オープン10周年を迎えたウォルト・ディズニー・コンサートホール
ロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホール(WDCH)がこの10月でオープン10周年を迎えた(オープンの際の記事:本ニュース192号2003年12月)。このホールを本拠地とするロサンゼルス・フィルハーモニック (LAフィル) は今シーズンを“10th Anniversary Celebration”と名付けて、数々のコンサートやイベントを一年間にわたって展開している(公式ウェブサイト参照)。
WDCHの10年の歩みを振り返って見る時、どうしても切り離して考えられないのがLAフィルとの関係である。WDCHのレジデント・オーケストラとして、リハーサルを含めた全てのコンサート活動の場としてだけではなく、ホールにおける他のコンサート、プログラミングも基本的にすべてLAフィルが提供し、財政的なことも含めたすべての運営をLAフィルが担当しているのである。WDCHの10年を語ることは、LAフィルのこの10年を語ることに他ならない。
WDCHがオープンした時のLAフィルの音楽監督は、フィンランド出身の作曲家兼指揮者のエサペッカ・サロネンであった。1991年に音楽監督に就任したサロネンは、WDCHの設計当初からプロジェクトに深く関わってきており、ホールがオープンした時点ではLAフィルとの関係はすでに12年に及び、オーケストラを完全に掌握していた。サロネンがめざしたオーケストラはまさに現代のオーケストラとしての機能を極限まで追い求めたもので、現代音楽の演奏においては他の追従を許さない程洗練されていた。そのサウンドはあくまでもクリアで透明なものであり、現代音楽に必要な高度なアンサンブル機能を備えていた。サロネン時代のLAフィルについて、そしてWDCHとの関わりについては、LAフィルが2008年に13年ぶりの日本公演をサントリーホールで行った際に、ホールのウェブサイトにその紹介記事を5回にわたって連載した。それらの記事を当事務所のサイトにも掲載したので、興味ある方はそちらも併せて参照されたい(こちら)。LAフィルは、サントリーホールにおける公演でその力を存分に発揮し、「音楽の友」誌が企画する前年の優れたコンサートの第一位にランキングされたのである。
サロネンが作曲のための時間を確保するためにLAフィルの音楽監督を辞任し、そのバトンをベネズエラ出身の若きマエストロ、グスタボ・デュダメル(当時27歳!!)に委ねたのは2008年のことである。デュダメルがドイツのバンベルグ響の指揮者コンクールで優勝して世界の音楽楽壇に彗星のごとく登場し、世界中の話題をさらったのは記憶に新しいところであるが、サロネン自身がその審査員の一員だったのである。そのデュダメルをLAフィルに招き入れたのもサロネン自身であった。デュダメル時代になって最も変わったことといえば、デュダメルの出身母体であるベネズエラの音楽教育システム、エル・システマに習った青少年の音楽活動がLAにおいても始まったことであろう。特に経済的に恵まれていない地域の子供達が無償で音楽活動、オーケストラ活動に参加できるようになったことの意味は大きい。彼らは間違いなく将来のコンサートの聴衆となる可能性を持つ子供達なのである。
LAフィルの定期公演のチケットは本当によく売れている。夏の音楽祭、ハリウッドボウルでのチケット収入と合わせて、経済的にはアメリカで最も成功しているオーケストラといってよい。そしてサロネン時代から続く、新しい音楽を取り込んだ意欲的なプログラミングも含めて、今、全米で最も元気で魅力的なオーケストラとして、ニューヨーク・タイムスなどの主要メディアでしばしば取り上げられて来ている。
9月30日に行われた10周年を記念する今シーズンのオープニング・ガラでデュダメルが選定したプログラムは、次のようなものであった。
- ケージ:“4分33秒”
- バッハ:無伴奏チェロソナタ第3番前奏曲(チェロ:ヨーヨー・マ)
- チャイコフスキー:ロココの主題による変奏曲(チェロ:ヨーヨー・マ)
