柏崎市に芸術を楽しむ森「アルフォーレ」がオープン
柏崎市は新潟県の日本海沿いの中央部に位置し、海と刈羽三山に囲まれた自然豊かな地域である。海岸沿いには良好な海水浴場が多く点在し、毎年7月末に海岸で開催される大花火大会は「川の長岡花火」「山の片貝花火」と並んで越後三大花火のひとつとして知られている。山側には茅葺き屋根の集落や棚田など美しい景観が四季折々の表情を見せる。
この柏崎市に先月新しい市民会館アルフォーレがオープンした。震災と言えば、東日本大震災を思い浮かべる昨今であるが、柏崎市は5年前の2007年に起こった中越沖地震によって震度6強の激しい揺れを観測し、大きな被害を受けた地域である。旧市民会館もこの地震により損壊して使用出来なくなった。柏崎市は震災復興計画の中で、柏崎駅前の日本石油加工跡地に市民の芸術文化・交流活動の拠点と、防災拠点の機能を有した新市民会館を整備することとした。この会館の建設は復興のシンボルとして位置づけられ、地震への安全性を考慮して基礎免震構造が採用されている。会館の愛称「アルフォーレ」は公募で決められたもので、フランス語のart(芸術)とforêt(森)を組み合わせた「芸術の森」を意味する造語で、 沢山の人々が集い、芸術文化を楽しむ森をイメージして命名されたそうである。
建築設計は環境デザイン研究所、建築施工は植木・阿部・東北特定共同企業体である。
施設の概要
アルフォーレは大ホール、マルチホール、大・小練習室、市民ラウンジ等からなる。市民ラウンジは2層吹抜け、ガラス張りの空間で、その一角には壁に楽器を埋め込んだ「音の遊び場」が設けられ、子供達が遊べるようになっている。子供の遊び環境の研究に力を入れている環境デザイン研究所ならではの仕掛けだ。この市民ラウンジは、屋外の芝生の階段で構成された劇場広場と一体に利用できるようになっている。また、建物周囲には都市廊と呼ばれる屋根付の回廊が配置され、施設へ訪れる人々を雪や雨風、強い日差しから守って、建物内へと導くように計画されている。
大ホールの室内音響計画
大ホールは、1層のバルコニーを持つ1,102席の多目的ホールである。バルコニー席の客席配置は5つのブロックに分かれ、それぞれのブロックの客席椅子が舞台の中央部を向いて配置されている。設計者の斎藤
マルチホールの室内音響計画
マルチホールは平土間形式で可動椅子約160席を設置でき、室内楽や合唱などの小規模なコンサートから講演会、各種リハーサルまで幅広く利用出来るよう計画された。壁面は緩やかな曲面、天井は山形の面を連続させて、フラッターエコーを防ぐと共に、音を散乱させる形状とした。固定の吸音はそれらの壁面や天井面に小面積を分散して配置するにとどめ、側壁・後壁に吸音カーテンを設けて催し物に応じて響きの長さを調整出来るようにした。
施設全体の遮音計画
アルフォーレは前述の大ホール、マルチホールの他に大・小練習室等が平面的に近い位置に配置されており、それらの各室を出来るだけ同時使用可能にするための遮音計画が課題となった。それに対し、マルチホール、各練習室に防振遮音構造を採用して各室間の高い遮音性能を実現した。
オープニングコンサート
先月11日、会館記念のイベントとして「池辺晋一郎 音楽の不思議 〜アルフォーレの響き〜 トークコンサート」が開催された。アルフォーレのピアノを選定された木村かおり氏、新潟ご出身の小杉真二氏によりスタインウェイ、ヤマハの2台のピアノの演奏が行われると共に、池辺晋一郎氏とお二人のピアニストによる軽快なトークではピアノ選定のエピソードなどが披露された。また、池辺氏と環境デザイン研究所 斎藤 義氏、弊社の福地の3人でホールの建築設計や音響設計についてご紹介するトークもあり、設計者の思いが溢れる話しぶりに観客の方は興味深く耳を傾けておられたようだ。コンサート前半では1階席が人気であったが、トークの中での「バルコニー席も音が良いので、ぜひそちらでも聞いてみて下さい」との話に、休憩時間に多くの方がバルコニーへと席を移動してホールの音を体験されていた。このように開館後にホールの設計について直接市民の皆さんにご紹介する機会が得られるのはめずらしいが、ホールに興味を持っていただく、いい企画だったと感じている。これを機会に親しみを持ってアルフォーレを訪れて頂けたらと思う。(箱崎文子記)
