No.139

News 99-7(通巻139号)

News

1999年07月25日発行
区民ホールの外観

江戸川区総合区民ホールのオープン

 新宿と千葉県本八幡を結ぶ都営地下鉄線は、荒川を渡る前後で電車は地上を走る。都心から30分足らず、荒川を渡って初めての駅が船堀駅である。この船堀駅北口に、江戸川区が1995年から工事を進めていた江戸川区総合区民ホールが今年3月にオープンした。設計はプロポーザルで選ばれた岡設計、監理は江戸川区総合区民施設開設準備室と日本設計、工事は戸田・中里建設共同企業体である。

 江戸川区は、東京都の東部地域に位置し、南は東京湾、東は江戸川、西は荒川に囲まれた水に深い関わりをもつ地域である。区のテーマにも「遊水都市」が掲げられており、この新しい区民ホールにも、水のイメージが存分に取り入れられている。地名の船堀に因んでか、外観は大きな船を模しており、マストをなぞらえた展望タワーが象徴的である。外壁は白色、大きな帆船を彷彿とさせる外観である。展望タワーは高さ103mで、天気の良い日には遠く富士山や秩父連山、そして東京湾の新しい観光名所“海ほたる”も見える。しかし、このタワーは展望だけが目的ではなく、タワーに設置されたカメラにより、緊急災害時の地上の状況をいち早く対策本部に伝送するという大きな役割が課せられている。 建物は、展示ホール、イベントホール、産業振興センター、大小ホール、医療検査センターの5つの機能を持った複合施設である。動線を考慮して、それぞれの施設は近いフロアーにまとめて配置されており、さらに、各施設は建物中央部に配置された7層吹抜けのアトリウムで結合されている。そのため、自分の位置を確認しやすく、初めて訪れてもわかりやすい配置になっている。

区民ホールの外観

 このような用途の全く異なる施設が一つの建物内に配置される場合に必ず問題になるのは遮音である。本区民ホールでも、建物内で最大の床面積をもつイベントホールが大ホールの下階に、また小ホールやリハーサル室がこれらの室に上下あるいは隣接するように配置され、さらに小ホール周辺には検査センターがホールを取り巻くというように、各施設が絡み合った配置となっている。複合施設では、各施設を用途も時間も制限なく使えることが効率良い運営を行うための必須の条件である。したがって、設計当初から騒音発生が予想される室とその周辺室間の遮音について検討を進め、大ホール~イベントホール間は2重スラブ、大ホール、イベントホールおよび小ホールは浮き床、リハーサル室は浮き構造、小ホール~検査センター間には躯体の壁の他にもう1層遮音層を追加するなど万全を期した。

 しかし、使用目的に対して必要な遮音性能は異なり、用途が変われば、当然ながら要求される遮音性能も変わってくる。イベントホールは、設計当初バンケットルームの名称で、カラオケ、ロック調音楽等には利用しないという条件が提示されていた。したがって、イベントホール~大ホール間の構造は前記のように“大ホールの浮き床+2重スラブ”とし、80dB(500Hz)の遮音確保を目標とした。ところが、工事が進むうちにイベントホールの運用は大ホールとは別の運営母体になり同時使用に対してコントロールが難しいことや、当初予定していなかったカラオケやロック調音楽、和太鼓の演奏も行われる可能性がでてきた。確かに、このイベントホールは床面積1,500㎡、天井高約7mの大空間である。公共の施設でこれだけの大規模の宴会場をもっているところは数少ないと思われる。そういう点でもイベントホールはこの施設の顔にもなり得るもので、高い稼働率が予想されることから大ホールとの遮音はそれなりの性能が必要と判断された。そこで、区内の和太鼓演奏グループの練習時に演奏音を測定し、これをもとに必要な遮音性能を算出し、その遮音構造の検討をすすめた。また、並行して戸田建設技術研究所の協力の下、検討を進めている構造に対する透過音をスピーカでシミュレートして、聴感的にどのように聞こえるのかを区の方々に体験していただいた。この検討の結果をもとに、イベントホールの天井に遮音・防振天井を追加し、壁の仕上げを防振支持することとした。工事完了後の両室間の遮音性能は85dB/500Hzという高い値が得られた。実際にイベントホールでの和太鼓の演奏による聴感テストでは、演奏位置が大ホール客席直下の場合に透過音がNC-28で、多少聞こえるもののクラシックコンサート以外では支障とはならないだろうというレベルであった。なお、このときの和太鼓演奏音は105~110dB(A)であった。実験室で透過音の試聴を行うことにより、区、設計事務所、施工関係者で遮音に対するコンセンサスが得られたことが、大がかりな変更を行う上で非常に効果的だったと考えている。

