カーテンのはなし
カーテンは遮光、断熱、吸音等の目的での利用から、間仕切り、装飾等の建築的な使われ方まで幅広く利用されている。またその使用目的によって、カーテンの布地も様々である。音響設計においても可変性のある「吸音材」として重要な役割を果たしている。カーテンはその取付け、開閉が比較的容易なことから、調整用の吸音機構として利用されている。本ニュースでは、カーテンの音響的な特徴と実際の音響設計への導入例について紹介したい。
カーテンの吸音特性
カーテンの吸音という目的での利用においては、その吸音特性が問題となる。最近では吸音カーテンと称する製品を見かけるが、吸音カーテンとしては厚手で通気性のある織物が適している。一般的な吸音カーテンの吸音特性の一例を右図に示す。図中の線種の違いは背後空気層の深さの違いである。幸い、カーテンは窓、壁面に密着されることはなく、背面に多少の空気層ができる。通気性のあるカーテンの場合は、ちょうど多孔質材料の背後に空気層を設けた形と同様になり、中音域から高音域にかけて高い吸音率を示す特性となる。また、背後空気層の深さと波長の関係によって低音域の吸音特性が変わってくる。図中の吸音データは設置面積の2倍の布地をヒダを作って設置した、いわゆる2倍ヒダの吸音特性である。このヒダの有無も重要で、ヒダがなく平滑に設置した場合は図中の値よりも小さな吸音率となる。このように、カーテンの素材(通気性、毛羽の立ち方)、重量、ヒダの有無が吸音率に影響するため、どのようなカーテンをどのように設置するかということが重要である。通常のインテリアに使われるような、通気性がなく毛羽が少ないカーテンは、吸音カーテンとしては適さない。
小空間の残響調整として
リハーサル室や練習室などでは、使用目的、利用者の響きに対する好みなどに対応するため、調整用の吸音機構としてカーテンが採用されることがある。予め響きを長めに設定しておき、カーテンの設置面積を調整することで、室内の響きを変える事が可能となる。また、カーテンを設置しない場合でもカーテンレールのみを設置しておくことで、後から必要に応じて吸音カーテンを設置できるようにすることもできる。
ホールの残響可変装置として
ホールにおいてもその使用目的に対する音響的対応のため、建築的な残響可変装置を導入することがある。可変装置は大がかりな機構を使って反射・吸音面を可変するものから、壁面にカーテンを吊るすといった比較的簡易なものまで様々である。カーテンによる可変方式は、手動開閉式にすればローコストで設置できるというメリットがある。カーテンを開閉した際の残響時間の可変幅をとるためには、吸音率の大きい布地の選定、面積の確保、ヒダの多さ、背後空気層の確保とともに、収納時にカーテン溜りが露出しないようにその収納方法についての配慮も必要となる。また、演劇等でスピーカを使用しない場合の台詞の明瞭度の確保のためには、初期反射音の中でも早めの反射音に寄与している壁面を避けて設置することも重要となる。
多目的ホールでは、講演会や式典の際には舞台に幕が設置される。舞台幕は客席から舞台両袖の奥や照明などが見えないようにする目隠しの役割はもちろんだが、音響的には残響可変装置という役割を担っている。舞台反射板から舞台幕に転換した場合、残響時間は中音域で0.3〜0.4秒程度短くなり、より多様な演目に対応しやすくなる。
コンサートホールでのカーテンの例
「ミューザ川崎シンフォニーホール」や「ハーモニーホールふくい」などのコンサートホールでは、クラシックコンサート以外の催し物も計画されており、音源側となる舞台周辺に吸音カーテンを吊る機構を有している。講演会・式典の際には、このカーテンが吊られた状態になり、響きを抑え、スピーチの明瞭度を確保する。カーテンの有無での残響時間の差は中音域で0.4〜0.5秒と大きな値が得られている。
舞台上の響きの調整として
京都コンサートホール小ホール(アンサンブルホールムラタ)の舞台正面壁には、50%開口のアルミパンチングの背後にカーテンが仕込まれており、必要に応じてそこから到来する反射音を間引く工夫がされている(本ニュース95号参照)。舞台に近い反射面に吸音カーテンを設置して反射音を減らすと、残響時間の差よりも舞台上における聴感的な響きの違いは大きい。また、実際に舞台上でリハーサルを行う際に、舞台正面壁のカーテンを出し入れすることで、その壁面からの反射音を減らし、演奏者にとってより好ましい響きになるように調整することもできる。
このように吸音カーテンは様々なところで利用されているが、低音の吸音率が小さいという特性を踏まえた上で、音響的・意匠的な配慮とともに採用したい。(酒巻文彰記)
拡散と音響効果−3
本年3月に‘室内音響における拡散研究の最近の動向’をテーマにしたシンポジウムが日本建築学会、日本音響学会共同主催という形で開催された。その全容は日本音響学会誌65巻11号に小特集として掲載されている。なお、この小特集に当事務所の小口が室内音響設計の実務をベースとした拡散の取り組み方、参考となる設計資料をまとめて発表している。本号ではこのシリーズの一応の締めくくりとして拡散と音響効果という課題について、音響設計の視点から掘り下げてみた。
