No.159

News 01-3(通巻159号)

News

2001年03月25日発行
施設の外観

鴻巣市文化センター

施設概要

埼玉県鴻巣市は「人形の町」として知られており、3月3日桃の節句が近くなると駅の改札や市役所のロビーなど、人の往来の多いところに大きな雛人形が飾られる。この人形の町鴻巣に昨年9月、鴻巣市文化センター(クレアこうのす)が完成した。

 鴻巣市文化センターの計画にあたっては、1996年に埼玉県設計候補者選定委員会により設計競技が行われ、C+A シーラカンス アンド アソシエイツ案が最優秀に選ばれた。

 この施設には、約1300席の大ホール、約300席の小ホール、練習室、ギャラリー、会議室などの公共施設のほかに、レストランやチケットぴあのカウンターなどがある。敷地の南側は広い公園となっており、今回の計画ではこの公園と新しい施設とが一体でデザインされ、居心地の良い市民に親しまれやすい環境となっている。

施設の外観

外壁・屋根のグレーチング

 この建物の屋根や外壁全体にレイヤーと称するグレーチングが水平に300mmピッチで取り付けられている。これはデザイン的な意図に加えて、夏季の日照による建物の温度上昇を低減させる効果、即ち省エネ効果も期待しているとのことである。ただこのグレーチングについては音響上懸念されることがあった。それは、グレーチングのフラットバーに強い風があたると、風切音が発生するということである。こういったフラットバーの連続するグレーチングや、等間隔に並ぶ手摺りのリブ等から、風の強い日に風切音が起こり、その建物内や近隣からクレームが出てその対策を行ったという例が学会などでも報告されている。窓を除いた外壁と屋根の全てがグレーチングで覆われた本施設では、もしこのような風切音が起こった場合には建物全体が「ピー」と鳴り出し、取り付けてしまってからでは対策の施しようがないことになる。これまでの対策例ではネットを掛ける等の方法が示されているが、溶融亜鉛メッキ塗装を施しフラットバーのエッジに丸みをつけることでも効果があるとのことであり、この方法に委ねた。発生音の有無の確認は、施工を担当された㈱鴻池組の技術研究所に協力をいただき、実験室内でグレーチングに対し風をあて、その向きや風速を変えたりして実験を行った。その結果、特に支障となる音は発生しないということを確信し、現場での取り付けが実施された。建物は既に完成しており、鴻巣は特に強い風の吹く土地柄のようだが、今のところ発生音は確認されていない。

大ホール

 大ホールは市からの要望により、約800席から1300席まで客席可変装置を備えている。舞台上反射板の空間可変機構と、客席空間の間仕切り機構とで4パターンの客席形式が可能である。しかしながらその反面、舞台上反射板機構の操作が複雑であり、組み立てや収納に時間と労力が掛かる結果となった。これは今後の課題のひとつである。客席は、下手側のサイドバルコニー席が1階席から2階正面バルコニー席に、上手側サイドバルコニー席が1階席から3階正面バルコニー席にそれぞれ繋がっている非対称型で、内装はほとんど黒く塗装されたユニークなデザインのホールである。側壁には、音響上の要望で約80cmの幅の庇が約2m間隔に平行に取り付けられている。これにより、側方からの反射音を客席中央に対し多く到達させることを意図している。

ホールの客席

フランチャイズオーケストラ

 この施設の計画とともに、鴻巣市ではこのホールを本拠地とする弦楽オーケストラ「アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ」の設立準備が進められた。同市在住で指揮者の桜井将喜氏が中心となり、東京交響楽団のコンサートマスター大谷康子氏が本楽団コンサートマスターに就任、24人編成でそのうち一般から15人が公募された。埼玉県内には多くの優れたホールがあるが、県内のホールを本拠地にするプロ楽団は県内で初めてという。本施設開館記念として昨年10月に第一回の定期公演が行われ、1300席は満席であった。今後も本ホールにおいて春秋年2回の定期公演が行われる予定である。(小野 朗記)

