モスクワにザリャディー・コンサートホールがオープン
プロジェクトの概要
新施設は、1560席のフィルハーモニックホール(大ホール)と、オーケストラのリハーサル使用も想定された400席の室内楽ホール(小ホール)によって構成されている。建物の建築設計担当は、地元モスクワのTPO Reserve、永田音響設計は大小両ホールの室内音響設計および監理を担当した。
本プロジェクトの設計については、すでに本ニュース344号(2016年8月)において報告している。その時点では、周囲の公園の建設が進行中で、ホール施設の建設は始まったばかり、ホール内部の建築設計は終了段階に近く、大ホールの音響実験用模型(1/10縮尺)の製作が進行中であった。その後、2017年3月〜9月の約半年にわたって音響模型実験を実施し大ホールの内装設計を確定していった。
2018年7月の終りから8月にかけて開催されたモスクワ都市フォーラム(Moscow Urban Forum 2018)の会場としての使用に間に合わせるため、ホールを含む施設の建設工事は急ピッチで進められていった。工事は最終の段階で一部がフォーラム開催に間に合わず、一旦中断せざるを得なかったが、フォーラム終了後に残工事が更なる急ピッチで再開され、最終的には9月8日のオープニングに間に合わせることができた。
フィルハーモニックホール(大ホール)
大ホールは、その用途の50%以上をオーケストラ音楽を中心とした、いわゆるクラシック音楽を対象としてデザインされており、ステージ上にはオーケストラ用の電動昇降ヒナ段機構が設備されている。客席主要階はいくつかのブロックに分割され、またステージの側方、後方の客席はテラス階として構成されている。テラス階はホール側壁や正面壁部分においては上階のバルコニー席に繋がり、さらに上階にはVIP席として使用される浅いバルコニーがホール両側に設置されている。
また、客席主要階のステージ側最前部の客席数列は昇降リフト上に載っており、このリフトを下げることによってオーケストラピットを構成することができる構造になっている。ステージ上でコンサート形式の簡易オペラやバレーを演出することが可能であり、サンクトペテルブルグのマリインスキー・コンサートホールにおける同様の試みが成功したのを受けて、同様の機構が採用されたものである。
仏ストラスブールのオルガン・ビルダー、ムーライゼン・ワルサー社 (Muhleisen G. Walther & Associés) によって設計・製作されるパイプオルガンは、ホール正面壁の上部全体をほぼ埋め尽くす程の大規模なものであるが、オープニング時点では表面を装飾するパイプだけが製作されて設置されている。この後一年をかけて残りの主要部が製作、設置され、更に整音作業を経て完成の予定である。
さらに新ホールでは、クラシック音楽用途のみにとどまらず、より多用途な使用が見込まれている。ホール主要階部分は各々の客席列の下部に昇降リフトが組み込まれており、主要階全体がフラットな床を構成できるようになっている。
室内楽ホール(小ホール)
小ホールは、300m2 のフラットな主要階に、浅いバルコニーを全面リング状に取り付けた構造になっている。オーケストラ等の大きなアンサンブルのリハーサルにも使用できるように、天井高は14mとして音響的に必要な室容積を確保している。さらに、上部壁面の全面と長手方向の壁面下部に可動式の吸音カーテンを設置しており、その供用面積を調整することによって、クラシック音楽のリサイタルから電気音響設備を使用するポップス、講演会等々、多用途に対する幅広い対応が可能となっている。
最初の音出しリハーサルとオープニング・コンサート
2018年8月29日、マエストロ・ゲルギエフはマリインスキー劇場から小型のオーケストラを編成して、オープニング直前の完成したホールにおける最初の音出しリハーサルに臨んだ。オーケストラは直ぐに容易に演奏し続けることができたので、マエストロはステージから降りてホール客席を歩き回り始めた。そして離れた場所から指揮しながら、演奏法の変更やオーケストラのレイアウトの変更を指示したり、また、色々異なる音域の曲を取り上げて、ホールの音響を様々な方向からテストして回った。後半にはピアニストのデニス・マツーエフ(Denis Matsuev)もテストに加わった。ホールの音響は常にクリアでかつ暖かく、しっかりした音が客席全体にわたって豊かに響いた。
