No.163

News 01-7(通巻163号)

News

2001年07月25日発行
栃木県立温水プール館の内部

室内プールの音響設計

 健康維持・増進のためのスポーツに関心が高まる中で、目的に応じて軽度なものからハードなものまでバラエティに富んだ運動ができ、一人でも、またファミリーでも楽しめる水泳の人気は高い。ごみ焼却場の廃熱を利用した自治体運営の室内温水プールは、安価で年間を通して利用できるのでどこも賑わっている。

 「室内プールに音響設計が必要なのですか?」と聞かれることがあるが、実際に25mの小規模な屋内プールで、スイミングスクールにおけるコーチの話が聞き取れないほどの残響になり、大がかりな改修工事が必要になった事例を経験している。このケースでは、利用者からのクレームによってはじめて改善について検討の依頼を受けたのだが、設計段階での認識不足なのか、あるいは工事費節減のためなのか、いずれにしてもその代償はきわめて高価なものについてしまった。

 最近、各地に50mの公式プールを中心にサブプールや飛び込みプール、さらには観覧席を備えた大型施設が増えている。このような施設では競技会や表彰式等のために明瞭度の高い拡声音が求められるので、適切な音響設計がなされないと施設の運用に支障を来す危険が大きくなる。もちろん音響設計に対して音楽ホールのようなシビアさは要求されないものの、室内音響、換気・空調騒音、電気音響設備のそれぞれがクレームの対象になり得る点はホールの場合と同じである。そこで、最近、プロジェクトに参画する機会を得た大型屋内プールの音響設計の概要を紹介する。

施設の概要

 音響設計を実施した施設は、栃木県小山市に平成12年6月竣工した『栃木県立温水プール館』である。本プール館は、50mおよび25mの二つのプール、そして1000席の観覧席を持つ公式競技会ができる施設である。

栃木県立温水プール館の内部

室内音響設計

 室内音響設計の基本的な考え方は、大型体育館の場合と同じで、障害となりやすい残響過多とロングパスエコーを防止するために、天井全面に加えて壁面の可能なかぎり広い面積を吸音処理することに尽きる。ただ、屋内プールの場合は、内装が高湿度にさらされ、水滴の付着が生じやすいので、使用できる吸音材が限られるという問題がある。本施設では、吸音面として天井中央部にセラミック木繊セメント板25t、天井周辺部および壁面の約半分にアルミ繊維吸音材1.6tを配置した。残響時間は、拡声音の明瞭度を確保するために3.0秒以下(500Hz)を目標とした。

換気・空調騒音防止設計

 屋内プールには水滴付着防止のために天井面に沿って強力な換気が必要という、騒音の面では厳しい条件がある。本施設では騒音の低減目標値をNC-40以下に設定し、天井に設置される換気および循環ファンに対しては発生騒音の低い機種を選定すると共に、一部に遮音外装を施すことで対応した。

電気音響設備設計

 残響の長い容積の大きい施設で高い明瞭度を確保するためのポイントはスピーカの選定とその配置にあることはいうまでもない。本プールでは耐湿処理された指向性制御スピーカによる分散配置方式を採用した。その狙いは、スピーカと受音点の距離をできるだけ近くすることと、スピーカのカバーエリアを局所化することによりサービスするエリア以外のところに音が行かないようにするためである。このためには、「上から下を狙って音をサービスする」のがよいことになる。分散配置方式の不利な点としては、音の方向感が不自然になることなどが指摘されているが、スピーカ出力系統をできるだけ分離し、各系統のディレイ等の設定をきめ細かく行うことによってこの問題は解決できる。舞台のあるホールと違って、この種の施設では音の方向感の不自然さより明瞭度が優先することは明らかであろう。

プール水面受音点測定用マイクロホン

■音響特性

 プールに給水する前と後について残響時間の測定を実施した結果を右図に示す。500Hzにおける残響時間は給水前2.7秒、給水後2.4秒である。測定結果から求めた水面の吸音率は中高音域で0.1前後という値である。換気・空調騒音の測定結果は通常運転条件においてNC-39~44、そして、拡声音の明瞭度指標であるSTIは0.51~0.69(fair)と、いずれも目標とした性能を得ることができた。

残響時間周波数特性

 本プール館は昨年10月開館後、競技会等に使用され明瞭度は良好と評価されている。設計段階から音響設計を実施し所期の目標を達成できたのは、音響が重要な検討項目の一つであることを施主が理解されていたこと、そのため設計・施工部門の協力が得られたことが大きい。大容積の体育施設における拡声音の明瞭度確保についてはまだ技術的な課題が多いのが現状だが、なかでも室内プールは湿度の点で使用できる吸音材や音響設備機器も限られ、技術的にも、また、コスト面でも制約の多い施設といえる。完成してしまった後での大規模な手直しというような大きな傷を負わないためにも、音響設計の必要性について関係者に理解が深まることを願っている。(中村秀夫記)

アメリカ音響学会(ASA)・音楽ホールポスターセッション

 去る6月4日~8日の日程でアメリカ音響学会の第141回ミーティングがシカゴで開催され、永田音響設計から5名(池田、福地、小口、小野、豊田)が参加した。アメリカ音響学会のミーティングは年に2回、アメリカの各都市持ち回りで開催されるが、我々の事務所からはこれまでそれ程頻繁には参加していない。何か特別に興味のあるテーマがあった時や発表をする時などに、それもせいぜい1~2名参加する程度であった。今回に限って5名も参加したのは特別な事情があった。それは、今回のミーティングの建築音響部門において “Halls for Music Performance … Another Two Decades of Experience 1982-2002” と題したポスターセッションがあったからである。

