No.421

News 23-08(通巻421号)

News

2023年08月25日発行
外観(南西側から望む)

水戸市民会館 オープン

 先月の2日、水戸市民会館が待望のオープンを迎えた。東日本大震災で被災し取り壊された旧市民会館の再建と、中心市街地の活性化が命題の再開発プロジェクトである。

施設概要

 JR水戸駅から約1.5 km離れた、江戸時代から栄えてきた商店街の一角が本プロジェクトの再開発用地として選ばれた。南側は茨城県内唯一のデパートである水戸京成百貨店、北側は音楽・演劇・美術の3分野で質の高い芸術活動を展開してきた水戸芸術館(本ニュース28号1990年4月号他)と向かい合う場所である。新たにオープンした水戸市民会館と合わせて、これらの3つの施設が並ぶ地区はMitoriO(ミトリオ)という愛称が付けられ、将来にわたって水戸市の中心的なにぎわいの拠点になることが期待されている。

 この施設は、市民やプロのアーティストが利用する劇場とともに、国際会議などのコンベンション利用も想定して計画された。大ホールが中央に置かれ、南側に中ホールや会議室、スタジオ等、市民利用が多く想定される空間が配置され、2階レベルでは歩道橋で京成百貨店と直接結ばれている。北側には大ホールのホワイエが、やぐら広場とともに水戸芸術館の屋外広場と向かい合うように配置された。建物内の主要な室は以下の通りである。

  • グロービスホール(2000席の大ホール)
  • ユードムホール(482席の中ホール)
  • 小ホール(約200席を設置可能な平土間空間)
  • 様々な広さの大/中/小/特別会議室
  • 展示室
  • 調理/工作/音楽練習などに利用できるスタジオ
  • 和室
  • 店舗
外観(南西側から望む)
外観(南西側から望む)
やぐら広場
やぐら広場
ラウンジギャラリー(やぐら広場2階)
ラウンジギャラリー(やぐら広場2階)
建物内概略図
建物内概略図

 建物内は多種多様な用途の室が地下2階から地上4階まで積層しており、人々が日常的に集まれるホワイエやラウンジ空間もあちこちに用意された。南側のエントランスから施設内を北側まで貫くやぐら広場の透明感・解放感のある大空間は、大らかな憩いの場を形成し、京成百貨店、水戸芸術館との連続性をもたらすように感じられる。やぐら広場は、コンベンション利用時のパネル展示スペースや、地元のマーケットやイベント、パブリックビューイングの会場としても使えるように、大型の搬出入口や給排水設備が用意され、舞台機構/照明/音響関連設備も仮設できるようになっている。

 設計は伊東豊雄建築設計事務所・横須賀満夫建築設計事務所共同企業体、施工は竹中・株木・鈴木良・葵・関根特定建設工事共同企業体で、施設運営は指定管理者としてコンベンションリンケージが担っている。永田音響設計は施設全体の建築音響・騒音制御・舞台音響設備について、設計段階から竣工測定までの一連の音響設計を担当した。ここでは、施設の遮音計画と大・中ホールの室内音響計画について紹介する。

こどもギャラリー
こどもギャラリー
展示室
展示室

遮音計画

 各室の同時利用を極力可能とするように苦心したのが遮音計画である。建物の構造的なコアとして中央に配置された大ホールは、オーケストラや吹奏楽だけでなく、茨城県内では開催が困難であった大規模なロック・ポップスなどのコンサートツアーも可能な多目的ホールが求められた。施設内で室内発生音量が一番大きくなることが想定され、一番の静けさも必要となった。しかし、敷地の制約上大ホールを他室から離すことは難しく、また防振遮音構造とするにはかなり大がかりで複雑な工事と費用を伴う。そこで本施設の遮音計画は、大ホールで大規模なイベントを行う場合には会館全体を一体利用することを前提として、周辺諸室から大ホールへの透過音低減を目標に進めることとした。大ホールはRC造であり、諸室は大ホールのフライタワー周囲に配置された。大ホールフライタワーの南側には、1階に大ホール楽屋エリア、2階に展示室、3階に大会議室、4階に中ホールが積層している。防振遮音構造を採用したのは以下の室である。

