兵庫県立芸術文化センターのオープン
阪急神戸線西宮北口駅南口に建設が進められてきた兵庫県立芸術文化センターが本年10月にオープンした。平成元年に策定された基本構想から17年の歳月が流れた。平成4年にプロポーザルにより設計者として日建設計が選ばれ、永田音響設計は同年より音響設計から音響監理・測定まで一連の音響設計協力を行ってきた。
建設の経緯
計画当初は、阪急電鉄(ホテル)、ニチイ(現:マイカル)、兵庫県の大規模な共同開発事業として推進されたが、平成7年1月17日の阪神・淡路大震災がこの計画を大きく変えることになった。震災直後は、本プロジェクトに係わる多くの人が計画の再開は無いのではないか、と思ったであろう。しかし、ソフト先行事業は引き続き進められた。そして、復興を目指す市民の生活に、芸術文化が潤いを与え励まし勇気付けてくれたということから、芸術文化センターを復興のシンボルとして位置づけ、平成9年に計画が再開された。再開に伴い、計画全体が見直されたが、それから平成14年の着工までの間、阪急電鉄(ホテル)の撤退、ニチイの倒産、遺跡調査などにより何度かの中断や設計の大幅な見直しがあった。これらの紆余曲折があって、本年やっと竣工に漕ぎ着けた。
建物の概要
本施設は、クラシック音楽を中心とした2,000席の大ホール、演劇専用の800席の中ホール、室内楽・リサイタルを主とした400席の小ホール、それに大小リハーサル室、練習室群などからなる。
大ホールについては、音響的に優れたコンサートホールであり、かつオペラ、バレエにも対応できることを要望された。音響的には、なるべく客席幅を狭くし側壁と軒の角度を調整することで早い時間帯の反射音を客席の中央まで到達させ、かつオペラ、バレエへの観客の視覚的な条件から、全ての客席をなるべく舞台に近づける、ということを基本にコンピュータシミュレーションや模型実験などを利用しながら室形状を模索していった。計画期間が長かった分、ホールに対する検討時間も長く、形状も様々に変わってきたが、それだけに要望された条件に近いホールができたと考えている。
中ホールは演劇専用で、内装は杉の板目に黒く塗装され、重厚ながら品のある空間を創り出している。
小ホールは舞台を客席が取り囲むアリーナ形式を採用している。基本平面形状は正八角形であるが、その形状による音の集中などの音響障害を回避するため、壁は天井に近づくにつれ次第に凋み、上部壁面は波型に畝らせ、さらに正八角形の床の中心と天井の中心をずらし変形させている。言うのは簡単で出来上がりも自然だが、施工はかなり難しく、1/10縮尺の音響実験用模型でリブの捩れ具合などを確認し、1/2のモックアップでさらにリブの組み方などを確認した上で実際の施工が行われた。この小ホールは、計画当初シューボックス形状であったが、時間をかけて形状の検討を重ねた結果、このような国内ではあまり例のないユニークな形状のホールとなった。
佐渡裕芸術監督とホール専属オーケストラ
兵庫県が基本構想の段階から掲げているテーマはソフト先行の事業、芸術監督制の導入であった。兵庫県は平成3年に劇作家の山崎正和氏を迎えた。氏は演劇団体「ひょうご舞台芸術」の主宰として活動され、現在も芸術顧問として中ホールにおける企画運営にあたられている。平成14年には、指揮者の佐渡裕氏が芸術監督に就任し、ホール計画案に対して意見や要望を出された。
本施設の音響計画の説明に、監督就任直後の佐渡氏を大阪のシンフォニーホールの楽屋に訪ねたことがある。リハーサルが終ったばかりで汗だくの佐渡氏は、そのまま熱心に我々の説明を聞かれた。一通りの説明が終るとおもむろにその日の演目であるベートーヴェン第9番の楽譜を私たちの目の前に広げ、ベートーヴェンの作曲の意図を熱く語り始めた。コントラバスとティンパニーの低音が大切で、それらがしっかりと鳴るホールにして欲しい、と。オープン前の試奏会でも、オーケストラを指揮し、そして客席で聴きながらそれを確かめていた。実際にそのように出来たかは聴衆の判断だが、今のところ佐渡氏からは好評を頂いている。
