京都国立博物館 平成知新館 オープン
建築の概要
京都国立博物館の本館は、迎賓館赤坂離宮などを設計した明治を代表する建築家、片山東熊の設計による近代建築の代表作で、国の重要文化財に指定された歴史的建築物である。1897年に創設されたこの博物館は、京文化の様々な文化財を収集、保管してきた。1966年に一般公開のための施設として平常展示館が別館として建設されたが、この施設の建て替え施設として平成知新館が計画され、この度昨年12月に完成し、本年9月13日にオープンした。平成知新館という名前は、本館の名称と併せて一般公募を行い、本館の「明治古都館」とともに名づけられた。平成知新館の設計は谷口建築設計研究所で、1998年にプロポーザルにより選定されたが、竣工までに16年の歳月が経過した。日本の近代建築の代表作である重厚な様式建築の本館に対し、軒と庇の高さを合わせるなど関係性を持たせるとともに、ストイックなまでの洗練されたミニマルな直線美の建築が互いに呼応し、対比的に建てられている。
講堂の音響計画
博物館の役目は、人類の貴重な文化遺産を望ましい環境で収蔵保管、広く一般に公開することにあるというのは言うまでもないが、「何度も訪れたい博物館」を目指し、施設全体が活動の場としての役割への期待も大きい。施設の地下1階には204席の講堂があり、名品の超高精細画像やバーチャルリアリティ映像を350インチの大画面で鑑賞することができるが、博物館ならではの用途とは別に、さらにピアノリサイタル、室内楽などのクラシック音楽の演奏会などにも使いたい、ということから2008年より永田音響設計が講堂の音響計画に参加することになった。
講堂の室内音響計画としては、スラブの高さが決められている中で、天井をなるべく高く確保するために、上部スラブ直下に音響的に好ましい形状としたボードによる天井面を設け、その下に視覚的な天井として、音が透過していく素通しのチェーンネットが設けられた。チェーンネットの天井は、微妙な凹凸で柔らかい、表情とディテールの美しさが空間の格調高い印象を際立たせている。
講堂でのイベント
講堂は展示室に先駆けてすでに春から利用されており、これまで二胡のコンサートや、7月には「古社寺と文化財U」をテーマとした3日間の夏期集中講座が開かれ、今後、毎週土曜に展覧会や展示品に関連した土曜講座が開かれる予定である。また本博物館では、「京都・らくご博物館」という落語会を企画しており、旧平常展示館講堂の建て替え工事の間は目の前にあるホテル、ハイアットリージェンシー京都にて開催されていたが、新たな本講堂にて10月末から11月にかけて米朝一門会が開催される。
毎回、魅力的な上方落語家が登場するが、米朝一門会のトリは米朝アンドロイド。米朝師匠そっくりのロボットだ。このアンドロイドの話しっぷりはYOUTUBEなどでも見ることができ、米朝ファンとしては楽しみにくいかもしれないが注目度は高そうだ。そのうちアンドロイド落語名人会とか、アンドロイドリヒテルの自動演奏ピアノリサイタルなどもできるかも知れない。この落語会では落語だけでなく、4Dクリエイターの遠藤慎也氏やロボット工学者の石黒浩氏のトークショーなども行われる。
新たな建物とともに計画された庭園でもコンサートなどのイベントが企画されている。同じく谷口吉生氏設計のカフェ「からふね屋」からみる庭園も美しく、ここで過ごす休日のランチタイム、赤ワインなどを飲みながらのデミオムライスがおすすめだ。本博物館の近くには、三十三間堂、智積院などの名所もあり、博物館を含めた新たな観光ルートになるのではないだろうか。(小野 朗記)
- 京都国立博物館: http://www.kyohaku.go.jp/
「波〇紋」ripple オカムラ デザインスペースR 第12回企画展
ホテルニューオータニ・ガーデンコートのオカムラ デザインスペースRにおいて「建築家と建築以外の領域の表現者との協働」というコンセプトの企画展が毎年行われている。選出された建築家が「もっとも関心があって、挑戦してみたい空間・風景の創出」として、もう一人の表現者を選び、協働して空間・風景を創出するというイベントである。 本年7月8日から25日までの18日間、建築家の古谷誠章氏と慈照寺銀閣の花方である佐野玉緒氏による「波・紋」と題する企画展が行われた。