 この “Another Two Decades” というのは実は特別な意味があって、19年前の1982年の4月に第103回ミーティングが同じシカゴで開催された時に、”Music Performance Halls / Two Decades of Experience (1962-1982)”という題目のポスターセッションが開催され、過去20年間にわたって建設されてきた音楽ホールに関する紹介が行われたのである。その後それらのポスターはまとめて1冊の本としてアメリカ音響学会から出版された。ポスターには各ホールの特長や図面、音響のデータなどが掲載されたので、それらはその時代の音楽ホールの実情を知るのに大変有意義なものとなったのである。ポスターはアメリカのホールを中心に合計81が出展された。当時、永田音響設計からも各々特徴を持った6ホールについてのポスターを作成してセッションに参加した。この時の6ホールは次のとおりであった。(オープン年、客席数、特徴)

1.上野学園大学石橋メモリアルホール(1974年、622席、コンサート専用ホール)
2.八戸市公会堂(1975年、1060席、可変空間)
3.新潟音楽文化会館(1977年、525席、練習室多数併設)
4.武蔵野音楽大学バッハ・ザール(1979年、1202席、コンサート専用ホール)
5.札幌市教育文化会館(1980年、1100席、残響可変装置)
6.愛知厚生年金会館(1980年、1666席、地下鉄防振対策)

 今回は、その後の20年間(1982~2002)に建設された、あるいはオープンが予定されている音楽ホールを集め、やはり前回と同様にセッション終了後はすべてのポスターをまとめて1冊の本として出版しようというものである。折しもこの20年というのは、ちょうど日本の各地において音楽ホールが次々と建設された時期にあたっており、我々がその音響設計を担当したホールも数多い。この機会を利用してこれらのホールの音響設計をポスターとしてまとめて、さらに後のために冊子として残せるならということで、出来るだけ多くのホールをポスターにまとめて参加させることにした。それでもポスター作成のための時間と経費の制限からホールの数をある程度絞らざるを得ず、結果として24のコンサートホール(下表参照)についてのポスターを出展した。

 
ホール名
オープン年
客席数
1熊本県立劇場コンサートホール
1982年
1,813席
2福島市音楽堂
1984年
1,002席
3松本市音楽ホール
1985年
750席
4サントリーホール
1986年
2,006席
5カザルスホール
1987年
511席
6津田ホール
1988年
490席
7東京芸術劇場コンサートホール
1990年
1,999席
8水戸芸術館コンサートホール
1990年
680席
9岡山シンフォニーホール
1991年
2,001席
10かつしかシンフォニーヒルズ・モーツァルトホール
1992年
1,318席
11フィリアホール
1993年
500席
12旭川大雪クリスタルホール
1993年
600席
13紀尾井ホール
1995年
800席
14京都コンサートホール
1995年
1,839席
15クィーンズランド音楽院音楽ホール
1996年
643席
16長岡リリックホール・コンサートホール
1996年
700席
17札幌コンサートホール
1997年
2,008席
18ハーモニーホールふくい
1997年
1,448席
19すみだトリフォニーホール
1997年
1,800席
20東京芸術大学奏楽堂
1998年
1,140席
21秋吉台国際芸術村コンサートホール
1998年
500席
22なら100年会館中ホール
1999年
440席
23トッパンホール
2000年
408席
24石川コンサートホール
2001年
1,560席

 応募のあったポスターの総数は103に及んだが、このうちセッション当日に出展されたのは90であった。当初我々は、学会という性格上、一つの音響コンサルタントから数多くのポスターを出展することに対して躊躇もしたが、結果的にはアメリカのコンサルタント事務所からの出展状況も似たり寄ったりであり、一つの音響コンサルタントから多くの出展がなされていた。主だった音響コンサルタントとその出展数は下表のようなものであった。これら4社で全体の90のうちの実に74を占めていた。コンサートホールの音響設計に関しては、ある程度限られた数のコンサルタント事務所がその多くを担当している、という状況のようである。

1Kirkegaard & AssociatesChicago, USA30
2Nagata Acoustics, Inc.Tokyo, Japan24
3Jaffee Holden Acoustics, Inc.Norwalk, USA10
4Artec Consultants, Inc.New York, USA10

 セッションは丸一日、9:00-17:00にわたって開かれた。特に午前中の3時間は、各ポスターの責任者は原則として自分のポスターの場所に居て、来訪者との質問応答に対応することが求められた。我々は5人での対応となったため、一人当たり4-5のホールを担当することになったが、他の多数出展したコンサルタントも同様の状況であり、会場内はお互いを訪問したりの和気あいあいの雰囲気の中で行われた(写真参照)。

 ポスターの仕様は基本的に1982年に行われた時のものを踏襲したものであり、各ホールの諸元、諸仕様の他、平面図、断面図、残響時間、写真などで構成されている(写真参照)。

 各ポスターが同じ仕様で作成されているため違ったホールとの比較が容易であり、学会終了後に予定されている総てのポスターを縮小印刷した冊子発行は、この20年間のホール建設の貴重な記録として重宝されよう。今回は、各ポスターをすべてコンピューター上の電子ファイルで作成することが仕様となっており、従来の印刷物としての発行の他にCD-ROM版の発行も期待されている。発売等の情報は、アメリカ音響学会のインターネット上のサイト<http://asa.aip.org>にて得られるはずである。(豊田泰久記)

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