柏崎市文化会館 アルフォーレ : http://www.artforet.jp/
ダニエル・ハーディング氏が軽井沢大賀ホールの芸術監督に就任
若手指揮者の注目株でスウェーデン放送交響楽団の音楽監督や新日本フィルハーモニー交響楽団の”Music Partner of NJP”を勤めるダニエル・ハーディング氏が、本年4月に軽井沢大賀ホールの初代芸術監督に就任し、7月1日には新日本フィルを指揮して就任記念演奏会が行われた。
同ホールは、ソニー株式会社の社長・会長を勤められた大賀典雄氏が退職慰労金を充てて建設を進め軽井沢町に寄贈された座席数784、5角形平面と山型天井が特徴的なサラウンド型コンサートホールである(ニュース210号2005年6月)。今回の芸術監督就任のきっかけはホールがオープンした2005年にまで遡る。その経緯がホールのプレス・リリースに記されている。以下抜粋すると、「ハーディング氏は、音楽家であると共に世界的企業経営者であった故大賀典雄に対して長年尊敬の念を持っており、6 年前オープン直後の軽井沢大賀ホールへイギリスから視察に訪れ、音響の素晴らしさに深い関心を寄せていました。大賀典雄も生前、今後のクラシック音楽界を牽引する重要な若手音楽家として、ハーディング氏の名前を挙げるほど信頼を寄せており、大賀典雄の逝去をきっかけにハーディング氏の芸術監督就任交渉が本格化。この度実現にいたりました。」
また、ハーディング氏は視察後に自らのホームページに、「将来私にとって大変重要になるかもしれない『小さな宝石』を見つけました。」と記していた。それが軽井沢大賀ホールであった。
ハーディング氏は昨年夏の大賀さん追悼演奏会(ベートーヴェン第九、東京フィルハーモニー交響楽団と東京オペラシンガーズ)で指揮台に立っており、就任記念演奏会は2回目の登壇である。曲目は、ヴェルディ/『運命の力』序曲、ワーグナー/『タンホイザー』序曲、ベートーヴェン/交響曲第7番と、ホール規模にしては重量級であったが強奏部でも飽和することなく密度の高い演奏が聴けた。圧巻はアンコールのエルガー「エニグマ変奏曲」の中の「ニムロッド」。曲の終わりの静寂が軽井沢に相応しい一瞬であった。
ハーディング氏は芸術監督就任にあたり、「尊敬する大賀氏の遺した素晴らしいコンサートホールを世界中にアピールすると同時に、より一層芸術性の高いホールになるよう監修していきたい」と抱負を語っておられる。土地柄やホールの規模・雰囲気など、軽井沢に相応しいリードに期待したい。(小口恵司記)
軽井沢大賀ホール : http://www.ohgahall.or.jp/index.php
書籍紹介:コンサートホールの科学 – 形と音のハーモニー –
日本音響学会が企画する音響サイエンスシリーズの1冊として標記の書籍がコロナ社より出版された。同シリーズは、現代の音響学の今日的な話題を専門外の方々にもわかりやすく解説することを趣旨として、これまでに”音色の感性学”、”空間音響学”、”聴覚モデル”、”音楽はなぜ心に響くのか”、”サイン音の科学”が出版され、本書は6冊目である。本書の目指すところを、編著者である上野先生(明治大)によるまえがきから抜粋する;「誰もが見て確認することができるコンサートホールの”形”とホールの命ともいえる”音”にはどのような関係があるのだろうか。コンサートホールの科学は、19世紀初頭、ボストン・シンフォニーホールの建設に際して行われた実験に端を発し、100 年以上にわたって蓄積されてきた。その方法は、コンピュータを駆使した解析から心理学的な実験に至まで幅広い分野にわたる。本書では、形と音との関係を読み解くうえでの科学的知見を中心に解説するとともに、その目標でもある建築設計の現在に迫る。」本書は6つの章で構成され、コンサートホール音響に関わる各分野の研究者や設計実務者が執筆を担当している。各章の目次と執筆担当者(敬称略)は下記のとおりである。(小口恵司記)
- 1章 ホールの歴史(橘秀樹・東大名誉教授)
- 2章 ホール音場の性質と心理的評価(羽生敏樹・日大准教授、上野佳奈子・明大准教授)
- 3章 室内音場の予測 (坂本慎一・東大准教授)
- 4章 コンサートホールの設計の実際 (筆者)
- 5章 コンサートホールにおける電気音響技術 (清水寧・東工大教授)
- 6章 ホール音場の理論的背景 (日高孝之・竹中工務店技術研究所)