小学校の音環境 −高崎市立桜山小学校の例−
高崎市立桜山小学校は、高崎市北部、旧群馬町に今春開校した児童数約500人あまりの小学校である。この地域は、近年、道路の整備が進んだことや大きなショッピングモールが完成したことなどから、高崎市のベッドタウンとして開発が盛んである。そのため児童数も増加しており、近隣の小学校のマンモス化を解消するために新設された小学校である。設計は早稲田大学の古谷誠章先生+スタジオナスカである。
学校の音環境に関して、日本建築学会から環境基準AIJES-S001-2008「学校施設の音環境保全規準・設計指針」が2008年3月に発刊されている。この規準作成の主査をしていた関係で、ナスカ代表の八木佐知子さんにもこの本をご紹介し、学校施設における教室間の遮音や諸室の響きに関する音環境の重要性をお話しした。そんなことから音響設計についての依頼があったのだと考えている。
桜山小学校は榛名山の南に位置し、裾野の緩やかな傾斜が続くところである。グラウンドに面して長さ約150mの2階建ての建物が、ジグザグに折れ曲がるように建てられており、2階には1〜6年生の全教室が、1階には特別教室等が配置されている。2階の床レベルを水平にしたため、1階の天井高はグラウンドレベルが低くなる南側ほど高くなっており、音楽教室のように天井高が高い方が音響的にも望ましい室が南側に配置されている。教室は、最近の新設の小学校でよく見られるオープンプラン型、すなわち一昔前の廊下に相当する位置に多目的スペースと呼ばれる多少広めの空間が隣接し、その多目的スペースとの間に間仕切りのない教室形式である。
前出の「学校施設の音環境保全規準・設計指針」にも示されているが、学校施設の音環境でクレームが多いのは、オープンプラン型教室(以下、オープン教室)の遮音、音楽室の響きの少なさ、体育館の長い響きなどである。これらに対して設計時の注意事項などが指針の中に示されているが、オープン教室の遮音改善の工夫はつぎのように提案されている。教室および多目的スペースの吸音がとにかく重要であること、天井は必ず吸音処理すべきで、とくに教室の向かい側の壁の吸音が有効である。桜山小学校では、これがまさに実践されている。天井はルーバー天井でその中のスラブ下にはグラスウール(ガラスクロス包み)が貼られ、2つの教室の間の向かい側の壁面は大きく隙間の空いた木組みの吸音壁(裏側にポリウール、ガラスクロス包み)となっている。5月9日に催された見学会では、多くの方々がいたにもかかわらずザワザワした感じがなく、説明の方の話し声が鮮明に聞こえ、うるささを感じなかった。見学会にいらした建築設計者のあるかたが、「今までは吸音のことをあまり考えたことがなかったが非常に効果があるんですね。」と話されていたのが印象的だった。
古谷先生+ナスカのプロジェクトでは、いつも徹底的にワークショップが行われる。近隣の小学校が片側に廊下のある従来型の教室だったのだが、桜山小学校ではオープン教室に変わるということで、ワークショップで設計案のシミュレーションをしながら使い方を発見していったそうである。オープン教室での音のトラブルは使い方でも軽減できることは多く、その意味からも事前のワークショップによる効果は大きかっただろうと思う。
児童は一日の大半を学校で過ごしている。したがって学校には子供らしい快活な活動を引き出す空間も必要だが、やはり学校の本質である勉学に集中できる空間が重要である。それを実現するためには音環境への配慮は不可欠である。最近では、この桜山小学校をはじめとして、デザインも素敵で音環境にも配慮された学校が増えている。これらが参考にされて学校施設の音環境がよりよくなることを期待したい。(福地智子記)
第16回愛知県舞台技術者セミナーに参加して