舞台音響設備

 本ホールの舞台音響設備は催物に伴う声・音楽・効果音を場内や周辺室へ伝える拡声装置、録音・再生装置、催物の仕込み準備時の指示や上演中の出演者スタッフ間の連絡を行うための舞台連絡設備で構成した。特徴としては設備運用の利便性から、大小ホール共に音響調整卓にデジタル卓(RAMSA WR-D500)を採用したことである。さらに大ホールでは音質の劣化を少なくするため、卓─グラフィックイコライザ(GEQ)間をデジタル回線(AES/EBU規格)で接続した。

 大ホールのプロセニアム中央、サイド下手/上手などのメインスピーカは舞台の可変性にあわせて可動型にすることも検討したが、それぞれ1トン前後と重量があるスピーカを各舞台形式に適した場所に移動させることが困難なため、使用頻度がもっとも高いと考えられる中央舞台形式を満足する位置に固定した。舞台が可変する場合は、移動型の仮設スピーカで対応する。ただし、プロセニアム部分が意匠的にフラットなため、サイドスピーカは側壁内に手動で格納できるものとした。また、効果音用としてシーリング・ウォールスピーカを多数配置した。

 小ホールは多目的スペースとなっているためシーリングスピーカのみ固定設置し、仮設ステージにあわせて移動型サイドスピーカを用いるものとした。

 舞台のマイクコンセントは、大ホールが約170回路と平均的なもので、小ホールは約40回路と簡素なものになっている。大ホールでは調整卓のデジタル入出力を直接利用するため、AES/EBU用の回線も設置した。

 録音再生機器やエフェクタなどの周辺機器は、デジタル入出力付きのものも増えている。ここで、デジタル卓の入出力数をアナログ用とデジタル用に振り分けなければならない問題が生じた。しかし、近い将来にラインレベル系機器の出力はほとんどデジタル化されるであろうが、マイクロホン出力がデジタル化されない限り卓のアナログ入力は無くせないことになる。ただし、今までの調整卓はマイク/ラインの切替えでこの問題を切り抜けてきたわけだが、今後はアナログ/デジタルの切替えを考えなければチャンネル数の増大を防ぐことができなくなる。

 拡声音の品質はどれくらいきめ細かく調整できたかどうかによるわけだが、ここでは大小ホールで2週間弱かかっている。調整はスピーカに関する事柄が多いが、調整卓からGEQ架へ、そしてパワーアンプ、スピーカまでの伝送系も無視できなくなってきている。デジタル卓を使用した場合の音質の評価は今後の運用に待つが、調整時に再生音を聞いた限りではアナログ卓よりもクリアで色付けの少ない音と感じられた。操作性についても現場の若い音響技術者の方は2、3日で完全にマスターされ、自然な音質が得られている上に各種の設定が記憶再現できることが日常の作業をたいへん楽なものにしていると感想を述べられている。(稲生 眞 記)

【問い合わせ先】鴻巣市文化センター(クレアこうのす)    tel:048-540-0540 

「新日鉄音楽賞特別賞」を受賞して

 前号のNEWSでお知らせしましたようにこの度、第11回の新日鉄音楽賞特別賞を受賞し、その贈呈式が2月27日の夕方、ホテルオークラにおいて行われました。音響設計というコンサルタントの仕事が、音楽界への貢献という視点から評価をいただいたことは、私には全く思いもよらなかったことであり、それだけに感動もひとしおでございます。まず、音響設計という仕事に的確なご理解と評価をくださいました新日鐵文化財団の各位と音楽賞審査の諸先生の方々に御礼申しあげます。

