No.294

News 12-06(通巻294号)

News

2012年06月25日発行
アリーナ

長岡市シティプラザ「アオーレ長岡」

 長岡市のシティホールプラザ「アオーレ長岡」が4月1日JR長岡駅前にオープンした。同時期に工事中だったペデストリアンデッキも完成し、駅からは、雨や雪に濡れることなくアクセス出来る。この施設は、日本建築の土間の概念を取り入れたという屋根付き広場「ナカドマ(中土間)」を中心に、スポーツ競技のほか音楽イベントなど多目的に利用できるアリーナや228席の市民交流ホールなどの文化施設に加えて、市議会議場や市民の身近な手続きを行う市役所の総合窓口業務部署などを集約している。ナカドマとそれらの建物との配置関係やその性格は、自ずとにぎわいの出るように仕掛けられた古代ローマ都市のフォルムを彷彿とさせる。 

 設計・監理は隈研吾建築都市設計事務所、建築の施工は大成建設JV。永田音響設計は本施設内のナカドマ、アリーナ、議場、そして市民交流ホールの音響設計を担当した。

ナカドマの響き

 ナカドマに入ると、屋根の掛った入り組んだ建物の陰から人の声が聞こえてくる。にぎわいの中でも一緒にいる仲間の声がよく聞こえる。そういった自然な音環境がこのナカドマには相応しい。高層ビルのアトリウムのように声が響いては違和感があるだろう。ナカドマ周辺の奥まった軒裏などが適度に吸音し、壁面や天井面に配置された市松状のパネルがナカドマの発生音を拡散させることで、自然な音環境が作られている。

アリーナの遮音計画

 設計当初より、一般市民の体育競技だけでなくプロバスケットボールの定期的な利用が計画されていたほか、ポピュラーコンサート等各種イベントの利用も想定され、それらを前提とした音響計画が求められた。とくに隣接するホテルに対する遮音は、施設の音響設計の主たるテーマとなった。遮音構造としては、3階観覧席最上部までがコンクリート構造で、その上に免震構造の大屋根トラスが載っており、その天井内部に防振吊りした石膏ボード15mm 3層の遮音天井を設けた。
RC部と大屋根トラスのエキスパンション部分は、軟質遮音シートで対処した。竣工時の測定では、アリーナ内の音響設備から最大レベルの楽音(音圧レベルで90〜100dB)を再生して確認したが、ホテルの客室の窓を開けた状態でもその音は全く聞こえなかった。施設オープン後、地元のプロバスケットボールチーム、アルビレックスBBラビットの試合が行われた。前半は地元の子供たちのチームの試合、後半にはプロチームの試合が行われ、市民参加型のスポーツイベントで町全体が盛り上がった。

アリーナ
アリーナ

議場の音響計画

 市民に対し身近な議会を目指すという長岡市の方針から、議会棟をナカドマの正面に配置させ、議場の壁をガラス張りとしてナカドマから議場内が良く見えるように設えている。確かに、中が見えるだけでも身近に感じられるだろう。遮音計画としてはナカドマのにぎわいが議会に影響しないように2重ガラスとしている。また議場の天井には、長岡の花火をイメージしたという木のパネルが吊り下げられている。このパネル、適当な角度に配置することで音が適度に拡散され良い効果をもたらすが、その位置や向きによっては、パネル同士を反射して遅れてくる音がエコー障害となることが判明したため、その配置や向きを入念にチェックした。また、この議場には通常みられない親子室がある。覗き窓は2重ガラスとし防音にはかなり気を遣っている。

議場
議場

市民交流ホールの音響計画

 黒く塗られたシンプルな箱(室)の中に、他と同様の間伐材を使ったパネルが天井面や壁面に市松模様状に配置されている。音響上、このパネルに適当な角度をつけることで舞台上からの反射音を客席に的確に到達させるとともに、また拡散させる効果をもたせている。

 オープン以来いろいろなイベントが行われ、にぎわいを見せている。市役所の総合窓口業務は平日夜間や土日も開いていて、日本一のサービスを目指すという。誰もが気軽に立ち寄り、活動できる空間。新たな公共施設のあり方を示している。(小野 朗記)

