カトヴィチェ(ポーランド)に新コンサートホールがオープン
先月のニュースにてお伝えした、上海のコンサートホールに引き続いて、10月1日にポーランドのカトヴィチェ(Katowice)という街に新しいコンサートホールがオープンした。カトヴィチェはポーランドの南西部に位置する人口約30万人の中核都市で、戦前は炭鉱の街として栄えたが、石炭産業の衰退とともに街全体が衰退してしまったのである。地域の再建、復興の拠所になったのは文化であった。
カトヴィチェに新しいコンサートホールが計画されたのには、それなりの理由がある。ポーランドには国立のオーケストラが二つあって、その一つはワルシャワを本拠地とするワルシャワ国立フィルハーモニーと、もう一つがこのカトヴィチェのポーランド国立放送カトヴィチェ交響楽団 (Narodowa Orkiestra Symfoniczna Polskiego Radia w Katowicach, NOSPR) で、元々は1935年にワルシャワで設立されている。第二次大戦の勃発により一時活動停止を余儀なくされたが、終戦後の1945年にカトヴィチェにおいて再結成されてから現在に至っている。音響の優れた専用の新しいコンサートホールを持つことは、その時以来のこのオーケストラの夢だったのである。
2008年12月、新コンサートホールの建築設計者選定のコンペが実施され、地元カトヴィチェの建築家、トーマス・コニオア (Tomazs Konior) が選ばれた。一方で、コンサートホールのアドヴァイザーとしてプロジェクトをサポートし続けてきたのが、地元出身の世界的に有名なピアニストのクリスチャン・ツィメルマン (Kristian Zimerman) であった。ツィメルマンは自分の演奏する楽器を自分で作ったり調整したりする程、ピアノという楽器の音色について拘りを持ったピアニストで、その音への拘りが発展してコンサートホールの音響までも興味を持つようになり、自分なりの音響測定装置をホールに持ち込んで世界中の色々なホールの音響データを集めたりもしている。そのツィメルマンからの指名、推薦により、永田音響設計が新ホールの音響設計を担当することになった。コンペ段階では、地元の音響コンサルタント(Pracownia Akustyczna)が建築設計者に協力していたことから、我々は大ホール(1800席)の室内音響設計のみを担当し、他の室内楽ホール、遮音・騒音防止設計、電気音響設備設計等については引き続き彼らが担当した。
コンペ段階で進められていたホールのデザイン案は、典型的なシューボックス型ホールであったが、我々が途中参加してから様々な案について検討した結果、シューボックス型を基本としながらもやや横幅を広めにして、ステージの周囲にも客席を配置した形状となった。最も重要と考えたのは、各客席とステージ間の距離を最小限にすることであり、視覚的にも音響的にも親密感(Intimacy)を確保することであった。平面図、縦横断面図をFigure-1〜Figure-3に示す(室容積: 約22,000m3)。
新ホールのレジデント・オーケストラNOSPRのマネジメントの人達は、当初はステージの後方や側方に客席を配置することに難色を示していた。しかしながら、設計の参考として視察したデンマーク国立放送コンサートホール(Danish Radio Concert Hall、2009年オープン)におけるオーケストラのリハーサルとコンサートを経験してからは、積極的に賛同する立場に変わった。
エコー障害が予想された後壁からの反射音防止のために一部に吸音処理を行った以外は、特に吸音箇所は設けていない。完工後に測定した残響時間は約2.3秒(空席時における測定値、中音域にて)、満席時において約2.1秒(空席時測定値からの推定計算値、中音域にて)であった。
オーケストラによる最初のリハーサルは、オープン約1ヶ月半前の8月下旬に行われた。最初の音出しは、各奏者も周りの人達も皆ナーバスになっていて、最も緊張する瞬間である。ホールの音響を評価するには最悪の時といってよい。演奏者達が時間が経つにつれて段々新しい音響にも慣れてくると、必ずアンサンブルは良くなり、結果として音響も良く聞こえるようになる。程度の差こそあれ、ホールによる例外はないといってよい。カトヴィチェのホールにおいてもそれは同様ではあったが、他のホールと違っていたことは、最初からかなり良いバランスの音が聞けたことである。演奏者達も最初からかなり音響が良いとの認識でリハーサルが行われた。
リハーサルにおける最大の山場は、ツィメルマンを迎えた時であった。地元出身のこのピアニストからのOKが無ければ、このホールの音響は成功とは言えないと言っても過言ではなかった。結果としては、ツィメルマンはこのホールを最大限に気に入ってくれたのである。オープニングの前日も新ホールのステージ上で、ピアノ演奏を深夜に一人きりで楽しんでいたという。音響設計担当者としては、ホッと胸を撫で下ろしたというのが正直な印象であった。(豊田泰久記)
- NOSPR新コンサートホールのウェブサイト(英語)
http://www.nospr.org.pl/en/
建物防振 − 上海シンフォニーホールの地下鉄固体音対策
先月号に続き上海シンフォニーホールの、近傍を走る地下鉄からの固体伝搬音対策について紹介する。地下鉄に限らず振動対策一般をその効率から考えると、まずは防振など振動源での対策、つぎに振動源から建物をできるだけ離すなど伝搬経路での対策、そして最後に対象室を浮構造にするなど影響を受ける側(建物側)での対策という順になる。本ホールの場合は、立地の制約から、至近を走る地下鉄の軌道防振を前提として、さらに建物側でも大がかりな振動低減対策を行った。
ホール立地