 私がホールの音響設計の実務に関わりましたのは昭和26年、私がNHKの技術研究所に採用になって2年後のことでした。この最初のホールプロジェクトというのが、当時新橋の田村町の一角にありました日本放送協会放送会館の一隅に、戦後しばらくして放送会館の拡張計画のーつとして計画された旧NHKホールという700席足らずのホールでした。放送スタジオに関しては戦前から多くの実績のあったNHKですが、技術研究所でもホール音響についての資料は全くといってよいほどなかった時代です。今日、わが国ではあまりにも有名なウィーンの楽友協会のホールも、当時はまだ戦後の復旧が行われていなかったのではないでしようか。ホールに関しては昭和25年にオープンしたロンドンのロイヤル・フェステイバルホールのパンフレットが唯一ともいえる資料だったと記憶しています。

贈呈式

 この旧NHKホールは当初、オルガンの設置スペースまでも予定したコンサートホールとして計画され、運用されました。しかし、昭和30年開館後しばらくして、テレビ放送の開始とともに視聴者参加のテレビ公開番組用のホールとして全国的に有名になってしまいましたが、渋谷に今日のNHKホールが誕生するまで活躍したコンサートホールです。 戦後の混乱から収まりを見せ始めた昭和30年代前半までは、クラシックのコンサートといえば日比谷公会堂が唯一とも言える会場でした。それはまだオーディオがブームになる前のことです。クラシック音楽に対しての渇望を満たしてくれたのは唯一NHKのラジオ放送でした。ようやく海外からの演奏家や演奏団体の来日公演も行われるようになり、内外の名演奏の数々が電波をとおして全国の家庭に届けられました。戦後のクラシック音楽の普及に大きく功績を果たしたホールです。

 また、このホールの豊かで輝きのある響きは、日比谷公会堂しか知らなかったわれわれ音楽ファンには大きなインパクトでした。この旧NHKホールでクラシック音楽の生の名演奏を体験することができたことが、その後ホールの響きの設計の一つの灯火になったのではないかと今、つくづく当時の感動を思いかえしております。

 昭和30年代の後半に入りますと、東京文化会館をはじめとして、全国規模で多数の市民会館、県民会館などの文化施設の建設がはじまります。いわゆる、多目的ホール全盛の時代です。さらに1980年代には、コンサートホールなどの専用ホールの建設が各地で進められます。とくに、東京では現在大小あわせ10を越す会場で連日のようにコンサートが開催されております。様々な演奏を様々な空間で体験し、その結果を響きの設計の方向づけ、あるいは仕上げに役立てること、このような体験を生かしながら仕事を進めることが出来ますことも、ホール維新とも言われるこの時代に巡り合わせたことの幸せと感じております。

 ホールは楽器だといわれますが、楽器より演奏家には距離がある存在だけに、ホールの計画には様々な制約あり、主張が飛び交います。敷地や予算の制約をはじめとして、施主の意向、建築設計者のデザイン嗜好など様々ですが、場合によっては演奏空間という本質を見失ったホールも生む危険性を感じることがあります。このような状況の中で、今日わが国のホールの音響効果が国際的にも高い評価を受けておりますのは、これら様々な分野の方々の音響に対する理解と協力がありましたことを申し添えておきます。また、初期反射音に着目した“concert hall acoustics”という室内音響研究の流れが生まれたこと、測定、分析、シミュレーション技術など広範囲にわたる音響技術の進歩と共に、騒音防止対策などの建築施工技術の発達があり、これらの諸分野での進展も音響設計実施上の大きな支えとなってきたことを感じております。この授賞を一つの契機として、長い歴史の中で培われた音楽文化の本質を見据え、残された年月を音響技術の向上と充足に尽くしていきたい所存でございます。

 最後に、これまでの私の半世紀におよぶ音響設計の仕事につきまして、様々な角度からご指導頂きましたNHKの諸先輩の方々、今日の音響設計の基礎固めを共に進めてきましたNHK技術研究所建築音響研究室の同僚、また、30年前の私の事務所創設以来、苦労を共にしてきました事務所の職員と私の家族に感謝して授賞のご挨拶といたします。(永田 穂記)

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