ミレニアムに寄せて
新年おめでとうございます。西暦2000年はコンピュータのY2K問題で落ち着かないなかでの幕開けとなったが、今年が特別な節目の年という捉え方は、宗教的な背景は別として世界の多くの人々に共通のようである。本ニュースもこの年の初号にあたり私どもの業務をめぐる話題や抱負の一端をご紹介し、気持ちを新たに千年紀のスタートとしたい。
国内外のホール音響設計事情:
国内のホール界を振り返って目立った話題といえば、ここ十数年間続いたコンサートホールの建設ブームだろう。いまや海外から来た音楽関係者が、日本はどこの地方公演に行っても音の良い立派なコンサートホールがあることに驚くといわれるほどである。比較的短期間の数多くの体験が音響設計技術のレベルアップに貢献したことも疑いはなく、来日オーケストラ関係者の口コミなどで日本の音響設計技術は海外でも評価されているようである。国内をみても、これまでは多目的ホール中心に施設の充実が図られてきたために専用のコンサートホールに比較して多機能ゆえの音響的な限界についての批判を聞くことがあったが、最近ではあまり聞かれなくなった。一方で、全国のホールの運用状況は“使われない日の方が多い”としばしばマスコミでやり玉にあげられるように課題が多いのが現状である。この問題の改善に少しでもお役に立てればと、本ニュースで関連情報の継続的な紹介を始めたのは既報のとおりである。
さて、音響的に質の高い新しいホールが身近にあるようになった今、これからは各地に数多くある築後数10年を経た市民会館ホールなどのリニューアルが課題になろう。状況によってはホールを取りまく環境が変わり、単なる建築的な改修だけでは済まずホールのあり方の問題にまで悩まされるケースも予測される。これらの年月の経たホールに対する利用者の不満のなかで音響の問題が上位を占めている事例は少なくない。それだけに音響は改修計画の重要なポイントになるし運用の問題とも密接に関係する。旧いホールを生き返らせるためのお手伝いも業務の柱の一つになればと考えている。
目を海外業務に向けると、しばらく中断されていた Walt Disney Concert Hall (Los Angeles) のプロジェクトは、昨年12月8日にようやく起工式が執り行われた。2002年秋のオープンを目指してこの春頃から現場での業務が繁忙になるので体制を整えつつあるところである。施工監理業務になると、米国の建築材料、施工習慣、関連法規などについての詳しい知識、情報も必要となってくる。音響設計業務もボーダーレスの時代になりつつある。このホールが足掛かりとなって、米国はもとより、オーストラリア、中国、台湾、韓国、フィンランドなどのホール建設プロジェクトに係わることができた。今後この輪を積極的に広げていきたいと思っている。どのプロジェクトも音響設計技術に対する評価に加え、平等に参加の機会を与えてくれる懐の広さに感謝するとともに、逆の立場に立ったら法制や慣習による障壁なく同じようにフェアに対応できるのか、考えさせられるものがある。
ところで、ホール運営維持予算の厳しさは欧米も同様のようで、ホールの利用率改善のために対応できる演目の幅を広げようという傾向が見られる。今後、実績豊富な日本の多目的ホールの技術や経験が生かされる機会が増えるのではと期待している。
舞台音響設備の技術革新 :
今年は舞台音響設備の心臓部である音響調整卓のデジタル化が急進展する年になりそうである。舞台照明設備はかなり前からデジタルが当たり前なのに音響が大きく遅れていたのは、扱う信号のレベルが微弱なことに加え音質という主観的でデリケートな問題がコスト抑制のネックになっていたものと思われる。ようやく価格面でアナログ卓と肩を並べる製品が各社から発売される気配である。デジタル化により信号処理における劣化がほとんどなくなり、操作における諸設定の記憶・保存・呼び出しという、アナログではできなかったことが可能となる。ただ、現場ではアナログかデジタルかにはこだわらない、と言う声も多いと聞く。現場スタッフにとっては新しい機能より安定性や音質の良さが切実な問題なのである。作る側としてはこのような声に謙虚に耳を向ける必要がある。ハードが大きく技術アップするときは、とかくハード側の都合が使用者に押しつけられがちである。製造者と使用者の間の業務に携わる立場にあるものとして少しでもこの調整役を果たせればと考えている。
