No.211

News 05-07(通巻211号)

News

2005年07月25日発行
Facade of Kichijoji Theatre

吉祥寺シアターの開館

 去る5月21日に武蔵野市立吉祥寺シアターが開館した。引きつづき6月11日からは、こけら落としの演劇「カラフト伯父さん」が始まった。本施設は吉祥寺駅の北口から東に徒歩約5分という恵まれた場所にある。
 武蔵野市は人口約13万人、東京都特別区の西部、杉並区に接し、JR中央線の吉祥寺、三鷹、武蔵境の3駅のほぼ北側に広がり、吉祥寺駅は市の東の玄関口にあたる。吉祥寺は新宿からJR中央線で13分、渋谷から京王井の頭線で16分と通勤に便利なため、住宅地に取り囲まれる繁華街として開発が進んだ土地柄である。駅の北口周辺は、デパートや小洒落た店がいくつかのストリートを形成し、学生が集まる街としても栄えている。

Facade of Kichijoji Theatre
Facade of Kichijoji Theatre

武蔵野市の文化行政

 武蔵野市自体はそれほど大きな町ではないが、劇場やホールなどの文化施設が充実している。市の中心部には1354席の多目的ホールとパイプオルガンを設置した474席のコンサートホールのある「武蔵野市民文化会館」、南部のJR三鷹駅前には伝統芸能の上演を中心とする154席の「武蔵野芸能劇場」、西部のJR武蔵境駅前にはジャズやロックコンサートに適した180席の「スイングホール」、吉祥寺駅南口には350席の「武蔵野公会堂」などがすでに(財)武蔵野文化事業団のもとに運営されている。そこに、新たに現代演劇やダンスなどの催物を上演するにふさわしい「吉祥寺シアター」が加えられたのである。これほど使用目的をはっきり意識して公共ホールを建設している自治体は珍しいのではなかろうか。東京都市部近郊という恵まれた環境にあるとはいえ、優れた企画力と音楽や舞台芸術に対するその真摯な姿勢は高く評価される。

施設概要

 本施設の企画と舞台設備の監修はシアターワークショップ、設計はコンペで選ばれた佐藤尚巳建築研究所、設備設計は森村設計、当社は音響設計を担当した。施工はすべて別途発注となり、その多くがホールの経験のない地元の建築・設備各社により実施された。建築は白石建設、舞台設備については舞台機構が森平舞台機構、舞台照明は松下電工、舞台音響がパナソニックSSエンジニアリングの施工となっている。

 本施設はオープンスタジオ形式の小劇場を幅1間前後の回廊が取り囲む二重構造で、約80m2の稽古場、楽屋2室、シアターカフェ等が付属する。この劇場は基本となるエンドステージ形式では197席、段床客席は組床のため平土間にも設定でき、最大で239人収容できる。舞台は間口12.7m、奥行き7.2mでそのほとんどが組床(7間×4間、深さ1.8m)となっている。舞台奥のシャッターを開けると、幅は5m程度ではあるが、奥行きが搬入口扉までさらに8mほど増し、より立体的な演出にも対応できることが大きな特徴となっている。天井部にはテクニカルブリッジが舞台側に3列、客席側に3列、計6列が固定されており、その間には電動昇降式バトンが各2~3本、空調の吹出し口などが配置されている。舞台床からブリッジまでの高さは7.1mである。舞台側部から客席にかけては二層のバルコニーを有し、下層は後部で段床客席とつながっているため主に客席として使用され、上層は技術ギャラリーとして、その後部には舞台照明・音響の操作卓が設置されている。

Inside of the theater
Inside of the theater

小劇場の響き

 小劇場の音の響きに関して演劇関係者からは「クリアながらもよい響き」と要望されることが多い。たしかに、既存の小劇場ではフラッターエコーなどを嫌ってデッド気味のところがほとんどである。小劇場が好まれる第一の理由は、客席と舞台が近いことであろう。本劇場でも最後部の席から舞台先端までは客席で11列、10mの距離しかない。しかしながら、10m離れると直接音は20dBも減衰するため、少し小さな声だと聞き取りにくくなることが予想された。もちろん、俳優のテクニックでカバーすべき距離とも考えられるが、登竜門としての劇場の性格を考慮し、壁からの反射音の補助が少しは必要と判断した。

