熊谷文化創造館“さくらめいと”の開館
熊谷市の第二文化センターとして計画、建設された熊谷文化創造館(愛称:さくらめいと)が平成10年1月10日に開館した。当日の式典での埼玉交響楽団の演奏に続き、オープニング記念公演として、翌日のNHK交響楽団の演奏会をはじめ、松山バレエ団、ピアノ開きとして中村紘子のピアノリサイタル、ベルリンフィルのシャルーンアンサンブル、コーラスグループのサーカスのコンサート等が催された。2月は地元の各種芸術団体の公演、3月には熊谷を舞台としたオリジナルミュージカル「黄色のバット」が企画されている。
この施設はJR高崎線熊谷駅から一駅先の籠原駅南口、約1kmのところに建設されたもので、熊谷第一文化センター、熊谷会館とともに市民の文化創造、活動の新たな拠点として計画されたものである。設計・監理は池原義郎・建築設計事務所、劇場コンサルタントとしてA.T.Network、音響設計を当事務所が担当した。プロポーザル当初の全体計画ではⅡ期に分けられ、大小ホール、練習室等を持つ劇場棟と会議室、博物館、図書館・教育研究所、レストランの各棟からなる複合文化施設として計画された。しかし、計画が変更されてⅠ期計画のみとなり、劇場棟と会議室棟、レストラン棟からなる施設として開館した。 晴れた日には劇場北側に配置された大きなガラスの半外部空間ガレリアから、さらには大ホールフライタワー屋上の展望広場から男体山、赤城山、妙義山、秩父連山が一望できる。
劇場棟は1000席の大ホール(太陽のホール)と250人収容の小ホール(月のホール)、その付属室をはじめ5つの練習室からなる。この施設の構成、規模設定からもわかるとおり、市民参加型のホールとして計画されている。このため、大ホールは幅広い文化団体の活動を積極的に支援する場として、専用ホールまで特化せず、多機能ホールと位置付け、利用上の主目的を明確にしている。これに、地元で活動している埼玉県内最古のオーケストラ、埼玉交響楽団のフランチャイズ化という話から、大ホールは音楽重視のプロセニアム型多機能ホールとなった。主目的の設定、客席規模からシューボックス型の室形状を採用し、多機能に対応できる奥行きのあるプロセニアム舞台には舞台、客席の一体感、音響効果とともに舞台部の高度化を意図し、走行式の舞台反射板を設置している。また、このホール、舞台背面の大開口を開閉することによって半円形に張り出した野外舞台(風の劇場)のための舞台へと変換できるのも特徴の一つである。快晴率、日本一の熊谷ならではの発想である。このため、走行式舞台反射板も野外舞台用としてセットできる形態を採用している。空をイメージするような客席天井と、シャープな側壁が印象的な落ち着いた雰囲気のホールである。小ホールは文化団体、サークル等のより日常的な利用を考慮し、舞台、客席形態の様々なバリエーションに対応できるように、平土間形式の床に電動移動収納型段床客席が計画されていた。しかし、最終的には舞台部の迫りのみを残したシンプルな平土間形式のマルチイベントスペースとして完成した。この小ホール、舞台背面の全面ガラスにより、より開放的な空間演出を可能としている。また、大きな展示、レセプション等への対応として、ホワイエとの一体利用も考慮され、ホワイエ側が二重の可動間仕切り壁で仕切られている。
音響設計の課題は、騒音防止計画では、ホワイエを介して隣接する大小ホール間の遮音、舞台背面に大開口部を持つ大小ホールの外部騒音の遮断、フライタワー外壁のエレベータの走行音、屋上の床衝撃音の遮断から椅子下吹出しシステムの空調騒音の低減等であった。大小ホール間の遮音に関しては、意匠、構造、設備設計サイドの理解を得てEXP.J.を採用し、同時使用に支障とならない遮音性能を確保している。
室内音響計画では、基本的な形状をシューボックス型としたことから、おもな問題は内装形状,仕上材等に関する意匠計画との調整であった。具体的には複雑な凹凸面の天井、屋外劇場兼用の舞台反射板、側壁の拡散処理などである。大ホールの残響時間を別図に示す。また、電気音響設備計画では、露出設置のプロセニアムスピーカ、壁収納のサイドスピーカともにきめこまかくデザインされ、まったく違和感を感じさせない。 桜の町、熊谷に誕生したこの文化創造館、文芸作品の舞台化、埼玉交響楽団のフランチャイズ、企画公募など、独自の運営システムに取り組んでいるだけに、開館一ヶ月前の土日の市民のための施設内覧会、オープニング公演のこれまでの盛況が、住民主役の活動拠点への旗揚げとなることに期待したい。(熊谷文化創造館:熊谷市拾六圏111-1、TEL 0485-32-0002)
(池田 覚記)
チャンセンター[Chan Center for Performing Arts]
昨年11月末から12月始めに訪ねたカナダとヨーロッパのホールから、今月と翌月で2つのコンサートホールを紹介する。今月はカナダ・バンクーバに昨年完成したチャン・センターである。
