No.240

News 07-12(通巻240号)

News

2007年12月25日発行
KCPAコンサートホール1/10縮尺模型

カンザスシティのコンサートホール1/10縮尺音響模型実験

はじめに

 アメリカ、ミズーリ州のカンザスシティは、噴水の町として知られ、至る所に噴水が見られるとてもきれいな町である。また、カンザスビーフが有名で、美味しいステーキを食べることができる。この魅力溢れる町に、新しくパフォーミングアーツセンター(The Kauffman Center for the Performing Arts:以下KCPA)が建設される。

 KCPAはKansas City Symphonyの本拠地となる1,600席のコンサートホールと、1,800席のバレエ、オペラを中心としたプロセニアム形式の劇場を抱える複合文化施設である。建築設計はMoshe Safdie and Associates(http://www.msafdie.com)が担当、永田音響設計は設計から監理、音響測定までの一連の音響設計を担当している。本ニュース2006年11月号での紹介に引き続き、ここでは昨冬から今年初夏にかけ2回にわたって行ったコンサートホールの1/10縮尺音響模型実験について報告したい。

コンサートホール形状と模型の製作

 ホールは、客席がステージを取り囲むヴィニヤード型である。平面図と3D図に示すとおり、基本的な平面形状は楕円型で、ホール正面壁は大きなアーチを描いており、全体的に凹面の要素が多いデザインである。

 デザインの意向とは裏腹に、残念ながら凹面は音響的に音の集中を起こし、エコーの原因となりやすい。凹面形状という意匠上の特徴を保ちながら、一方では音の集中を避けるため、音響的に透過となるように開口率の大きい格子やメタル・メッシュで凹面を形成し、その背後に音響拡散体を設けている。また、壁を音響的に有効な反射面として機能させるために特定の傾きを付けたり、音響的な拡散形状を視覚的なデザインに積極的に組み込むなど、ホールの細部にわたって音響の主張が上手くデザインされている。

 模型では、これらの音響的に配慮されたデザインが1/10のスケールでできるだけ忠実に実現されるよう、材料の選定や使用方法などの工夫を行った。見た目にもかなり精巧に作られており、建築設計担当者や施工担当者からも、ホール内の形状を理解するのに大変役立つと好評であった。

KCPAコンサートホール平面図
KCPAコンサートホール平面図
KCPAコンサートホール3D図 (図面提供:Moshe Safdie and Associates)
KCPAコンサートホール3D図
(図面提供:Moshe Safdie and Associates)

音響模型実験

 ホールの基本形状の検討は、音響模型実験の前にコンピュータ・シミュレーションによって行っているが、KCPAコンサートホールのようにユニークな形状のホールにおいて、設計段階で音響の状態を確認できる模型実験は、音響設計上とても強力なツールである。なぜなら、音響模型実験では、音を放射して測定することによってホール内の音を実際に聞くことができるからである。

 音響模型実験の技術的な詳細については、本ニュース2007年2月号で紹介しているので参照頂きたいが、模型実験における主な目的は、“障害となりそうなエコーの有無の試聴による確認とエコー原因の解消方法の検討と、インパルス応答そのものとそれから導き出される物理情報の既存ホールデータとの比較による音響状態の確認・検討”である。

 ホール内の音響をまんべんなくチェック出来るように、客席・ステージ内に測定位置を合計38点設けた。

KCPAコンサートホール1/10縮尺模型

KCPAコンサートホール1/10縮尺模型
KCPAコンサートホール1/10縮尺模型

 最初に、主に障害となるエコーの有無のチェックを行った。試聴確認でエコーのある場所を発見した後、応答波形から原因となる場所の距離を推測する。その距離を基に、原因と思われる位置に吸音材を置き、再度測定してエコーが解消されるかどうかを確認する。この実験はとても地道な作業であるが、確実にエコーの原因となる箇所を押さえることができる大切な過程である。この結果をもとに、エコーの原因となる場所への吸音材・拡散体の設置や壁の傾き角度変更など、建築設計サイドとも相談しながら解決策の検討を行った。その後、エコー解消策の変更を模型に反映したあとにエコーが解消されたかどうか確認するための測定を行った。そして、エコーが解消されたことを確認した後の音響物理量算出のためのインパルス応答の測定という手順を経て、それらの解析結果を既存のホールデータと比較し、良好な結果が得られていることを確認していった。

 以上がKCPAコンサートホール音響模型実験の概要である。これらの変更を設計に反映した上で、現在、実際のホールの建設が進められている。 (Kayo Kimotsuki-Kallas記)

KCPA http://www.kcperformingartscenter.org

上野学園大学石橋メモリアルホールを顧みて

いきさつ

 石橋メモリアルホールは、学校法人上野学園(現在の上野学園大学)が、その創立70周年を記念して、東京台東区東上野に建設した音楽ホールである。建築設計および監理は日本総合建築事務所、施工は大林組により、1974年11月にオープンした。

