No.382

News 19-10(通巻382号)

News

2019年10月25日発行
高崎芸術劇場外観

高崎芸術劇場の開場

 本年9月20日、高崎芸術劇場が大友直人さん指揮の群馬交響楽団と高崎第九合唱団による”第九”公演で華やかにオープンした。引き続いて第30回高崎音楽祭の様々な音楽ジャンルのコンサートが開催されてきた。

 高崎市は平成25年、都市と文化、都市と音楽、文化と経済という新たな時代精神を掲げて「高崎パブリックセンター」の整備を核とする都市集客施設基本計画を策定した。本劇場はその中心施設で、高崎の都市ブランド力を高めていく「都市集客施設」であると同時に、音楽を中心とした高崎の芸術文化の創造と情報発信の拠点である注1)

高崎芸術劇場外観
高崎芸術劇場外観

施設概要

 劇場は高崎駅の東口から徒歩約5分に位置し、駅とは雨に濡れずにアクセスできるペデストリアンデッキで結ばれている。東西・南北共にほぼ100mの方形敷地に、大劇場(2027席の高機能多目的ホール)、スタジオシアター(平土間・スタンディングにて1000人収容)、音楽ホール(412席の専用ホール)および創造スペース(リハーサルホール、レッスンルーム3室およびスタジオ5室)とその付属施設、劇場事務管理部門、群馬交響楽団事務局が効率よく収められている。設計は(株)佐藤総合計画、施工は竹中・東鉄・佐田特定建設工事共同企業体、(公財)高崎財団が指定管理者として運営に当たっている。永田音響設計は建築音響・騒音制御・舞台音響設備について、設計段階から竣工測定までの一連の音響設計を担当した。

室内音響計画

大劇場

 客席平面形は舞台に近い席を除いてほぼ長方形で、2000を超える客席が主階と1層のバルコニーに収められている。客席から舞台先端までの視距離がほぼ35mに収められているので客席側壁間の幅は30mと広めで、天井高さは舞台床レベルから約17m確保されている。群馬交響楽団(群響)の新しい定期演奏会場でもある舞台音響反射板がセットされたコンサート形式は、舞台から客席に向かって空間が連続的に繋がるのが建築的・音響的な特徴である。天井は舞台上部から第1シーリングまで段差なく滑らかに繋がり、プロセ二アム両サイドの壁面は脇花道を隠す形で客席近くまで移動して側面反射板と滑らかに連続するラインを形成する。客席最前部は大きなホーンの出口側、すなわち舞台空間の一部に位置するような視覚的印象がある。また主階席の客席勾配は、最前部のオーケストラピットに転換するフラットなエリアを除いて比較的急で、客席からの舞台の見通しが良い。

 これまでオープニングの第九のリハーサルと小林研一郎さん指揮の群響によるマーラー1番の公演を主階席の中通路より前の席で聴いたが、音が遠いという印象はなく、オーケストラの各楽器の動きがよく分かり響きとのバランスの良さを感じた。内装の固定吸音仕上げは後壁のみで、シーリングスポット室後壁の視覚的に目立たない位置に音響可変のための吸音カーテンを設置した。残響時間は、コンサート形式の満席時2秒である。

大劇場(舞台音響反射板)
大劇場(舞台音響反射板)
大劇場(舞台幕)
大劇場(舞台幕)

スタジオシアター

 幅18m × 奥行き30m × 高さ10mの文字通りブラックボックスシアターである。昇降床により奥行き3間、5間および7間の舞台設定が可能で、備品で能舞台の設定も可能である。客席は舞台奥行きに応じて243席の移動観覧席を含めて389席~568席に設定でき、さらに平土間スタンディング1000人収容のロックコンサートにも対応できる。そのために余裕ある音量再生が可能な大型の舞台音響設備や様々な照明設備が導入されている。用途として電気楽器を用いるポピュラー系コンサート、演劇、能、舞踊など短めの響きが好まれる演目が想定されていたことから、壁面全体の1/3に吸音仕上げを分散で配置した。吸音仕上げは、グラスクロス包グラスウールボードを壁面に直貼りし、その表面をエキスパンドメタルで押さえる仕様である。体や衣服が触れた際の安全性を考慮して、エキスパンドメタルはビニルコーティングされてはいるが、金属素材ということでビリツキ発生が懸念された。そこでモックアップによるビリツキ試験を含めて入念に固定方法の検討を行い、ビリツキが気にならない程度に抑制された内装に仕上がってる。残響時間は、5間舞台466席の満席時0.8秒である。

スタジオシアター(りんけんバンド)
スタジオシアター(りんけんバンド)

 ここでは沖縄の”りんけんバンド”の公演を観た。デビュー32年を迎え、幅広い年齢層の観客で満席であった。シアターの大型音響設備をフルに使った公演で、観客を楽しませるパフォーマンスとともに余裕ある再生音を楽しめた。