中ホール:利用頻度が高くなることが想定され、大ホールと大会議室、小ホールにも近接しているため、独立の鉄骨フレームによるボックスインボックスの防振遮音構造を採用。

小ホール:大ホールに隣接するため、防振ゴム付きの発泡材による浮き床と、防振ゴムで支持した遮音壁・天井を採用。

大会議室:防振ゴム付きの発泡材による浮き床と、防振ゴムで支持した壁・天井を採用。移動間仕切り壁は、支持部に薄手のゴムを挟むことで移動時の振動軽減を図った。

小会議室/特別会議室:大ホールの舞台袖直上に位置するため、防振ゴム付きの発泡材による浮き床と、防振ゴムで支持した壁・天井を採用。

音楽室:直下の店舗、直上の中会議室や、隣接する調理室・工作室への音漏れを低減するため、防振ゴム付きの発泡材による浮き床と、防振ゴムで支持した遮音壁・天井を採用。

2階 音楽室205
2階 音楽室205
3階 大会議室(移動間仕切り壁収納時)
3階 大会議室(移動間仕切り壁収納時)
3階 特別会議室
3階 特別会議室
小ホール 椅子設置時
小ホール 椅子設置時

大ホールと室内音響計画

 大ホールは2000席の多目的ホールである。拡声設備を用いるツアーコンサート等のプロユースが可能で、オーケストラや吹奏楽等の生音のみによる公演や市民活動の発表の場としても利用される。様々な用途に対応するため、下記の形式への舞台転換、オーケストラピットや花道も設置できる設えとなっている。また舞台にはエントランスロビーから直接入場できる扉が設けられている。

  • スタンダードなプロセニアム形式(舞台幕形式)
  • 音響反射板を利用したコンサート形式
  • 舞台と客席を昇降パネルで区切り、客席最前部のオーケストラ迫りを舞台として利用する形式
  • 舞台上のみを利用する平土間形式
大ホール客席
大ホール客席
舞台幕形式
舞台幕形式
コンサート形式
コンサート形式
昇降パネルで舞台と客席を区切った形式
昇降パネルで舞台と客席を区切った形式

 客席側は1階席、2階席、3階席の3層構成である。催し物の規模にあわせてバルコニー席をカーテンで区切り、1階席のみの利用(約1300席)、2階席までの利用(約1600席)など、客席規模を変化させることもできる可変性の高いホールである。

 室内音響計画としては、コンサート形式での生音の催し物を重視し、豊かな響きを持つホールを目指した。コンサート形式は、客席最前部に2列設置されたオーケストラ迫りのうち、舞台側の1列を舞台床レベルまで上げた状態を標準としている。この時の前舞台を含めた舞台奥行きは約13.5 m、天井高さは約13 mで、舞台先端の開口幅は約23.5 mである。天井面は浮雲状の曲面構成とし、上からの反射音が舞台と客席全体にまんべんなく届くように配置した。2階席、3階席のバルコニー手すり壁は、1階席中央付近に初期反射音を届けるため、約20度下向きに傾けている。またフロントサイドスポットの床は、前舞台や1階客席中央付近に初期反射音を届ける音響庇の効果を期待したものでもある。

 仕上げについては、客席後壁と客席床および椅子以外を音響的に反射性の材料で計画した。ホールに入り真っ先に目に飛び込んでくるのは、梅の花を模した側壁の仕上げであろう。これらは平行なRC壁間でのフラッターエコーを避け、適度に音を乱反射させ温かい響きをつくることを意図した散乱体である。計254枚のパネルはGRC製で5種類の形があり、一番小さいものは約500 mm×600 mm、一番大きいものは約2400 mm×2000 mmの曲面である。これらのパネルの配置は、左右非対称である。パネルが設置されたコンクリート壁面も、高音域を散乱させることを目的に小叩き仕上げとした。バルコニー席の手すり壁がランダムリブ仕上げのデザインとなっているのも同様の理由である。