さらに本施設の特徴は、専属オーケストラ、兵庫芸術文化センター管弦楽団を抱えていることである。国内外13カ国、平均年齢27歳の48人のメンバーがオーディションにより選ばれた。メンバーには防音室付の住宅が提供される。このオーケストラは、3年間限定の契約で、年間約90公演を行なうことになっている。ウィーンフィルのようにホールと共に成長する伝統的なオーケストラを目指すというより、教育的性格をもっている。
オープニング公演
10月22日からのオープニングコンサートは佐渡裕指揮、兵庫芸術文化センター管弦楽団、神戸市混声合唱団によるベートーヴェン第9番。3日間の公演チケットは即日完売、2日間の追加公演もまもなく完売になった。初日の公演は震災犠牲者の追悼として、バッハ「G線上のアリア」が最初に演奏され、続いてベートーヴェン第9番。演奏が終るや会場はブラボーの嵐。筆者の隣のご婦人3名は用意してきた「祝:みんなの広場」と書かれた横断幕を掲げた。クラシックコンサートでは終ぞ見たことのない光景であり、終演後佐渡氏は「コンサートホールが街の広場になる」という自分の考えへの反応に喜んだ。佐渡氏の、とくに関西での人気は絶大である。市民に待ち望まれてできたホールに、待ち望まれた芸術監督。今後のホール運営が期待される。(小野 朗記)
兵庫県立芸術文化センター http://www.gcenter-hyogo.jp
電気音響設備シリーズ(1) クレームと原因
電気音響設備の最も基本的な機能は音声を伝えることである。そのため拡声音は言葉の一つ一つが明瞭に聞き取れ、内容が十分に伝わるべきである。さらに話者の声色や感情、微妙なニュアンスまで伝えられれば申し分ない。しかし現実には、ニュアンスはおろか「話が聞き取りにくい」状況が意外に多い。幾つか例を挙げながら、その原因を考えてみたい。
屋内体育施設の例
体育館や屋内プールでは、大会時の選手名のアナウンスや開閉会式での挨拶が聞き取れないということがある。原因のひとつに長い残響がある。スポーツや会話には支障ない場合でも、スピーカを使用した拡声では影響を受ける。また、壁面からのロングパスエコーやドーム状の天井による反射音の集中により、拡声音がダブって聞こえ、明瞭さが阻害されている場合もある。スピーカの性能向上により響きの長い空間でも以前よりは明瞭な拡声が可能となったが、極端に長い残響やエコーは電気音響設備だけでは克朊できない。
一方、設備側の原因の多くは、スピーカの仕様、台数、配置や取付角度が不適切なことである。特に学校の体育館では、メーカが体育館用とするスピーカを、壁の高い位置に、下向きの角度も付けずに単に設置しただけのものが多い。直接音が観客に十分到達しないばかりか、対向壁面や天井面で反射して残響の助長やエコーを生じ、式典の際の先生の話がよく聞こえず生徒が集中できないという指摘の原因となっている。また施工の最終段階における、音質の補正やスピーカの音量バランスなどの設定=音響調整(サウンドチューニング)が不十分、時には全く実施されていないため、問題を生じているケースも多い。体育施設ということで電気音響設備への関心が低く、十分な予算が確保されないことや、拡声音の質まで意識した設計、施工がなされていない現状がうかがえる。
教会の例
教会では、聖歌やオルガンのための豊かな響きと説教の明瞭さという矛盾する音響条件が求められることが多く、建築設計と電気音響設備との綿密な連携が必要となる。しかし意匠上の理由で、スピーカが適切な位置に配置されない場合や、スピーカを隠すための化粧パネルの開口率が小さく、音の放射や音質が影響されるなどで、神父・牧師の説教が明瞭に聞こえないという状況を生じている。教会には年配の信者も多いため、拡声には特に配慮が必要となる。
またハウリングしやすいという指摘も多く、原因として、マイクロホンとスピーカが近い、スピーカまたはマイクロホンの指向性が広すぎる、祭壇の周囲が全て反射性で不要な音がマイクに入力されやすい、説教台の大きな聖書のためマイクロホンが話者の口元から遠い、ハウリング抑制のためのイコライザ装置がないなどが挙げられる。一方で、声が小さい、くぐもった話し方をする、聖書を読むため下を向いてしまいマイクが口元から離れる、といった話者側の問題や、操作は電源投入のみで音量の調整などは皆無という運用状態など、使う側による原因もある。
