No.207

News 05-03(通巻207号)

News

2005年03月25日発行
Panel discussion

舞台技術スタッフのための共通基盤研修

 1月24日と25日の2日間、芸団協(社団法人 日本芸能実演家団体協議会)ほか、舞台関係諸団体の主催により、「舞台技術スタッフのための共通基盤研修」が開催された。舞台芸術の上演を現場で支えている現職の技術スタッフに加え、学生や舞台芸術関係者もオブザーバーとして参加した。会場は東京・初台の新国立劇場中劇場である。

 大規模な舞台芸術作品を上演するためには、その作者に加え、プロデューサー、制作、演出、美術、照明、音響、舞台監督など、さまざまなスタッフの協力が必要となる。今回の研修は、それらの専門的な職業に携わる人々が相互に交流しながら学ぶ機会を持つという目的で開催された初めての試みである。研修のテーマは「創造性」で、第一線で活躍している各分野のクリエーターがどのようにして舞台芸術作品を創り上げていくのか、そのプロセスを公開し、参加者はそれを見ながら、プロとして互いに分かち合いたいものは何かを考え、自分たちの仕事を見つめ直す、というものであった。

 全国から集まった参加者は300人を超え、スタッフの数は延べ150人にものぼった。

舞台設備の紹介

 最初に、新国立劇場中劇場の音響、照明、舞台機構について、劇場技術部のスタッフが各設備の機能や性能を紹介した。音響については、演劇の上演を主な目的としている中劇場の建築音響の解説に始まり、天井や壁に取り付けられているスピーカと各種の音響機材を駆使して、ヘリコプターがあたかも上空を飛んで行くかのような効果音を出すなどの実演が行われた。照明については、クロスフェードやキューの繋ぎ合わせができるムーブ機能を国産で初めて導入した調光卓と、プロファイルスポットライトと呼ばれる、ズーム、カッター、ピントなどさまざまな機能が付いた照明器具が紹介された。舞台機構については、スライディングステージ、切り穴迫り、回り盆の転換やバトンの昇降などが行われ、仕組みがわかりやすく説明された。

第一線のクリエーターに聞く、創造への取り組み(パネルディスカッション)

 演出、舞台美術、照明、音響、舞台監督の各分野のクリエーター総勢10人が、自分たちの仕事の内容を簡単に紹介した。各分野の仕事のうちにも様々な種類があり、各氏がそれぞれの仕事を専門とするようになった経緯もまた様々である。舞台監督の仕事については、各国、各劇場でスタイルが異なり、場合によっては技術、制作、進行、演出などのうち、複数を担当するとのこと。

Panel discussion

 クリエーターたちの技術者に対する発言に共通するものとして印象に残ったのは、「単なる機材のオペレートだけでなく、他分野のスタッフとの共同作業に意欲とやりがいを持って臨んで欲しい。それには他分野のスタッフとのコミュニケーション能力が必要であり、舞台芸術の創造に対する感性を日々磨いていくことも大切なことである。」というものであった。

クリエイティブ・ワークのプロセス(仕込みのプロセスを観る)

 舞台芸術の作品を創り上げていくプロセスを公開するために、3つのプログラムが用意された。いずれも短い時間の演目ではあったが、第一線で活躍する各分野のクリエーターたちが集まって準備を進めてきたもので、出演者もプロばかりである。以下3作品の、仕込みと呼ばれる舞台上の準備作業が間近で見られるだけでなく、演出家と技術スタッフ間のやり取りが、同時に行われた各分野の専門家による解説とともにイヤホンガイドでモニターできるという趣向もあり、これが面白かった。本番に向けて短い時間内で準備しなければならない状況の中で、各スタッフがどのように動き回り、苦労しているかが良くわかった。細かいトラブルに対しても臨機応変にすぐさま対処していく様子は、さすがにプロの手際良さである。

(1)演劇 森本薫作「薔薇」より(抜粋)

 もともとラジオドラマとして書かれた作品で、オーソドックスなセリフ劇である。途中、時間と空間を飛躍させるシーンがあり、この場面転換を、質素な舞台上のセットは変えないまま、いかに演出するかがポイントであったと思う。舞台幕、照明、音響が効果的に使われていた。

(2)コンテンポラリーバレエ 鈴木稔作「continuum」

 舞台セットは無く、仕掛けは舞台幕と照明の転換によるやや簡素なものであったが、4人のダンサーの動きは美しく、幻想的な作品と感じた。マーラーの交響曲がBGMであるのに、仕込みの段階ではあえて別のまったくタイプの異なるBGMを使用して、あとの本番で観客を驚かせるといった演出家のサービスもあった。

(3)音楽劇 ブレヒト作、クルト・ワイル音楽 「三文オペラ」より(抜粋)

 有名なオペラから7曲が抜粋されて構成されたもの。4人の歌手に対して3人のバンド(キーボード、ドラム、サックス等)が演奏した。曲が進むにしたがって幕が上がって行き、最後のシーンではバトンから切り離されて落ちる。ステージ床の傾きもだんだんと急になっていく。そういったステージセットの動き、ステージ上を動き回る歌手の歌声およびバンド演奏のタイミングを合わせる作業というのは、かなり難しいことである。

3つのプログラムの通し上演

 最後に、各プログラムの通し上演が行われた。仕込みの段階で何回も練習していたところや、手直しが行われていた部分はきちんと修正されており、短いながらも1つの作品として各プログラムを楽しむことができた。当然のことだが、稽古のときと違って一回限りでやり直しがきかないから、出演者やスタッフの集中力はひしひしと伝わってきた。 以上の各研修内容の合間には質疑コーナーも設けられ、具体的な質問もあり、いろいろな話が聞けて参考になった。劇場を設計する建築家とのディスカッションができれば、関係者間のコミュニケーションがさらに進むのではないだろうか。このような研修が今後も継続的に行われることを期待する。(菰田基生記)

