ホールの遮音計画(その1.ホールの配置計画、室間遮音計画)
複数のホールや練習室から構成される複合文化施設の配置計画では、敷地の制限や動線の関係から、ホールや練習室を近接して配置せざるを得ない場合がある。また、地域住民の日常の利用を意図して多数の練習室をホール周辺に配置するケースも増えている。一方最近では、ホール施設がオフィスや店舗といった一般ビルの中に配置されるようなケースも増加している。この場合には、ホールの静けさをどの程度実現できるかが、ホールの性格やグレードに大きく影響することになる。
気持ちよく演奏や芝居を楽しんでいる時に隣室の音が聞こえてくるのは困ったことで、実際、クレームの中では遮音に関するものが結構多い。そして、一度遮音が悪いという評判が立つと、その評判はなかなか消えない。後での遮音対策は、構造に関係するため大掛かりになり、対策工事には経費も時間も必要となる。従って、遮音に関する検討は計画の早い段階、すなわち室の配置計画の段階から十分詰める必要がある。その計画の良否が完成後のホールの評価に直結すると言っても過言ではない。ここではホールの配置例をいくつか示し、それらに対する音響的な評価と注意事項を紹介することにする。
ホールや練習室での催し物の発生音としては、大編成オーケストラ:約110dB、中編成オーケストラ:約100dB程度、ピアノ演奏音:約90dB程度、電気楽器を使用するようなロック音楽:約120dB以上(いずれも中音域)にもなる。これに対してホール内は、年々より静かな空間が求められるようになり、クラシックコンサート用のホールではNC-15以下が当たり前のようになってきている(NC値とは、室内の静けさをあらわす尺度で、数値が小さいほど静かなことを表す。NC-15の空間では、他人の呼吸も気になるほどである)。NC-15の中音域(500Hz)における音圧レベルは22dBなので、100dBの音をNC-15以下にするには単純に差し引いても約80dB以上の遮音が必要なことがわかる。例えば、隣接する室からの大編成オーケストラ演奏の透過音を聞こえないレベルにするには90dB以上(中音域)の遮音性能が必要になる。
ところで、ごく一般的なコンクリート厚150mm程度のRC造の遮音性能は、扉や窓などからの音の回り込みがない場合には50~60dB(500Hz)程度である。このコンクリート厚を倊の300mm程度にしても、せいぜい5~6dB程度しか遮音性能が増加しないことを考えると、90dBの遮音性能を得ることが如何に難しいかが分かると思う。しかしながら、スペースが狭くなることと経費が嵩むという点さえ解決できれば、防振ゴムと鉄骨を使用して室の中にもうひとつ独立な防振遮音構造の室を造ることによって、90dB級の遮音性能が実現可能となる。当事務所でもいくつかのプロジェクトで、この構造を採用し目標の遮音性能を得ている。
二つ以上のホール配置例を図-1に示した。(a)は二つのホールの間に事務室や練習室のような小部屋を含む建物を挟んで両ホールを平面的に並べた例、(b)は三つのホールを隣接して配置した例、(c)は四つのホールを断面的に隣接するように配置した例である。
この中で、遮音計画上最も良いのは(a)の配置である。(a)の配置では、ホール間が30m程度離れていれば、ホールに防振構造のような高性能遮音構造を採用しなくても両ホール間の遮音性能は十分確保できる。ただし、両ホール棟の間の練習室については、ホールとの同時使用のために防振構造が必要となる。
(b)の配置で、各ホール棟の間がエキスパンション・ジョイント(EXP.J)で構造的に切れていない場合には、両ホール間の遮音性能は70dB(500Hz)程度となる。この遮音性能では、和太鼓や吹奏楽演奏音の低音が聞こえるため、両ホールの同時使用は基本的に難しい。すなわち、クラシックコンサートと歌謡ショーといった、静けさの必要な催し物と発生音の大きな催し物の同時使用は避けなければならない。しかし、(b)の配置で各ホール棟が構造的に独立で、EXP.Jで切れている場合には80~90dB(500Hz)の遮音性能が得られる。ただし、ここで注意しなければならないことは、構造的なEXP.Jでは躯体と躯体の間にスタイロフォーム等が詰められていたりセパレータで両側の躯体が繋がっていても構わないが、音響的な理由で縁を切る場合にはスタイロフォームやセパレータを取り除いて躯体と躯体の間を全くの空間にしなければならない点である。
