韓国ソウルに可愛いコンサートホール完成
韓国のソウル市に、今春、客席数175席の小さなコンサートホールが新しく完成した。最寄り駅は、ソウル市一番の繁華街、明洞から地下鉄4号線で10分あまりの恵化(Hyehwa)駅である。この近くには、昔、ソウル大学文理学部があったのだが、その跡地が今は公園になっており、多くのアート作品が展示されている。また、周辺には100以上の劇場があり、東京でいえば、下北沢のような感じである。地下鉄駅沿いに大学路という大きな通りがあり、その周辺にはおしゃれな店が並び、多くの若者で賑わっている。芸術と演劇の街として、今、人気のスポットである。新しく完成したコンサートホールは、この地区からは徒歩で5分くらいのところ、少し歩けば城壁があるような歴史的な佇まいの地区に建てられている。
コンサートホールは、教育関連事業を行っているJEI Corporationによって計画された。建築設計は安藤忠雄建築研究所である。JEI Corporationの会長が安藤忠雄氏の建築に惚れ込んで依頼されたと聞いている。JEI Corporationの本社ビルの道路を挟んだ向かい側の2つの敷地に安藤忠雄氏設計の建物がある。その一つのビルの地下階にコンサートホールは計画されている。永田音響設計は、JEI Corporationからの依頼で、設計から竣工に至るまでの室内音響、遮音、設備騒音防止に対する音響コンサルティングを行った。
最初にJEI Corporationから連絡をいただいたのは2010年秋である。そのときにはすでにビル全体の計画図はほぼ完成していた。コンサートホールは4階建てのビルの地下階に配置されており、階高としては13m程度あったのだが、内装天井高さが舞台上で7.5m程度に計画されていた。コンサートホールとしてはできるだけ高い天井高さが必要なことを説明し、具体的には、初期反射音の到達状況などを検討しながら、天井高さや形状について検討を進めた。なお、後述するように、敷地が地下鉄の軌道に近いことからホールに防振遮音構造を採用しなければならず、そのためのスペースも必要だったため、天井高さの確保は難航した。しかし、地下を少し深くしたり舞台上の照明バトンなどを露出にしたりすることなどで、最終的には、舞台上の高さを約9.5mまであげることができた。
2棟の建物の外壁は、もちろんコンクリート打ち放しである。周辺には打ち放しの建物もいくつかあるのだが、ひときわ美しい。ホール内部は、壁、天井ともに木仕上げで、高さや幅、ピッチなどがランダムに配置されたリブである。この木リブについては、安藤事務所で音響の要素も含めた検討をしていただいた。また施工時にはさらに詳細に、施工チームも含めて打合せを重ねた。完成したホールは、そのリブによって優しい雰囲気が醸し出され、音響的にも、後述するように、柔らかな響きが得られたと考える。そのほかにも客席勾配や舞台の広さなどもアドバイスを行った。
敷地から約55m離れたところを地下鉄4号線が走行している。その固体音の影響を調べるために、設計当初の段階で計画地に建っていた住宅において、地下鉄走行時の振動測定を行った。その結果からホールは防振遮音構造とすることとした。コンサートホールは地下階に位置しているが、地上階には、大小様々な室が配置されている。ホールの直上は展示など、種々の用途に使いやすい少し広い室になっている。また、ホールの直下は機械式の駐車場である。周辺諸室との遮音確保や直上階からの床衝撃音遮断、機械式駐車場の機器動作音の低減などに対しても、防振遮音構造は不可欠であった。竣工時の測定結果では、地下鉄走行時の固体音はNC-20以下で、聴感的にもほとんど聞こえなかった。
空調設備騒音低減方法に関しても、近接する機械室からのダクト経路や消音システムなど、多くのアドバイスを行い、低減目標のNC-20以下を実現した。
竣工後に、バイオリン演奏をしていただき音響確認を行った。175席の小さな空間とは思えない芳醇な響きであるが明瞭性も兼ね備えており、当初目標としていた響きが得られていた。演奏者からは、小さなホールだと聞いてきたが演奏すると大きな空間のようだという感想やこの空間でずっと演奏していたいというお言葉もいただいた。実際、試奏が終わった後も舞台のあちこちで演奏されていた。
オープンのスケジュールは未定である。また、運営に関しても未定のようだが、若手育成プログラムを計画している、などという話も聞いている。韓国の音楽界に一石を投じるようなホールになることを期待している。(福地智子記)
劇場演出空間電気設備指針2014(改訂第2版)発行
1999年の初版発行から15年ぶりに、劇場演出空間電気設備指針が改訂され、2014年3月に電気設備学会から発行された。この指針は、演劇やコンサートなどの催物を上演する劇場・ホール等の施設に常設される舞台機構、舞台照明、舞台音響などの舞台設備を中心に舞台運行支援設備(舞台連絡設備)、映像投射設備、それらに必要な各種電源供給設備等の設計や施工に関する規格・基準をとりまとめたものである。改訂は(一社)電気設備学会と(公社)劇場演出空間技術協会(JATET)が主体となり、有識者からなる劇場等電気設備調査研究委員会が設置され、具体的な内容の検討と修整、編集に当たった。筆者は、JATETの音響部会を代表して、その委員会に参加し、第4章の舞台音響設備の項を最近の設備形態に合わせて、そのほとんどを書き直した。
