新潟市秋葉区に新しい文化会館がオープン
打放しコンクリートの緩やかな曲面がらせん状に丘を形作り、植栽の緑が色を添える外観。里山をイメージしたというこの建物は、今月、新潟市秋葉区にオープンした文化会館である。新潟市各区の区民会館として、弊社では北区、江南区(本ニュース271号、299号)に続くプロジェクトとなった。
この施設の建築設計は新居千秋都市建築設計が担当された。弊社ではこれまでも新居氏の設計されたホール施設の音響コンサルティングをさせて頂いており、改修を除けば今回が10件目となる。毎回、プロジェクトの施工が進むにつれて様々な姿、表情を見せる意匠に驚いた記憶があるが、今回もその連続であった。建築施工は大成・田中・伸晃JVである。
施設概要
秋葉区文化会館は「音楽劇場ホール」と呼ばれる496席の多目的ホールと大・小練習室、スタジオ等からなる文化施設である。円形に近い平面形状を持ち、中央にホール、ペリメーターゾーンに各練習室、楽屋兼会議室等の諸室が配置されている。
遮音計画
本施設ではホール、各練習室、スタジオの同時使用を可能にするため、各室間に高い遮音性能が求められた。大練習室はホール付属室としての利用も想定して舞台裏通路に面して配置されたが、小練習室・スタジオについては緩衝ゾーンとして間に楽屋等を挟んでホールと平面的に離れた配置とした。合わせて、各練習室・スタジオには防振遮音構造を採用した。
ホールの室内音響計画
本ホールは客席エリアの壁面・天井がコンクリート躯体の多面体で構築されているのが大きな特徴である。そのコンクリート多面体には所々に開口が設けられ、その開口部には乾式の材料で仕上げが施されている。このように内装の大部分がコンクリート面で構成されたこのホールでは、低音の響きの調整や舞台・客席前方へのロングパスエコーの防止が音響的な課題となった。躯体開口部はホール内側から見ると、どの面もアルミ繊維吸音材(1.5mm厚)で仕上げられているが、客席前方~中央については背面にボードを密着させて基本的にボード素面に近い吸音性能を持つ仕様とし、低域のみ吸音効果を上げるためにボード背面にグラスウールを設置した。後壁については、アルミ繊維吸音材の背面に直接グラスウールを設置した吸音構造としている。ただし、意匠的に設けられた躯体開口部の吸音のみではエコーを防ぎきれない可能性があったため、開口からその周辺へと羽を広げるような意匠で、アルミ繊維吸音材の背面にグラスウールを施した吸音パネルを配置した。なお、コンクリート面についてはきつい反射音を和らげるため小叩き仕上げとした。これらにより、障害となるようなエコーもなく、低音はやや長めではあるが自然な響きが得られている。
一般部天井の吸音仕上げ
音楽系諸室ではない一般部においても、残響過多の抑制や騒音伝搬防止のために適度な吸音が必要になるが、吸音材が意匠的な要望と合わずに悩むことも少なくない。本施設では練習室・スタジオの他、エントランスロビー、ホワイエなどのオープンな空間の天井仕上げに円形のパンチングメタルに枠を付けたユニットが用いられている。吸音を設けたい場所にはパンチングメタルの上にグラスウールを乗せることで対応出来る仕組みだ。意匠性と音響上の機能を併せ持つ好例と言える。(箱崎文子記)
秋葉区文化会館: http://www.akiha-bunka.com/
新国立劇場主催の舞台技術運用セミナー2013に参加して
2013年7月30日に、新国立劇場において開催された「舞台技術運用セミナー2013」に第2部の解説者として参加した。このセミナーの主催は新国立劇場(技術部)、協力は公共劇場技術者連絡会、公益社団法人 劇場演出空間技術協会、一般社団法人 日本舞台音響家協会などで、会場は新国立劇場の中劇場、参加者はスタッフを含め約60名であった。
冒頭のあいさつに立たれた新国立劇場技術部長の伊藤久幸氏は、今回の音響セミナーは昨年開催した舞台照明・映像セミナーに続く第2回目であり、現場に反映できる技術や知識を得るという趣旨と、今後もこのようなセミナーを続けてゆきたいと抱負を述べられた。
つづいて、新国立劇場の技術部音響課長の渡邉邦男氏の進行により3部構成のセミナーが始められた。第1部の主題は、劇場で使用されるポイントソース(点音源)型とラインアレイ(ラインソース、線音源)型のスピーカの違いを知り、組み合わせ方や設置方法で変化する音色や音像の違いを実際に試聴する内容であった。ポイントソース型とは、ラインアレイ型のスピーカの普及により、従来のワンボックス型あるいはフルレンジ型のスピーカをそれに比して呼ぶようになったもので、どちらかというと一般向けのイメージとしての名称であり、厳密な意味ではないと思われる。
丹尾隆広氏(ATL)の解説では、ポイントソース型とラインアレイ型スピーカの音の放射特性の違い、特に複数のユニットから放射される音が距離によって独特の音の分布性状を呈するラインアレイ型スピーカの性質を中心に説明をされた。その後、設置条件や組み合わせ方を変えつつ、比較試聴を実施した。スピーカの設置位置は、舞台中央にフライング(吊下げ)した場合と舞台前端部の上手および下手にグラウンドスタック(床置き)した場合の2条件で、グラウンドスタックについては、ポイントソース型、ラインアレイ型共に大中小の3種を試聴した。後方の席へと離れてゆくほど、ラインアレイ型の方がやや明瞭に感じられた。ポイントソース型は、大きいものほど音に余裕が感じられたが、音質の違いには大差はなかった。ラインアレイ型は大きなものほど音が明瞭に聴こえたが、それは2Way~4Way型というユニット構成の差であるとも思われた。