7月14日、15日の2日間にわたり、愛知県芸術劇場において、財団法人愛知県文化センター、財団法人愛知県文化振興事業団、愛知県舞台運営事業協同組合三団体の共催で、舞台技術者を対象とする標記の技術セミナーが開催された。今回、16回になるという今年度のテーマは「劇場の転機その4 変革期の舞台技術とは」で、そのプログラムの概要を表−1に示す。内容を大別すると、文化政策から、運営技術者の技能検定制度、劇場の安全に関する提案、最近の文化施設の動向などホール、劇場についての様々な観点からの講演と、愛知芸術劇場大ホール(オペラハウス)とコンサートホールという性格も響きも異なる二つの空間で、室内楽の演奏と二人芝居を聞き、ホールの響き、台詞の聞こえ方を体験するというホール音響を軸にしたセミナーであった。筆者には本セミナーの企画、実行委員を勤められた照明家の佐藤壽晃氏から、今回建築音響の基礎事項と、最近問題になっているコンサートホールでの拡声の聞こえの問題について話をしてほしいという要望があった。各地にコンサートホールが誕生し、また、最近はコンサート空間指向の多目的ホールが際だっているだけに、拡声の聞こえの問題は時を得たテーマであることを感じ、今回、森本・浪花音響計画の浪花君、千葉さん等とともに、残響時間の測定実務の公開実験、スピーカの種類による聞こえの違いを体験してもらう実験などを行い、ホール音響についての理解を深めてもらうことに努めた。
初日に行われた(1)の文化庁で審議中の文化政策部会の報告、(2)の劇場法への提言、などは私には初めて耳にする官側の動きであり、建築学会でこのような動きにどのように対応しているのか、気になった課題であった。(3)の劇場管理運営についての講演では、制定後9年になる指定管理者制度について、実質、経済条件の追求に趨(はし)っている現在の制度の欠点が指摘され、法改正の動きを示唆する内容であった。(5)の戦後の劇場の変遷と劇場技術の進歩についての講演は、日本大学の小谷先生が力をいれてまとめられた本シンポジウムの基調講演ともいえる内容で、貴重な資料が用意されていた。しかし、先生のお体の調子が許さず、急遽、代理として草加叔也氏が劇場コンサルタントの視点から今日のホール界の特徴について講演された。氏の資料のなかでバブル期に建設されたホールの数にたいして、今日の低迷期におけるホールの建設件数が激減していること、この状況が続くと、ここしばらくは新設のホールはなくなるのではないか、というショッキングな内容であった。このセミナーには車椅子でも駆けつけたいといっておられた小谷先生、会場でも、先生の登板ぎりぎりの時間まで、到着の知らせを待ち望んでいたが、残念ながら先生は7月28日、入院先の日赤医療センターでお亡くなりになった。ご冥福をお祈り致します。
ホール音響に関しては初日に、私は’建築音響の本質’という講演を行い、2日目の最初のプログラムでは森本・浪花音響計画の浪花君、千葉さんによって、オペラハウスにおいて、残響時間の公開測定が行われた。これは、残響と残響時間についての感覚面と物理特性についての理解を深めるために企画されたプログラムで、参加者は試験音の減衰を身体で感じながら、残響時間の減衰波形から残響時間の読み取りの実務をプロジェクターの画面で確認することができた。
ホール音響について次のプログラムは室内楽と二人芝居を大ホール(オペラハウス)とコンサートホールで聞き比べるという実験であった。2つの空間ではクラシック音楽に対しての音響効果とセリフの聞こえ方の違いには、私自身も驚きであった。オペラハウスでは、金屏風をふくむいくつかの反射板が試みられたが、室内楽については、その効果の改善には限度があること、一方で、コンサートホールでは芝居の生の声が聞き取れる範囲が限られていることも確認された。ここに拡声装置の必要性、役割が納得できたのである。ところが、コンサートホールの拡声が満足に機能していないことが多い、これが、今回のセミナーの一つの課題となったのである。引き続きコンサートホールにおける電気音響設備をめぐってのシンポジウム形式の討論会が行われた。
コンサートホールの拡声の問題点については、筆者はオーナー側、設計者側の’声の聞こえ’に対する関心がうすいこと、話者のマイクロホンの保持の仕方に問題があることをとりあげた。ついで、森本・浪花音響計画の浪花君は、拡声の聞こえ方に大きな影響をあたえるのはスピーカシステムの選定とその配置にあるとして、本劇場備え付けのシステム2セットの外に、内外のスピーカシステム4機種について、比較試聴を行った。参加者は、場内を歩き回って聞こえの違いを体験することができた。
