北海道立総合体育センター
計画の経緯:
この施設は、札幌中島体育センターの全面的な移転改築計画として策定され、1994年度に行われた指名コンペの結果、最優秀案として採用された久米設計案を基に久米設計・アトリエブンク・中原共同体により設計が進められた。1996年の10月に工事着工、工事には延べ70社が参加し、約4年の工事期間を経て2000年の2月にオープンした。
ロケーション:
施設の敷地は札幌市営地下鉄線の公園駅の前で、緑豊かな豊平公園に隣接した公共施設にとって好ましい敷地条件にある。建物と公園駅とは地下鉄連絡通路により接続されており、利用者は雪の日でも寒い思いをせずに施設への出入りができる。愛称:この施設の愛称は「きたえーる」。“鍛える”と(海道)を掛けた、札幌コンサートホールの「キタラ」に続くダジャレ的愛称である。「キタラ」という名称も既に定着してきており、いずれは「きたえーる」も照れずに言えることになるのだろう。
施設概要:
この施設には、多目的利用のメインアリーナ、フリークライミングウォールを備えるサブアリーナ、剣道・柔道場、弓道場、トレーニング室、講堂、視聴覚室、情報室などの施設がある。これらの諸室はスポーツ競技大会はもとより、道民の日常のスポーツ活動における活用や、スポーツ指導者の養成・研修、スポーツ医科学に基づく科学的トレーニングの研究や実施、各種スポーツに関するビデオや書籍による情報の提供など幅の広い役割を担っている。特にメインアリーナは、公式のスポーツ競技は勿論のこと、各種音楽イベントにも対応させることを前提に計画された。そのため、床にはスポーツ競技に適した弾性と、仮設舞台や舞台装置、そして観客など各種音楽イベントで想定される荷重に耐える高強度を有する床システムを採用している。客席は固定席で4、500席を有し、エアークッション移動式の観覧席で2、072席、さらにアリーナに移動椅子を並べることで最大1万人が収容できる。
外部との遮音:
これまでの大型スポーツアリーナにおいても、ポピュラー音楽のコンサート会場としての利用が多い。しかしながら、一般の体育館の建築構造では、特に屋根については大空間の構造上軽量化される傾向にあり、遮音性能は弱く、大音量のポピュラーコンサートの場合には近隣からクレームになっている例もある。本施設では設計段階からこういったポピュラーコンサートの利用も前提とし、近隣住居に対する遮音にも配慮した。特に屋根は厚さ90㎜のコンクリートパネル系のボードを採用した。これは一般の鉄骨造スラブ位の重さがあり、これを支えるための鉄骨梁はまるで鉄橋のようにごついものになっている。その結果、遮音性能としてはアリーナの電気音響設備で最大音量を出した状態でも敷地境界線上で微かに聞こえる程度であり、近隣からクレームを受けない程度まで低減できていると考えている。
室内音響特性:
メインアリーナ(120,000m3)の残響時間は固定席のみの空席状態で2.4秒/500Hz、サブアリーナ(26,000m3・観客席なし)は空室で2.7秒/500Hzで、体育施設として、またメインアリーナについては多目的イベントスペースとして適当な値であり、室内の吸音は充分に確保されていると判断している。(小野朗 記)
電気音響設備の特徴と調整の概要:
このような大空間の重要な機能の1つにアナウンス等スピーチの明瞭度の高い拡声機能がある。メインアリーナは92m×86mの長方形の平面を持ち、天井高さは20mの大空間であることからスピーカシステムはセンタークラスターを中心に観覧席用の天井補助スピーカを配置する方式を採用した。一般的に、このような大型施設ではアリーナ中央に大型センタークラスタースピーカが設置される例が多い。これはスピーカから客席とアリーナへの距離を均等にすることができるためである。しかし、大型といってもスポーツ競技の条件と建築意匠の要請からコンパクトに集約されたスピーカシステムは半球状の形状になりがちである。このコンパクトに集約されたスピーカを同時駆動すると、アリーナ中央付近での低音域のブーミング及び広範囲な場所でのロングパスエコーが生じることを経験することが多い。これを解消するために本センターではスピーカユニットを数多く使用し、駆動グループを細かく分割したうえにスピーカにディレイをかけタイミングをずらし、聴感的にロングパスエコーの軽減を図った。また、観覧席用の天井補助スピーカについても考え方は同様である。天井補助スピーカは数も多く、広範囲に配置したため、聴感テストを繰り返し観覧席とアリーナ双方とも良好な明瞭度が得られるようにディレイ時間、レベル等をきめ細かく調整した。この調整は、同時にアリーナ中央部での低音のブーミングの軽減にも有効であった。このブーミングについては反射音のタイミングの調整だけではなく音質調整もあわせて行っている。これらの調整作業でエコーと低音のブーミングは実用上問題ないレベルにまで軽減でき、スピーチに対する明瞭度も良好な結果が得られている事を確認した。
これらの調整が楽に作業できたのはデジタル調整卓とそのリモート操作卓及びPC利用のリモート出力制御装置のおかげである。メインアリーナの調整室は見通しを得るために最上階に設置されているので、今回のような調整作業や簡単なイベント、競技などではアリーナ脇の放送ブースで場内の音響状態の確認ができ、移動に要する労力が大幅に削減できることを身をもって実感した。
このプロジェクトを通して、やはりこのような完工直前の入念な調整作業がきわめて重要であり、これらをしっかりと行わなければ満足な再生、拡声音は得られないことを再認識した。(浪花克治 記)
日本音響家協会「スピーカの今を聴く」
