No.260

News 09-08(通巻260号)

News

2009年08月25日発行
外観(右端が中劇場棟)

いわき芸術文化交流館「アリオス」のグランドオープン

 本ニュース245246号(2008年5、6月)で紹介したいわき芸術文化交流館アリオスの2期工事(中劇場棟)が昨年末に竣工し、今年5月、いわきアリオスがグランドオープンした。大ホール(1705席)、中劇場(500〜687席)、小劇場(233席)の3つのホールと、リハーサル室2室、スタジオ4室を有する大型文化施設がフル稼働をはじめた。ここでは新しく完成した中劇場について紹介する。

外観(右端が中劇場棟)
外観(右端が中劇場棟)

施設概要

 中劇場の特徴は舞台が様々な形式に転換できることである。そのバリエーションは舞台間口8間のプロセニアム形式を基本に、6間プロセニアム形式、舞台を客席が前後から挟むポディウム形式、客席の中に舞台が張り出すスラスト形式、能舞台形式、花道形式に及ぶ。これらは昇降床や、サイドスピーカとフロントサイド照明を組込んだ額縁ユニットと2層の客席をもつ客席ユニット(いずれも空気で浮上させて移動)、前後移動+昇降式の照明ブリッジとプロセニアムブリッジなどの可変機構によって実現する。今までにも形式可変ができる劇場はあるが、ここまで可変機構が大規模でバリエーションの多い例はないであろう。

8間プロセニアム形式(舞台)
8間プロセニアム形式(舞台)
8間プロセニアム形式(客席)
8間プロセニアム形式(客席)
平面図(上:8間/下:6間のプロセニアム形式)
平面図(上:8間/下:6間のプロセニアム形式)
断面図(8間プロセニアム形式)
断面図(8間プロセニアム形式)
スラスト形式
スラスト形式
ポディウム形式
ポディウム形式

室内音響計画

 中劇場では、生声の台詞を客席全体に明瞭に届かせるために有効な反射面を確保した。傾斜させた客席天井とシリンダー状タイルで拡散仕上げとした客席側壁、3階席上部の庇と客席上部の固定ブリッジ下面の反射板などで反射面を構成した。響きについては、舞台内にも客席が配置されることを考慮して、舞台壁面の吸音を分散配置とし、空間全体が均一な響きの状態となるようにした。8間プロセニアム形式での残響時間は1.0秒(空席時、500Hz)である。

遮音・騒音防止計画

 以前の記事で紹介した通り、大ホール、交流ロビー、中劇場の各棟間は音響的なエキスパンション・ジョイントで縁を切り、大ホール棟と中劇場棟に挟まれた交流ロビー棟の各室には防振遮音構造を採用した。これらの対策により、各室とも同時使用に支障ない遮音性能が確保されている。

 空調設備は幕揺れや客席配置の可変に対応するために置換空調方式が採用された。室内騒音はNC-22である。

舞台音響設備計画

 舞台形式の可変に対応するため、前後移動が可能な昇降式プロセニアムブリッジと移動式の額縁ユニットに、メインスピーカを組み込んだ。ポディウム形式では、舞台内に配置される客席に対して移動式スピーカをバトンに仮設する必要があるが、形式転換に伴うスピーカ設営の時間と労力を大幅に削減し、音創りに専念できるようにした。スピーカの設置では、大ホールと同様、音響的に囲わないようにした。プロセニアムとサイドのスピーカは前面全体をネット仕上げ、背面を遮光性のある布張りとし、その他の補助スピーカは露出設置とした。チューニング前から素直な音が得られていたのは大ホールと同様である。システムや機器構成は基本的に大ホールと同じにして操作性の統一を図った。また音響調整室は、幅2.7mの窓面を3枚のサッシで全開可能とし、音響的に良好な操作環境を実現した。

額縁ユニット
額縁ユニット
移動途中の客席ユニット
移動途中の客席ユニット
全開可能な調整室窓
全開可能な調整室窓

市民を巻き込む積極的な企画

 いわきアリオスでは、様々な公演の招致もさることながら、市民対象のワークショップや、ホール以外の場所へ出向いたイベントを積極的に展開していることに注目したい。ワークショップはパーカッション、演劇、戯曲朗読、ダンス、舞台裏見学など、様々なジャンルを網羅する。また、「おでかけアリオス」と名付けられた出張イベントの会場は、草野心平記念館、公民館、教会、体育館、学校、保育園、お寺など、こちらも様々である。身近な場所での気軽なイベントで興味をもち、ワークショップに参加し、いわきアリオスで発表会を行うことで出演する楽しみを体験する。同時に参加者の家族や友人が発表会に来場し、さらに多くの人がアリオスを知り、興味をもち、自らもホールに足を運ぶようになるという連鎖が発生しているようだ。このようなアイディアを企画し実行するスタッフ陣のおかげで、いわきアリオスは単なる箱物でなく生きた施設となっていることを実感する。いわきアリオスの今後の活動に引き続き注目したい。(内田匡哉記)

 いわき芸術文化交流館アリオス http://iwaki-alios.jp/

舞台音響反射板について〜その1〜

 多目的ホールでは、式典・講演会、演劇、クラシックコンサート等、様々な催物が行われる。この多目的ホールの特徴といえるのが、舞台空間と客席空間を仕切るプロセニアム、そして、式典・講演会、演劇では舞台幕、クラシックコンサートでは舞台音響反射板というように、舞台が催物毎に姿を変えることである。特に、クラシックコンサート等の音楽の催物で使われる舞台音響反射板は、音響上、重要な役割を担っているのだが、その機能や仕組みについては知らない方も多いのではないだろうか。そこで、この舞台音響反射板の機能や仕組み、実例について本号から数回にわたって紹介していきたい。

写真1. 舞台幕設置時
写真1. 舞台幕設置時
写真2. 舞台音響反射板設置時
写真2. 舞台音響反射板設置時

多目的ホールの舞台音響反射板とは?

