No.342

News 16-06(通巻342号)

News

2016年06月25日発行
“相生市文化会館”外観

相生市文化会館(扶桑電通なぎさホール)

 兵庫県相生市に相生市文化会館(扶桑電通なぎさホール)が竣工し、4月2日に記念式典が行われた。設計は三弘建築事務所(兵庫県西宮市)、施工は清水建設である。永田音響設計は、基本設計の段階から、監理、竣工測定まで一連の音響設計を担当した。

相生市

 相生は古くから造船の街として発展してきた。本施設の敷地の目の前には相生湾が広がり、対岸には石川島播磨重工業(IHI)の巨大な工場施設が建ち並ぶ。現在では造船部門はないが、各種設備関係の生産が行われている。

 この相生湾では年に一度ペーロン祭り(競漕)が行われている。ペーロン競漕とは、中国から長崎に伝承されていたボートレースで、旧播磨造船所で働く長崎出身者が相生に伝えたという。相生湾は河口のように瀬戸内海から深く入り込んだ地形で、波が穏やかなため、船の競技には理想的という。ちなみに大ホールの緞帳は、IHIからの寄贈によるペーロン競漕を描いた相生ならではのデザインである。

“相生市文化会館”外観
“相生市文化会館”外観
ペーロン
ペーロン

施設の構成

 相生市文化会館は、大ホール、中ホール、その他会議室、和室などの付帯施設が複合する本体施設と、小ホールや音楽練習室、会議室、カフェなどのある別棟が展望デッキを介して設けられている。この施設の外観デザインは、相生湾に浮かぶ船や桟橋を印象づけ、地域の風景にも自然と溶け込んでいる。恐らくこの展望デッキからは、相生湾でのペーロン競漕を見ることができ、お祭りの際の重要な施設にもなるのであろう。建物としては本体施設と別棟が完全に分かれているため、お互いの音漏れによる利用制限などの影響はなく、別棟の小ホールや音楽練習室では、本館の諸室の使用状況に係らず、和太鼓やロックバンドでも音量を気にすることなく演奏することができる。

大ホール
大ホール

各ホールの概要

 最近のホール計画における大きなテーマは天井の耐震化であり、国土交通省告示の特定天井※の条件にあてはまる天井をもつ大きさのホールでは、どういった構造、どういった形状にするか、が問題となる。従来の軽量鉄骨による吊り天井の場合には、メーカー側からの示唆もあって、ほとんど水平に近い形状とするか、ごく軽い天井としなければならない。この条件をそのまま受け入れればデザイン的にも音響的にも魅力的なものにはなりにくい。多くの場合、その対応策としては吊り天井ではなく、天井下地を2次部材鉄骨で構成し、軽量鉄骨下地材を添わせてそこにボードを留める方法である。すなわち「特定天井※」としない方法を選択することになる。本ホールにおいても、天井下地材を2次部材鉄骨で構成しているが、さらに耐震性を高めるために、側壁際の天井を水平とした上で、中央部の天井を音響的にも意匠的にも好ましい形状に構成している。

 平土間で移動椅子使用の中・小ホールは、ピアノの発表会などの生音楽にも利用されることを前提として計画されたホールで、その他にも講演会、講習会、各種パーティーや展示会など幅広い活用を想定している。

中ホール
中ホール
小ホール
小ホール

ホールの設計監理

 本施設の設計をされた三弘建築事務所の代表の古澤伸介さんは、この相生市のご出身で、地元に優れたホールをと、コンペ段階から設計はもちろん監理においても、精力的に取り組んでこられた。やはり愛着を持って作られた建築は完成度が高く、ディテールや仕上げ材などにもきめ細やかな配慮がなされている。現場の工事も佳境に入ったあるとき、古澤さんが地元の相生牡蠣を市場からドッサリ買ってきてくださり、現場の方々と一緒に頂いた。生はもちろんだが、ホットプレートで軽く焼いてレモンを絞っただけの牡蠣の美味いこと。相生湾近海で育つ牡蠣は、相生の東と西に流れる揖保川(いぼがわ)や千種川(ちぐさがわ)から瀬戸内海に注がれるミネラル豊富な水により、通常2〜3年かかるところ、1年で大きく育つそうで、しかも濃厚で、甘味、風味、旨味を備えている。