古谷誠章氏には、茅野市民館などの設計で永田音響設計も音響計画のご協力をさせて頂いており、常に日本の建築界を牽引されている建築家の一人である。一方佐野玉緒氏は、慈照寺銀閣の初代花方で、教授珠寳(しゅほう)としていけ花を担当され、慈照寺で行われる研修道場で講師も務められている。
会場内では会期中4回、佐野氏によるプレゼンテーションが行われた。活けられた花の静止した姿の美しさは言うまでもないが、佐野氏の美しい所作とともに水に触れたときにできる波紋の拡がりにはその時間の変化が感じられ、会場の入り口から配置された5か所の「花器」の空間的な流れと伴に、そのパフォーマンスも含め、見事に一つの作品として完成されていた。(小野 朗記)
立教学院 聖パウロ礼拝堂(新座キャンパス)に新オルガン
2014年7月12日、立教学院 聖パウロ礼拝堂(新座キャンパス)で、今年1月に完成した新オルガンの奉献コンサートが行われた。ほぼ満席の礼拝堂に、早島万紀子氏の演奏によるパイプオルガンの音色が響き渡った。
聖パウロ礼拝堂は、新座キャンパスの正門の前にあるキャンパスのシンボル的な建物であり、設計は建築家アントニン・レーモンドによるもので1963年に竣工している。放物線を縦横に組み合わせたような形をしたコンクリート造の特徴的な建物である。コンクリート壁に、はめ込まれた鮮やかな色のステンドグラスはノミエ・レーモンドによるもので、礼拝堂正面、十字架周辺の青色の仕上げとともに、空間に美しい色彩をあたえている。そして今回、さらに青色のオルガンが加わった。
旧パイプオルガンの老朽化、また礼拝堂空間に対して楽器が小さいということもあり、2010年からオルガン更新のプロジェクトが進められてきた。新オルガンは立教学院音楽ディレクターのスコット・ショウ教授らによる選定で、フィスク社の24ストップ、フランス・ロマン派様式のものである。
旧パイプオルガンは祭壇裏に設けられ、十字架の背後の正面壁はサランネットで仕上げられ、オルガンの音がサランネット越しに聞こえてくるという仕組みであった。新しいオルガンは規模も大きくなり、新たに会衆席後部にオルガンステージを設けて設置することになった。
オルガンは主として低音域の吸音体と考えられ、結構な吸音力を持っている。オルガンを設置する際、室の響きが短くなるのを防ぐため、既存の室の仕上げから吸音材を減らす工事を行い、響きが短くならないように考慮を行ったりすることもある。
聖パウロ礼拝堂の仕上げ、響きの内容を確認すると、天井に竣工後に吹き付けられた断熱材があり、それが唯一の吸音材であり中高音域を若干吸音していた。その経緯を聞くと、教会建築では響きに関して音楽と説教との両立がいつも課題となるが、吹きつけ材は断熱の効果とともに、断熱材の吸音性能が拡声音の明瞭度の向上に寄与していたことがわかった。基本的に容積も大きく現状でも響きは長めの空間であることから、天井吹きつけ材の断熱性能やその撤去工事の難しさ、拡声音の明瞭さの確保なども含め、総合的な判断から天井の吹きつけはそのままにすることにした。
今回、オルガン更新工事に伴うオルガンステージ設置の他、礼拝堂は屋根の防水と、冷暖房、照明、拡声設備等の改修工事も行われた。弊社はそれらの設計を行ったマナ建築設計室に音響面での協力を行った。新しいオルガンの詳細等については、立教学院、Fisk社のホームページに掲載されている。(石渡智秋記)
- 立教学院: http://www.rikkyogakuin.jp/institution/organ/details/details2.php
- Fisk社: http://www.cbfisk.com/instruments/opus_141
スペシャルセッション[音楽聴取・演奏を目的とした空間に関する最近の研究動向と将来展望]