コンサートホールの例
コンサートホールでの問題としては、レクチャーコンサート等で出演者の話がよく聞こえないことがある。案内放送設備程度しかない場合や、拡声用の大型スピーカがあっても見栄えなどの理由から使用されない場合が多い。また、サイドバルコニー席があるホールの場合、舞台両側に仮設した持込スピーカではこれらの席をカバーできないため、拡声音が聞きとりにくく問題となったケースもある。その他、音響のオペレータが調整室のモニタースピーカの音しか聞かず、客席での実際の拡声音に対して適切な調整を行っていない場合など、オペレータの経験や技術不足が原因となることもある。
このように良好な拡声は、電気音響設備と建築意匠、室内音響条件、施工、使用者、運用状況などの多くの要因が上手く組み合って実現される。そのため、設計・施工・音響調整等の各段階で相互の連携が必要となる。また施設の運用が始まってから拡声音の質が問題になるケースが多く、拡声の質に対する設計者、施工者、使用者の関心の低さも窺える。このような現状を含めて、電気音響設備の設計、施工、音響調整において他と関連する事項や注意点について、今後、シリーズで紹介していく予定である。(内田匡哉記)
本の紹介「音のエンタテインメント─先駆者たちが賭けた夢─」
佐藤和明 編著 三好直樹 テクニカル・アドバイザー 新評論2,500円
音響技術の発展によって、社会活動や日常生活の様相が劇的に変化したのは戦後である。ここに紹介されている10人の方々は、舞台音響、放送、レコーディング、オーディオ機器から電子楽器の各分野において、戦後の混沌とした黎明期ともいえる状況から、システムを立ち上げ、あるいは製品の開発に挑戦されてこられた方々である。本書はこれら10名の強者たちの活動の物語、音響界のプロジェクトXのストーリーである。
本書に紹介されている方々の幾人かとは今でもお会いする機会がある。なかでもNHKの田中さん、浅見さんとは昔からの知己であるが、そのお仕事の実態と功績を改めて知ることができた。貧しかったが夢多き時代を懐かしく思い出した次第である。
本書に紹介があるように音響界にも光り輝いたプロジェクトXがあり、その積み重ねが今日のわが国の音響界を国際的なレベルにまで導いてきたのである。
本書のシリーズの主旨からは多少外れるかもしれないが、音響界にも、まだ、まだ、秘められた数々の物語がある。これを掘り起こして頂きたいと思う。(永田 穂記)
朝日カルチャーセンター公開講座
「サントリーホールの過去、現在、未来」のご案内
講師:伊藤せい子(サントリーパブリシティサービス株式会社 事業部長)
日時:2006年1月21日(土) 10:30~12:00 受講料2,620円
場所:新宿住友ビル43階 朝日カルチャーセンター Tel:03-3344-1998
来年20周年を迎えるサントリーホールは内外の演奏家、音楽愛好家から高い評価を受けている。この成功を支えている一つにSPS(サントリーパブリシティサービス)のレセプショニストによるホールサービスがある。これは来場者を心からお迎えし、コンサートをお愉しみ頂き、心地よい気分で帰って頂くということをモットーに、このホールの生みの親、故佐治敬三氏のアイディアで導入されたサービスである。入場から退場まで、来場者に対しての付かず、離れずのサービスはサントリーホールの評判に隠し味的な効果をもたらしている。講師の伊藤せい子さんはオープニング計画の当初からホールサービスのあり方を探求してこられた方である。設計者では気が付かないホールサービスの実態、接客する側から見たホール計画などについて有益な示唆がうかがえると思う。(永田 穂記)
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