シベールアリーナと遅筆堂文庫山形館 開館
ラスクというお菓子をご存知でしょうか。フランスパンから作られる焼き菓子です。このラスクをはじめパン、洋菓子の製造販売をされている株式会社 シベールの山形市蔵王の敷地に、「シベールアリーナと遅筆堂文庫山形館」が2008年9月に開館した。ここはパン工房、洋菓子販売店、イタリアンカフェと本社等からなるシベールファクトリーメゾンと見学コース付きのラスク専用工場のある場所で、新たに文化施設が加わった。
この施設、アリーナと作家・劇作家の井上ひさし氏の蔵書3万冊が閲覧できる図書館からなる。アリーナは卓球がメインの体育館ではあるが、本格的な舞台を備えた劇場にも変身する。創業社長の熊谷眞一さんが新宿の紀伊国屋サザンシアターでのこまつ座公演「太鼓たたいて笛ふいて」を観られ感激し、この地に劇場を造るに至ったそうである。設計・監理は本間利雄設計事務所で、これがこのファクトリーの5期目の工事とのことである。
この新設の建物は大きな駐車場に面したファクトリーメゾンとラスク工場を繋ぐ位置にあり、正面の大階段を上がると左側にアリーナ、右側に図書館が配置されている。一般的に、体育館といえば、スポーツの練習、競技以外に、講堂、集会場としても利用されるが、ここは、さらに大きな舞台とその設備装置により本格的な芝居が上演可能な劇場にもなる。舞台前の堀込みピット、ロールバックスタンドによるアリーナの段床化、舞台を取り囲むコの字型配置のギャラリー席など、客席配置と建築意匠に芝居小屋的な雰囲気を感じる。また、すのこ、シーリング、サイドスポット、ピンスポット、調整室等の設置、さらには大道具搬入口とその動線、楽屋、洗濯室等々のバックヤードに至るまで、体育館用途の平土間、採光と劇場機能として必要な舞台、可視条件、暗転等にも配慮されている。音響計画では台詞、スピーチ等の音声の明瞭さを主眼に、外部騒音の遮断、空調設備騒音の防止等による静けさを、また、リブ、有孔板、GW吸音板等の吸音構造の天井、壁への分散配置による響きの抑制、とくに低音域の残響過多の抑制とエコーの防止により、劇場として相応しい響きを実現した。
これまで山形県ホープス選抜卓球選手権から著名な作家の講演会、図書館の企画展示と連動するミニ講演会、それに社長念願の「こまつ座」公演も行われている。この施設は主催事業のみの運営と聞いているが、年1〜2回程度の「こまつ座」の公演をはじめ数々の企画が予定されており、企業、山形発信のいろいろが楽しめそうだ。エントランスホール壁面に、井上ひさし氏の「わたしは蔵書と演目を持ち寄って・・・長く輝くよう努めよう。」と直筆の原稿用紙が大きく刷り込まれている。いつまでも輝き続けてほしい。(池田 覺記)
CYBELE ARENA & 遅筆堂文庫山形館 山形市蔵王松ヶ丘2-1-3 tel. 023-689-1166
“台中メトロポリタンオペラハウス”プロジェクト進行中
台湾で進行中の”台中メトロポリタンオペラハウス”のプロジェクトは、展覧会や雑誌などで数多く紹介されており、すでにご存じの方も多いと思う。2005年に行われた国際設計コンペで伊東豊雄建築設計事務所が選定され、現在は設計を終了、敷地において先行の土工事が進められている。弊社はコンペ時より設計事務所に協力し、音響設計を担当している。
本プロジェクトは、2,000席のオペラを主とするグランドシアター、800席の演劇を主とするプレイハウス、200席の実験劇場であるブラックボックス、その他各ホールの付属施設やリハーサル室、商業ゾーンなどから成る複合施設である。各室はカテノイドと呼ばれている連続した曲面の中にできる洞窟にも見えるような空間の繋がりの中に形成される。
特にグランドシアターとプレイハウスは、室の全ての面ではないものの前述のカテノイドがそのまま空間に現れてきており、意匠、構造、設備等の要素が複雑に絡みあう中、さらに初期反射音の良好な確保や曲面による音の集中の影響を排除するなど、音響の要素もくわえ、相互のやりとりを重ねて室形状を作り上げていった。
設計のまとめと並行して、グランドシアターの1/10音響縮尺模型実験を台北で行った。何層の断面を切っても、ひとつとして同じにならない複雑な形状の空間を、どうやって、どこで製作するかなど、いろいろ議論もあったが、最終的にプロジェクトに協力している国立台湾科技大学が製作した。実際には縦断面の曲線の骨の上に、薄い合板を何層にも貼って曲面を作成している。現在も大学構内に模型は設置されている。
模型実験中に台中市の敷地を見に行った。台中は台北、高雄に続く台湾第三の都市で、現在は台湾新幹線「台湾高速鉄道」を利用して、台北から約1時間である。台中の雰囲気は、やはり地方という事で、台北よりは少しおっとりした雰囲気であった。
プロジェクトには台北の大矩聯合建築師事務所(スタッフは留学経験もあり日本語が堪能)も参加しており、地元設備事務所との打ち合わせなどは日本語の指示をスタッフが中国語に通訳する形で行われた。打ち合わせでは日本語で話した時間が中国語になると倍以上の長さにもなっていたのだが、報告書になると中国語は日本語より短くなってきており、何とも摩訶不思議である。どんな空間が現れるかがもちろん一番の関心事だが、台湾での施工がどのように進むかもまた楽しみである。(石渡智秋記)
マイクロホン開発の歴史(4)
4回目は、私がNHK技研音響研究部に在職中最後(1981年頃)の作品になった2ウェイ方式の単一指向性コンデンサーマイクロホンをご紹介しようと思う。