 舞台音響反射板とは、管弦楽や合唱等の生音による音楽の催物で舞台上の演奏者を取り囲むように設置される可動式の反射面である。天井反射板、側面反射板(上手、下手)、正面反射板から構成され、舞台機構の電動昇降装置を伴うものから、舞台スタッフが人力で設置できる簡易的なものまで、多くの舞台音響反射板がある。それらの構造やサイズは、多目的ホールの性格(音楽重視、演劇重視)、求められる響きや舞台装置との取合い等のホールの音響条件、舞台条件によって異なっている。

舞台音響反射板はなぜ必要?

 多目的ホールの性格にもよるが、本格的なオペラ、バレエ、演劇等の催物にも対応するホールでは、演出上の舞台スペースと数々の舞台装置、その収納スペースが必要となる。そのため、舞台上部にはプロセニアムの約2倍以上の高さのフライタワーがあり、緞帳や舞台幕、照明バトンなどの名物装置、照明設備が収納される。また、プロセニアム間口の0.5〜1倍ぐらいの袖舞台も上手と下手に設けられる。それに対して、クラシックコンサートの舞台には、フライタワーや袖舞台などの大きな吸音空間と演奏空間を仕切り、コンサートホールのように演奏者と客席に対して適切に演奏音を反射させる反射面が必要となる。また、響きについても、式典・講演会、演劇ではスピーチ、台詞の明瞭さを得るため、比較的短めの響きが求められるのに対して、クラシックコンサートでは長めの豊かな響きが求められる。

 このように、クラシックコンサートとその他の催物に求められる相反した舞台条件、音響条件を両立させようと考え出されたのが、可動式(収納式)の舞台音響反射板である。例えば、演劇が主目的のホールでもクラシックコンサートを行いたいといった要望が多いため、図1のような方法によって、演劇形式からクラシックコンサート形式へ舞台が転換される。つまり、舞台音響反射板は、クラシックコンサートではフライタワーや袖舞台と演奏空間を仕切る音響的な反射面として設置され、演劇ではフライタワーや袖舞台に収納される。

写真3.1. 簡易的な舞台音響反射板
写真3.2. 簡易的な舞台音響反射板
写真3. 簡易的な舞台音響反射板

ホールの性格と舞台音響反射板

 このような舞台音響反射板によって舞台条件、音響条件を変えることは出来るが、全ての催物に対して理想的な条件を備えることは難しい。例えば、演劇重視の多目的ホールでは、フライタワー内の反射板収納位置と幕、バトン、照明等の名物を設置したい位置が重なり、それらの取合いがよく問題となる。また、音楽重視の大きなホールでは、演奏の編成ごとに舞台の広さを変えたいという要望から、舞台音響反射板に可変機構が求められることもある。このように、多目的ホールの設計では、高度な多目的性や音響性能を実現させるため、舞台音響反射板の構成と構造がしばしば課題となる。

図1. 舞台断面図
図1. 舞台断面図

舞台音響反射板に求められる音響条件

 舞台音響反射板には、舞台装置としての可動機構以外に、どのような条件が求められるのだろうか?それは舞台音響反射板の形状と重量(面密度kg/u)である。

 まず、舞台音響反射板の形状については、客席に反射音が到達しやすい形状が求められる。そのような形状の反射板で舞台空間を囲み、舞台と客席を一体空間とし、舞台上の演奏音を客席、演奏者へバランスよく反射させるのである。また、天井反射板と側面反射板の詳細形状も重要である。かつては急傾斜の天井反射板によって強い反射音を早く客席に反射させていたが(写真4左)、最近の音楽重視の多目的ホールでは、コンサートホールのように、演奏者と客席に届く反射音の遅れ時間、密度、強さを重視する設計手法に基づき、天井反射板の天井高を高くしたり、傾斜を緩やかにしたり、側面反射板上に庇状の反射面を設置したりする。さらに、音を拡散させるために拡散形状の仕上げとしている(写真4右)。

写真4.1. 舞台音響反射板の例
写真4.2. 舞台音響反射板の例
写真4. 舞台音響反射板の例

 また、反射板の重量については、低音域の音までしっかりと反射させるために、なるべく重くする必要がある。反射板材料に薄いボードが使われるホールでは、反射板を設置してもボードの板振動によって低音域の響きが短くなってしまう(本ニュース225号)。この低音域の吸収を抑制するために、名物の重量制限の中でダンピングシートをボード間に挟むという試みもされたが、最近では客席の天井や壁と同様にボード積層構造として、舞台音響反射板の重量を約40kg/uとしている。かつての薄くて軽い反射板ではなくなった。

 今後はいくつかのホールを例として、舞台音響反射板の収納方式や可変機構、音響的な工夫を紹介していきたい。(服部暢彦記)