音響調整卓とともに光ケーブルによる伝送を含めたシステム全体のデジタル化も加速されるであろう。このようななかで、建築家から邪魔者扱いされることの多いスピーカシステムには画期的な技術革新の兆候は見えてこない。100年後の21世紀末、さらには西暦3000年に生きる人々は、はたしてどのようなスピーカで音を聴いているのだろうか。
音響の基準・規格等の国際整合化 :
環境騒音や建築音響等の基準や規格についてはJIS等の国内規格が整備されてきているが、数年前よりISO(国際標準化機構)を中心とした国際整合化が世界の趨勢となり、これを受けて関係機関で整合化作業が推進されてきている。その結果、最近JIS規格や基準が次々に改訂されている。例えば生活に身近な環境騒音の分野では昨年『騒音に係わる環境基準』に(等価騒音レベル)が導入され、これまでの統計処理にもとづいた評価量である中央値からエネルギー平均的な量へ変わった。環境騒音・振動の調査や対策は、ホールの音響設計に比べて地味ではあるが、生活環境に関係する重要な業務であり、近年にない大幅な改訂に的確に対応できるように情報を注視している。また、音響設計の海外プロジェクトが増える状況に対しても国際整合化の意義は大きいものがある。
題意に相応しくない現実的な話ばかりで紙面が尽きてしまったのは、筆者の想像力の乏しさ故でご容赦いただきたい。橋元淳一郎著『人類の長い午後』のなかに西暦3000年には高さ36,000mの宇宙行きエレベータが赤道上にそびえているという夢のような予測があるが、あまり先のことより、まずは本年が皆様にとってよい年となりますようにお祈りいたします。(中村秀夫記)
なかのZEROのホール運営
なかのZEROはJR中央線中野駅南口から線路に沿って東側へ徒歩7~8分の所にある。(本ニュース68号で紹介:1993年8月発行)オープンは1993年7月で、この施設には1,300席の大ホール、550席の小ホール、視聴覚ホール、練習室、図書館、プラネタリウム、展示ギャラリーなどがあり、隣接した緑多い紅葉山公園と一体となり、区民の憩いの場として親しまれている。オープンから6年半経ち、その後都内にも多くの優れた公共ホールや民間のコンサートホールができ、中野区内にも他に二つのホールが建てられた。こういった周辺環境の中にあって、なかのZEROが中野区の中でどのような活動をし、どのように文化施設としての役割を果たしているのか、ホール施設管理課の金井亘氏に伺った。金井氏は、このホールが建つ前の公会堂の時代からホール運営に携わっておられ、なかのZEROの計画にも区の担当として参画された。
本施設の管理運営は、財団法人中野区文化・スポーツ振興公社があたっているが、本財団はなかのZEROの他に、なかの芸能小劇場、野方区民ホールおよび中野区の運営する各体育館や運動公園、武道場など区の文化・スポーツ施設全体の管理運営を行っている。 この複合施設の中で、大小ホールに占める事業費は昨年度の予算で約4800万円、大小ホール合わせて40本の自主公演事業を行っている。
自主公演事業といっても一般的に多くの公共ホールにおいては、音楽事務所などによってパッケージされた公演を決められた予算の中で選択することが主たる事業となる。 中にはプロモータとの交渉で、「いくつかの公演を全部で幾ら幾らで・・」といった具合に、予算に応じたパッケージ公演を組むこともある。まとめ買いをすると、一公演あたりが安くなるという市場の論理がここにもあるかもしれない。
勿論ホールが市民の文化鑑賞の場として期待される以上、パッケージされた公演を買うことも必要であることは否めない。しかしそれを与えられた予算の中でこなすだけでは、いくらチケットが売れてもホールとしての顔、アイデンティティは見えてこない。たとえ事業予算が増えても公演回数を増すだけではホールの顔というのは見えてこないであろう。