 コンサート形式では、竣工式の日に野平一郎氏によるピアノお披露目コンサートを聴いた。バッハ、モーツァルト、シューベルト、ドビュッシー、武満徹と、クラシック音楽の歴史を辿るコンサートで、素直な柔らかい響きを堪能できた。2階席の最後列で聴いても粒立ちが良く、音が遠いという印象はなかった。現在はオープニングシリーズで様々なコンサートが頻繁に開催されており、SNS上での反応はとても良いように見受けられる。今後企画されているブラスやオーケストラなどアンサンブルのコンサートを聴きに行くのが楽しみである。

側壁
側壁
客席後壁と同じ、バルコニー席先端の間仕切りカーテン
客席後壁と同じ、バルコニー席先端の間仕切りカーテン
GRCパネルの裏側
GRCパネルの裏側

中ホールと室内音響計画

 中ホールは幅約16 m、舞台の奥から客席後部の壁までの長さが約30 m、舞台床から天井までの高さは約9 mのシューボックスタイプの多目的ホールである。客席数は482席である。水戸芸術館のコンサートホールATM(620~680席)とACM劇場(約300席)とほぼ同規模だが、ほとんどがプロユースであるのに対して、こちらは市民にとっての使いやすさが重要視された。

 舞台は講演会や演劇など、拡声設備を利用する場合に舞台幕を吊り、生音のコンサートでは舞台幕を外すことで多彩な利用に対応することとした。舞台奥行き方向に移動する袖パネルは、演者の出入り口の目隠しや仮設的なプロセニアムとして利用できる。3方のテクニカルギャラリーと6列のブリッジは舞台転換や設営を容易に行えるように計画された。

 室内音響計画としては、様々な制約の中でできる限り天井を高くし、最大限室容積を確保することとした。客席を横断するブリッジの床をグレーチングにすることで音響的に透明と見なし、舞台から客席まで水平に天井を設けた。客席に少しせり出すテクニカルギャラリーは舞台床から高さ6 mに位置し、舞台や客席中央まで反射音を届ける音響庇の役割も兼ねている。

 側壁は、大きな面としては平行である。ギャラリーより下はフラッターエコー防止および高音域の散乱のため、矢羽根模様の凹凸を配置した。これらの一部は垂直ではなく、やや上向きの斜めの面とし、出幅だけでなく表面の角度も変化のある仕上げとした。ギャラリーより上の壁の一部と後壁には、ガラスクロス包みのグラスウールボードを設置することで、各種催し物に対応しやすい適度な長さの響きを目指した。

 このホールで公演本番はまだ聴くことができていないが、生声での演劇の公開リハーサルや舞台音響設備の試験・試聴では、明瞭度の高さを感じた。ピアノや小編成のアンサンブルによる生音のコンサートも、近々聴きに行きたいと思う。

中ホール コンサート形式
中ホール コンサート形式
中ホール 客席側
中ホール 客席側
手動の袖パネル
手動の袖パネル
客席を横断するブリッジ
客席を横断するブリッジ

 水戸は東京から約30分ごとに特急列車が出ており、ちょっとしたお出かけに程よい距離に位置している。近くでは偕楽園や弘道館などの観光スポットに加え、農産・海産物や地酒などの茨城グルメも満喫できる。ぜひ、一足伸ばしてみていただきたい施設である。何より、水戸市民の皆様が日常的に集まり、お気に入りの場所を見つけて、賑わいを創出する新たな文化拠点となれば幸いである。(鈴木航輔記)

水戸市民会館:https://www.mito-hall.jp/