 モダンなダンスのための音楽再生やバンド演奏を考えるとSR(拡声)は不可欠で、そのかなり大きな音量となるスピーカの再生音に対しては、逆に吸音面積を多めにとりたいところでもあり、最初から課題をかかえての出発ではあった。

 本劇場の壁面は、コンクリートの型枠となる吸音性の木繊セメント板をそのまま仕上げとする計画となっていた。木繊セメント板は強度があり劇場に適しているが、吸音材としては主として人の声の中心となる中音域を吸収する特性となっている。そのため声を反射すべきところは50%、それ以外は30%程度、現場でも実際に響きを確認しながら表面を珪藻土で塗りつぶした。また、2階の両壁面はフラッターエコーを防止するため上に向かって開くように傾けている。低音域の響きは組床の板材およびその隙間で、中音域は木繊セメント板により、高音域は天井の一部に直張りしたグラスウールや機械・ダクト類、舞台幕、観客などで吸収されるためバランスがとれるものと考えた。そのため残響時間の周波数特性は、ほぼフラットになっている。500Hzの残響時間は空席時・幕なしの条件で1.2秒(実測値)、満席時の推定値は1.0秒となった。結果的に、空席時・幕なしの場合には、やや、長めには感じられるが滑らかな響きが得られており、催物によって若干の調整は必要であろうが、オープンスタジオとして様々な催物に幅広く対応できるものと考えている。

 支配人の箕島氏によると休館日が月1回しかないにもかかわらず、貸出し予定枠がすでに97%も埋まってしまい、職員の休日や劇場のメンテナンス日の設定に支障を来たすほどという、うれしい悲鳴があがっている。小劇場の使われ方と音響性能の好ましい関係とはいかなるものか、今後の運営を通してそれらの条件を一つひとつ確かめていきたい。(稲生 眞記)

吉祥寺シアター
http://www.musashino-culture.or.jp/theatre/index.html

音楽ホールシンポジウム テーマ:「音楽ホールに未来はあるか」に出席して

 5月19日(木)の午後、全国音楽ホールネットワーク協議会の主催で、上記のシンポジウムが那須野が原ハーモニーホールで開催された。このシンポジウムは3部の構成で、第1部は「0才からのファミリー・コンサート」、第2部は館長の丹羽正明氏による基調講演「音楽ホールの現状と課題」、第3部が5人のパネリストによるパネルディスカッション「音楽ホールに未来はあるか」であった。音響設計という形でホールに関わっている私どもにとっては、聞きのがせないテーマであり、当社の小野とともに参加した。

 丹羽館長の基調講演の始めにこの協議会の概要と現状の紹介があった。1991年に発足したこの協議会、今年は14回目の全国大会である。会発足当時は地方の中小都市にコンサートホールが次々とオープンし、音楽ホールの輝かしい未来に向かって夢がふくらんだ時代であった。一時は65館の参加があったが、今年の会員は26館、この数字がなにより音楽ホールの危機を物語っているという発言であった。全国の文化施設が2,000館を越える中で、本協議会の26館はあまりにも寂しい現状といえる。

 発足当時の夢ははかなかった。2002年2月、東急文化村のシアターコクーンにおいて、「クラシック音楽界は消滅するか」という国際シンポジウムが開催された。主催は(社)日本クラシック音楽事業協会である。その頃、カザルスホールの閉鎖が決まり、クラシック音楽業界の先細りを肌で感じていた時代である。エクサンプロヴァンス国際音楽祭、ミシガン大学音楽協会の多彩な活動内容の紹介ではじまったこのシンポジウム、いずれもサクセス・ストーリーで、このとき既に欧米諸国とわが国のクラシック音楽界の実情との温度差を痛感したことを覚えている。

 今回のシンポジウムのパネリストは日下部吉彦、清水忠行、関田正幸、滝淳、渚智佳の5氏、いずれも演奏、音楽事業の現場にかかわっておられる方である。それだけに各ホールが直面している演奏家のギャラ、専門学芸員の導入、指定管理者制度などが話題となり、音楽ホール、ましてはクラシック音楽の将来についての話し合いにまでは至らなかった。