 大、小あわせて15を越えるコンサートホールが連日のように稼働している今日の東京では、この石橋メモリアルホールは地味な存在である。しかし、正面に36ストップのオルガンを設置した600席のこのホールは、オープン当時、リサイタル、室内楽および合唱用ホールとして、音楽家や音楽ファンの強い関心を集めたコンサート会場であった。

 創立100年の伝統を背景に女子の音楽大学として活動を続けてきた上野学園であるが、次世代への対応を求めて新しい路線を歩み始めている。それが男女共学制の導入と本ニュース2007年10月号で紹介した、中・高・大学を統合した新校舎の建設である。また引き続き進行中なのが、33年の歴史を持つ石橋メモリアルホールの解体とその新設で、現在、その解体工事が進められており、来年3月に石橋メモリアルホールはいったん姿を消す。そして2010年の春にそのたたずまいを変え、再登場する予定である。

 筆者が石橋メモリアルホールの音響設計に関わったのは、1972年、事務所を開設して1年そこそこの頃で、筆者にとっては初めてのコンサートホールのプロジェクトであった。

 戦後25年という当時、音楽を志す若者の夢の舞台となることを願ってこのホールを計画された故石橋益恵理事長のご英断を讃えるとともに、設計と建設に関わった方々の思いに応えるために、このホールの誕生と活動についてここに記す。

当時の建築音響設計

 このホールが計画された1970年代の初期といえば、各地に県民会館や市民会館の建設が相次ぎ、筆者等はその音響設計に追われていた時代であった。しかし、当時の建築音響設計は、東京文化会館で開発された設計手法と技術の枠の中で行われていた感がある。

 ところで筆者は、1963年から1年間、西ドイツ駐在の機会を得た。そこで学んだのはゲッチンゲン大学における側方反射音とその効果に関する研究であり、体験したのはウィーン楽友協会大ホールと開館したばかりのベルリンフィルハーモニーの響きであった。シューボックスとヴィニヤード空間の響き、これらはいずれも日本の多目的ホールでは体験できない響きであった。

 わが国でもぜひこの響きをと思っていたが、多目的ホール全盛の時代ではその機会は無かった。側壁からの反射音を利用するという考えをようやく実現できたのが、この石橋メモリアルホールだったのである。

石橋メモリアルホールの音響設計

 筆者がこのホールの音響設計に取りかかったのは基本設計の最終段階であった。敷地の制約もあり、ホールの基本形状はワンフロアで、矩形に近い平面形であり、縦断面は天井が客席にむかって下降する形状であった。

 音響設計の内容として指示した基本的な事項は次の2点である。

  • オルガン演奏音の低音成分の響きを考慮して、側壁はコンクリート、天井は重量のある素材を使用し、薄いボードの使用を避ける。
  • 側壁からの反射音の活用を考慮し、側壁の折れ壁の中にホール中心軸に平行した面を設ける。
図-1 石橋メモリアルホール平面図
図-1 石橋メモリアルホール平面図
図-2 石橋メモリアルホール断面図
図-2 石橋メモリアルホール断面図

 完成時のホールの平断面を図-1および図-2に示す。同図に示したとおりこのホール棟には120席のエオリアンホールが附属しており、このホールもまた、古楽器やバロックアンサンブルの演奏会場として活躍してきた。また、故石橋理事長のご要望から、毎年、石橋能が開催されてきた。コンサートホールでの能・狂言の上演という珍しい形の催し物もこのホールの特色のひとつであった。この能の上演も、新ホールに継承される。

 残響時間の測定結果を図-3に示す。図から明らかなように、低音域と中高音域で持ち上がった独特の残響特性であり、実はこれが石橋メモリアルホールの響きの特徴である。250〜500Hzにおける周波数特性の谷の部分は、天井に使用した12mm厚2層の珪酸カルシウム板の板振動によるものと思っている。

図-3 残響時間周波数特性
図-3 残響時間周波数特性

開館後の評価

 開館直後、石橋メモリアルホールの響きのインパクトは大きく、賛否両論が交錯した。とくに、ピアノの先生からのクレームはしばらくのあいだ続いた。響きの豊かなホールが珍しかった当時、600席で1.5秒という残響を持つ空間での演奏に戸惑った方が多かったことは納得できる。しかし、各地に豊かな響きのホールが誕生している今日では、この響きは小ホールとして中庸の響きであると思っている。現在、本学園の演奏家コース教授でピアニストの横山幸雄さんはこのホールの響きを絶賛されておられる。

おわりに

 石橋メモリアルホールが誕生してから約10年後の1980年代に入って、わが国ではコンサートホールの建設ブームが訪れ、今日、都心に限っても小ホールだけで10館を越えている。それぞれのホールがその特色を活かしたプログラムを展開しているなかで、新石橋メモリアルホールがかつての栄光の響きをもたらすことを期待している。(永田 穂記)