岐阜県 北方町生涯学習センター「きらり」のオープン
2006年1月14日、岐阜中心部から車で10分程度の岐阜県本巣郡北方町に町民待望の生涯学習センター「きらり」がオープンした。同じ岐阜県内でも岐阜市付近では白川郷などがある高山方面とは異なり、例年それほど積雪があるわけではない。しかし、今シーズンは12月に入って何度かの積雪に見舞われ、天皇誕生日には積雪の記録を更新する大雪となった。その時の雪がまだあちらこちらに残るなか、オープンの式典が行われた。この日は雪ではなかったが、あいにくの雨、それにもかかわらずテープカットが行われるエントランス前は、大勢の関係者で賑わった。9時からの式典に引き続き、オープニングイベントとして、“岐阜県出身のピアニスト石原佳世氏によるピアノ開きコンサート”と“NHKの朝のニュースでおなじみの高橋美鈴アナウンサーによる講演”が行われた。
北方町は岐阜県の南西部、濃尾平野の北部に位置する細長い町である。東に岐阜市、北西に本巣市、南に瑞穂市と隣接しているため、岐阜県内でも人口密度の高いベッドタウン地域である。生涯学習センター建設中に北方町は岐阜市との合併を協議していたが、住民投票により合併は中止となった。生涯学習センターは、1960年代に建てられた1,074戸の県営北方住宅の建て替え計画敷地内に建設された。この建て替え工事の第一段階として、まず2000年に、南ブロックのハイタウン北方430戸が完成している。ハイタウン北方は、磯崎新氏の総合コーディネートにより国内外の5人の女性建築家が設計した5棟の集合住宅で、県営住宅としては斬新な計画に注目が集まったプロジェクトである。現在さらに北ブロックが、その全体計画と調整を磯崎新アトリエと地元の設計事務所が担当、各住戸の設計を国内外の建築家やアーティスト等21組で分割して行うという、こちらも県営住宅では類を見ない方式で建設が進んでいる。その北ブロックのA棟に増築する形で、北方町が生涯学習センターを設けた。施設の設計は磯崎新アトリエである。
生涯学習センターは最大500人収容のホール、町民の生涯学習活動を支援するための多目的室や陶芸室、チルドレンスペースなどの諸室から構成されている。ホール客席は直径24mの円形型でバルコニーとテクニカルギャラリーが各々1段設けられている。客席中央部分は昇降式の迫りで、その部分の客席はパレットに載った移動席となっている。これらの機構によってエンドステージ、センターステージ、スラストステージ形式などに変化が可能である。ホールのホワイエに隣接して、各地からの見学者等に県営住宅の紹介を行う展示スペースとして岐阜県が運営する建築情報センターが併設されている。
本施設のひとつの特徴は屋根形状である。構造上の最適化計算からはじきだされた屋根形状は、一枚の布をパラッと落とした時にできるような、うねった3次元形状となっている。この屋根は鉄筋コンクリート造の自由曲面シェルで形成されており、カザルスホール側壁のドレープ形状や京都コンサートホールの天井と同じトラスウォール工法で施工されている。天井仕上げを設けていないため、屋根形状がそのままホールやホワイエから天井面として見える。その天井面は手作業となる左官の2度仕上げでなめらかに整えられている。この複雑な天井曲面に加え、ホール客席の平面形状は円形である。音響設計の作業は、このような全体的な構成がほぼ決まった上で始まった。デザインと構造で決められた要素を活かしつつ、かつ多目的に使われる空間として音響的に成立することが求められた。
本ホールには舞台内を完全に区画するような音響反射板の設置は計画されなかったため、ホールの響きはもっとも使用目的として多いと考えられる講演会などの拡声を中心とした催し物に照準をあわせて中庸な響きを目標とした。円形の形状に起因する反射音の集中を防ぐために効果的な箇所を3次元シミュレーションにより検討し、その箇所に吸音構造を配置した。吸音構造を配置したのは、主階席の円形側壁形状面上部、バルコニーとテクニカルギャラリーの下がり天井面、これに加え大天井面に向かって延びるテクニカルギャラリーの側壁面である。また、円形形状に沿って設けられた手すり壁は音響的に透明と見なせるように間隔の広い縦リブ形状とし、さらにリブによる異音発生をふせぐためにリブ寸法に変化を持たせている。なお、クラシックコンサート時にステージ演奏者と客席中央部への初期反射音を返すために、可動衝立式の音響反射板と舞台吊りバトンを使用して設置することのできるポリカーボネイト製の浮き雲反射板を用意した。できあがった空間の響きは、円形形状に起因するような反射音の集中は感じられなかった。衝立型反射板と浮き雲反射板による残響時間の変化はごく小さいが、ステージ上での聴感的な響きの変化は大きく、響きが豊かになるのを感じることができる。
ホールは円形形状によるせいか、とても客席が近く一体感を感じる空間である。今後、町民の生涯学習活動に大いに活用されていくことを期待したい。(石渡智秋記)
指定管理者制度への移行と期待
全国の公共ホールの関係者が直面している問題に管理運営がある。公共ホールの管理運営はこれまで設置主体の自治体の直営か、公共団体出資の公益法人などに限定され、委託されてきた。この管理委託制度が地方自治法の一部改正によって、民間企業やNPO(非営利組織)にも任せることができる指定管理者制度になったからである。また、その導入にあたって法的な対応とともに、文化施設であるが故の課題、期待もあるからである。
指定管理者制度とは