テスト演奏終了後に残響時間の測定を行った結果、空席状態において2.9秒(500Hz)、満席時の推定値は2.4秒(500Hz)であった。聴感的な印象からも、長めの残響時間による豊かな音響と、かつ十分な明瞭さが確保されていることを確認した。
2018年9月8日、プーチン大統領による開場の挨拶があった後、再びゲルギエフ指揮マリインスキー・オーケストラ+合唱団がオープニングのステージを飾った。最初の曲は、ムソルグスキーのオペラ「ホヴァーンシチナ」序曲(モスクワ河岸に新しく完成した新コンサートホールに因んで「モスクワ河の夜明け」と副題が付いた曲が取り上げられた)で、その後にはシチェドリン、グリンカ、ラフマニノフ、チャイコフスキー、ショスタコービチ、リムスキー・コルサコフ、そして再度ムソルグスキー、といったロシア音楽が続いた。演奏は独唱者として、アルビナ・シャギムラトーヴァ、アンナ・ネトレプコ、ミハイル・ペトレンコ、イルダ・アブドラザコフ、ピアニストとしてダニール・トリフォノフ、デニス・マツーエフ、ヴァイオリン奏者のピンカス・ズーカマン、トランペット奏者のティムール・マルティノフ等が加わった。
モスクワ市の開設を祝う「モスクワの日」(9月第一週末) と重なった新ホールのオープニングは、音楽愛好の都市モスクワへの素晴らしい贈り物となったようである。(Marc Quiquerez記)
茅ヶ崎市民文化会館がリニューアルオープン
1980年に開館した茅ヶ崎市民文化会館が、この秋、改修工事とオープン準備期間による19ヶ月の休館期間を終え、さらに使いやすく魅力のある施設として、リニューアルオープンを迎えた。
あらためて振り返れば、このオープンまでの道程はとても長く、改修計画の始まりは10数年前に遡る。2004年に耐震診断や設備に関する調査が実施され、耐震性の不足や施設機能の老朽化への対応が必要なことが明らかになり、耐震性の確保、快適性の向上、バリアフリー化、設備更新等を含む大規模改修が計画された。2009〜2010年度にはA&T建築研究所により改修の基本・実施設計が行われ、この間、永田音響設計もホールの残響時間や空調設備騒音の調査測定を実施すると共に、設計段階の音響コンサルティングを行った。
だが、実施設計の直後、2011年3月に発生した東日本大震災は、この茅ヶ崎市民文化会館の改修スケジュールにも大きな影響を及すこととなった。茅ヶ崎市の「公共施設整備・再編計画」の見直しにより、実施設計から5年を経て、2016年に実施された改修の修正設計では、東日本大震災を受けて建築基準法が改正され天井脱落対策に係る技術基準が定められたことに伴い、特定天井に該当する大・小ホール、市民ロビーの天井の改修が加えられた。また、2015年に策定された「茅ヶ崎市バリアフリー基本構想」に沿った改修計画も盛り込まれた。その後、2017年3月に改修工事のため閉館し、今年7月まで工事が行われた。施工段階の監理は設計に引き続いてA&T建築研究所が担当し、永田音響設計は施工段階の音響コンサルティング、改修前後の音響測定を実施した。建築工事の施工は大成建設である。
大・小ホールの改修
大ホール(1,400席規模)は、改修前に音がよいという評判であったことから、既存の室形状を維持する基本方針としながらも、最近のホールでは長めの響きが好まれる傾向であるため、改修前よりも天井や側壁の反射面の面密度を上げる、吸音仕上げの一部を反射面に変更する等により、出来る範囲で残響時間を伸長することを目指した。
