横浜市瀬谷区に「森の公会堂」 オープン
昨年11月3日、相鉄本線三ツ境駅から徒歩8分程のところに、横浜市瀬谷区の新しい公会堂がオープンした。オープニングイベントでは「森の公会堂」のコンセプトにふさわしく、瀬谷区在住の演奏家ユニットによるインドネシアの竹楽器を使ったコンサートや、兎や狐などの動物達に扮した演奏家によるクラシックコンサートなど、愉しい催し物が開催された。当日は会場からあふれるくらいに多くの区民が訪れ、この新公会堂が区民に待ち望まれた施設であることがうかがえる。
プロジェクト概要
このプロジェクトは1971年に完成した瀬谷区総合庁舎・瀬谷区公会堂(設計は佐藤武夫設計事務所)と隣接する二ツ橋公園を一体としたエリアを、総合庁舎・公会堂の老朽化やバリアフリー化に伴って建て替え、整備するもので、PFI方式で実施された。PFI事業者は特別目的会社 グリーンファシリティーズ瀬谷株式会社(代表企業・事業マネージメント:大和リース、維持管理:ハリマビステム、公会堂運営:共立、建設:鹿島建設、設計・工事監理・オフィスデザインアドバイザー:NTTファシリティーズ、環境デザイン研究所、食堂・売店等運営:日本レストランエンタプライズ)である。永田音響設計は室内音響および騒音防止に関するコンサルティングを担当した。
公会堂の建て替えにあたっては、旧公会堂の閉館後、新公会堂のオープンまでの施設の使用出来ない期間を出来る限り短縮させるため、新公会堂を二ツ橋公園側に、新総合庁舎を旧公会堂側に配置する計画とし、新公会堂の工事が先行して進められた。工事着工は昨年の1月で、新公会堂の工期はわずか10カ月である。旧公会堂は昨年10月24日に閉館し、区民の文化活動を新公会堂へと引き継いで解体された。新総合庁舎は現在も工事が進められており、来年3月に完成して供用が開始される予定である。
新公会堂の講堂
新公会堂は講堂(502席)、リハーサル室、会議室、和室等からなる施設である。講堂は音楽や演劇、講演会など幅広く使用できる多目的ホールであるが、クラシック音楽などの生音に対してもよい響きを得られるように、舞台反射板設置時にはシューボックスを基本とした室形状とし、客席の天井高を出来るだけ高く12mに設定した。側壁や舞台正面壁は、音を拡散反射させて音を和らげるために、コンクリート壁の上に厚みの異なるタイルをランダムに貼る仕上げとした。短い工期の中で手間のかかる工事であったが、音響的な効果が得られるだけでなく、意匠的にも表情のある壁に仕上がっている。
また一方で、演劇や講演会など台詞やスピーチの明瞭さが求められる催し物への利用を考慮して、側壁の上部には吸音カーテン(約100u)を設置した。響きが最も長い状態である<舞台反射板設置時、吸音カーテン収納時>から、響きが最も短い状態である<舞台幕設置時、吸音カーテン設置時>まで、残響時間で約0.7秒の広い可変幅が得られている。
リハーサル室
この新公会堂建設にあたっては、旧公会堂には無かった練習施設の設置が区民から強く要望され、リハーサル室2室が設けられた。これらの2室は隣接し、かつホール舞台に廊下を介して配置されているため、それらの室間の高い遮音性能を実現するために、各リハーサル室は入口に2重に扉を設置すると共に防振遮音構造を採用した。
来年春の新総合庁舎オープンに続き、再来年4月には公園の整備や地下駐車場工事が完了して利用が開始される。緑豊かな公園が完成して公会堂が「森の公会堂」となる日を楽しみに待ちたい。(箱崎文子記)
DVDの紹介 ’東京カテドラル聖マリア大聖堂 パイプオルガンの誕生’
発行・発売:NHKエンタープライズ 定価:3,800円
このDVDは、東京都文京区にある東京カテドラル聖マリア大聖堂にて2004年5月に披露演奏会が行われた新しいオルガンの、計画から誕生までの経緯を綴った映像である。
画面はまず、2003年の春、復活祭のミサで始まる。40年間この聖堂にあったオルガンの最後のおつとめである。3段鍵盤、22ストップ、電気アクションのオルガンの内部、動作しないリレーの部分が画面に映しだされる。
画面がかわると、北イタリア、緑と湖に囲まれた小さな町マッチオにあるマショーニオルガン工房の紹介である。この工房の創設は1829年、ミラノの大聖堂のオルガンで評価され、イタリア各地で歴史的オルガンの製作を行っている老舗である。社長のエルジニア氏を中心に30名の職人を抱える工房である。イタリア独特の薄紅色の瓦の屋根が美しい。新オルガンの製作はこの工房で行われた。
オルガンの設計が終わったのは2001年11月、工房において製作が開始されたのは2002年の3月である。このDVDは北イタリア森林での樅の大木の切り出しから、工房における材料の加工、各パーツの製作、大聖堂における組み立て、調律、整音を経て、完成後の記念演奏会まで、設計期間を除いても850日にわたるオルガン製作の流れを追った貴重な記録である。また、随所に鍵盤からパイプまでの機構、音が出る仕組み、ストップ(音栓)の役目、パイプの種類による音色の違い、調律、整音作業が映像と音声で紹介されている。