問い合わせ:芸団協 http://www.geidankyo.or.jp/

写真提供:田沼洋一氏

ホームシアター考察 その3

 これまでに、K邸ホームシアターの音響設計の概要と、オーディオ─ビジュアル機材の配置と室形の関係などについて述べた。今回は室内音響設計と内装などの詳細を紹介する。

 まず、前回の終りにも記した定在波とスピーカ配置の関係について述べたい。以前に当社で設計した小学館の試聴室で、休刊になる直前の「サウンドパル」誌の特集記事のために各種オーディオ機器の聴き比べや様々な設置方法を試していたときのことである。いつものようにCDを再生しながらスピーカを少しずつ動かし、スピーカから出た音がクリアで周波数バランスが良好、また歪み感も減少するような適切な位置を探していたところ、位置による音の違いはスピーカの性格によるというよりも、室の音響的な性質のほうが主因ではないかという考え方に強く惹かれはじめたのである。

 その試聴室は折れ壁、折れ天井で音を拡散し、有孔ボードとグラスウールによる吸音構造も分散配置されており、四周の壁には必要に応じてカーテンも引けるようになっている。ややデッド気味だが、一般的な試聴室としてなんら不都合な点はないように見受けられる。つまり、定石どおりの音響設計を施した試聴室であったからこそ、逆に、スピーカの位置を変えると再生音が変化することに疑問を感じたのである。そこで可搬型のCD-MDラジカセ(電池駆動)でCDを再生し、室内を移動してもらいながら聴いてみると、良い音に聴こえる位置とそうでない位置がはっきりわかる。そして、室内にいる人たち全員が「そこが良い」と言うスピーカの位置があり、受聴位置によらないことからも、スピーカと室の定在波が関連して生じる違いではないかと思い至ったのである。音の良くなるエリアはそれほど広くはなく「スイートスポット」と呼ぶことがふさわしいと感じられた。もちろんその位置に試聴対象のスピーカを置いてみると良好な再生音が聴けて、重いスピーカを動かさなくとも簡便な方法でスイートスポットが判別できることに驚いた。

 この経験から、数十cm幅の折れ壁や意匠上許される程度の凸凹では小空間においては十分な音の拡散ができないのではないかと考えた。そこでK邸では、大きな面となる両側壁を壁ごと1枚のままで外側に傾け、天井は一つの大きなアール形状(下に凸)にしてみようと思った。これは前回に述べたように、定在波が強く現れにくい室寸法の比率を採用できたことがベースになっている。大きな面を傾けることは、より低音域まで拡散を図ることにもなろう。それはブーミングやフラッターエコーを生じにくくすることにつながり、さらに、吸音構造を減らして音の響きを増すことも可能になるのではないかと考えた。つまり、オペラやジャズを視聴するための室として、クリアな再生音と良く響く空間の両立を目指したのである。

 次に、K邸ホームシアターの内装仕様を示す。内装材料には基本的に石膏ボードを用い、厚みについては、前・側壁が最近のホール並の33.5mm、天井はアール形状にするため若干薄くなったが28.5mmとした。後壁は下部に幅数mm~10mm前後の木リブ合板を上等ピッチで貼り、厚みは計37mm、上部は半分ほどの面積を有孔ボードとロックウールによる吸音構造とし、分散配置した。天井の両サイドには1mほどの幅でルーバがあるが、その奥は平坦なため、石膏ボードの上にロックウール化粧板を貼ってフラッターエコーを抑えた。

 K邸の残響時間計算値をFig.1に示す。家具、AV機材は含まない空室時の条件である。500Hzでは1秒を若干越え、高音域でも0.9秒前後と小規模ホール並の残響時間となっている。平均吸音率は周波数によらず、0.1~0.12程度とかなり低い。この推定値は完成後に計算して求めたものである。この計算結果を設計・監理中に見ていたら恐れをなして吸音面積を増やし、ありきたりのオーディオルームで終わっていたかもしれない。

 欧米における住宅の居間の響きをベースにしたとされるIEC29B推奨の残響時間もFig.1に併記した。また、6畳和室の残響時間(永田による)の大まかな範囲も同図に示す。和室の残響時間は0.2~0.3秒と響きをほとんど感じないほど短いが、日本人が歴史的に接してきた環境でもある。響きの長さの良し悪しとは、日本人にとっては比較的新鮮な概念なのではなかろうか。K邸では、家具やAV機器を設置して、1~5人ぐらいで試聴してみたところ、クラシック音楽や古いジャズの再生では響きすぎるという印象はまったくなかった。オペラのDVDソフトでは5.1ch.サラウンド再生ということもあるが、オペラ劇場のような臨場感が感じられる。試しに、ロックなどのポピュラー音楽を再生してみたところ、音量を上げると拡散音あるいは響きが飽和するように感じられ、クリアさが失われてしまう。しかしながら、オペラなどの歌唱やクラシック演奏について、微妙なニュアンスをゆったりとした響きとともに、リラックスして楽しみたいという施主の要望は十分満足できている。張りのある歌声にも音は崩れず、再生音の良好なダイナミックレンジが得られていることも確認した。

Fig.1 Reverberation Time

 以上で三回にわたり紹介してきたK邸ホームシアターの音響設計の報告を終えたい。この稿を記しつつ、小空間の音響設計においては、室内音響や電気音響などの個々の分野における知見を有機的に結びつけ、さらに現実的な設計手法に熟成する必要があると感じられた。小空間における実験的な試みに深い理解とご援助をいただいた、施主K氏と建築家中村研一氏に心から感謝の意を表します。(稲生 眞記)

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