No.369

News 18-09(通巻369号)

News

2018年09月25日発行
大分大学の学生食堂

日本音響学会2018年秋季研究発表会に参加して

 日本音響学会の秋季研究発表会が9/12~14に大分大学で開催された。弊社からは、昨年竣工した4つのプロジェクト(カルッツかわさき、太田市民会館、荘銀タクト鶴岡、釜石市民ホール)の音響設計内容の発表に加えて、建築音響部門のスペシャルセッションで講演を行った。ここでは、私が聴講した講演の中から、いくつかの話題をご紹介したい。

建築音響スペシャルセッション

 今回注目していた講演は、建築音響部門のスペシャルセッション「吸音の材料・効果・価値を再考する」である。公共空間、保育施設、オフィス等の空間において適切に吸音がされていないことや設計者の吸音に対する意識・優先度合いが低いといったことが背景にあり、吸音に関する実務的な課題や解決事例等、計9件の講演があった。朝早くからの講演にも関わらず、会場は多くの聴講者で埋まり、関心の高さが伺えた。

 まず初めに、「建築空間における吸音の意義」という題目で、日本大学の羽入敏樹先生が吸音の意義を①安全、②教育効果、③快適性、④健康、⑤生産性という5つのキーワードを使って整理した。例えば、吸音が不足して残響過多となった空間で非常放送が聞こえにくくなることによる安全性の低下、残響過多の教室で講義が聞きとりにくくなることによる教育効果の低下、吸音が不足して騒がしい飲食店やオフィスにおける快適性や生産性の低下等である。このようなキーワードを挙げて、吸音は「設計時・施工時にはコストはかかるが、ランニングコストはかからない」と、設計時にコストをかけてでも適切に吸音を計画することの重要性を話された。

 つづいて、音響設計の実務に関わる日建設計の青木亜美氏と大林組技研の池上雅之氏より「吸音設計の実務的課題、及び日本建築学会による啓発活動事例」と題して、実務的な課題や事例が紹介された。青木氏は、「設計時には吸音仕上げとしていた天井の岩綿吸音板が、途中段階でコスト削減の対象とされて化粧石膏ボードになってしまった。」「設計者が自分なりに考えて吸音材を配置したが、その配置が適切ではなく音響障害が起こってしまった。」等、いくつかの事例を挙げて、意匠設計者の音に対する認識・優先度・理解の低さを指摘した。

 それに対して、設計者側からのニーズも紹介された。一般空間の吸音の程度に関する推奨値やガイドラインがないため、どの程度の吸音が必要なのか設計者自身も十分に理解出来なかったり、発注者に対して吸音の効果や重要性を説明しにくい、といった内容である。このように青木氏が挙げた課題の解決の助けとなる活動として、池上氏から日本建築学会(室内音響小委員会)が企画・刊行した雑誌「ディテール 特集:吸音から考える音環境のディテール」が紹介された。本ニュース337号(2016年1月)でも紹介したこの雑誌は、意匠設計者が吸音仕上げを計画する際の参考資料となることを意図したものなので、興味のある方は是非読んでみてほしい。

 その他にも、保育空間における吸音の効果に関する話題(熊本大学・川井敬二先生)や薄板に微細な孔が空けられた吸音材(神戸大学・阪上公博先生)等、具体的な吸音対策の事例や吸音材に関する発表が続いた。弊社の石渡からも「吸音材料に関する実務上での話題」として、建築資材としての整備(不燃性能や材料の流通)が進んでいないという今後の課題や、海外の吸音材料が国内で使われ始めた紹介などがあった。

音声コミュニケーション、スポーツ音響

 日頃の業務とは直接関係ないが、興味があって数年前から音支援やスポーツ音響、音声コミュニケーションの分野を聴講している。今回は実際に障害を抱える方による発表や映像を交えた講演もあり、リアルな様子が伝わってきた。

 音声コミュニケーション部門では、「先天性全盲ろう児の音声言語訓練長期記録の分析状況及び保全活動」(千葉大学・市川(あきら)先生)と題して、先天性全盲ろう児の音声言語獲得までの訓練記録の一部が紹介された。先天性の全盲ろうであったヘレン・ケラーが井戸水を触って”water”と発話した話は有名であるが、1950年代、山梨県にある盲学校で先天性の全盲ろう児が発話に至るまでの記録が残されている。先天性全盲ろう児に対しての訓練では、まずは日常生活に必要な訓練に始まり、形などの概念の獲得、そして発話の訓練に至ったそうだ。発話訓練は、口の形、呼吸、声帯のコントロール、そしてそれら3つの要素のコントロールという順序で進められたそうで、聞いただけでも途方もない労力と忍耐のいる訓練だと想像できる。それらの事細かい訓練記録が紙や映像として残されているのだが、資料の損傷がひどく、資料を見たくても見られない、録音テープを聞きたくても聞けない、それらの保存方法も考えなくてはいけない、と多くの悩みを抱えており、なにより、その貴重な資料を活かすことが出来ないと惜しんでいた。

 スポーツ音響部門では、「サウンドテーブルテニスの紹介と聴覚情報の利用及び音環境について」(ソニー太陽・吉田健志氏)を聴講した。内部に小さな金属球が仕込まれたボールを使って音を頼りに行うサウンドテーブルテニスの競技について、実際にラリーをする映像とあわせて紹介された。眩しさに弱い視覚障害者に配慮してブラインドを閉めて部屋を暗くしたり、競技時の周囲の騒音を小さくするために夏でも空調設備を停止して競技をした、といった室内環境に関する具体的なエピソードも語られた。

特別講演

 建築音響のスペシャルセッションの後、昼食のために大学の食堂へ向かうと、天井高6~7m程で、木材がふんだんに使われた開放的な空間が広がっていた。吸音に関する講演の後ということもあって、内装仕上げに吸音材が使われているのだろうか?と上を見上げたが、天井に吸音材は使われていない。ただ、ここでは別のところにも目が向いた。天井を支えるために樹木のように広がった木構造の接合部には、ボルトやプレート等の金物が一切見当たらず、ピッタリときれいにつながっているのである。ひょっとしたら本当は鉄骨造で、表面だけ木調のシートでも貼っているのではないか?という疑いも湧いたほどである。

大分大学の学生食堂
大分大学の学生食堂

 結局答えは分からず、その後の特別講演に向かうと、「木を使う技、竹を使う技、~継ぐ技を中心にして~」(講師:日本文理大学・井上正文先生)という講演であった。井上先生は、森林が多い大分県の豊富な木材を使うための技術開発を主に研究されており、講演のなかで紹介された接合部材(木材と竹材を組み合わせたもので、木材同士の接合部に挿入するもの)は、まさに学生食堂でも使われていた。大分県は日本一の竹の産地でもあり、開発当初は接合部材に使用してた鉄を、圧密して強度を増した竹材で代替させて、木と竹だけの構成にしたそうである。豊富にある県産の材料を使うことができ、木の構造体と一緒に切断・解体出来るというメリットまで考えられている。講演の序盤から、井上先生の趣味の遺産巡りや大分のグルメ、お薦めの焼酎の話等、興味の湧く話題も多かったが、講演の最後に話された接合部材の話は、まさに目から鱗であった。1時間の講演はあっという間に過ぎ、普段はビール党の私も帰りの空港で先生お薦めの焼酎を買ってみた。(服部暢彦記)