 一時期、コンサートの国際的な市場とまでいわれた東京の音楽界もかつての勢いはない。また、その活動を耳にしなくなった地方のホールもいくつかある。それでも今回、この那須野が原ハーモニーホールで行った「0才からのファミリー・コンサート」のような将来を見とおした企画を展開している会館があることは心強いことである。東京では新しい音楽ファンの開拓を目指して、ゴールデンウィークの初めの3日間、東京国際フォーラムで“ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2005”が開催され、5ホールにおいて、ベートーヴェンの作品を中心にコンサートが行われた。入場料1,500円ということもあって丸の内街が音楽に沸いた。また、子供たちにもっと音楽の楽しさを感じてもらいたいと、就任と同時に“教育プロジェクト”を発足させてきたベルリンフィルの指揮者サイモン・ラトルの今秋のNHKホールでの来日公演では、500席の特別料金のユース席が用意されるなど、オーケストラ、主催者側での次世代ファンを育てるための努力も見逃せない。

 クラシック音楽との出会いは人様々である。そこには何らかの感動が伴うものであるが、この豊かな時代、感動を覚えることが少なくなった。音楽は車の中か移動中に聞くものだ、と言い切る若者もいる時代である。今後、クラシック音楽がどのように受け止められ、音楽界にかつてのにぎわいが戻ってくるのか、あまりにも大きな課題である。(永田 穂記)

様々な孔あき板(その2)- Microperforated Panel –

 今回はMicroperforated Panel(MPP, 微細穿孔板)を紹介する。MPPは、シートまたは板に、開孔率0.5~2%の割合で微細孔を規則正しく開けた孔あき板である。

[MPPの特徴] MPPを硬い壁の前に空間を空けて配置することで、細孔内の空気を質量、背後空気層をバネとするヘルムホルツ型の共鳴器列が形成される。ヘルムホルツ型共鳴器はある周波数域で共鳴現象を生じるが、現在入手できるMPPの共鳴周波数は250Hz~1kHzの中音域にある。

MPP hole & Match head
MPP hole & Match head

本ニュース209号で紹介した一般の孔あき板吸音構造と違いは、孔の直径が1mm以下と非常に小さいことである。孔径が非常に小さいので、背後に多孔質吸音材料を置かなくても、共鳴周波数付近では孔の中の空気が振動するときのエネルギーが熱に変換される現象が顕著に現れて、比較的大きな吸音性を示す。つまり、シート状あるいは板状のMPPを硬い面の前面に多少離して設置することで中音域の吸音構造になるのである。そして、透明な素材を用いれば、透明な吸音材ができる。

[Maa教授の提案] MPPは中国科学院のDah-You Maa教授により提案された(1975)。筆者がはじめてMPPを知ったのは、1992年に北京で開催された第14回国際音響学会であった。10数分の発表の中で吸音原理まではあまり理解できなかったが、透明な吸音材ができるということで印象に残っている。その後、吸音機構や応用に関する研究が主に中国・ドイツで進められ、論文も複数発表された。その中で、MPPの吸音機構は比較的簡単な等価電気回路に置き換えて論じられている。等価電気回路による解析とは、物理的な要素を電気素子に置き換えた回路で考える方法で、MPPの場合、孔の中の空気(質量)をコイルに、背後空気層(バネ)をコンデンサーに、振動エネルギーから熱への変換(音響抵抗)を電気抵抗に置き換えて回路を組む。

Transparency of MPP foil
Transparency of MPP foil

[MPPの実例] 現在、国内にMPP製品を製造・取次する会社はなく、欧米の会社が扱っている。素材として、金属、ポリカーボネート、テフロン、アクリル、難燃性プラスチックなどがある。透明あるいは透光性素材のMPPを使えば、ガラスで囲われた空間でもある程度吸音調整された空間が実現できる。

 先にも述べたが、MPPは中音域を中心とした選択的な吸音特性を示す。建築空間への利用に際しては吸音特性の広帯域化が課題である。孔径・ピッチの異なるMPPを複層に配置することで広帯域化できる可能性があり(L. Cremer他: Principles and Applications of Room Acoustics)、また、2枚のMPPの間隔を空けて設置する(空間吸音体を想定。例えば吊り下げる)ことで吸音域を低域に拡張できるという神戸大学・阪上助教授の研究も注目される。今後の研究・開発にますます期待したい。(小口恵司記)

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