No.156

News 00-12(通巻156号)

News

2000年12月25日発行
トッパンホール内観

トッパンホール オープン

 東京には、現在サントリーホール、カザルスホールを始め、大小あわせて多くのコンサートホールがある。そのクラシック音楽の激戦区に今年10月に新たにトッパンホールが参入した。408席の小さいコンサートホールの誕生である。

 池袋から首都高速道路5号線を都心に向かって車を走らせると、JR飯田橋駅の手前で大きく右に曲がる。その手前の左側(といっても池袋からだとほぼ正面に位置するように見える)に外壁のガラスウォールが美しい楕円型の21階建てビルが目に飛び込んでくる。トッパン小石川ビルである。創立100周年を迎える凸版印刷株式会社が、記念事業の一環としてかねてから計画・建設を進めていたもので、本年4月7日に竣工した。高速道路の下を流れる神田川に面して高層のオフィス棟が配され、その背面の住宅地側には低層のミュージアム棟が配置されている。この低層棟の地上部分がトッパンホールである。因みにその地下階は我が国では初めての本格的な印刷博物館となっている。設計は岡田新一建築設計事務所、施工は安藤・鹿島・東急建設JVである。

トッパンホール内観

 10月のオープンを前に、6月2日の凸版印刷株式会社の創立100周年を迎える記念日に関係者を招待しての内輪のこけら落としが催された。式典は、まず“音入れ式”で始まり、続いて新日本フィルハーモニー交響楽団によって、池辺晋一郎氏作曲の祝典曲「プレリュード・フォー・セレブレーション」(委嘱曲)、モーツァルト作曲の交響曲第41番「ジュピター」等が演奏された(指揮はそれぞれ池辺晋一郎氏、高関健氏)。音入れ式はホールに最初の音を響かせ命を吹込むためのもので、凸版印刷の藤田弘道社長(現会長)指揮による塚原晢夫作曲ファンファーレ「威厳」の演奏が行われた。こけら落とし以降は、関係者への見学会、トッパンホールクラブ会員や周辺住民へのコンサートなど限られたお客様への催し物が開かれ、10月1日にようやく東京カルテットのコンサートで一般のお客様へのお披露目となった。

 ホール内部は木がふんだんに使われていて、壁の桜材、床の花梨材が暖かさを醸し出している。舞台や客席廻りの壁には音響的な拡散を意図して木リブを使用した。天井は繊維強化成形セメント板(GRC)で、ここにも拡散を意図した凸凹がついている。リブの形や天井の形状など曲面が多く使われているが、これはホール計画段階から参画されたアドバイザーの要望を取り入れためで、先端の尖った形状は極力排除されている。

 トッパンホール(1階)は周囲を印刷博物館(地下1階)、喫茶店・レストラン・厨房(2階)等で囲まれている。それらの室からの騒音侵入の防止と逆にそれらの室への演奏音の伝搬を防止するために、防振ゴムによる浮き構造を採用した。また、2階の厨房等についてはグラスウールによる浮き床とした。ホールとこれら隣接室とは90dB以上(500Hzにおいて)の遮音性能が得られており、周辺室同時使用はまったく支障なく行える。

 ホールはリサイタルや室内楽を主目的とするクラシック専用のコンサートホールである。平面形は矩形である。しかし舞台奥の壁が少し狭まっていることや長手方向がそれほど長くないため、ホール内にいるといわゆるシューボックス形状を感じない空間である。また断面形はワンフロアーで最大天井高は9.5m、コンサートホールとしては十分ではないが最低限の高さはとれている。この高さの確保が設計・施工を通しての最も大きな課題であった。敷地周辺の条件から建物高さとして余裕をもった高さが取れなかったため、天井裏のスペースをどれだけ切りつめられるかが鍵だった。天井裏のスペースについては工事各社でミリメートルの単位まで詰め、機能面で譲れる範囲内での提案もしてもらった。その中でも最も大きな貢献者は空調ダクトであった。客席椅子下と壁から給気し天井裏で排気する置換換気・成層空調方式を採用することによって、通常は天井裏の広い範囲を占めるダクトを一切排除できたために前述の天井高が取れたのである。天井裏のキャットウォークも腰をかがめての歩行を余儀なくされているなど多くの犠牲はあるものの、機能面との折り合いのつく範囲でコンサート空間天井高が確保できたと考える。