今月始めに行われた日本音響学会研究発表会(北海学園大学)で、久々にホール音響関連のスペシャルセッションが組まれた。その主旨は、”国内の室内音響学は、コンサートホールをはじめとする音楽聴取や演奏のための空間の建設ラッシュの時代の終わりとともにその研究対象を他に移しつつある。一方ヨーロッパでは音楽聴取・演奏空間に関する大型研究プロジェクトがいくつか推進されている。このような世界の動向を見据えながら、音楽聴取・演奏空間の研究動向と将来展望について議論することによって、この分野の活性化を図りたい”、というものであった。1970年代以降、コンサートホールの室内音響効果を生み出す要因を抽出する研究やコンピュータを用いた室内音響シミュレーションの研究が精力的に行われてきたが、研究発表の件数で見る限り最近は一時期ほどの活発さはない。残響時間をはじめとするいくつかのパラメータで室内音響効果を数字で示すための測定方法が ISO3382-1:2009 Measurement of room acoustic parameters — Part 1: Performance spaces にまとめられ、Beranek によるそれらのパラメータを用いたホール音響の評価に関する論文や著書が発表され、また設計図からそれらが計算 -さらには応答を聴くことが- できてしまう室内音響シミュレーションアプリが市販されるに至り、研究としては一段落といった空気が感じられる。
ヨーロッパで推進されている大型プロジェクトというのは、ドイツの “Simulation and Evaluation of Acoustical Environments(SEACEN)” や、フィンランド・アールト大学の “Virtual Acoustics” である。どちらも、実際の音場を記録し、別の場所でその音場をスピーカやヘッドホン再生により”仮想的に”再現し、さらには設計段階で空間の音響状態をシミュレーションする技術を、より高度なレベルで確立することを目指している。前者が正確性・厳密性を追求しているのに対して、後者は再生したときの“らしさ”にこだわるという違いがありそうである。実用上は、歴史的なコンサートホールの音場の記録と仮想的な再現、それを利用した室内音響効果の主観印象の分析・評価、設計段階における室内音場の確認、さらには実在しない仮想空間での音響体験、などに応用されるかもしれない。ただし、両プロジェクトともに、生音?を聴くという実体験よりは仮想現実の構築に関心が向いているように見えるのが気になる。
さて、本スペシャルセッションは招待講演5件と投稿発表3件で構成されていた。招待講演では、最近の多機能ホールの事例、国内の最近の研究動向と上記のヨーロッパ・プロジェクトの概要、室内音響シミュレーションの研究動向、上記プロジェクトの音場記録・再生方式の概要、そして国内で進められている遠隔環境における三次元音場の共有を目指すプロジェクト “CREST” の“音響樽”、が紹介された。最近の研究動向を概観するというセッションの主旨から特に目新しいものは無かった。投稿発表では、東京藝大第6ホールの音響調整、シネマの最新サラウンドシステムに対応した調整室の音響設計、演奏家が曲を仕上げる課程での音環境の関わり、についての報告があった。このうち藝大第6ホール改修工事には筆者も関わった(建築・音響設計は日建設計)。工事最終段階における音響調整では、内装仕上げや天井反射板を部分的に変えて様々なジャンルの音楽演奏の試聴・試奏が繰り返され、先生方から寄せられた様々なコメントを総合して内装調整が行われた。この音響調整を ISO3382 の室内音響パラメータの変化幅で見ると JND (丁度可知差異)程度であり、数値的には違っても一般にはその違いがわからない程度の変化ということになる。一方で、試聴・試奏に参加した演奏家の方々はその違いを聴きわけていると言えそうである。ホール音響の評価というと、いくつかの室内音響パラメータを重み付け加算して総合点を求めて一つの軸の上に並べるという Beranek 流の手法に飛びつき易いが、永田は以前よりワインやコーヒーの味わいのように、必ずしも独立ではないものの多軸による表現をすべきと主張している -例えば、“本ニュース194号(2004年2月)”。アールト大学のプロジェクトでようやく、ワインの味わいの評価にも用いられる官能検査法を用いた室内音響効果の主観印主観印象に関する評価が試みられるようになったのが興味深い。室内音響効果を単に数値のみで評価することの是非も含めて評価のあり方や散乱と主観印象など、まだまだ研究対象はありそうである。(小口恵司記)