マイクロホン業界でも始めての2ウェイ方式は、次のような理由による。
直流バイアス方式の指向性コンデンサーマイクロホンには、周波数帯域の低域限界(fL)と高域限界(fH)が存在する。fLとfHは感度と密接な関係にあり、感度はfLの平方根に比例しfHに反比例する。このことは周波数帯域の下限と上限を広げるほど感度が低くなることを意味し、音響抵抗や電気回路等の内部雑音のために十分なSN比が得られなくなる。これは1つの振動膜を用いる指向性コンデンサーマイクロホンの宿命でもある。
そこで、この問題解決の方策として、外形寸法の異なる2つの変換器を用い、それぞれに低高両帯域を分担させることにより、全体として高感度、広帯域、低雑音化、さらには低域から高域までの広い周波数範囲に恒って指向性が変化しないようにすることを試みた。
図1は実用化した本マイクロホンの外観、図2はその内部構造である。図2に示すように、2つの変換器は、上部に高域用変換器(a)、下部に低域用変換器(b)が取り付けられている。また、マイクロホン下部の2つのシールドケースの1つはDC-DCコンバーターで、もう1つは出力トランスである。なお、図中のcは電気回路である。
まず高域用変換器の設計については、単一指向性が得られる高域限界を8kHzと決めると空間距離d(変換器の半径+厚さ)が1cmとなるので、これが実現できる変換器の寸法は16φ×2.9mm、その有効面積は約1cm²となる。この寸法で振動膜の全質量を実現可能な値として1mgに設定し、電極間静電容量(Cb)を、電気回路を含む固有雑音(内部雑音)が最小となる条件から21PFとする。この条件で、周波数帯域の高域限界fHをパラメーターにとり、低域限界fLと感度との関係を求めると図3のようになる。ここで、目標とするfHを20kHz、fLを200Hzという高い値に設定すると、図に破線で示すように-31dB(0dB=1V/Pa)という高い開放電圧感度が得られる。
この設計により実用化した高域用変換器の出力電圧周波数特性は、図4に示すように200Hz〜30kHzの範囲で平坦な正面特性を示す。また、90°方向では単一指向性であるために正面感度から6dB低下し、200Hz〜19kHzの範囲でほぼ平坦な特性となる。180°方向では200Hz〜8kHzにおいて正面感度よりも約20dB以上低下しており、目標とする8kHzまでは良好な単一指向性(カージオイド型)が得られている。感度については、インピーダンス変換回路の入力側に変換した値を示すと-32.5dB(0dB=1V/Pa)であり、変換器の浮遊容量と電気回路の入力容量の合成容量(約6PF)による感度低下(-2.2dB)を考慮すると、開放電圧感度は-30.3dB/Paとなり、ほぼ目標どおりとなっている。
次に、低域用変換器については、低域特性に設計の重点をおき、外形寸法を24φ×12.5mmと若干大きくして矩形のバッフル板に取り付け、背面を図5に示す特殊な構造にしている。変換器の背面からr1を通じて入った音波の一部がr2を通じて別の気室に導かれるので、振動膜の背面に加わる音圧はr1とr2とで分圧され、前面の音圧よりも若干低下する。この振動膜両面の音圧差は、音波の入射方向による違いが無いので全指向性成分である。この全指向性成分を付加することにより、単一指向性による低域特性の低下を補償できる。
図6は、実用化した低域用変換器の出力電圧周波数特性である。0°および90°方向の特性は、20Hzまでほぼ平坦であり、補償による効果が現れている。また、180°方向の特性は、補償しない場合の近接効果による低域特性の上昇分が打ち消され、20Hzまで20dB以上低下している。高域特性については、正面の高域限界は約10kHzであるが、d≒2.5cmと大きく設定しており、良好な単一指向性が得られる高域限界は3.5kHz程度となるため、高域の指向特性がかなり劣化する。しかし、低域フィルターを通すと、細い点線で示すように高域用変換器の高域特性にはあまり影響を与えない。これが2ウェイ方式の利点の1つといえる。なお、成極用のバイアス電圧は低・高両変換器とも100Vである。
以上のような特性をもつ低高両変換器を、1kHzをクロスオーバー周波数として、1オクターブあたり6dB低下する低・高両フィルターを通して結合した合成特性は、図7に示すようなものになる。両出力のつながり具合は、0°〜180°のすべての方向で極めて良好であるといえる。正面特性は、20Hz〜20kHzの範囲で±0.5dB以内の極めて平坦な特性である。1kHzの感度は、出力トランスによる感度低下が10dBもあるので、-42.5dB/Paとなっている。90°方向についても20Hz〜19kHzの帯域で平坦な特性を示し、135°方向においても20Hz〜8kHzの範囲で±2dB程度の偏差となっている。指向性についても50Hz〜8kHzの範囲で極めて良好な単一指向性パターンが得られている。また、固有雑音(内部雑音)の等価音圧レベルは15dB(A)とかなり低い値となっており、出力インピーダンスは150Ωである。
このマイクロホンの製品化は、三研マイクロホン(株)が担当し、使用状況は内外で好評であり、現在でも製造販売されている。なお、このマイクロホンの出力回路にトランジスターを用いて出力トランスを無くした機種も製造販売されている。(溝口章夫記)