音楽ホール

 上・下手に1列のサイドバルコニー席を配した箱形のコンサートホールである。平面形は、ステージ階が幅12.5m × 奥行き27m、その上のバルコニー階は幅16m × 奥行き27mの長方形である。バルコニー席から天井まで伸びるリブ材により、視覚的には幅16mの空間が立ち上がっているように見える。幅70mmのリブ材は130mm間隔で並べられており、リブ面は低・中音域では音響的に透明と見なすことができて音響的な境界面はその奥の反射面である。天井はステージ奥から滑らかに高まり、シーリングスポット室に到達したところでステージからの高さ14mが確保されている。また、客席は中通路より後ろの比較的急な勾配を昇ってサイドバルコニーに繋がる。内装は後壁の吸音を除いて重量性・反射性の素材で仕上げられており、残響時間は満席時1.9秒である。側壁リブの並びは等間隔であるが、客席に向く面には3種類のカット角度を設定し、角度に関してランダムな配列となっている。事前に1/10スケールの模型により、このリブ配列によるコリメーションエコー注2)の発生しないことを確かめた。

音楽ホール
音楽ホール

 このホールでは今まで、ピアノの慣らし試奏とオープニング第九のソロ歌手によるリサイタル(ピアノ伴奏付)を聴いた。ピアノでも響きすぎることはなく、余裕のある柔らかい響きを堪能できた。弦楽や他の楽器によるアンサンブルのコンサートが楽しみである。

 なお、側壁リブ背後の空間の最上部にはロール式吸音カーテンが設置されており、このカーテン(約200m2)により残響時間は満席時1.5秒まで短くなり、講演会等スピーチの明瞭度が要求される催し物により適した空間となる。

創造スペース

 22m × 15m × 高さ7.5mのリハーサルホールは群響のリハーサルに使われる他に、様々な小規模イベントに用いられる。ユニークなのはエントランス吹き抜けに面した5室のスタジオで、床から天井までのガラス壁面により周囲に大きく開かれている。ガラス面には吸音仕上げを設けられないので、上下方向に傾けることでブーミングとフラッターエコーの発生を抑止し、創造活動に適した中庸な長さの響きを実現するために残りの壁面と天井に吸音仕上げを分散配置した。

 高崎芸術劇場は様々は用途の音響空間がぎっしり詰まった魅力的な複合施設である。東京からは新幹線で約1時間と近く、それぞれの室の音響的な特徴の確認のためにも引き続き通い続けたい。(小口恵司記)

注1:高崎文化芸術センター設計者選定プロポーザル説明書(平成25年9月、高崎市より)
注2:リブ配列に拍手などの短音が斜めから入射すると、各リブからの規則的な反射音が “ヒュン”、“ピュー”と聞こえる

リハーサルホール
リハーサルホール
スタジオ
スタジオ

遮音計画

室配置

 本施設を構成する大劇場、音楽ホール、スタジオシアター、創造スペース(リハーサルホール、レッスンルーム、スタジオ)、それぞれの室の用途、発生音量、求められる静けさは様々であるが、これらの各室間の遮音計画にあたって、特に注意したのがスタジオシアターと他室の遮音である。スタジオシアターはスタンディングのロックコンサートを主用途とし、その発生音量は110 dB超の大音量が想定されていた。その一方で、クラシックコンサートをはじめとした多目的利用に対応する大劇場(室内騒音低減目標値:NC-20)や音楽専用の音楽ホール(同:NC-15)といった特に静けさが求められるホールが周辺に計画され、それらに求められる静けさとスタジオシアターの発生音量との差から、500 Hzで90 dBを上回る遮音性能が必要とされた。90 dBを上回る遮音性能となると、スタジオシアターを防振遮音構造とするだけではまだ不十分で、室間の距離を離したり、受音側のホールも防振遮音構造とするといった対策が必要となる。しかし、敷地の半分近くを占める2000席規模の大劇場をスタジオシアターから十分離すことは難しく、また大劇場を防振遮音構造とするには、かなり大掛かりで複雑な工事と費用を伴う。そこで、スタジオシアターと大劇場を別棟として両棟をExp.Jによって切り離し、スタジオシアターの上階の音楽ホールも防振遮音構造とすることで、室間の遮音性能を高める計画とした。主要室の配置を下図に示す。Exp.Jによって大劇場から切り離された棟には、1階にスタジオシアター、その直上階に事務室、さらに上階に音楽ホールが積層している。そしてこの棟を囲むように、大劇場、創造スペース、エントランスホールがコの字型に配置されている。

平面図(1階)
平面図(1階)
断面図
断面図

スタジオシアター

 スタジオシアターの直上には事務室、さらにその上階には音楽ホールが積層され、Exp.Jを挟んではいるものの、同一フロアの大劇場舞台袖までは最短距離で約10mである。このスタジオシアターに対しては、周辺室、特に上階に対しての遮音性能を高めるため、独立の鉄骨フレームによる防振遮音構造を採用した。つまり、壁・天井の防振遮音層を天井スラブや躯体壁からは支持せず、固定側の床スラブの上に防振された鉄骨フレームを組み、壁や天井等の全ての荷重を床側で防振支持する構造とした。