敷地は、古い街並みやプラタナスの街路樹が残る衡山-復興歴史文化風貌保護区に位置し、敷地を取り囲む南・北・西側の幹線道路下に地下鉄(2,7,10号線)が敷設されている。このうち、南側を走る10号線が距離的に最も近く、一部敷地内を通過している。歴史文化風貌保護区内ということで、局所的な例外を除いて高さ12mを超える建物を建てられない。12mを超える天井高が必要となるコンサートホールをこの高さ制限内に収めようとすると、必然的にホールの一部は地下階にならざるを得ない。さらに北側には低層住宅エリアが隣接しているので地下鉄から離すために建物全体を北側に寄せることも適わない。結果として、水平方向にも高さ方向にも距離を離すことのできない位置にホール本体を計画しなければならなかった。完成した建物から地下鉄トンネルまでの水平距離は最も近いところで7.5m、平均でも15m、地下鉄トンネル上端と2つのホールのステージ位置は地表面からほぼ同じ深さにある。
地下鉄振動の大きさ
地下鉄10号線は2010年の上海万博に合わせて開業した新しい路線である。ホールの計画・設計時点ではまだ施工途中で、軌道防振は行われるということであった。上海の地下鉄の振動に関する情報は持ち合わせていなかったので、同様な防振対策が実施されている開業路線で実測を行い、コンサート時に地下鉄騒音が聞こえないためには約20dBの振動低減が必要であると言う結果が得られた。
地下鉄振動対策
20dBの振動低減が必要な場合、国内では複数の対策を併用するのが一般的である。例えば、建物の周縁に防振地中連続壁(地盤と建物の間にゴムなどの柔らかい材料を差し込む)を設け、さらに対象の部屋を浮構造とする、などである。本プロジェクトでは、下記のような状況を考慮して、コンサートホールと室内楽ホールがそれぞれ収容された2つのコンクリートの箱を金属スプリングで支持する“建物防振”を提案し、採用された。
- 地下鉄振動を20dB低減させるためには、建物とそれを支える防振材で構成される防振系の固有振動数を5Hz未満にする必要がある。防振ゴムでは難しいが金属スプリングで実現可能である。
- 建物内の対象室を浮構造とする場合、周辺との振動絶縁に関してきめ細かな施工管理が必要になる。国内の場合、浮構造に豊富な経験を持つ施工会社に工事を任せることができるが、本プロジェクトではそのような工事態勢を組むことが期待できないので、スプリングを設置した後は一般の工法で施工が可能な建物防振が適している。
- 一般の浮構造の遮音層と内装はボード積層など比較的軽い材料で構成される。コンサートホールに適したより重量のある内装仕上げを行う場合、その重量に十分対応できる建物防振が適している。
金属スプリングの仕様・配置の検討、スプリングの供給と設置監理など建物防振に関する一連のエンジニアリングはドイツ・ゲルブ社(中国・青島に支社)が担当した。
ホール内の静けさ
竣工直前の音響テストの一環で、ホール内外の地下鉄騒音の測定と試聴を行った。2つのホールでは空調設備を運転した状態でNC-15未満の静けさが実現されており、地下鉄騒音はまったく感知できなかった。一方、ホールを出た非防振側では地下鉄騒音が聞こえ、その大きさはNC-25〜30であった。(小口恵司記)
「伊東豊雄展 台中メトロポリタンオペラハウスの軌跡2005-2014」開催中
台湾の台中市では、伊東豊雄建築設計事務所設計による「台中メトロポリタンハウス(正式名称は台中国家歌劇院に決定)」が来年のオープンに向けて、工事が最終段階を迎えている。設計から約9年、本当に完成するのだろうか・・と関係者の多くが気をもんでいたが、ようやく来年のオープンが決まった。
この台中メトロポリタンオペラハウスの設計から現在までの経過を辿る図面や模型などが展示された「伊東豊雄展 台中メトロポリタンオペラハウスの軌跡2005-2014」が、ギャラリー間で開催されている。会場入口に近い室中央には、設計段階でのスタディ模型を初めとして各段階で製作された模型が所狭しと並べられ、周囲の壁には設計から施工の各段階で作成された図面や検討資料、写真などが時系列で貼られている。また、屋外スペースには、現地での施工者が来日して製作したというカテノイドと呼ばれる壁構造の原寸模型が置かれている。曲面形状の無数の鉄筋とコンクリートで作られているのだが、建築物の構造体とはとても思えないほどの迫力である。このほかに、施工状況を記録した映像や、設計・施工関係者のインタビューなどが大型スクリーンで写されていたり、建物内部をバーチャル体験できるディスプレイ装置があったり、図面や模型からは予想もできない建築空間を実感できるようになっている。来年には実物を見ることができるのだが、関係者の思いなども実感できる展示会だと思うので、是非足を運んでいただきたい。12月20日まで開催中。(福地智子記)
建築のこころ アーカイブにみる菊竹清訓展
2011年に他界された建築家 菊竹清訓氏のスケッチ、メモから、建築設計図、建築模型、写真など、当時の建築活動を垣間見ることのできる企画展示が国立近現代建築資料館 (http://nama.bunka.go.jp/) で開催されている。その活動を時間軸でなく、1.大地からの離陸、2.水面からの浮上、3.空気を包む、4.現代への挑戦という4つの視点でまとめ、紹介している。文化庁 国立近現代建築資料館が早稲田大学に委託した氏の膨大な建築資料に関する調査を踏まえて企画されたもので、当時の着想が記された未公開のスケッチ、メモと、その具現化された図面、模型などから、建築と人間、そして環境へとつながるテーマが概観できるように思う。会場入口で目にした菊竹清訓建築設計事務所 資料庫の写真、整然と並ぶ多くの図面箱群にも驚く、また、それらの資料から「建築のこころ」を感じ、描き出す作業も大変だったであろうことが想像できる。この展覧会、現在開催中で、2015年2月1日まで。2014年11月30日には関連のシンポジウムも予定されている。(池田 覺記)