた。近くに工房を持つ草刈氏のオルガンである。小演奏会があったがすばらしい音質で、草刈オルガンの傑作ではないかと思う。

 当日この施設を案内してくださったのが、早稲田大学の商学部で教鞭をとられている高瀬禮文教授で、先生はオルガニストでもあり、また手打ちそばの専門家としても有名な方である。そして毎週末、鎌倉のご自宅からこの芸術村にオルガンの練習を兼ねて通われているという。

 敷地は白樺林に囲まれた丘の斜面にある。雪をいただいた南アルプスの眺めはじつにすばらしい。先生のお話によると芸術村は桜もすばらしいとのこと。本物の豊かさを体験できた一日であった。

NEWSアラカルト

『浅野高瑛/バスーンの心』CDの紹介

 発売元:ADAM ACE CORP, ACD32-0010
 録音を担当された相沢昭八郎氏から浅野さんの録音についての相談があったのは一昨年であった。浅野さんの音の好みから、松本のハーモニーホールを推薦した。フィリップ・モルという国際的な伴奏者の協力を得て録音が行われた。

 バスーン、通常ファゴットと呼ばれるこの楽器は独奏楽器としてなじみの少ない楽器であるが、ヴィヴァルディ、テレマン、バッハ、ベートーヴェンなど17曲もの変化に富んだ内容である。ヴィヴァルディのファゴット協奏曲は室内弦楽合奏団と共演で、その他の曲はフィリップ・モルがピアノとチェンバロとで伴奏している。

 録音もすばらしく、ハーモニーホールの響きの中で聴くバスーンの音は不思議な魅力がある。ご試聴をお薦めしたい。
 このCDは当事務所でも斡旋いたします。定価3200円