 室形状は直方体でシンプルな空間であるが、天井高10mの空間のフレームを構成する大型の鉄骨柱・梁に加えて、舞台の昇降床、移動観覧席、コンクリート浮床、浮き遮音壁・天井(繊維混入石膏ボード10mm×4枚)等、浮き床や浮き鉄骨に掛かる荷重はかなり大きく、エリア(舞台、客席中央、鉄骨柱脚付近、等)による荷重のばらつきや利用条件(移動観覧席の収納/設置)による荷重の変動もあった。特に、防振遮音構造のフレームを構成する鉄骨の柱脚部分に掛かる荷重は大きく、柱脚毎の支持荷重にもばらつきがあり、部位毎の固有振動数・耐荷重・たわみ量の設定、防振材の設置方法、クリアランスの確保、水平方向のストッパー、それらの施工や管理のしやすさ、等々、防振材の選定や納まりに関しては、施工段階で繰り返し繰り返し検討を重ねた。最終的には、サイズを自由に設計・加工することが出来て、耐荷重の種類が豊富な発泡ポリウレタン系の防振材を用いて、その硬さやサイズを柱脚毎に変えることで、施工的にはほぼ同じ納まりで、適正な耐荷重、たわみ、固有振動数に収まるようにしている。

スタジオシアターの柱脚部の防振材
スタジオシアターの柱脚部の防振材

 本計画のなかでも特に重要なスタジオシアターまわりの遮音工事は、Exp.Jの振動絶縁の確認や遮音性能の中間検査等を施工途中で実施し、その効果を確認しながら進めていった。検査測定時にはスタジオシアターの利用想定に近い音量(63 Hzで約110 dB)を発生させたが、大劇場の舞台袖では全く聞こえない程の高い遮音性能が得られていた。

音楽ホール

 スタジオシアターの2階上に位置する音楽ホールの遮音構造の特徴は、壁と天井の防振方法にある。床は防振ゴム支持による一般的なコンクリート浮き床構造であるが、防振支持の箇所をなるべく少なくし、なお且つ防振支持の位置を他室から離すため、壁と天井を鉄骨フレームによって一体化し、上部から防振吊りしている。

 上部の防振支持部は、写真のように大きな鉄骨梁の下側フランジに防振材が載り、その上に浮き側の鉄骨が載る構造となっている。大梁のフランジに載せた防振材と浮き側の鉄骨で壁・天井をまとめて吊っているため、荷重の偏りやフレームの偏心等が生じないように、防振材のたわみ量の管理には特に注意が必要とされた。そのため、スタジオシアターと同様に発泡ポリウレタン系の防振材を用いて、その硬さやサイズを適宜変えることで、防振材のたわみ量に大きなバラツキが生じないようにした。

大梁の防振材(フランジ上)とストッパー(側面)
大梁の防振材(フランジ上)とストッパー(側面)

 低音域(63 Hz)の遮音性能は、2階下のスタジオシアターとは74 dB、Exp.Jを挟んだ大劇場とは82 dBというかなり高い遮音性能が得られており、大劇場やスタジオシアターで大音量のロックコンサートが行われたとしても、音楽ホールでは聞こえず、NC-15という静けさのなかで目の前の音楽に集中することが出来る。

スタジオ

 エントランスホールに面したスタジオ(5室)では、共用空間との視覚的な繋がりを意図して大判のガラスが使われている。浮き側のガラスは12mm厚、固定側は24mm厚という構成で、室内側のガラスはフラッターエコー防止のために外倒しになっている。構造的には上下二辺で支持され、隣り合うガラスの取り合いには方立がなくシール納まりとなっていて、室内外の視覚的な連続性が実現されている。防振遮音層のガラス、壁、天井(硬質石膏ボード12.5mm×3枚)は、浮き床コンクリート上の鉄骨フレームによって支持され、周囲の共用部に対してはDr-55~60程度、隣接・積層するスタジオ間では90 dB以上(500 Hz)という高い遮音性能となっている。

平面図(4階)
平面図(4階)

 同一建物内にいくら多くのホールをコンパクトに計画しても、室間の遮音性能が不十分なために音量制限や同時利用の制限があっては、各ホールの魅力を存分に発揮することが出来なくなってしまう。施設の公演スケジュールを見ると、大劇場、スタジオシアター、音楽ホール、同時間帯に複数の会場で公演が予定されている日もある。東京から約1時間という手軽な立地に加えて、その日の公演が選べるというのも大きな魅力の一つである。(服部暢彦記)

高崎芸術劇場 – 高崎財団:http://takasaki-foundation.or.jp/theatre/