ホールの運営

 ホールのオープン以来、主催公演については、今の所クラシック音楽の催しが少ないが、今後、市民の方に愛され多くの方々に支持される施設になることを望んでいる。(小野 朗記)

※特定天井: 高さ:6m超、水平投影面積:200m2超、重さ:2kg/m2超の吊り天井

ホワイエ
ホワイエ

音学シンポジウム2016

 5月21、22日に、東海大学高輪キャンパスにて「音学シンポジウム」が開催された。情報処理学会の音楽情報科学研究会(SIGMUS)は、研究発表会として年に4回開催されており、その内の1回が「音学シンポジウム」として毎年実施されている。その基本コンセプトは、シングルトラック進行とすること、そして音に関するあらゆる分野を対象とすること、と至ってシンプルに設定され、音の多岐にわたる分野間の交流を促進することが目標とされている。音響学会や建築学会と違い、本ニュースではあまりふれることのない音声や聴覚のメカニズム、音声信号処理、楽器の演奏支援などに関する研究が主なトピックとして取り上げられるシンポジウムである。

東海大学高輪キャンパス内の会場案内
東海大学高輪キャンパス内の会場案内

 このシンポジウムは2013年にスタートした、比較的新しい学術イベントである。毎年何らかの新しい試みがあり、第4回目となる今年は新たな取り組みが2つあった。1つは、同学会内の画像認識・理解のシンポジウム”MIRU”との連携企画として、音響の研究者と画像の研究者が信号処理等の共通のテーマでトークバトルをするというもの。もう1つは聴講者がそれぞれの専門外の分野についても理解を深めやすいように、各招待講演の前に基礎知識のチュートリアルを15分ほど行う、というものである。音響学も他の学問分野同様に非常に細分化しているため、こういった機会が得られることはとてもありがたい。

 私は特に2日目の講演プログラムとそのチュートリアルに惹かれ、今回初めて参加してみた。当日の講演をいくつか挙げると、バイオリンの音色がその本体や演奏法に加え、指向特性によりどのように変わるのかを調査した研究や、最新の没入型聴覚ディスプレイシステム
”音響樽”の紹介、また脳の聴覚野の神経活動をどのように観測、分析し解釈するかという研究紹介があった。またポスター発表では、防災用屋外拡声器の音声の聞き取りやすさを予測するシステム構築の試みや、音楽演奏においてソロと比べアンサンブルになるとテンポはより
”走る”方向にずれやすい、といった内容のものに好奇心をそそられた。これらだけでも、研究発表会の分野の多様さが垣間見えるであろう。

講演会場の大講義室
講演会場の大講義室

 音響設計をする上で、「良い音」とは何か、それを探求し続けたいと考えているが、ヒトにとっての良い音を時代に合わせて理解するには、耳だけでなく脳の仕組みを理解することが一つの手掛かりになるのではないかと感じている。また視覚におけるヘッドマウントディスプレイやメガネ型デバイスのようなものが、聴覚に対しどのようなアプローチを取るようになるのかなど、考えると興味は尽きない。他分野の知識ももっと積極的に取り入れていこうという思いを掻き立てられたシンポジウムであった。(鈴木航輔記)

情報処理学会 音楽情報科学研究会: http://www.sigmus.jp/
音響樽のデモ@先端コンテンツ技術展(6/29-7/1): http://www.ct-next.jp/