本指針は、民間規格の一種ではあるが、日本電気技術規格委員会(JESC)の承認を得たことから、国の法律である「電気事業法」に基づく達成内容や目標を規定する「電気設備に関する技術基準を定める省令」(経産省令)を具体的に示す「電気設備の技術基準の解釈」(経産省制定)を補完する、つまり引用が可能なものとなり、行政における審査基準としての効力を有するものとなっている。
わが国の官公庁施設の設計・施工においては、一定の品質を確保するために国土交通省大臣官房官庁営繕部監修の公共工事標準仕様書(公共建築協会発行)を最優先の参照規格・基準としている。この標準仕様書は、ほとんどの公共ホールのオーナーである地方公共団体でも利用されているが、舞台設備そのものの規定は記されてない。そこで、プロジェクトごとの発注図書に舞台設備固有の目標性能や機材の選定・設置方法等の施工基準を詳細に記述し、特記仕様書として添付しなければならないのであるが、その内容が膨大になってきたため、共通する基準等をとりまとめて指針として発行することになったのである。今では、この指針と異なる点や指針に含まれてない事項を特記仕様書に記載すれば良くなり、確実性も増している。
新指針は、旧指針をベースとして、最近の演出内容の高度化と多様化、技術や製品の進歩、関連法令・基準の改正などの諸環境の変化に対応したものとなっている。電気で作動する舞台設備を運用する場合、人身に危害を与えないことや他設備、他施設に雑音その他の障害を与えないことが基本的に求められる。この安全を優先的に確保する姿勢は、旧指針と変わりはない。指針には、各設備の概要、性能や使用条件、技術解説から設計・施工上の判定基準、注意事項等が盛り込まれている。また、舞台設備に付随する接地設備、過電流保護設備、地絡保護設備、高調波対策および雑音防止対策などの安全対策や、設備の機能を維持するための保守点検事項に至るまで、劇場・ホールの舞台をとりまく電気設備基準を網羅した内容となっている。
劇場演出空間技術協会(JATET)は、これらの改訂箇所を中心に新たな指針の解説講習会を2014年7月に東京・大阪で開催する予定である。
問合せはJATETまで。(稲生 眞記)
春の音響学会 スペシャルセッションの話題から
3月10日から12日の3日間、日本音響学会 2014年春季研究発表会が東京・御茶ノ水の日本大学理工学部にて開催された。音響学会と一言で言っても、テーマは建築音響や騒音振動、電気音響といった分野から、音声、超音波、聴覚といった分野まで多岐に渡り、発表件数は一般講演とポスター発表を合わせておよそ600件であった。3日間という限られた時間の中で、複数の分野の研究発表が平行して進むため、全てを聞くことは当然できないのだが、ここでは、スペシャルセッションでの話題を紹介したい。
2日目に行われたスペシャルセッションでは、この4月に発表された「道路交通騒音の予測モデル(ASJ-RTN-Model 2013)」の概要が、東京大学生産研究所の坂本慎一准教授を中心とした道路交通騒音調査研究委員会より発表された。この予測モデルは、今日では道路交通騒音に係る環境アセスメント等に広く利用されており、1975年に発表された最初のモデルから、およそ5年に一度の改定を経て現在に至っている。前回の改定(2008年モデル)以降のこの5年間では、新たに測定された自動車走行時のパワーレベルのデータから、2008年モデルにおけるパワーレベルとの差異についての検討などが行われてきた。2013年モデルにおける改定点として、今後さらに増えることが予想されるハイブリッド自動車・電気自動車の音響パワーレベルや、道路交通騒音の低減対策として期待されている二層式排水性舗装による騒音低減効果についての知見の整理、また、インターチェンジ部における自動料金収受システム(ETC)での自動車走行騒音の予測計算方法などが追記されている。
3日目には、「災害等非常時屋外拡声システムの性能確保に向けて」と題したスペシャルセッションが行われた。東北大学の鈴木陽一教授によると、内閣府が発表した東日本大震災に関する調査結果では、震災時に「屋外防災無線により津波警報を初めて知った」という回答が52%に及んでいる。一方そのうちで、その内容を「はっきりと聞き取れた」という回答は5割程度に留まり、2割の人は「何か言っていたが内容は聞き取れなかった」という回答をしている。現状、屋外拡声システムの設置方法や性能確認のための規準や指針はなく、スピーカの指向性と出力レベル以外はほとんど考慮されていないのが実情とのことであった。このような状況を鑑みて音響学会では「災害等非常時屋外拡声システムのあり方に関する技術調査研究委員会」が設置され、適切な性能評価が可能となるような規準の策定を目指している。
TOAの栗栖清浩氏からは屋外拡声システムの納入現場における音響特性測定と聴感評価の事例とその難しさが紹介された。たとえ拡声システムの性能試験だとしても、ピンクノイズなどの物理特性測定のための信号音は再生することが難しい。このため音源信号には、地域住民に非常時と誤解されないような‘落ち着いたアナウンス音’を使用しているということである。また、非常時以外で拡声エリア一帯に実運用と同じ再生音量で拡声するためには、地域住民の理解と協力が必要であり、十分な配慮と準備を要するそうだ。屋外での拡声では、遠くの建物等からの反射によるロングパスエコーや、その他の外部騒音の影響、気象による影響など、その課題は複雑であるが、今後起こり得る非常時に備えて、屋外での拡声が少しでも良くなることが望まれる。(酒巻文彰記)