楕円形の建物の中にコンサートホール、小劇場とシネマが収容されている。客席数1,400のコンサートホールは、最も多額の寄付をしたチャン・ファミリーに敬意を表してChan Shun Concert Hallと命名されている。音響コンサルタントは、ニューヨークのArtec Consultants (Russell Jonson氏が主宰)である。ホールの形態は、同氏の近作であるダラスやバーミンガムのシンフォニーホールと同様で、シューボックスの両端が円形に閉じたメインフロアーを2層のバルコニーが取り巻き、天井が高いのが特徴である。ステージ上にはやはり可動の大型のキャノピー(重量37t!)が吊り込まれており、その中にはステージ照明やスピーカが仕込まれている。前記のホールと違うのは、ホール上部周りに残響室が無いことである。ステージ周りの壁はパンチングメタルの音響的に透明な仕上げで、背後の空間に残響室の役割を期待しているのだと思う。ホール仕上げはコンクリート打放しに部分的にメープル材がはめ込まれている。また、残響調整のために、壁面全体に降りる吸音カーテンが仕込まれている。
訪れたときにはブラスバンドが練習中で、キャノピーの高さは約9m、吸音カーテンが全面に降りていた。バルコニー席での印象は、素直な響きでブラスにはちょうど良い響きの長さなので、聴衆が入るとややデッドではないかと感じた。ステージ背後にまわると、ステージ背後のパンチング壁面の半分がパネルでふさがれてはいたが、演奏の内容はリアルに聞こえた。キャノピーの高さ、吸音カーテンの使い方は、奏者や指揮者とホールスタッフが相談して(Jonson氏のアドバイスに基づいて)決めるそうである。案内していただいたスタッフが、大学の音楽関係者・地元の演奏家は当初響きの長い空間にとまどったが、来演したイ・ムジチ合奏団の”すばらしいホール”とのコメントで不安が解消した、と解説してくれた。似たような話は日本でもよく聞くが、かの地でも状況は同様なのだということが興味深かった。
小劇場・シネマは、やはり寄付者に敬意を表してそれぞれBC TEL Studio Theatre・Royal Bank Cinemaと命名されている。小劇場は、客席タワーを空気圧で移動させてプロセニアム、スラストステージ、センターステージ、平土間に可変できる。 (劇場コンサルタント:Theatre Projects Consultants,ロンドン)(小口恵司記)
耳よりなグッズの紹介
最近は、老若男女を問わず誰でも持っているといっても過言ではない程、ヘッドフォン・ステレオが普及してきている。私自身は通勤電車の中でも聞くほどの愛用者ではないが、海外旅行の際の長くて退屈な機中で聞くのはちょうど良いと考えて、以前に携帯用のCDプレーヤーを買い求めた。ところが経験された方はご存じと思うが、飛行機の中は相当うるさくて、特にクラシック音楽などのようにピアノやピアニシモが重要なプログラムの場合にはほとんど実用にならないことが分かった。
しばらく使わないで放っておいたりしたが、先日、偶然に面白いものを見つけた。ノイズキャンセラー付きのヘッドフォンである。説明書を読んでみると、外からの騒音に対して逆位相の音を出して両者が打ち消し合うことによって騒音を低減させようというものである。したがってごくごく小型のアンプが付いており、単4の電池を1本使うようになっている。逆位相の音でノイズをキャンセルするという音響の原理的な考え方そのものはそれ程新しくはないが、これを応用して製品として売り出すという点では、比較的最近の注目すべき技術である。このような音響の最新の技術がごくごく身近な製品に応用されていることにびっくりした。しかしながら、本当に効果が期待できるのだろうかというのが率直な疑問で、騙されたと思って購入してみた(カメラ量販店で\10,000位)。
早速飛行機の中で試してみたが、正直いってその劇的な効果に驚いた。耳に入ってくる飛行機の騒音は、感覚的には20dB位は低減されているように思われる。演奏のピアノやピアニッシモの箇所でも十分に聞こえる。このヘッドフォン(というよりもイヤフォン)は耳の中に挿入するタイプで、とても馴染みやすくフィットする。この挿入だけで約10dB、スイッチをオンにするともう10dB程度低減するという印象である。もちろんどんなタイプのCDプレーヤ、カセットプレーヤ、あるいは最近流行のMDプレーヤでも使える。逆にこのイヤフォンだけでも有用なことに気がついた。飛行機の中で耳栓として、とても優れ物なのである。あのゴーゴーという騒音で眠れない方は試してみる価値がありそうである。それと、国際線の機中では国内線のゴム管のようなヘッドフォンと違ってちゃんとした通常タイプのヘッドフォンが使われており、この接続コネクタは汎用品が使われている。すなわち、持ち込んだ自前のヘッドフォンで、映画でも音楽でも静かに楽しめるという訳である。
ちなみに電車の中でも試してみた。原理的に高周波の音ほど効きが悪く、飛行機で味わった程の劇的な印象はなかったが、それでも一定の効果は十分に確認できた。単4の電池の持ちは30時間程度(説明書による)とのことなので、まずは実用的には十分と思われる。
私が購入したのはSONYのMDR-NC10 (Noise Canceling Headphone)という型名のもの。あるいは他社でも同様の製品が発売されているかもしれない。興味をお持ちの方はお試し下さい。
(豊田泰久記)
- “ホール電気音響設備の改修計画と事例シリーズ(4)”は、音響機器室をテーマとして次号に掲載いたします。
- 永田音響設計Newsの合本について
先月号でお知らせしました永田音響設計Newsの1号~50号、51号~100号の合本につきましてお問い合わせがありました。まだ在庫がございます。価格は1号~50号が2,000円、51号~100号が2,500円、いずれも送料込みでお分けしております。ご希望の方はお知らせください。