現在、わが国ではコンサートホールや教会に様々な規模、様式のオルガンが設置されているが、この聖堂のオルガンはイタリアルネッサンス様式の音色を指向したことが特長である。そのモデルになったのが、16世紀に建てられたミラノのサン・マウリツィオ教会のオルガンである。この様式に決まったのはオルガニスト、ギエルミ氏の意向によるものである。同氏の演奏でフレスコバルディの曲が聖画がならぶサン・マウリツィオ教会の会堂に流れる。
オルガンについては、紀元前の石碑に刻まれたオルガンから、中世に流行したポルタティフという手持ちのオルガン、築地本願寺で現在でも仏教行事に使われているオルガンなど、様々な様式、規模のオルガンが演奏とともに紹介されている。
新オルガンの導入にあたって、旧オルガンの撤去をふくむ改修工事が始まったのは2003年の1月7日である。引き続き器材の搬入、マシオーニ工房から4名の職人の来日によって、聖堂におけるオルガン設置工事が始まる。組み立て工事が終了したのが2004年の3月9日、引き続いてギエルミ氏とボイシング担当者によって、整音という最終的な音の調整が開始され、この終了をもって新オルガンが聖堂に響くことになったのである。
新オルガンの記念演奏会を兼ねた記念式典が行われたのは2004年5月8日である。筆者はこの演奏会に一聴衆として出席した。もちろん会堂は満席、エントランスに踏み込んだ途端、大きなクレーン車が目にはいった。それが、撮影用のカメラクレーンであったことが後でわかった。演奏中、会衆の頭上をクレーンが動き回るのである。落ち着かない演奏会であったことが当日の印象である。
オルガン誕生の記録を綴った2時間にわたるこの映像はNHK BSの再放送で知った。オルガン工房のなごやかな製作風景、今に残る歴史的な聖堂に響き渡る古いオルガンの気品のある響き、オルガンの機構と仕組みについての音声と映像による説明など、温かな感動が残るNHKならではの作品である。やっと記念式典で会衆の頭上をかけめぐったクレーンの役目を納得することができた。オルガン関係者はいうまでもなく、一般の音楽ファンにもお奨めしたいDVDである。この購入は東京カテドラルの売店(:03-3941-3029)の他、タワーレコ−ドで取り寄せることができる。(永田 穂 記)
劇場計画コンサルタント 草加叔也さんをお迎えして
4月4日(月)に劇場コンサルタントである草加叔也さんをお迎えし、「これからの劇場・音楽堂等のあり方」というテーマでお話しを伺った。草加さんは東海大学大学院建築学専攻を修了後、劇団四季の子会社である劇場工学研究所に研究員として在籍し、その後イギリスへ留学、現在は有限会社 空間創造研究所を主宰され、劇場コンサルタントとして活躍されている。全国各地のホール・劇場の計画に参画される一方、海外のカンパニーの日本公演においては技術監督として実際の上演活動に携わっていらっしゃる。また社団法人 劇場演出空間技術協会や財団法人 公共建築協会などで劇場技術の普及・啓発、劇場の作業環境としての安全性の確立、若手技術者の育成等にも尽力されている。我々もプロジェクトでご一緒する機会も多く、最近では、下関「DREAM SHIP」(本ニュース273号)、神奈川芸術劇場「KAAT」(本ニュース279号)等を劇場と音響のコンサルタントという立場で一緒に協力してきた。
公共ホールは1929年の日比谷公会堂の誕生を始めとする集会等を行う公会堂から出発し、その後、より専門的なニーズに応える音楽専用ホール、劇場型多目的ホールの建設を経て、1990年代には公共ホール自らが作品を造り発信するという創造型施設が多く誕生した。このように公共ホールにおける市民活動が鑑賞するだけだったものから、市民が公演に参加するようになり、近年では市民自らが企画・創造し、公演活動を行っていくという形に変わってきた。このように市民活動から生まれる地域での出会い・交流の促進、さらには地域の定住人口や税収の増加等、公共ホールが果たす波及効果は大きいという。
公共ホールの管理運営(ソフト)計画においても、基本理念の検討(何を目指すのか?)が最も重要だと強調されていた。ここがしっかりしていないと、事業計画(何を行うのか?)、運営計画(誰が担うのか?)のすべてが揺らいでしまうという。ホール計画自体が「糸の切れた凧」のようになってしまうという話には思わず頷いてしまった。
公共ホールを取り巻く環境の中の大きな出来事として、2003年に導入された「指定管理者制度」にも言及された。この制度は、多様化するニーズへの効率的な対応を図り、公共ホールの管理運営に民間企業のノウハウを活用するメリットがある一方、指定期間が有期限のため即戦力が優先され人材育成がされ難い、長期的な運営戦略が立て難い、また経費削減に重きが置かれ短期契約者が増えることで組織への帰属意識・モチベーションの低下というデメリットも大きいと指摘されている。
基本理念で掲げたホールが担うべき使命が確立され、それに伴う専門性の確立、独立した経営意識、適正な目標の設定と業務評価の実施など、これからの公共ホールが抱える課題は多い。このような課題をクリアするためにも草加さんのような劇場コンサルタントの存在は大きいと感じた。 (酒巻文彰記)