 大ホールは、客席数750席の多目的ホールである。設計時にはクラシック音楽よりはむしろ芝居に重きをおいて計画されていたのだが、規模からピアノ発表会等の利用が高くなることが予想され、区からも少しでもそれに適した音響条件の実現を要請された。この時点での室形状の大幅な変更は難しく、壁形状や仕上げについて可能な範囲でクラシック音楽向きに変更を行った。小ホールは、舞台、客席ともに可動式で多様なレイアウトが可能な300人収容のホールである。

大ホールの内観

 本区民ホールのもうひとつの特徴ある施設が、地下1階の映画館である。公共施設に映画館というのも珍しいのではないだろうか。127席、149席と小振りではあるが、高性能の設備を備えており封切館として営業されている。
 駅前のアクセスのよい場所に多種多様な施設をもつ区民ホールの完成は、地元住民にとっては待望の施設だったと思われる。各室については、通常の同時使用に対しては十分な遮音は確保されている。是非活発に利用していただきたい。なお、展望タワーは夜9時まで昇ることができる。もちろん無料である。
(問合せ先:江戸川区総合区民ホール TEL:03-5676-2211)(福地智子記)

オーハイ・ミュージック・フェスティバル (Ojai Music Festival)

ロサンゼルスから北西の方向に、車で2時間弱くらい走った所にオーハイ(Ojaiと書いてオーハイと読む)という小さな町があって、ここで毎年、数日間にわたって現代音楽のフェスティバルが行われている。去る6月2日~6日の5日間の日程で行われた今年度のフェスティバルに行く機会を得、その一部を見聞きしてきたのでご紹介する。

 オーハイというのはスペイン系の名前でこのような読み方をするらしいが、名前のとおり町中の建物がスペイン風のデザインで統一されていて、まるで異国に来たような感じである。「スパ」と呼ばれる温泉施設があちこちにあり、付近のゴルフコースなどとともにこの辺りではリゾート地として知られている。地域の人口はわずか8千人で、フェスティバルの聴衆の1/3~1/2はロスからの参加者で占める。

 フェスティバルは、町の中心部にある公園の一部を会場として基本的に野外で行われている。舞台の上部にはオーケストラシェルと称する囲い(写真参照)があるが、客席部分は数本の木立を除けば全くの野外であり、電気音響設備による拡声を前提としている。舞台に近い客席部分にはベンチシートが設置されているが、後ろ半分は芝生があるだけで聴衆は各々自由に場所を確保してピクニック気分でコンサートを楽しむような構成になっている。このオーケストラシェルの音響性能が特に演奏者の間で評判が良くないことから将来的に建て替えの計画があり、その相談に乗って欲しいということで現地を訪れた。

フェスティバルの会場

 このフェスティバルについては、これまでにその名前さえ聞いたことが無く、事前にほとんど何の知識も持たずに初めて参加したのであるが、行ってみて驚いた。毎年、ロス・フィルがレジデント・オケとして演奏しているというので、かなり大がかりなものを想像していた。しかし実際の会場は、ちょっと見にはせいぜい1,000人程度の貧弱なところで(実際にはぎゅうぎゅうに詰めると1,500人位収容できるとのこと)、舞台もとてもフル・オケが乗れるようには見えなかった。室内オケがせいぜいといったところである。問題のシェルも実に貧弱で、最も高い所で数メートルしかない木製のアーチ型のものである。さすがにこの下にフル・オケが乗るのは無理なようで、実際に使用する場合は約2m位の仮設の前舞台を設けている。従って弦楽器群の上部は、ほとんど何も無い状態であった。