指定管理者制度は、2003年の地方自治法244条の2の改正で設けられたものである。多様化するニーズへの対応、より効果的・効率的な管理運営に対して、“公の施設”(地方自治法 第244条で「住民の福祉を増進する目的をもって、その利用に供するための施設」とあり、公園、スポーツ、福祉、文化施設等々)に民間の能力を活用し、サービスの向上、経費の削減を目的として導入されたものである。これまで公共性という観点から、管理委託先は財団、公社、協議会等の政令で定める出資法人(第三セクター)および公共団体、公共的団体に限られていたものが、民間事業者、NPOの参入も可能となった。また、施設の利用料を収入とすることができるほか、施設の管理権限なども委任することができ、使用許可、条例範囲内ではあるが料金を自由に設定することなどが可能となった。この改正によれば、既存施設の場合には改正から3年の暫定的な措置期間が設けられており、直営の施設を除き、期限の2006年9月までにこの制度に移行するか、直営に戻すかを選択しなければならない。移行する場合には、制度導入の条例改正を行い、議会承認を得た後、指定管理者の選定手続きを経て、再度、指定管理者として議会から指定されるという行政的な手続きが必要となる。事務的にも時間的にもそう簡単ではないようである。この時代の大きな流れともいうべき民間活用という手法は、すでに1999年に制定されたPFI法によって、施設の整備から運営までの計画、設計、施工、維持管理、運営を民間セクターに委ねるという事業形態で実施されているが、まだ、ホール・劇場の例は少ない。
制度を取り巻く環境
この制度も移行期限まであと僅かとなった。関連協会等で実施される指定管理者制度の行方と題するセミナー等では、サービスの質への危惧、指定管理者の応募から評価、審査などの選定方法、事業評価のあり方などについて議論されている。賛否両論あるが、制度取り組みへの動きは現実的なものになっている。NPO法人の設立運営による参画、応募支援のコンサルティング業務案内などのサポートサイトから施設の募集状況等、この制度に関する多くの情報が、ウェブに提供されている。このように、公共ホールの管理運営に営利企業が参入できるということをビジネスチャンスと捉える民間、地域に密着し、民意をより反映させた運営という理念で参画しようとしているNPO、専門性、継続性の高い施設での管理運営に対する実績や収益性が重視されるあまりサービスが損なわれると、質の低下を懸念する住民やホール関係者など、様々な課題があり、それ故に関心は高い。しかし、まだ始まったばかりであり、ホール、劇場という特殊性が故の専門的な知識、技能を有する企画スタッフ、劇場技術者の関わり方や、職場としての雇用問題、危機管理、中長期的な施設保全への配慮など、制度を取り巻く環境は複雑である。今一度、原点に戻り、公共ホールの現状とその役割を考えてみる必要があるように思う。
公共ホールの管理運営への期待
特殊性、専門性のある施設にこの制度は相応しいか?急いで結論を出すことでもないが、ホール・劇場等の文化施設の存在意義、芸術文化水準の向上こそがその使命であって、ユーザー不在であってはならないように思う。自治体の貧迫した財政状況は今まで以上の経営感覚と効率性を求められるが、文化施設は地域の教育、生涯学習の場でもあり、文化創造・活動の拠点としての役割も大きく、その創造・活動レベルが文化の指標ともなる。それだけに、指定管理者制度が競争原理を導入した合理的な制度とはいえ、経費の削減、利益追求だけを求めるものであってはならない。採算性重視の事業評価も然り。これまでにも事業運営に専門的な人材を配置するなど、民間的な発想と感覚で効率的で質の高いサービスを目指している元気なホールもある。それらのホールには核となる情熱を持った人達がいた。設備機械のメンテナンスから清掃、警備等を行う施設管理業務、施設案内から貸し館業務、芸術創造、活動支援のための企画業務等々、文化施設の管理運営には専門的な知識と経験、優れた運営能力が問われ、それらを支える人材が要である。自由度が高まったとはいえ、やはり情熱ある人達が施設のエンジンであり、その人材の発掘、活用と育成が文化施設の管理運営の鍵のように思える。ホールに集う人、サポートする人、そしてそこで働く人、皆が楽しくなければつまらない、そうあって欲しい。文化施設が「箱もの」から脱皮するチャンスになるかもしれない。(池田 覺記)
本の紹介「コンサートホールとオペラハウス 音楽と空間の響きと建築」
シュプリンガー・フェアラーク東京/2005年11月発行 定価9500円+税
レオ・L・ベラネク/日高孝之/永田 穂 著
「世界で一番よいホールはどれですか」という序文で始まる本書は、米国の音響学者レオ・L・ベラネク氏のコンサートホール音響に関する3冊目の著書、“Concert Halls and Opera Houses; Music, Acoustics, and Architecture”の日本語版である。世界中の100のホールが取り上げられ、写真と図面に聴取体験を含めた解説と建築、音響物理データが揃い、机上で世界の著名なホールが眺められる。我が国についても米国に次ぐ数の12のホールが紹介されている。また、建築条件に影響を与えるとされる一連の音響物理量を抽出し、室内音響設計の手法ともなる指針が、その最適値をもとに体系化され提示されている。さらにこの日本語版では、永田がベラネク氏の要請を受け「日本のホール」と題する第6章を追記している。我が国のコンサートホールの歩みとその特徴をコンサートホール、オペラ劇場の生い立ち、設計の考え方、建築音響技術などの紹介を通して解説している。ここで、永田は原著の特色であるコンサートホールの響きについてのベラネク氏の考え方を要約し、ホールの音響効果についての私見も付記している。「ベラネク氏の評価法で一つの頂点を迎えた室内音響研究であるが、これが終点ではホールの響きの記述としては夢がないように思う。」と最後に触れているように、ホールの響きはこれからも興味の尽きない課題である。このホール音響のバイブル的な存在の本、音響コンサルタントのみならず、建築家、音楽家、ホール関係者の興味を満たしてくれるように思う。(池田 覺記)
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