小ホール(400席規模)については、改修前よりも出来るだけ響きを伸長することが求められ、客席天井を高くして気積を増やす方針とした。既存躯体内という制限がある中での天井改修ではあったが、反射音が均一に分布するよう曲面が連続した反射面で天井を構成し、改修前に対して客席前方の天井は0.7m〜1.6m程度高く、客席中央から後方の天井は0.3m〜0.4m程度高くなった。また、改修前は、音響反射板とプロセニアム間の隙間が1.3mと大きく開いた状態であったが、改修ではこの隙間を出来るだけ小さくするように天井反射板・側面反射板をプロセニアム側に延長した。
客席天井の耐震化に関しては、大・小ホール共に既存の吊り天井方式を、改修で天井部材を鉄骨の構造部材で支持する方式に変更した。これにより音響的にも天井下地の剛性が上がり、かつ、ボードを複層貼りとすることで改修前よりも面密度の高い、しっかりした反射面で構成することが出来た。壁面については、両ホール共に木下地の面があったが、これを軽鉄下地に変更した上でボード複層貼りとした。
また、大・小ホール共に客席椅子が更新され、既存椅子の幅が少し狭さを感じる49cmであったのを、新設椅子ではゆったり座れるように3cm広げられた。音響的にはこれにより客席椅子の等価吸音面積が大きくならないよう、背板のクッション部分の面積が小さい仕様の椅子を採用した。
これらの改修により、大ホールの残響時間は音響反射板設置時に約0.3秒長くなって1.6秒に、小ホールは音響反射板設置時に約0.2秒長くなって1.0秒になり(共に、満席時の推定値、500Hz)、聴感的にも改修前との違いを感じることが出来る。
練習室・リハーサル室の改修
この大規模改修のもう1つの大きな特徴は、練習室エリアの改修である。大・小ホールに加え、3番目のホールとして、市民の文化活動の創造・発表の場として利用できる平土間形式の練習室1兼ミニホールを設けることが計画された。改修前には展示室であった室をミニホールに改修することとし、梁を構造補強することで室の中央に立っていた柱を撤去して、2層吹き抜けのホール空間を実現した。なお、展示室はより大きな展示空間として、別の場所に配置されている。
この練習室1兼ミニホールの他に、新しく再配置された練習室2〜4、リハーサル室(楽屋)は、各室間及び各室−大・小ホール間の遮音性能を高めて、出来るだけ同時使用が可能になるよう遮音計画を行った。各練習室やリハーサル室は、各室間に楽器庫や倉庫等の遮音上の緩衝ゾーンを設ける室配置とした上で、各室に防振遮音構造を採用した。これらの改修により、各練習室・リハーサル室間や各練習室・リハーサル室−大・小ホール間で、80dB(500Hz)を超える高い遮音性能を実現した。
リニューアルオープニング・ウィーク
10月1日、新しく生まれ変わった茅ヶ崎市民文化会館がリニューアルオープンを迎えた。当日は、神奈川フィルハーモニー管弦楽団による記念演奏会が15時からと19時から2回行われた。指揮者には、茅ヶ崎在住の上野正博氏が迎えられ、演奏では山田耕作、サザンオールスターズや加山雄三による茅ヶ崎にちなんだ名曲が織り込まれた「茅ヶ崎メドレー」も披露された。この日から1週間「リニューアルオープニング・ウィーク」と称して、バックステージツア―、よしもとお笑いまつり、東京大衆歌謡楽団「昭和ノスタルジー」、人形劇団ひとみ座、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会など、連日様々な催し物が行われた。
筆者は10月7日に大ホールで行われた新日本フィルハーモニー交響楽団の特別演奏会を聴きに行った。新日フィルの音楽監督を務める上岡敏之氏は少年時代を茅ヶ崎で過ごされた方。上岡氏がオーケストラの魅力を感じて欲しいと選ばれたのはオール ベートーヴェンの楽曲で、交響曲第4番、第7番と田部京子さんのピアノによるピアノ協奏曲第2番である。バルコニー席前方で聴いていたのだが、臨場感のある音に演奏に引き込まれた。観客の拍手が鳴りやまない盛り上がりで、多くの方が会館のオープンを待ち望み、演奏会を愉しんでいることが伝わってきた。上岡氏は今後はさらに茅ヶ崎と関わる機会を増やしていきたいとおっしゃっている。これからも市民の方に親しまれ賑わいの絶えない会館になりそうだ。(箱崎文子記)