 トッパンホールの音響面での特徴のひとつに、かなり大がかりな残響可変装置が設置されていることがあげられる。クラシックコンサートといっても、ピアノ、弦楽器、管楽器、声楽等、その音量や音質等はまちまちである。またリサイタルから室内楽まで編成もいろいろである。その他にも講演会や式典などはどんなホールでも行われる催し物で、それにもある程度対応しなければならない。各種コンサートに対して音響的に柔軟に対応するためとスピーチの明瞭度確保を目的に残響可変装置を設置した。方式は開閉式で90°まで開けることができる。閉じた状態の残響時間(500Hz)は1.4秒(満席時)、開けることによって残響時間が徐々に短くなり、90度開けたときには1.1秒(満席時)である。

 明瞭度確保の基本条件としては、適切なスピーカの機種選定と配置があげられる。トッパンホールでは、明瞭度の確保に対して天井に小型スピーカを分散配置する方式を採用した。ディレイシステムの調整により舞台側への音像定位はかなり上手くいったと実感している。また残響可変装置を閉じた状態でも良い明瞭度が得られていることも確認している。

 ホールの主催公演はつぎの3つの趣旨「①クラシックファン層の拡大、②若い才能の発掘と育成、③地域や社会への貢献」をもとに、4名のアドバイザーによって決定されている。トッパンホールならではのプログラムとしては、「テーマ追求」シリーズ、午後2時からのマチネコンサート、そして新人のための「デビューコンサート12:15」等があげられる。具体的なプログラムはホームページ(http://www.toppan.co.jp/hall/)を参照していただきたい。ホールの響きについては、演奏者、聴衆の方々から幸いにも好評をいただいている。小振りなホールであるため響きの余韻はあまり感じられない。長い響きを好まれる方には多少不満かもしれないが、演奏の細かなニュアンスを好まれる方には満足がいくものと思う。顔の表情が見えて指の動きがはっきりわかると演奏者を身近に感じられる。大ホールでは経験できない演奏のニュアンスも経験できる。今後も質の良いコンサートを続けて欲しい。(福地智子 記)

大研修室拡声音の明瞭度改善対策

 某企業の総合研修施設の中核をなす大研修室で拡声音の明瞭度に問題があり、この施設の設計を担当した設計事務所からの依頼でその改善対策を検討、実施した。解決を見たので一つの事例として概要を紹介する。

 通常は、この種のクレームは施主からの依頼が多いのだが、本件については竣工当初からの懸案事項だったようで設計事務所から依頼があった。障害の状況を伺ったところ、すでに数度にわたり改善対策が行われてきたが抜本的な改善には至らなかったため、大規模な改修を覚悟して私どもの事務所へ依頼することになったということである。

 大研修室は平面が矩形でテーブルを使用した状態で300名程度の収容人員、可動間仕切り壁で2分割でき、それぞれにビデオスクリーンとレクチャー卓が設置されている。拡声用スピーカはスクリーン横の正面壁の左右に各2台のメインスピーカが露出設置され、天井には小型ホーンを持った中型天井スピーカ3台4列計12台が設置されている。内装の吸音面は岩綿成形板の天井とカーペットの床だけで残響は少し長めであった。

 このような状況の中で、まず最初に行ったのは、障害の度合いと大掛かりな改善対策が必要かどうかの見極めの調査である。すなわち、音響設備の調整と機器の交換等の軽微な改修で実用になる拡声音の明瞭度が得られるか、という判定を行うために以下の項目について詳細な調査を実施した。

  1. 通常使用状態による拡声テスト
  2. 各スピーカ個別の音質確認
  3. マイク機種の変更による音質の改善度の確認
  4. ステージ両サイドのメインスピーカの個別および全体動作による後壁からのロングパスエコーと側壁のフラッターエコーが拡声音へ与える影響の確認
  5. シーリング分散配置スピーカの個別動作時の音質および全体動作による音質の確認
  6. ステージと客席マイク位置によるハウリングの発生状況の確認
  7. 室の響の程度と明瞭度に与える影響の確認。