(c)のように断面で隣接する場合にはEXP.J構造というわけにはいかないので、ホールを防振構造にする以外には同時使用に対して必要な遮音性能を確保する手段はない。しかし、前述の、室の中に独立にもう一つ室を作るような防振構造は、規模の大きなホールや舞台機構の複雑なホールの場合実現が難しい。実現可能な対策としては、床、壁、天井の遮音層各々を防振ゴムで支持するような防振構造が考えられる。その場合の遮音性能は70~80dB程度である。したがって、断面配置の場合には、ホールの同時使用についてはある程度の制限が生じざるを得ない場合もありうる。
防振構造に要するスペースと経費、そして工事にかかる手間は大変なものである。敷地の費用も高いことを考えると、やむを得ず図1の(c)のように諸室を断面的に重ねて配置するしかない場合もあるだろう。しかし、(a)あるいは(b)(ただし、エキスパンション・ジョイントは不可欠)の配置が可能な場合には、是非、平面配置案で検討を進めていただきたい。その成果は、運営を通して実感されることであろう。(福地智子 記)
なお、航空機騒音、鉄道振動・騒音など、ホール外部からの騒音、振動の遮断計画、さらに施設内部の設備騒音からの騒音防止計画については、別途紹介の予定である。
ロサンゼルス・ディズニーコンサートホール・プロジェクト再開
当事務所で音響設計を進めてきたロサンゼルスのディズニー・コンサートホールは、予算不足のため設計途中段階でプロジェクトが一旦中断していたが、今年に入ってから全面的に再開されることになった。
このディズニー・コンサートホール建設のプロジェクトは、1988年に建築と音響の設計者を選定するコンペが行われ、地元建築家のフランク・ゲーリーが建築設計者として、永田音響設計が音響設計者として選定された。しかしながら、設計が進むにつれて当初の予算規模では建設が困難なことが明らかになり、1994年の秋、Construction Documents(日本での施工図に相当。アメリカではすべて設計者が作成する。)の途中段階で、一旦、プロジェクト全体が凍結されたのである。その時点で、一足先に着工されたホール地下部分の駐車場(6層、2500台分)はすでに完成しており、現在すでに営業中である。
ディズニー・コンサートホールは、故ウォルト・ディズニー未亡人のリリアン・ディズニーさん個人による寄付金(当初5000万ドル)を元に建設が計画された約2350席のコンサートホールで、完成後はロサンゼルス郡のミュージック・センターに所属し、ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地、定期公演会場として予定されている。建設予定地はロサンゼルスのダウンタウンで、ロス・フィルが現在、定期公演を行っているミュージック・センター(ドロシー・チャンドラー・パビリオン)の向い側である。
プロジェクト凍結後は、予算の不足分を補うための地道な寄付金集めが行われていたが、アメリカの景気回復も追い風となって次第に寄付金が集まり、さらに昨年の12月、ディズニー・コーポレーションが会社として(これまではディズニー・ファミリーによる個人的な寄付のみ)2500万ドルの寄付を行うことを発表して、建設へ向けての気運が一気に高まっていった。総工事費として、約2億ドルが予定されている。現在、Construction Documentsを完成させる作業が急ピッチで進められており、順調にいけば来年の2月に着工される予定である。工期は約3年で、2002年の完成、オープンが予定されている。