「伴走ランナー」を経験して感じたこと

 今夏に開催されるリオ・オリンピック/パラリンピックまであとわずかである。体操、柔道、マラソン等、皆さんそれぞれ注目している種目があると思うが、そのなかに車いすマラソン・視覚障害者マラソンという種目があるのをご存じだろうか?肢体や視覚に障害をもつランナーが1人で、あるいは伴走者とともに走るのである。私がマラソンを趣味としていることもあり、先日、視覚に障害を持ったランナーのガイド、いわゆる「伴走ランナー」をつとめる機会があった。そこで実際に視覚障害の人と接してみて、音・音声に限らず、情報伝達やコミュニケーションの手段や役割について考えさせられた。本ニュースで通常紹介している音響とは異なるテーマだが、今回は伴走ランナーを経験して感じたことをお伝えしたい。

 視力が低かったり視野が狭い等の障害をもちながらも、マラソン、サッカー、ダンス等の運動を定期的にしている人がいる。例えば視覚障害の人がジョギングをする場合、普段の生活圏から離れて多数の人が往来する場所を走ることもあるため、危険回避のためにジョギング中や練習場所への移動にガイドの存在が必要となることがある。私が参加したマラソンの練習会は視覚障害に限らず様々な障害をもつ人と、それをサポートする人の集まりで、多いときには伴走者も含めて100名以上の参加者になる。

 まず走る前には準備運動である。1人が代表となって準備運動を指揮する。膝の屈伸のように一言で伝わるものなら良いが、複雑な動きになると「まず右腕を上げて下さい、そしてその腕を…」というように一つ一つの動作を説明していく。見たものを真似するのは簡単だが、それを言葉だけで伝えようとした途端、急に難しくなる。準備運動や連絡事項、その日の参加者の名前(視覚障害の人にもわかるように)等を拡声器で伝えるのだが、屋外ではどうしても簡易な拡声器(主にトラメガ)に頼らざるを得ず、公園に広がった100名近くの人が相手では、音量や音質が不十分と感じることが多くなってしまう。

 ランナーと伴走者のペアが決まると、ガイドロープと呼ばれる周長 50cm 程のロープの輪をお互いに持って走り出す。同じリズムで腕を振り、同じペースで走り、カーブや人混み等があると、「そろそろ左カーブですよ」「歩行者が多いのでスピードを緩めましょう」と自分なりにその状況を伝える。公園では子供や犬が急に飛び出すこともあるため、万が一ぶつかりそうなときは声では間に合わないので体で止めるしかない。言葉ではなくロープから伝わる伴走者の”引き”で情報が伝わることもあり、「このぐらいのカーブならわざわざ言わなくても大丈夫だよ」と言う人もいれば、盲導犬と繋がるハーネスから犬のトイレのタイミングまで予知出来る人もいる。また、「音が景色ですから」とも言われ、機械的に情報だけ伝えるのではなく、目の前の状況をうまく伝えて景色を共有しようとしたのだが、日常で「あれ」「それ」等の言葉で済ませることに慣れているためか、適切な言葉や表現がなかなか浮かばず、もどかしさを感じた。

 同じコースを周回していると同じ練習会のペアと並走することが何度もある。並走する相手の名前を伝えると、「○○さんですか?、私はXXですよ。今、△△さんと一緒に走っていますよ」と自分の存在を知らせて一言二言会話をしたりする。会話をしながら1時間以上も走れば、視覚障害ということを忘れさせる。公衆トイレの前を走り過ぎたとき、「次にトイレがあったら寄ってくれないか」とふと言われたことがある。私は全く意識していなかったのだが、トイレがあることを知らせる音が出ていて、それが手掛かりになっていたのである。このようなタイマー式/センサー式の音サインは、実は我々の身近な所に備えられている。

 視覚障害者にとって生活圏となる駅や道路には、情報伝達や危険回避のために点字ブロック、アナウンス、音サイン等が備えられており、好ましい音環境としては、それらの情報がしっかりと伝わるように残響過多防止や拡声設備の適切な配置等が求められる。「駅はうるさくて音も響いていてあまり良く聞こえないから…」という諦めに近い声もあったのが残念であった。ホール・劇場に比べると公共空間の音環境は軽視されがちであるが、改めてその重要性を感じた。(服部暢彦記)