 大規模な改修が必要になる代表的な事例としては次の二つがあげられる。一つは室の残響過多が明瞭度障害の主な原因になっている場合である。この改善には吸音材や拡散体の追加設置というような大規模工事になり、建築意匠にも影響するので検討のための時間と工事費用がかさむ。なによりも工事のために室の使用に支障を来すことが使用中の研修室では痛手になる。もう一つは、音響設備が現用のものでは抜本的な改善ができないという結論になった場合である。この場合も設備の大幅な変更工事が必要となり、前述の建築工事と同様に費用と工事期間の点で大規模になってしまう。

 調査の結果、本研修室は幸い上述の大規模な工事には至らずに解決できるという結論が得られた。すなわち、

  1. 室の残響は研修室としては長いが、教会やパイプオルガンを設置したコンサートホールのように長くはなかった。天井が高い室であるため壁は大きな反射面となっており、フラッターエコー、ロングパスエコーが聴取されやすい状況であったが、残響音やエコーが明瞭度を著しく阻害するとは考えにくいものであった。
  2. スクリーン両側に設置されたメインスピーカの性能は本大研修室には過不足のないものであったが、設置位置と向きに問題があった。上下2台のスピーカは、上方が後壁に、下方が客席前中央に向けて設置されており、この状態では後壁からのエコーとハウリングの原因になると考えられたが、スピーカが露出配置なので容易に調整できる状況であった。
  3. 室の影響によるブーミングも感じられ、これも明瞭度を著しく低下させている原因と考えられたが、これはスピーカ出力系統の調整で対処できると判断した。
  4. シーリングスピーカについては個別系統で動作させた時には目立たないブーミング等のネガティブな面が全数動作させたときに強調され、拡声音量や明瞭度に及ぼす影響が非常に大きいものと思われた。しかし、これも前項と同様に拡声設備の調整で対処できるものと判断された。

 以上の調査結果から、現在の拡声設備のきめ細かい調整を主体とした改善対策案を提案し、大規模な工事を伴わないためすぐに実行された。

 次に実施した主な対策を示す。

  1. メインスピーカを使用したとき後壁からのエコーによる影響を避けるためにメインスピーカを少し下に向けた。さらに室のブーミングが生じる特定の周波数のレベルを調整することによって低音のこもり音がなくなり明瞭度は飛躍的に向上した。加えて高音域の補正でさらに聴き易くなった。
  2. シーリングスピーカは全数動作時に低音域エネルギーの重複による周波数特性の盛り上がりの抑制、ブーミング対策および高音域の減衰補正で明瞭度が飛躍的に向上した。
  3. ステージおよび客席内でのマイク使用時にハウリングしやすい周波数を減衰させ拡声効率の改善を行った。
  4. マイク機種は拡声に定評ある機種との比較試聴では、現在使っているマイクの方が軽量で低音の強調も少なくそのまま使用することとした。
  5. 拡声設備の残留ノイズが大きいことが明らかとなったので各機器のゲイン設定の再調整を行い実用上無視できる程度にまで低減させた。
  6. 現ハウリング防止装置はマイク位置や向きによりハウリング抑制周波数が逐一変化し音質が不自然になるマイナス面が大きいため使用しないこととした。

 以上のような調整によって拡声音の明瞭度は顕著に改善された。研修施設の責任者と担当役員にもこれなら十分であるという確認を頂き、用意されていた改善対策用の1千万円を超える予算は使わずに済んでしまった。

 今回の例が示すように、音響システムはハードの工事完了で音が出てもまだ完成の域に達していると判断すべきではない。工事の最後に、人の聴感による調整、チューニングを適切に、入念に行うことがシステムに命を、魂を入れることになる。ここまでは施工者の仕事であり、数値的な検査に合格してもそれで終わりにはできないのである。最近の音響機器の設定や使用方法はきわめて複雑で難しい。専門のオペレータがいるホールと異なり、職員が運用するこのような施設では運用者側にこれを委ねるのは無責任というものであろう。この最終的な音のチューニングという作業は、その重要さの割に理解が進んでいないのが現状である。この事例が何らかの参考になれば幸いである。(浪花克治 記)

東京事務所移転のお知らせ

前号でもお知らせしたように、来年1月に事務所を下記の住所に移転します。
新事務所での業務開始は1月15日(月)からです。
なお、本年は12月28日まで業務を行い、新年は1月9日から始業いたします。

〒113-0033 東京都文京区本郷2丁目35番10号本郷瀬川ビル3階
TEL:03-5800-2671 FAX:03-5800-2672

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