- アデス:These Premises Are Alarmed
- マーラー:交響曲第9番第3楽章
- サンサーンス:オルガン交響曲第4楽章
まさにデュダメルのおもちゃ箱をひっくり返したような選曲である。注目は何といっても最初のケージの曲であろうか。“4分33秒”の間、沈黙が続く色々な意味で話題の多い作品である。筆者はこれまでこの曲のピアノ・バージョンしか知らなかった。これをヨーヨー・マをソリストに迎えて大編成のオーケストラで演奏した(?)のだから凄い。ヨーヨー・マも大役者ぶりを発揮して、最も注目を浴びていた。満席の2265人の聴衆の思い、聴き方は様々。少なくとも10年前のホールがオープンした当初の無遠慮な雑音は一切聞かれず、ホールは静まりかえった。この10 年間にLAの聴衆も大きく成長したことを実感した。各々なりの“4分33秒”の沈黙を楽しんだのである。今、世界で最も先進的で成功している、ロサンゼルス・フィルハーモニックから目が離せない。(豊田泰久記)
音楽愛好家向マンション:ミュージション
(株)リブラン(Livlan)が企画監修する音楽愛好家向けマンション「ミュージション」(MUSISION:MUSIC+MANSIONの造語)については、これまで本ニュース(154号2000年10月、271号2010年7月)でもご紹介してきた。今年、新たに首都圏の武蔵中原、下赤塚、西台に3棟が竣工した。この14年間で賃貸型8棟、分譲型1棟が建設されたことになる。
ここでは、新しいミュージションの性能や入居者への対応についてご紹介してみたい。
ミュージションの特徴
これまでに建てられた分譲型ミュージション新江古田は、1住戸の中に防音室を設け、1階には地下を防音室とし、ドラムも叩けるという特徴を持たせた。また100席程度の音楽ホールを付属させ、スタインウェイのグランドピアノ(B-211)を常設している。一方、賃貸型は、基本的にワンルームマンションで、居室が防音仕様となっている。中でもミュージション野方や武蔵中原には、貸室以外にサロンコンサートのできる小ホールを設け、楽器練習以外に音楽会を催したりもしている。ミュージションの入居者の多くは、家に帰って楽器演奏を楽しみたいという社会人のようだが、音大生やプロの音楽家もおられる。また入居者によっては住居としてではなく、音楽スタジオとして音楽教室を開いている方もいらっしゃる。
遮音性能と演奏ルール
ミュージションの広告では、室間の遮音性能目標値を65dB/500Hzとしているが、今年3月に完成した一番新しいミュージション西台ではすべての隣接室、上下室間で75dB/500Hz以上(D-70以上)の性能が得られており、全体の2/3がD-75以上の高い遮音性能を得ている。ミュージションではこれまで楽器の種類ごとに演奏時間のルールを設けて、入居者間のトラブルを避けてきた。D-75程度の性能が得られれば、低音の大きな楽器を除き金管楽器なども24時間の演奏が可能となると考えるが、入居者に対してもきめ細かい対応をされている。発生音量の想定しにくい楽器や大きな音の出そうな楽器などを持つ入居希望者に対しては、その楽器を持参頂き、実際に入居希望の部屋で演奏してもらって発生音レベルを計測し、リブランの担当者が隣接室でどの程度聞こえるかを確認して、入居の可否や演奏時間帯の制限についての約束事を決めている。
遮音仕様と施工上の品質管理
ミュージションの遮音構造は、コンクリート浮床に壁・天井の内装ボードを防振支持する内装防振構造を基本としているが、部屋の広さを確保し、コストを極力抑えるために、一般的な音楽スタジオなどに比べれば簡易的な方法としているところもある。しかしながら、この数年のミュージションはリブランの社内技術スタッフが施工管理することで、高い施工精度により高い遮音性能を確保している。上記のとおりD-70以上の性能は得られるが、この性能を決めている限定要因はすでに把握できており、それらの工夫によりさらに安定した高性能の遮音確保が可能となると考え、ディテールを再検討しているところである。今後も低コスト、省スペースで、高い遮音性能を確保する設計と施工技術、またデザインとのバランスも考慮しながら進めていくことになろう。