1.拡散と室内音響設計
今日、室内音響設計は残響時間の外に、初期反射音の構造、空間分布が重要な検討項目となっている。したがって、ここでは初期反射音と残響音それぞれについて、拡散と音響効果の関係を整理してみたい。もちろん、ホール音場にとって拡散が必要なことは感覚的にわかっているものの、いまだにその設計指標が明確ではないという状況である。拡散の効果は音源があって初めて感じるという響きの本質に関わる問題であると筆者は考えている。
2.初期反射音の拡散反射−散乱−の必要性の有無
好ましい初期反射音を得るには受音点の近く、厳密にいえば、音源→受音点間の距離と音源→反射面→受音点間の距離の差が約30m以内となるような位置に反射面があることが望ましい。これは天井が高い大型ホールでは難しい条件であり、これを実現するために天井からの吊り下げ反射板やバルコニー席前壁からの反射を利用するなど様々な工夫が行われている。大型ホールでは初期の反射に関わる反射面をいかにして構築するかが大きな課題である。大型ホールでハリのある響き−近接感−はこの初期反射音の寄与によって創り出されるのである。
音場の拡散がコンサートホールの音響効果の理想としてとらえられた時代がある。拡散を重視するあまり、天井、周壁に拡散体を張り巡らしたホールがある。代表例の一つがボン市のベートヴェンホール(図−1)である。筆者は一度だけの聴取体験でしかないが、その後、このタイプのコンサートホールは誕生していないことからも、大型ホールでは初期反射音に関わる面の拡散反射−散乱−は初期反射音の効果を薄めているという点で必要ないという見解である。
3.音響的なグレアー(まぶしさ)軽減のための細やかな凹凸や溝のある構造
前節で反射板の材質のことに触れなかったが、これに関して注意すべきことがある。それは、ガラスや大理石の壁、平坦なボードなどで囲まれた喫茶店やレストランで、客同士の会話、談笑、厨房からの食器の音がもたらす耳をさすような響きである。音響学者のBeranek先生が指摘する音響的な‘glare−まぶしさ−’である。この種の材料は建築家にとって魅力ある素材であることは理解できるが、音楽に関わる空間としては好ましくない。客席からある程度離れた−例えば天井−などでは影響が少ないが、壁面近くの席では刺激的な響きをもたらす。この対策として、石は粗面を使う、ガラス面には魚網のカーテンを巡らす、平坦な壁には細かい凹凸、溝を掘るなどが必要である。
4.エコーの防止
ホール内で発生する有害なエコーとしては、鳴き竜−フラッターエコーと山彦−ロングパスエコーの二つがある。いずれも、音響効果を損なう響きであり、この発生を押さえる必要がある。その対策として吸音処理や反射面の傾斜の外に拡散体で反射音を散乱させるという方法がある。
5.拡散と空間印象
わが国では体験する機会は少ないと思われるが、ヨーロッパの大聖堂でオルガンを聴かれた方は‘音に包まれた感じ’という表現を素直に受け止められることと思う。この感じを表す学術用語として‘Envelopment’がある。今日のConcert Hall Acoustics研究の黎明期といわれていた約40年前、筆者が当時の西ドイツで聴いた用語は‘Schwimmbadeffekt−プール効果−’であった。プールで自分のまわりに水がひたひたとおし寄せている状態である。筆者にはこの用語の方が的確に大聖堂の響き−拡散音場の響き−を表しているように思える。最近の室内音響研究の成果のひとつとして、このプール効果と拡散に関連のある室内音響パラメータとの関係がかなり明らかとなってきた。
これは人間の耳は左右についているため、側方からの反射音は左右の耳には位相も強さも違った刺激をあたえるが、天井からの反射音は左右の耳に同時に到達するために、この効果は生まれないという聴覚の機能がベースになっている。この左右の耳に入る信号の違いを表す指数を‘両耳間相互相関係数−IACC−’という。
空間印象(Spatial Impression)の研究に長年取り組んでこられた神戸大学の森本政之先生が小特集に発表された論文を集約すると、
- 空間印象には音像のみかけの大きさ−ASW(Auditory Source Width)−と音に包まれた感じ−LEV(Listener Envelopment)−の二つがある。
- ASWは反射音の空間分布、つまり拡散状態、には影響されず、両耳間相関度によって定まる。すなわち、両耳間の信号が異なっているほど音像は広がる。
- LEVは反射音の空間分布、つまり拡散状態、に影響されるが、両耳間相関度によっては定まらない。すなわち、拡散がよいほど、音に包まれた感じを強く感じるようになる。
まとめ
- 初期反射音に関与する反射体には通常の散乱機能は必要としない。ただし、一次反射音に関与する面の材料としては磨かれた大理石やガラスのような平滑な素材をさける。これを使用する場合は粗面の仕上げ、細やかな凹凸、溝などを設ける。
- 初期反射音に関与しない反射面は可能なかぎり音を散乱させる構造とし、残響音の拡散度をあげるようにする。
(永田 穂記)