第一日野小学校・幼保一体施設と五反田文化センター
品川区の第一日野小学校・幼保一体施設および教育複合施設が竣工し、9月18日にオープニング式典が行われた。この施設は、第一日野小学校、幼保施設のほか、教育センター、五反田図書館、そして五反田文化センターが併設された学校と文化施設が一体となった品川区立の複合施設である。オープニング式典では、幼保施設である第一日野すこやか園園児の歌声や品川区民管弦楽団の演奏が披露された。
本施設建設の背景(品川区の小中学校一貫校教育の推進)
こういった学校と文化施設を一体として構成するという、数少ない施設が出来た背景には、品川区の小中学校一貫教育システムの推進がある。同区は2006年に、全国に先駆けて第二日野小学校と日野中学校の小中一貫校日野学園を大崎地区に開校した。日野中学校が移転した跡地7,600uに第一日野小学校と幼稚園を移転させ、さらに文化施設である五反田文化センターと一体の複合施設とした。幼稚園は保育園の機能を合わせ持った幼保施設として整備された。品川区の小中学校一貫校は、今後平成25年度までに6校が開校する予定である。都心部では少子化に学校選択制の影響も加わり、入学生のいない中学校も出てきていたが、小中学校一貫校としたことで入学希望者が増え、地元への定着が高まっているという。
小中学校一貫校はこれまでの6年と3年ではなく、全体の9年間を4・3・2年に分け、新しい教育を開発していく考えで、都内でも足立区、港区、渋谷区、練馬区が開設する方針で、全国的に他の地域でもそういった方向に進む方針の自治体が増えている。
施設概要
本施設の設計は類設計室、建築の施工は戸田建設で、永田音響設計は主として五反田文化センターの音楽ホールと5室の音楽スタジオの音響計画を行った。
本施設はRC造6階建てで、五反田文化センターには250席の音楽ホールのほか、音楽スタジオ、プラネタリウム、和室(茶室)などがある。併設された小学校の生徒や幼保施設の園児たちは、こういった文化施設を身近なものとして利用していくことになる。またこの施設で特徴的なのは校庭で、生徒や園児が裸足で走り回れるようにと芝生になっている。種から育てる洋芝であるが専門家が育てるのではなく、学校の先生や地元のボランティアの方々が常に手入れされている。開校した学校を訪れてみると青々とした芝が実に美しく感動的である。
ホール室内音響計画
音楽ホールは250席の小規模音楽専用ホールとして計画された。側壁はノコギリ状の折板形状で、壁からの早い時間の反射音が後方席の中央にまで均等により多く到達するようにそのひとつひとつの面の角度を設定している。その結果、平面形状は全体にやや凹面のカーブした形となっている。また折板形状の客席後方を向く面をリブ構造の吸音面とし、ホール全体に吸音を分散させている。壁の中段には聴衆や演奏者への反射を期待した庇を設けている。建築デザインの要素として庇の材料にガラスを採用し、壁の背後から光を当てることで、デザイン照明としても役立っている。
5つのスタジオで最も大きい床面積200uの第一スタジオ(床面積200u)は、2層吹き抜けとして天井高さを確保し、オーケストラやブラスバンドの練習、ピアノの発表会等にも利用できる設えとなっている。その他のスタジオは、ダンスや体操を想定した室、バンド練習を想定した室など、それぞれに利用の形態を考慮した内装仕上げとしている。
遮音計画
五反田文化センターは小学校と同一建物となるため、ホールおよびスタジオの発生音が小学校に伝わりにくい遮音性能が要求された。特にスタジオは小学校施設の階下にあり、和太鼓の練習ができる性能も要望されていたため、遮音計画としては小学校施設と重なるスラブを2重スラブとし、スタジオ各室に防振遮音構造を採用した。音楽ホールについても上階に図書館や講習室、会議室等があり、同様に防振遮音構造を採用した。遮音性能は、スタジオ相互間、上階の教室間でD-80〜85以上確保でき設計目標値を満足している。しかしながら、数値では聞こえる・聞こえないという感覚的なところは判断しにくく、特に和太鼓の場合には、隣接した室間で全く聞こえなくすることは困難である。本件では、竣工検査時に地域の和太鼓演奏家の方に演奏をお願いし、品川区の関係者の方々や小学校の先生らにその透過音の聞こえ方を確認していただいた。スタジオでの和太鼓の演奏を上階の小学校で聴くと、耳を研ぎ澄ませていれば判るが、通常の室内騒音でかき消され気にならなくなる程度、というのが来られた方々の大半の判断であった。遮音に関する聴感的な評価には個人差があり、聞こえること、即ち計画・工事の不備、として問題にされることもある。このように、施主側や使い手側の方々と「聞こえ方」の共通認識を持つことができると、利用者側の使い方に対しても適切なアドバイスができるものと考える。
運営
本施設のような身近な音楽専用ホールが区民の方々に利用されることは、地域の音楽文化レベルの向上に大きく役立つ。250席という大きさは、一般市民にとってはとても使いやすい規模である。一方、文化の提供も文化施設の大きな使命であると考える。小規模であるがゆえになかなか自主企画の公演は出しにくいが、このホールで質の高いパフォーマンスを鑑賞する機会も是非欲しい。今後の運営に期待したい。(小野 朗記)
ロウ・ルヴォ脳科学センターの音響設計