本セミナーの最終課題は、最近、コンサートホールで話題となっている照明器具からの発生騒音とその軽減対策の実例についての照明家の佐藤壽晃氏の話であった。
この種の劇場技術、運営についての総合的なセミナーは、ホール建設が上り坂であった1970年、80年代に公共文化施設協議会などが中心となって毎年、各地で行われていた。しかし、現在この組織は解散し、舞台技術に関しての総合的なセミナーはなくなり、今日ではホール、劇場が中心となって、特色ある講習会、セミナーが開催されている状況である。このような劇場技術の総合的なセミナーが東京でも大阪でもなく名古屋において、16回という長きに渡って続けられてきたことに、筆者は冷えきっている劇場技術界のなかの大きな火柱のような存在を感じたのである。2日間に展開された様々なプログラム、その実行計画の推進にあたって、陣頭指揮をされた、愛知県舞台運営事業協同組合の真野幸明理事長、参謀役の照明家佐藤壽晃氏、現場でその円滑な推進にあたられた、愛知芸術文化センタースタッフ方々の統制のとれた機敏な働きに感謝します。(永田 穂記)
サントリーホールの「グルッペン」演奏会
本誌09-07通巻259号でご案内した「グルッペン」が8月31日サントリーホールでNHK交響楽団により演奏された(オーケストラの配置については259号を参照されたい)。
35年前の日本初演は1974年2月のN響定期演奏会(写真)で、オーケストラT,U,Vそれぞれの指揮は、尾高忠明、岩城宏之、小松一彦の各氏、会場は竣工間もなくの渋谷のNHKホールであった。定期公演で定期会員席が決まっており客席を舞台にすることができないため、写真にあるように3つのオーケストラは全て固定の舞台上に配置された。
「グルッペン」のスコアには楽譜以外に演奏会場や楽器の配置、リハーサルの仕方、回数まで事細かに記されているという。それをどこまで忠実にやるべきなのか?YouTubeで見られるサイモン・ラトル他の指揮で行われたバーミンガム交響楽団の演奏を見ると、弦楽器の音をなるべく客席に出すための工夫なのか、オーケストラの弦楽器と打楽器、管楽器の配置が左右逆で弦楽器は指揮者の右側に配置されている。今回のサントリーホールでの公演ではシュトックハウゼンの意図するオーケストラに囲まれる席を設け、楽団の配置もほとんどスコアのとおりに配置されていた。スコアでは打楽器奏者は4人で複数の楽器を受け持つことになっているが、ここでは各オーケストラに5人配置された。
公演当日、開場直前には希望する席を確保しようと既に300〜400人位が列をつくっていた。1曲目のリゲティ作曲「時計と雲」の演奏後、次の準備中に岡部真一郎氏と指揮のスザンヌ・マルッキ氏、杉山洋一氏が曲の解説をされ、マルッキ氏は音の印象について「音がぐるぐると回わって盛り上がりクライマックスに向う…」と説明された。オーケストラに囲まれた1階席では確かにそういう印象を受けた。また、曲の構成についてサイモン・ラトル氏は、「グルッペン」と同時期に生まれたアレクサンダー・カルダーのモビールに例えて、「モビールのように固定部分が連結しているが一つが動くと他も連動する」と解説している。オーケストラ全体の見える席からは、3人の指揮者のアイコンタクトと共に、各オーケストラからそれぞれ無関係に音が湧き立ち、しかし時に連動し互いに絡み合うというまさにモビールのような印象だった。そして空間の響きがこの音楽の明瞭な方向性と響きあう空間性を引き立てており、サントリーホールを会場とした必然性を感じた。
今回の公演はNHKでの放送の予定はないが、NHK技研で96チャンネルの録音がされている。この記録は最終的に、NHK技研で開発を進めているスーパーハイビジョンの22.2チャンネル・サラウンド音響システムにより再生できるとのことで、NHK技研のホームページによると、市販のヘッドホンでも忠実に再現できる装置が開発されているという。今後あの臨場感がヘッドホンで聴くことが出来るのが楽しみである。(小野 朗記)