長岡市シティプラザ「アオーレ長岡」 : http://www.city.nagaoka.niigata.jp/ao-re/

平成23年度 全国劇場・音楽堂等技術職員研修会に参加して

 東京から那覇空港までは約2時間半、そこから車で南東に向かうと30分ほどで輝く沖縄の海に面した沖縄県南城市文化センター・シュガーホールに至る。周辺はサトウキビ畑が広がり、搬入口の傍では子供たちが草を食むヤギと遊んでいるというのどかな風景に心が和む。2012年3月7日(水)から3日間、ここに全国から約80名のホール関係者が集まり、全国劇場・音楽堂等技術職員研修会が開催された。主催は、文化庁と社団法人 全国公立文化施設協会である。私はこの研修会に、50名ほどにもなる講師・スタッフ陣の一員として参加した。

 協会の常務理事を務められる松本辰明氏によると、これまで技術研修会は舞台、照明、音響などの部門別に20回ほどを実施してきたが、今回は照明、音響を合同して舞台技術総合研修会にスケールアップした第一回という節目にあたるとのお話があった。そのため、かなり大人数のスタッフ陣となったのである。

 開会のあいさつに立たれた地元沖縄のちゃたんニライセンター館長の今郁義氏からは、今回から参加者には研修会の修了証書が交付されるので忘れずにと促すコメントもあった。これは現在、国が進めている劇場・音楽堂等の法的基盤の整備に関係している。2001年に制定された文化芸術振興基本法に従い、2011年の2月に策定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第3次)」には重点的に取り組むべき六つの戦略が示されている。その一つに文化芸術活動や施設の運営を支える専門的人材の育成・活用に関する支援を充実させることがあげられている。個々の職域で催される各職能団体等の研修会とは異なる今回の横断的なセミナーに、文化振興に積極的に取り組もうとする国や文化庁の姿勢を強く感じた。

創作組踊を例に実践的な上演過程を学ぶ
創作組踊を例に実践的な上演過程を学ぶ

 知力の質を高めて腕をみがくために!というキャッチコピーも添えられているように、研修会の焦点は劇場・音楽堂における各種業務と創造性との関わり方について知識を広げ、経験につなげてゆこうとするものである。舞台芸術作品を上演するために必要なさまざまな知識や技術、各部門間のコミュニケーション、現場作業の内容と進め方など、催物を作り上げてゆく過程の全貌を一時に学ぶことができるようなプログラム構成になっている。

 プログラムの最初に舞台照明家で劇場コンサルタントのご経験も深い吉井澄雄氏による「舞台技術・創作活動の必要性について」という特別講義があった。氏は冒頭で、舞台技術は舞台芸術に参加し、奉仕し、創造に加わる、そのためには上演される舞台芸術についての知識を身につけ、愛情を持って接すること、それが何よりも大切である、それには催物の上演に直接ふれる機会を持つことが良いと、すべてのホール・舞台関係者に必要な心構えについて述べられた。次に元琉球大学教育学部長の中村 透氏による「越境する舞台芸術創造」と題されたコンサートホールの多面的な使い方の事例紹介とミニ演奏会があった。

音響デザイナー、照明デザイナー、脚本・演出家のコミュニケーション
音響デザイナー、照明デザイナー、
脚本・演出家のコミュニケーション

 電気設備学会参与の下川英男氏によるわが国の消費電力事情の講演をはさんで、それ以降は舞台技術関係のプログラムとなる。脚本・演出家、舞台監督、照明デザイナー、音響デザイナーが講師となった舞台作業の共通・共有性と題されたプログラムでは、現場に密接にかかわる光と音の基礎知識から創作組踊を題材とした作品を作り上げてゆき、上演に至る過程での相互のやり取りなどを公開。舞台の裏側をすべて知ってもらおうという意気込みがひしひしと伝わってくる。

 小雨の中、野外ステージでは三線とギターと島うたのコンサートのセッティングからリハーサル、上演まで、経験豊かな講師陣が舞台照明のムービングライトや最新の音響機材を使った制作過程を受講者に公開した。舞台技術安全基準概論と題された最後のプログラムでは、劇場等演出空間運用基準協会が発行する「劇場等演出空間の運用および安全に関するガイドライン」の紹介を中心に、セミナーの講師をされた舞台技術者らが現場の危険性と安全確保の重要性などを訴えた。