スピーカの音を実際に自分の耳で聴いて、各スピーカあるいは各ブランド全体としての音質の傾向をつかむことは、電気音響設備の設計における重要な項目の一つである。 日本音響家協会の東日本支部主催により、「スピーカの今を聴く」と題された技術セミナーが、6月23日に東京都北区王子の北とぴあさくらホール(大ホール、1300席)にて開催された。
今回は17のブランドから1セットずつ出品され、試聴した順番に列挙すると、SONY、JBL、HK、MACKIE、EV、APOGEE、EAW、VOSS、BOSE、RAMSA、TURBO、d&b、OUTLINE、NEXO、L-Acoustics、Community、TOAである。ちなみに生産国別でみると、日本×4、アメリカ×7、ドイツ×2、イギリス×1、イタリア×1、フランス×2となる。これらは現在PAのプロが使用しているスピーカのほとんどを網羅している。
スピーカのセッテイングについては、ほとんどがサブウーハの上に2WAYあるいは3WAYのワンボックススピーカをいくつか乗せてあるタイプだったが、1ブランドだけ、小さなスピーカユニットを縦にまっすぐ多数並べて細長い箱に収めたラインアレイと呼ばれるタイプで、縦方向の拡がりを抑えようとする独特なものであった。また、パワーアンプ内蔵のものも一つあった。
各ブランド20分ずつの持ち時間を販売担当者が製品の説明と試聴に使う仕組みで、ステージ両サイドのスピーカセットが次々に入れ替わっていった。
試聴した音源は、石川英一氏(ドラムス)と江川芳仁氏(エレクトリックベース)による実際の生演奏が各ブランド共通である以外は、それぞれの担当者が選んだCD音源数曲ずつか、あるいはマイクロホンによる拡声で、音量の操作は各担当者任せで進められた。
今回はスピーカの試聴が目的であるが、正確に言うと、CDプレーヤと調整卓は共通で、以降に接続されているプロセッサ→パワーアンプ→スピーカのセットが各ブランドで異なる。最近のPA用スピーカはほとんどが専用プロセッサ付きとなっており、このプロセッサの設定が各スピーカの個性を大きく左右する。実際のPAの現場では、空間の響き等に対する調整作業のため、通常これに加えて音質補正用のイコライザを使用するが、短時間なこともあって今回はホールに対する調整はせず、スピーカの「素」の音を聴くことになった。ただし、今回のホールは壁面に回転式の残響可変装置を備えていて、すべて吸音側に設定されており、響きはかなり抑えられて試聴しやすかった。
試聴の方法としては、ホール中央近くの席を基点にして場内をウロウロ歩き回り、細かな音質の違いをできるだけ聴き漏らさないようにスピーカから出てくる音に神経を集中させた。2階席にも上がってみるようにしたので20分という時間はあっという間に過ぎ、最後のほうはかなり疲れてしまった。
音質の評価についてはパラメータがたくさんあり、音量感、低い音から高い音までのバランス(f特)、音の拡がり具合(指向性)、解像度、リズムの立ち上がりと立ち下がり(過渡応答)、自然さと歪み感などキリが無いが、要は気持ち良いかどうかに尽きる。料理の評価に似て、個人的な趣味の違い、好き嫌いもある。
各ブランドの音質に関する全体の印象としては、少しずつ異なるものの、大きな差は感じられなかった。その中で飛び抜けて良いと感じたものが一つ、やや劣ると感じたものが二つあった。当日取ったメモをみると、良いと感じたものには「落ち着く、まとまる、クリアー、リズムのキレが良い」、やや悪いと感じたものには「メリハリに欠ける、ガチャガチャした感じ、人工的、ツヤが無い、イライラする、ガツンと前に出て来ない、スッと消える」等の言葉が目立つ。何となくビールのコマーシャルのフレーズに似ている。この辺りの差は、測定機材で精密に測っても、おそらく結果としてはなかなか出てくれないであろう。スピーカは、電気と空気の変換器というよりも、楽器の一種と考えたほうが良い。
ブランド名が予め分かっていたので、先入観に大きく左右されたのではないかという不安も残ったが、後で他の人と意見交換するとだいたい結果は同じである。もちろん可能であればブランド名が分からないようにブラインドでやったり、ABテストと呼ばれる一対比較もしてみたいとは思うが、セッティングが大変面倒になるし、おそらくもっと疲れることになるだろう。各製品の傾向を大まかにつかむには今回の方法で良かったように思う。
試聴する音量は全体的に大きかった。PAの現場ではそれが当然なのかもしれないが、もう少し小さいレベルでも聴いてみたいと思った。音源については、CD音源は共通にしないとややわかりづらく、試聴向きの曲とあまり向かない曲に分かれていたように思う。ドラムスとエレクトリックベースの生演奏は、同じ曲を十数回にわたって演奏していただいたわけではなく、毎回違う曲だった。けれども、演奏自体がとてもうまかったこともあったと思うが、不思議と各スピーカの違いが比較的わかりやすく、大変良かった。マイクロホンによる拡声は、声の質、しゃべり方および使用されたマイクの特性などによって条件は毎回異なっていたけれど、出てくる音の良し悪しが直感的にわかりやすい良い素材といえる。これだけ大規模なプロフェッショナル用スピーカの比較試聴はなかなかできない。大変貴重な機会であるにもかかわらず、一般参加でも500円というのは格安であった。(菰田基生 記)
本誌101~150号合本のご案内
先月号でもお知らせしましたように、先月号にて本ニュース発行150号となりました。これを機に、101号から150号までをまとめた合本を製作中です。ご希望の方はお申し込み下さい。1部2500円(消費税込み)です。なお、合本のバックナンバーもありますので、あわせてご案内します。1号~50号が2000円、51号~100号が2500円です。
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