4年前にプロジェクト凍結の連絡があった時は、正直なところ驚いた。日本ではちょっと考えられないことである。一旦プロジェクトを開始するということは、予算が確定していて、与えられた予算で工期内にプロジェクトを完成させるのが設計者や施工者の責任、というのが日本の常識である。ところが欧米での状況は少し違うようである。ある程度の予算の目処が立ったら、実際に設計を行ってみて予算を確定していく、というプロセスである。物件にも依るのであろうが、コンセンサスの中で予算をオーバーしてしまったような場合は、むしろその設計案を実現するために様々な努力が払われることもしばしばある。結果として欧米では、設計を行ったものの予算不足でしばらくプロジェクト凍結といった例をしばしば聞く。フィラデルフィアのコンサートホールがそうであったし、ドイツのブレーメンのホール、イギリスのカーディフのオペラハウス……等々。シドニーのオペラハウスも多大な年月と経費をかけて完成されている。
こうして海外の事例をみると、日本のように必ず決められた予算内、工程内にプロジェクトが完成していくのは、むしろ驚くべきことなのかもしれない。予算や工程が適切ならば問題はないが、中には役所の都合によって無理な予算や工程で進めざるを得ないようなプロジェクトも数多い。そしてそれらの予算や工程を決定する課程での検討が不十分な例もしばしばある。
決められた予算、工程が最優先の官主導の我国と、何を作りたいか、どのようなものが必要であるかが優先され、その結果としてプロジェクトの完成が大幅に遅れる場合も有り得る海外の例と、どちらが結果的に良いのだろうか?(豊田泰久 記)
ICA’98 (International Congress on Acoustics) in Seattle
第16回国際音響学会(ICA)が、6月20日~26日の間、アメリカ音響学会とのジョイントミーティングの形で、シアトルにおいて開催された。当事務所からは、口頭で札幌コンサートホール(豊田)、ポスターでクィーンズランド音楽院(小口)、すみだトリフォニーホール(福地)、ハーモニーホールふくい(小野)の4件を紹介した。今回建築音響の分野は、オペラハウスの音響をテーマとしたワークショップと東京の2つのプロジェクトの紹介が加わり、発表件数が135件と多かった。
オペラハウスのワークショップは、1995年霧島・みやまコンセールとイタリア・フェラーラ大学で前後して開かれたホール音響に関するシンポジウム(MCHAとCIARM)が共同で第2回目として企画した2日間のセッションである。多層にボックス席が巡る伝統的な馬蹄形オペラハウスのオーケストラ席(主階席)の豊かな響きはボックス席からの回折波によること、オーケストラピットの音響について、たまたま火事の2週間前に測定されたベニスのフェニーチェ座の音響データ、などが興味深かった。
第4日目にケーススタディとして新国立劇場・東京オペラシティと東京国際フォーラムの紹介があった。いずれもアメリカの音響コンサルタントが参画していたので独立したセッションとして組まれたようだ。前者にはDr.Beranekが音響監修の立場で、また後者にはJaffe Holden Scarbrough Acoustics, Inc.が音響コンサルタントとして参加している。 今回のICAではC80、G、IACCなど残響時間以外の物理量についての測定結果報告が多かった。一般室内の残響時間の測定方法を規定したISO 3382の付属書に取り上げられたせいであろうか(関連記事News98-1号)。たまたま筆者の隣のポスターでニュージーランドのDr.Marshallの研究室が、音源の位置と向きやマイクの位置のわずかな違いによる測定結果のバラツキを取り上げていた。残響時間以外は大きくバラつく場合のあることが示されており、測定条件をかなり細かく統一しない限り、測定者のちがう測定結果の比較は無理ではないかという感想を持った。
シアトルでは完成間近の2500席のコンサートホールを見学することができた。敷地直下を斜めに走る地下鉄の騒音・振動対策のためにホールの躯体全体が積層ゴムで浮いていた。室内音響のコンサルタントは、大御所Dr.Harrisである。ホールは長方形平面に階段状のバルコニーが2層にとりまく形状で、同氏が手がけたニューヨークのAvery Fisher HallやソルトレイクシティのAbravanel Symphony Hallとそっくりである。壁面の比較的大きな拡散体が他の2ホールと違った特徴であった。(小口恵司 記)