 3日間の技術研修会は、かなり盛り沢山の内容であったが無事に終了した。今後も、この舞台総合研修をしばらく続けられるとのことである。舞台芸術に関係する職種は多岐にわたるが、すべての人たちがお互いの仕事の内容、過程を理解して働くことが上演作品の質の向上につながってゆくと感じられた研修会であった。(稲生 眞記)

野外ステージでは三線のコンサートを実演
野外ステージでは三線のコンサートを実演

本技術職員研修会の報告書 : http://www.zenkoubun.jp/afca/z_gijutu2012.pdf

コンサートホール音響実験用模型製作の回想−その4

雪に埋もれた廃校で (ハーモニーホールふくい)1994年12月〜1995年4月

 コンサートホール音響実験模型の設置場所には様々な制約があり、皆さんいつもその確保に苦労されているようです。まず平面的にどれくらいの広さが必要かというと、2,000席のホールで20坪ほどのスペースが必要です。模型の周囲を内部観察や実験作業のための回廊がぐるりと取り巻き、オペレーションのための空間も必要なのでこれが最低限でしょう。次に高さですが、模型自体の高さが高い物では2.5mあり、実験作業のための1mの架台上に設置されます。上部作業を考えると4.5mは必要になります。つまり20坪の平面で4.5mの天井高のある空間が必要なわけです。床はレベル調整のために堅固であることが望ましく、その他騒音のあまりに激しい所も避けなければなりません。出来れば現場の近くにそんな空間があればよいのですが、それがなかなか見つからないのですね。 

ハーモニーホールふくいの模型内部
ハーモニーホールふくいの模型内部

 ハーモニーホールふくいの音響実験模型は、JR福井駅から西に二つ目の武生たけふという駅から車で40分ほど行った山間やまあいの今立という町に造られました。福井県の方に初めて案内された時は唖然といたしました。南京下見※1で覆われた昭和初期建造と思われる木造の廃校で、一階は60坪ほどの講堂となっており、二階はいくつかに区切られておそらく教室になっていたのでしょうか、古びてひび割れた黒板が今はその役目も終えて部屋全体セピア色に染まっております。校舎の裏手には急斜面を利用した登り窯がしつらえられており、今この廃校は地元の陶芸家たちの工房となっているようです。

 その講堂の1/3程度を区切り、実験模型が組み立てられました。3トン近いユニットやパーツが到着し、製作順に並べると講堂いっぱいに広がります。「こんなにばらばらで複雑な物がひとつに組みあがるのでしょうか」と県の担当の方は驚きながらもうれしそうにしておりました。すでに何度もあいまみえた音響実験模型ですから仕事に対する不安はありません。しかし冬将軍が横槍を突いてくるとは思ってもみませんでした。
大型のストーブは持参いたしましたが、日の光の差さない日は何の効果もありません。手はかじかみ,厚着をすれば模型内部で動きが取れず、いつも体の芯まで冷えきったままでした。雪の降った翌朝は1メートルほど積もり、雪かきをしなければ車も入らないし、校舎の入口を開ける事もできません。出勤途中の坂道で車がスリップして反転したことも一度や二度ではありませんでした。なんだか仕事よりも雪や寒さと闘っていたような気がします。しかしながら濡れ鼠の様にみじめな気持で宿へ戻ると、いつも女将おかみが温かい笑顔でもてなしてくれました。居酒屋のあるじも「ごくろうさま」と言って、この地でしか味わえぬ様々な美味佳肴を用意してくれており、校舎を管理していた近所の箕輪又兵衛さんにもひとかたならぬ恩情をかけて頂きました。初めての地で挫折しそうになりながらも持ちこたえられたのはこの様な方々の思いやりのお陰です。寒さに凍え、人の心に温まった模型製作でした。真冬に伐採し雪の上を滑り下ろした老木で造るヴァイオリンはことのほか美しい音色を奏でると聞きます。きっとこのホールもいつまでも美しく鳴り響くことでしょう。長きに渡る遠征でした。帰りの道すがら、トンネルの合間に時折見える日本海のまぶしさに熱いものが込み上げてきたのも、今となってはなつかしい思い出であります。(海老原工務店 : 海老原信之記)

 ※1外壁に長い板材を横方向に張る際、板の下端をその下に張った板の上端に少し重ねて張る下見板張りの方法。