米国ラスベガス(ネバダ州)では、今、新しい建築のデザインが面白い。最近5年間においてもいくつかの新しいプロジェクトが完成し、砂漠の中のエンターテイメントとギャンブルのメッカにおけるこれまでの伝統的な建築デザインの枠組みを打ち破ってきた。これらはカジノやホテルなどの大型施設に限らず、ここに紹介するフランク・ゲーリーの設計によるロウ・ルヴォ脳科学センターのような比較的小さなプロジェクトにも及んでいる。
新しいセンターは大きく2つの部分から成る。一つはアルツハイマー病やパーキンソン病などの記憶障害の治療のための研究を行うKeep Memory Alive Foundationの活動拠点であり、外来患者処置室や事務室等の13の諸室によって構成されている。もう一つは多目的用途のイベント・スペースで、これはセンター自身が主催する各種イベントの他、外部に貸し出される形でも使用される。永田音響設計はフランク・ゲーリーの設計事務所(Gehry Partners, LLC)からの依頼により、イベント・スペースの音響設計を担当した。
イベント・スペースは、床面積約850平米、天井高は最高部において24mに達する、広く高い空間として計画された。内部のデザインは、外装の複雑なデザインがそのまま内部に反映されたもので、ゆるやかに波立つようなユニークな形状は天井からそのまま床まで繋る。高い天井と複雑な形状に起因するエコー等の音響的な障害を無くすことと、残響過多を防止することが音響設計の大きな課題であった。コンピュータ・シミュレーションによる反射音分布の検討を行い、音の集中などを回避するような室形状を提案するとともに、天井・壁面の大部分を占めるガラス窓の枠部分(写真参照)に対して、必要な面積分の吸音材を配置した。吸音処理を行った部分の面積は約1000平米以上にのぼる。具体的には3次元の曲面形状において反射面としての石膏ボードと意匠的に同様の仕上がりが期待できるBASWAphonという製品(News10-07 通巻271号)を選定した。
2010年の4月に完工後の音響検査測定の結果、約13000立米の室容積における残響時間は約2.1秒(中音域、空室、カーテン無し)であった。電気音響設備の使用を前提としないクラシック音楽等に適したコンサートホールとして望ましい数値に近い。
一方、電気音響設備の使用を前提とするような多目的使用に対しては、エントランス側のガラス窓部分と仮設ステージ周辺のスピーカの背後にカーテンを設置することを前提としている。これらのカーテンを設置したうえで、ロックバンドの試聴テストを実施した。それらの結果は上々で、この多目的スペースが幅広い様々な演目に対応可能であることを確認した。
去る2010年の5月21日にオープニングのセレモニーならびにショーが開催され、新しいイベント・スペースの供用が開始された。(原文英語、Dan Beckmann 記、豊田泰久 訳)
“トッパンホール” 開館10周年
2000年10月1日、大小数多くのコンサートホールで賑わう東京に、408席のこぢんまりとしたコンサートホールが産声を上げた。凸版印刷(株)が創業100周年を機に建設したトッパンホールである。開館10周年をお祝いするパーティが9月30日に開催された。
開館当時には、客席数も少ないうえに最寄りのJRや地下鉄の駅から徒歩で10分位かかるため、お客様からの支持が得られるのかが心配されていたが、その不利な条件を乗り越えて、今では多くのお客様や演奏者から愛されるホールになっている。この原稿を書くにあたって、開館当時からホールにいらっしゃる営業開発部の笹野浩樹氏にお話しを伺い、この話題に触れたところ、当時の社長(現会長)がレストランでも美味しければ、場所がわかりにくくても隠れ家的な雰囲気として好まれるのだから、ホールも良いものを提供すれば不便であっても隠れ家的ホールとして支持されるはずだとおっしゃったとか。今ではチラシには地図も載せていないが、わかりにくい、遠いなどというクレームは少なくなっているとのこと。徐々にお客様が定着してきた証拠だろう。
自主企画は年間30数公演。完売のコンサートも多く、お気に入りのコンサートは早く購入しないと買えない場合も多い。トッパンホールでしか聴けないようなコンサートも多く、飛行機や新幹線を利用して遠くからいらっしゃるお客様も多いとお聞きした。演奏者もリピータが多く、日本に来るたびにトッパンホールでの演奏を希望される方も多いそうである。400席あまりでは興業は成り立ちにくいと思われるが、それでもあえてトッパンホールを利用されている音楽事務所の方は、完売のコンサートが多く固定客がいること、お客様が洗練されていること、裏方が整備されておりホールの方たちが優しいことなどが、利用している理由だと10周年のお祝いの席で話されていた。
ホールのコンセプト「発掘、育成」に沿った開館当初からの企画であるランチタイムコンサートやエスポワールシリーズも好評だ。ランチタイムコンサートは今や若手の登竜門にもなっているようで、厳しい審査の末にやっと出演できるとのこと。エスポワールは数回のコンサートを通して演奏者の魅力を引き出す企画であるが、今までの出演者を見ると若手の実力者揃いである。また、2003年からは日本音楽コンクール各部門の予選会場としても使用されており、多くの演奏家がトッパンホールから羽ばたいている。
10月1日から始まった2010/2011年シリーズでは、10年の集大成としてトッパンホールゆかりの演奏家の魅力的なコンサートが数多く組まれている。隠れ家ホールに是非お越しを!
トッパンホール:http://www.toppanhall.com/(福地智子記)