なかのZEROで主催する催し物の多くも上記のようなパッケージされた公演である。しかしその一方で、ホールと区民の文化活動グループの主催で毎年行われている「区民オンステージ」という、ホールの顔が見える熱のこもった企画がある。
この企画は、ホール側が中野区在住の方々で構成される音楽、舞踊あるいは演劇などのグループから参加を募り、審査を行って選ばれたグループにより、ある期間区民フェスティバルが催されるというものである。審査といっても形式的なもので、実際には参加希望者、団体はこれまで全て参加している。今年は、1月29・30日、2月4・5・6日の5日間で8公演が予定され、ホール側はこの間大小ホールと事前の練習の場を提供する。
この企画では、必ずしも一つのグループが一公演をフルに行うということではなく、複数のグループが集い、一つの公演を作りあげていくという公演もある。今回の催し物の中に韓国舞踊団と琉球音楽・舞踊団の競演がある。元々それぞれで活動し別々に参加を希望してきたグループだが、財団と参加グループとの話し合いによりジョイントの公演となった。せっかく同じ空間で演ずることになったのなら一緒に何かやってみようと話しがまとまり、琉球の歌三味線と韓国の鼓の競演を行うことになった。いろいろなグループが集うこういった企画の中からまた新たなものが生まれ、発信していく可能性をもっている。
「区民オンステージ」は出演団体と財団の共催事業であるため、事業費用はプロのコンサートに比べれば低く抑えることができるであろう。しかしながら、参加グループ全てと打ち合わせを重ね、8公演を作り上げていくホールスタッフの労力は大変なものである。
なかのZEROでは、1日の利用を午前・午後・夜間の3コマに分けて貸し出している。昨年の利用貸出し数(日数)が1035コマ(345日)、大ホールではそのうち925コマが利用されており、稼働率にして約90%、小ホールでは858コマ約83%となる。これは、ほぼ毎日何らかの利用がされていることになる。この利用者の多くは学生オーケストラ、合唱団、舞踊団体などのアマチュアの文化活動グループだそうだ。本ホールでは1ヶ月のうち1週間を中野区民優先とし、残りを一般に開放している。区外からの利用者があるとしても、約1,300席のホールが一般利用を主として稼働率約90%までになるのは驚きである。
「区民オンステージ」により、ホールスタッフと参加グループとの間で、一緒に公演を作り上げようという連帯感が生まれ、ホールスタッフの、区民が親しみやすい、利用しやすいと感じる雰囲気作りが自然となされてきており、それがこのホールの稼動率の高さに示されているようにも思える。
本施設は公共の建物であり、利用にあたってはお役所で決められた制限がなにかとあるようだが、管理運営スタッフは彼等の裁量により、利用者が使いやすい施設にするよう努力されている。特にアマチュアのオーケストラに好評なのは大型楽器の貸し出しで、ホールではコントラバス、ティンパニーなどの大型楽器を備えており、オーケストラの練習室やリハーサル室での練習においても貸出しを認めている。また、特にアマチュア利用者に対するホールおよび付帯設備利用への技術的な説明やアドバイス、また大ホールの利用に際し、催し物による残響可変装置の使い方や響きの変わり方の説明等の細かいアドバイスが利用者からの信頼を深めている。こういったこともアマチュアの方々に多く利用されている理由ではないかと金井氏は語る。
限られた事業予算の中で、商品を買うだけでなく、ホールを中心に自分達でものを創造していくことにより、施設全体が活性化されていくという好例を見たように思う。
【問い合わせ先】なかのZERO tel: 03-3540-5000 (小野 朗記)
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