No.392

News 21-02(通巻392号)

News

2021年02月25日発行
掘割から望む施設全景(撮影:池田清太郎)

水上に浮かぶ舞台 柳川市民文化会館「水都やながわ」

 2020年12月20日、福岡県柳川市にオープンした柳川市民文化会館「水都やながわ」をご紹介したい。福岡県南西部に位置する柳川は、柳川藩11万石の城下町して栄えてきた。掘割をどんこ舟でめぐる川下り、名物のうなぎのせいろ蒸しを楽しみに訪れたことがある方も多いのではないでしょうか。その町を巡るかつてのお城の外堀だった掘割に面して、”水上に浮かぶ舞台”をコンセプトに新しい柳川の文化会館が建てられた。

 建設事業は昭和46年に建てられた旧市民会館の老朽化に伴う代替施設として、また新たな理念「つくる:あらたな柳川の地域文化を創造し発信する, そだてる:時代の文化を担う人材・団体をそだてる, ふれる:文化芸術にふれ、豊かな創造性を育む」を提供する場として進められた。

 設計は2016年にプロポーザルで選定された日本設計で、永田音響設計はプロポーザルから設計、施工段階に亘って協力を行った。

掘割から望む施設全景(撮影:池田清太郎)
掘割から望む施設全景(撮影:池田清太郎)
夜景(撮影:池田清太郎)
夜景(撮影:池田清太郎)

施設構成

 メインとなる施設は大ホールとイベントホールで、それらは中庭を挟み並んで配置されている。掘割と建物の間には、水辺と施設をつなぐ”掘割広場”が設けられており、掘割に平行して長く設けられた共用ロビーが各ホールのホワイエをつなぐ。ロビー・ホワイエ空間から、ガラス越しに会館のにぎわいが外部に醸し出される。大ホールとイベントホールは、どちらもホワイエ側の壁に大きな建具開口が設けられており、それを開放することでホワイエと、さらに外部の扉を開放して広場と一体となった催しの企画が可能である。広場には舟着場も計画されており、駅方面から舟で会館へ来られるようになる構想もある。

 共用ロビー周辺には、ギャラリー、会議室、レッスンルーム、スタジオなど多くの市民が日常的に使用する室が配置されている。

配置図
配置図

遮音計画

 施設内の室間の遮音計画については、同時開催する催しの種類や頻度などについて市と認識を共有し、限られたスペースやコストも踏まえ適切な遮音性能を確保する方針とした。大ホールとイベントホールの室間については、非常に厳しい条件となる太鼓やロックバンドなどの大音量を伴う催し物と極めて静けさを必要とするクラシックコンサートなどの同時使用は避けることを前提とし、防振遮音構造などは採用せずに、ホール間に約20mの離隔距離をとることとした。大ホール〜イベントホールの室間の遮音性能は80dB以上/500Hzである。

 2つのホールのホワイエ側に設けた大開口には、それぞれ2重の遮音移動間仕切りや防音建具を設け、コンクリート壁と同程度の遮音性能を確保した。

 共用ロビーの上階に設けられたレッスンルームとスタジオは、「つくる、そだてる」活動で様々に使われる。大音量を発生するバンド練習などはスタジオで行うことに集約し、スタジオのみに防振遮音構造を採用した。スタジオと隣接するレッスンルームやイベントホールとの室間の遮音性能は、それぞれ90dB以上/500Hzが確保されている。

レッスンルーム(撮影:株式会社エスエス)
レッスンルーム(撮影:株式会社エスエス)

大ホール

 大ホールは1層のバルコニーを持つホールで段床形式時の客席数は803席である。柳川で生まれた北原白秋の名前を冠して”白秋ホール”という愛称が付けられている。1階客席は空気浮上式の可動客席で計画されており、ステージ後方に椅子が載ったワゴンを収納し、平土間としても利用が可能である。様々な公演から展示までのマルチな空間としての利用が想定されている。

 ホールは敷地形状に対して計画しやすく、生音でのコンサート利用に対して初期反射音を得やすいシューボックススタイルをベースとした形状を採用した。音場の拡散に配慮した大小の凹凸が側壁や天井にデザインされている。側壁下部の凹凸は平土間時の壁面間のフラッターエコー防止にも寄与している。

 また幅広い利用に対応できるように、可動式の音響反射板による音響可変に加え、側壁上部のリブ壁背後と客席天井部を渡るテクニカルブリッジに沿って音響調整用のカーテンを設けた。段床形式、音響反射板設置時の室容積は約8,100m3、満席推定値の残響時間は1.8秒/500Hzである。

大ホール客席段床設置時(撮影:池田清太郎)
大ホール客席段床設置時(撮影:池田清太郎)
大ホール音響反射板設置時(撮影:池田清太郎)
大ホール音響反射板設置時(撮影:池田清太郎)
大ホール平土間時(撮影:池田清太郎)
大ホール平土間時(撮影:池田清太郎)

イベントホール

 イベントホールは練習や発表など、多用途に利用できる平土間の空間である。生音での音楽利用が重視されたため、響きに余裕を得るために、できるだけ高い天井(約10m)、大きい室容積(約2,400m3)を確保した。壁、天井には市内に残る”なまこ白壁”を意識したという白い色が特徴的に使われ、音場の拡散を図る凹凸がデザインされている。イベントホールも多目的な利用に応じて響きを可変できるように、正面下部のリブ壁背後、残る3方の下部壁面の前、壁面上部に巡る技術ギャラリー内部に、音響調整カーテンを設けた。椅子を200席設置した場合の残響時間の満席推定値はカーテン収納時で1.5秒/500Hz、カーテン全設置時で1.2秒/500Hzである。

イベントホール(撮影:池田清太郎)
イベントホール(撮影:池田清太郎)

 思いもしないことが起こった2020年。緊急事態宣言が福岡にも発令され、打ち合わせなどはその間もWEB会議システムを利用して行われていたが、現場は1ヶ月の休止となり竣工も1ヶ月遅れることになった。プロジェクトが遠方でもあったことから、当初よりWEB会議システムも利用して設計事務所とのやりとりを進めてきていたのは、すぐに役立つこととなった。工事再開後も密を避け、写真やスマホ映像での確認など、いろいろな工夫により現場は進められた。集まることを少なくして、工事がそれぞれの持ち場で責任をもって着実に進められていくには、こういう時に限ったことではないが、しっかりした施工図や施工計画書の作成がやはり重要だと再認識した。

 オープン後、席を間引いての開催となったようだが、年末には小山実稚恵氏のピアノ開きコンサートも行われている。また2月現在、会館のWEBページを確認すると、公演情報に落語やバイオリンリサイタルなどの予定がある。残念ながら筆者はまだオープン後にホールを訪れることができていない。ホールの響きと美味しい有明海の幸を、味わいに行くのを楽しみにしている。 (石渡智秋記)