京都市立芸術大学 新キャンパス開校
京都市立芸術大学の新しいキャンパスが完成し、10月から利用が開始された。このプロジェクトは京都市西京区にあった旧キャンパスの、京都駅東部、崇仁地域への全面移転計画であった。移転先は、北が塩小路通、南がJR線、東が鴨川、西が高倉通に面する広大な敷地である。合わせて、中京区にあった京都市立銅駝美術工芸高等学校(4月1日に京都市立美術工芸高等学校へ改称)もこの地に移転された。
移転にあたり市から提示された全体コンセプトは、キャンパス全体を「テラス」と位置付けることであった。地面から少し浮いた、内外と繋がりつつ隔たれた空間であるテラスのように、京都市の新しい動線として人々の交通、交流を促し、新たな視点を開く場となることが求められた。
大学は美術系と音楽系の学部と大学院で構成される。設計者選定の公募型プロポーザルでは、どのエリアにどの学部を配置するかも大きな論点であった。選定された乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体は、京都駅に近いA棟とB棟に音楽学部をまとめる提案をした。学外へのアピールを強めるため、外部の人々を招きやすい音楽ホールが、駅から一番容易にアクセス可能なA棟に据えられたのである。
永田音響設計は、音楽の練習、研究、発表等に利用されるA棟とB棟を中心に、設計者への音響コンサルティングを担当した。A棟とB棟の施工者は竹中工務店である。
A棟には約800席の講堂兼音楽ホールである「堀場信吉記念ホール」が、B棟には合唱やオーケストラの授業の他、演奏会にも対応する平土間の「笠原記念アンサンブルホール」がそれぞれの中心施設として配置された。どちらの棟も免震構造が採用されており、地下1階から6階まで、ホールを取り囲むように大小さまざまな練習室やレッスン室、研究室、講義室等が配置されている。ここでは、施設の遮音対策と堀場信吉記念ホールについて紹介する。
遮音対策
A棟とB棟は、JRの線路や塩小路通と高倉通に面しており、鉄道騒音・振動や道路交通騒音対策検討のために、設計段階に敷地内で調査を行った。その結果、鉄道騒音・振動はホールが建つ位置で小さかったため、特殊な対策は取らないこととした。道路交通騒音は騒音レベルで80dB(A)以下と、一般的な大きさであり、コンクリート造であれば基本的に問題にならないと判断された。
練習室やレッスン室間の遮音については、旧校舎において様々な楽器の実際の演奏音を先生方と試聴しながら、どの程度の聞こえ方であれば許容できるかを確認し、必要遮音性能の設定を行うプロセスを踏んだ。求められた性能を中音域で整理すると、練習室間が60 dB以上、レッスン室間が70 dB以上、打楽器用の部屋とその周辺室間が80 dB以上であった。新キャンパスでは練習室と多様なレッスン室が隣接し、上下の積層も多くなったため、ほとんどの部屋に防振遮音構造を採用する結果となった。堀場信吉記念ホールとの遮音に関しては、防振遮音構造を採用した練習室等が、基本的には直接隣接しない配置計画とし、ホール自体は300 mm厚の鉄筋コンクリートで囲うこととした。
堀場信吉記念ホール
新しいホールに対する大学側からの要望は、コンサートホールとして良いものを作り、年に一度開催されるオペラ公演も継続できるホール、であった。名に冠された堀場信吉氏は、京都市立芸術大学音楽学部の前身の、京都市立音楽短期大学の初代学長を務めた方である。京都市の音楽教育等に対する多大な貢献を称え、ホールの名に刻まれることとなった。
ホールはエンドステージ型で、1層のバルコニー(舞台上で連なるサイドバルコニーは2層)をもつ約800席のホールである。客席前方はオーケストラピットや前舞台としても利用可能な迫機構を備える。舞台上の天井は可動式で、オペラや講演会での利用の際はフライタワーに収納し、舞台幕を設置したプロセニアム形式に転換できる。
コンサート形式では、舞台上と客席の天井の曲面を連続させ、上からの反射音が舞台と客席にまんべんなく届くようにした。天井高は舞台先端で約15 mであり、クラシックコンサート等の生音の演奏に対して十分な空間の高さ・大きさを有している。ホールの天井高さについては、京都市から整備方針案※として約15 mとすることが事前に提示されていた。多くのプロジェクトで難航する高さの確保が計画段階から確約されていたことは、音響設計を行う上で大きなメリットであった。一方、舞台の上部空間を高くできないことや、使いやすい吊り物機構を成立させるため、各種設備との取り合いや天井の形状をどうするか、どこまでを可動部分とするか、といった議論が多くの関係者と密に、長い時間をかけて行われ、調整が重ねられた。結果として、コンサート形式を優先し、天井の可動部分は一枚ものとすることで、その周囲に生じる隙間を最小限に抑え、音の響きが損なわれにくいようにした。可動部分は、高さ制限のあったフライタワーに収納した状態で、丁度見切れない大きさである。可動部分を1枚ものとしたことは、舞台幕等のための吊り物機構の数を確保することにもつながった。
壁の仕上げは、バルコニーよりも下がユニット化した木パネルで、上がモルタル吹付けである。いずれの仕上げも凹凸により高音域を適度に散乱させ、暖かい響きを実現することが目的であった。木パネルには化粧グラスウール吸音材もランダムに配置し、授業や試験など、ホールが空席に近い状態で使われる場合にも響きが長くなりすぎないよう配慮している。
このホールの特徴の一つに、客席後方に「ホワイエ」と名付けられたホールに内包されたゆとりのある空間を持つことが挙げられる。バンダの演奏場所、講義での利用場所としてなど、自由に使われることが期待される。ここにはバルコニー席と行き来ができる階段もあり、ホールには一度入れば舞台上を含めどこにでも行けるようになっている。このホワイエ空間は床をカーペット敷き、天井を岩綿吸音板仕上げ、壁はホールの木パネルと同じ仕上げとし、ここにも化粧グラスウール吸音材を分散して配置することで、ホール後方の残響が客席エリアの響きに影響しないようにした。
11/2(木)に、堀場信吉記念ホールこけら落とし公演をバルコニー席で聴く機会を得た。阪哲郎教授の指揮の下、ソリストとして選抜された学生たちと、学生によるオーケストラの演奏会であった。ロッシーニの「どろぼうかささぎ」序曲、ヴェルディとドヴォルザークの3つのソプラノのアリア、ラヴェルのピアノ協奏曲、コルンゴルトのチェロ協奏曲と、様々な音色が楽しめる華やかな曲目が披露された。豊かで温かみのある響きと、クリアな音が両立しており、目指した響きが実現できていることが確認できた。
これから先、多くの学生、演奏家、先生方によりこのホールで沢山の演奏会が開催され、新しいキャンパスと世界とのつながりが増えていくことを期待したい。(鈴木航輔記)