コミュニティイベント
こういった防音マンションは、隣人に迷惑を掛けずに夜でも気軽に楽器演奏ができる反面、周りに住む人の気配すらわからなくなり、他人との関係を閉ざし、個人主義的になっていくことが懸念される。リブランではミュージションに住む全ての入居者のコミュニティを大切に考え、出会いの場を積極的に設けている。その一つがミュージションズバー。あるミュージションの1室を会場として、ホームパーティーを開く。もちろん楽器演奏も可である。そしてセッションパーティー。都内のライブハウスを借り切り、楽譜と楽器を持ち込んで気の合ったところでセッションをする。これを機会に、今度一緒に…とか、演奏メンバーが足りないから来てくれない…といったことで音楽を通じて人のつながりも増えているという。今後ミュージションが増えることにより入居者のコミュニティも大きくなっていくであろう。その中から有名アーチストが誕生する日もそう遠くはないかも知れない。(小野 朗記)
香山壽夫建築研究所 長谷川氏をお迎えして
10月の終わり、香山壽夫建築研究所の長谷川祥久氏を事務所にお迎えし、お話を伺った。
長谷川氏は香山壽夫建築研究所に入所以来、彩の国さいたま芸術劇場、長久手市文化の家、可児市文化創造センター、日田市民文化会館、神奈川芸術劇場、東京芸術劇場(改修)、穂の国とよはし芸術劇場と、数多くのホール・劇場の建築計画に携わってこられた。建築家・設計事務所のなかでも、これだけ多くの施設を続けて計画してきた方は少ないのではないだろうか。弊社も日田市民文化会館(本ニュース242号2008年2月)、神奈川芸術劇場(本ニュース279号2011年3月)、東京芸術劇場(本ニュース298号2012年10月)の計画でご一緒し、現在も2つのプロジェクトを進行させている。
香山壽夫建築研究所として初めての本格的な劇場計画となった「彩の国さいたま芸術劇場」から、今春オープンしたばかりの「穂の国とよはし芸術劇場」まで、一連の施設の建築計画について説明して下さった。劇場では様々な演目や演出家の要求に応えられるようにするため、舞台周りの可変性が求められる。それに対して、単に舞台設備(バトン等)を充実させたり、可動にしたりするという解決だけでなく、組み床式の舞台、前後に可動するプロセニアム、奥舞台としても使える荷解き場など、建築計画的なアプローチから舞台の“空間”をフレキシブルにすることで演出性を高めようとする試みが各施設にみられた。最近では神奈川芸術劇場のように客席床勾配を可変にした事例もあり、客席空間も演出要素の一部と考えるように意識が移っているように感じる。いずれも、発注者側からの意識の高いプログラムと長谷川氏らのアイディアが合わさったもので、劇場を訪れるたびにガラリと変わった内部空間を感じさせる仕掛けである。実現のために客席椅子や舞台機構のメーカーとも詳細な検討を重ねたと伺っている。
また、ロビーのようなパブリックスペースについても、劇場、周辺諸室、外部の関係性を考慮しながら、各施設、様々なアプローチから計画をされている。基本の考えは、劇場へのお客さんだけでなく、目的をもたずに施設を訪れた人でも楽しめて滞在できる空間作りで、人が入りやすく、滞在しやすく、出やすいスペースを意識しているとのことだった。彩の国さいたま芸術劇場では、プロも利用する稽古場に面したガレリアを、一般の人も出入り出来るオモテの空間として計画したそうである。ガレリアで休憩する有名人の脇を地元の子供達が通り過ぎるような可能性もあるわけで、計画時には反対の声も多かったようだが、現在も設計意図のとおり利用されているとのことである。
長谷川氏が劇場計画にあたって意識されている舞台・客席のフレキシブルな要素は、音楽主体ホールの場合には、剛性・重量を求める音響側の要求とバッティングすることも予想されるが、我々が考えもつかない新しい発想は楽しみでもある。長谷川氏の今後の益々のご活躍に期待したい。(服部暢彦記)