 しかし、現地に行って、このフェスティバルの過去の記録をまとめた一冊の本を見せてもらってさらに驚いた。このフェスティバルは1947年に始まり、今年で53回目を数えるという実に長い歴史を有しているのである。その年毎に任命される音楽監督がその年のプログラミングや演奏を受け持つのであるが、記録に出てくる歴代の名前が凄い。I.ストラヴィンスキー、A.コープランド、P.ブーレーズ、M.ティルソン・トーマス、K.ナガノ、J.アダムス、内田光子、などといった名前がずらっと並んでいるのである。

 実は本当に驚いたのは、実際のフェスティバルでの演奏を聴いてからである。今年の音楽監督兼指揮者はエサペッカ・サロネン(現ロス・フィルの音楽監督)ということから、彼の出身地であるフィンランドの現代音楽、演奏家達が集められて、そのプログラミングを飾っていた(特にフィンランドの作曲家 Magnus Lindberg は今年のレジデント・コンポーザーとして参加)。プログラムのごく一部をご紹介しよう。

June 4, 1999 at Libbey Bowl, 8:15 p.m.
Esa-Pekka Salonen: conductor, Anssi Karttunen: cello,
Laura Claycomb: soprano, Los Angeles Philharmonic
Esa-Pekka Salonen: Giro (U.S. premiere)
Magnus Lindberg: Cello Concerto (U.S. Premiere)
Esa-Pekka Salonen: Five Images After Sappho (world premiere)
Jean Sibelius: Symphony No. 1
June 5, 1999 at Libbey Bowl, 10:00 a.m. (Special Event Family Concert)
Toimii Ensemble
Riku Niemi: “Toimii Goes Opera”
June 5, 1999 at Libbey Bowl, 8:30 p.m.
Esa-Pekka Salonen: conductor, Anssi Karttunen: cello, Gloria Cheng: piano,
Anne Diener Zentner: flute, Raynor Carroll: percussion,
John Magnussen: percussion, The Los Angeles Philharmonic New Music Group
Lou Harrison: Concert for Flute and Percussion
Kaija Saariaho: Amers, for Cello and Ensemble
Esa-Pekka Salonen: Yta II, for Solo Piano
John Adams: Chamber Symphony

 筆者とてこのプログラムを見て「成る程」と頷けるほど現代音楽に精通している訳ではない。しかし、実際に聴いてみて、そのコンサートのクオリティの高さに驚いた。演奏のレベルもさることながら、聴衆のレベルが高い。アメリカ初演、世界初演などというプログラムが続いているにもかかわらず、演奏を聴いた後の反応が実にストレートで、本当にこれらのプログラムを楽しんでいるのがよく分かる。

 象徴的なコンサートは「ファミリー・コンサート」と銘打たれた昼間のプログラムであった。このコンサートは地元の子供達を対象とした教育プログラムで、子供達は無料、大人は6ドルというものである。チェロ、ギター、パーカッション、キーボード・・・といった7人の超腕利きのフィンランドのアンサンブルによる、オペラという名の一種のショーである。馴染みのあるメロディーが散りばめられているものの、現代音楽の奏法や和音がそこら中に顔を出す。そしてそれを面白おかしく演奏するものだから、子供達はキャッキャッといって笑い転げて楽しんで聴いていた。子供達をこのように楽しませながら、現代音楽に親しみを持たせるというのは本当に凄いと思った。

 我が国では、ホールというハードの建設は目を見張るほど充実してきているものの、そこをどのように使いこなすかというソフトがなかなか追いついていかないという状況がよく指摘される。ハード先行型の我が国の状況を知っている者にとっては、このアメリカの片田舎でかくもハイレベルのコンサートを毎年開催してきている「オーハイ」におけるソフトの充実ぶりは、驚くばかりである。そして最近になってやっと、ハードを充実させようという話が持ち上がってきているのである。
 興味をお持ちの方、是非とも今のうちにこのオーハイを訪れて、その貧弱なハードとハイレベルのソフトを目の当たりに体験してきていただきたい。来年2000年は6月2日~4日の日程で、音楽監督としては、つい先頃ベルリン・フィルの次期音楽監督への就任が発表されたサイモン・ラトルが予定されている。(豊田泰久記)