舞台内では、スピーカなどの視覚的に邪魔になるものを幕類で隠すことが多い。第2部では、筆者が吸音・遮音材料と音の性質について簡略に説明した後、新国立劇場技術部デザインチームの小西弘人氏による幕の素材や使われ方の説明を伺いながら、様々な幕がスピーカの再生音にどのような影響を与えるかを試聴して確認した。中劇場に吊り込まれているPVCホリゾント幕や大黒幕のほか、劇場に備えられている各種幕の見本の中からジョーゼット、帆布、ドンゴロス(コーヒー豆の麻袋)、フェルト、別珍(ベルベット)など15種類以上の幕を交替でスピーカの前面に垂らして、スピーカから音楽やスピーチ、効果音等を再生し、試聴と伝送周波数特性の測定を実施した。ジョーゼット、ドンゴロスなどの織りの粗い素材やフェルトについては、周波数上も局所的なレベル低下が少なく、音質変化はほとんど無いといえる。逆に、化学繊維系で織りの密度が高いものは、高音域ほど減衰が大きくなり音質変化も大きめだった。試験した幕に口を当てて息をしてみると、試聴評価が良い素材ほど通気性が高く、楽に空気が通るものとなっていた。見た目では、織りが粗い、麻や綿などの自然素材、薄いものが高評価といえよう。
第3部の前半では、FIRフィルタ(有限インパルス応答フィルタ)を用いた最新の音場補正機器の紹介があった。進行は東京芸術劇場の石丸耕一氏で、各機器の説明は兼子紳一郎氏(YSS)と井澤元男氏(EVI)であった。これは、従来のイコライザが振幅周波数特性のみの修正であったところを位相周波数特性も併せて補正することができ、伝搬中の音の劣化を最小限に止める、つまり音質劣化の諸要因を打ち消す効果があるらしい。実際に、幕に遮られたスピーカを動作させた時にFIRフィルタを挿入すると、幕による音質変化が減少すると感じられた。FIRフィルタの効果はかなり高いが、聴感的に適度な効きめに調整できるかどうかが普及の鍵になるであろう。後半では、小型ラインアレイスピーカの使いこなし方を渡邉邦男氏と長谷部友洋氏(ライブギア)が紹介された。手すりの支柱に縛り付けたり、舞台いっぱいに連結したものを試聴したが、どこからともなく聴こえてくる不思議な感覚と、どこにあるか気が付かないほどの大きさが魅力的だと感じられた。
明瞭さが特徴のラインアレイ型と、より自然さが感じられるポイントソース型の聴こえ方の違いについては、もう少し掘り下げて研究する必要があると思われた。(稲生 眞記)
ハリウッドボウルを訪ねて
6月下旬、アメリカのロサンゼルスにて、弊社のUS事務所により舞台音響設備に関するワークショップが行われた。約1週間の勉強会・ディスカッション、施設見学、試聴実験のなかから、ここでは6月22日に訪れたハリウッドボウルについて紹介したい。
ハリウッドボウルとは?
ハリウッドボウルとは、ロサンゼルス郊外に1922年にオープンした約17,000人収容の野外音楽堂で、丘陵地を利用して縦長の楕円形状に拡がる特大の客席エリアと、“シェル”とよばれる1/4球形の舞台が特徴的である。音響設備はシェルの前方に吊られた3本の大型のスピーカシステムで、これらは今年の春にL-Acoustics社のK1等で構成されたシステムにリニューアルされたばかりである。
サマーシーズンのオープン
このハリウッドボウルでは、毎年夏になると、一大イベントが開かれる。夏場限定で本施設をホームとして活動するLAフィルを中心に、6月から9月までの3ヶ月間、毎日のようにコンサートが開かれるのである。このサマーシーズンのプログラムは、LAフィル、ハリウッドボウルオーケストラ(HBO)に限らず、JAZZ、R&B、ミュージカル等、様々なジャンルの公演が連日行われる。施設周囲の丘陵地やテーブル付の客席でピクニックや食事をしてから公演を聞くというお客さんも多く、会場付近は開演の数時間前から大きな賑わいをみせる。
6月22日のオープニング公演では、舞台両サイドの大型ディスプレイとプレゼンターによる各出演者の紹介をはさみ、HBOや地元のユースオーケストラ(YOLA)からAerosmithのSteven Tyler、Joe Perryまで、計6組による演奏が行われた。特大の客席へ向けられた大型スピーカからの音は、想像していたような大音量の荒々しい音ではなく、前方の客席でも適度な音量に抑えられた良い音質のもので、特にJohn Legend のプレゼンターを務めたStevie Wonderのパワフルで伸びのある高音域の歌声は、この日最も印象的であった。また開演前には、音響オペレーターを務めるFred Vogler氏の厚意でコントロールブースを見学し、ブース全体の高さ調節が出来る昇降床機構や各音響設備の説明を聞くこともできた。日本を発ってから約20時間、長い1日であったが、眠気も忘れる程充実した時間であった。(服部暢彦記)