ハーモニーホールふくいのオープン
福井県が福井市内に建設を進めてきたハーモニーホールふくい(福井県立音楽堂)がこの9 月3 日に竣工し、9 月23日に開館記念式典が行われた。設計・監理は日建設計名古屋事務所、施工は飛島、前田、村中JVである。
本施設はJR北陸本線福井駅より約4 キロ南下した田園地帯にあり、四方をたんぼに囲まれた約67,000m2の広い敷地に、大小ホールの各ゾーンと管理ゾーンが平面的に配置されている。中央にはエントランスと管理・練習室施設それに設備施設を集約させ、東西に大小ホールを分ける明快なゾーニングとしている。このゾーニングは、ホール間の遮音や空調設備騒音対策をも考慮したもので、音響上も計画で意図した良好な結果が得られた。大小ホールの屋根形状は、雪に強い福井県の民家をイメージしたデザインである。同一敷地内の建物の周辺は森に囲まれた公園で、ガーデン喫茶や野外ステージが設けられ、開館時だけでなく閉館時にも県民の憩いの場として利用できるように配慮されている。
大ホール
1,456席を有するシューボックス型のコンサートホールで、舞台後方にも設けられた客席は合唱席も兼ねており、演奏者と観客との間に独特の一体感を醸し出している合唱席の中央にはパイプオルガン用のテラスがあるがオルガンはなく、早い設置が期待されている。このホールは音楽専用ホールであるが、拡声設備を使用する講演会などを行うことを前提としており、舞台を“コ”の字型に囲い、側方と後方の客席を覆うようなカーテンを天井より降ろし、ある程度響きを押さえられるようになっている。残響時間はこのカーテンを収納した空席状態で2.2秒/500Hzであり、カーテンを降ろすと1.7秒/500Hzとなり、0.5秒程度の可変幅が得られている。
小ホール:
610席の客席が舞台を取り囲み、周囲のバルコニー席も高さに変化を付け“ミニアリーナ型”とも呼べるような特色ある形態で、演奏者と観客が一体となってより親密さを増すレイアウトになっている。ホールは基本的に音楽専用ホールの形態を取っているが、舞台幕が用意されており(写真)、これを使用することにより幕形式の舞台にすることもできる。音響上の対応としてはこれらの幕の他に舞台背後の客席を覆うようなカーテンが天井から下がり、さらに舞台壁面が扉状に反転し吸音面となる。また2 階客席側壁に設けたパネル上下昇降方式により壁面を吸音面にできる。これらを使い分けることにより、残響時間は最もデッドな状態で1.1秒/500Hz、最もライブな状態で1.7秒/500Hzと0.6秒程度の可変ができる。この結果、室内楽から講演会、映画会まで多様な催しに対応できる。
付属施設:
練習室は中央の管理ゾーンに大小6室あり、うち3室に高い遮音性能を持つ浮き遮音構造を採用し、発生音レベルによる室の使い分けを考慮している。
工期短縮・早期開場:
この施設の施工は、着工が遅れたために約20か月という短い工程の中で行われ、しかも豪雪多雨の福井にあって工事スタッフの大変な努力により工期内の竣工となった。さらに竣工から20日間でオープンした。
設計コンペ審査員の一人であり、オープニングで地元のオーケストラを指揮された岩城宏之氏からは、設計段階からアドバイザーとして助言をいただいた。このホールに前後してオープンした他の音楽ホールが、ある程度の準備調整期間を経てオープンしており、準備期間もなく、調整もそこそこにオープンするこのホールの危険性を訴えられていた。実際に、調整不十分な点について利用者から指摘を受けているところもあり、なぜそのようにオープンを急ぐのかとの声も多く聞かれた。その経緯は定かでないが、10月16日にウィーンフィルの公演が決定していた。「ウィーンフィルが来てくれるならとにかくつくれ」ということでこの様なことになったのではないかと憶測するのである。
ウィーンフィルの公演:
そのウィーンフィル(ピアノ:内田光子)の演奏会とリハーサルを聴くことができた。内田さんはオーケストラより2時間程前にホールに来られ、リハーサルでは、まず試し弾きをされた。そして舞台の床下地(大引き、根太)の位置を調べ、その上にピアノの前方の足をのせるようにスタッフに指示し、好ましいピアノの位置を調整された。とくに、この日の演目“シューマン:ピアノ協奏曲”はオーボエとのやり取りが重要とのことで、オーボエの位置との距離を確認しながら入念にその調整が繰り返された。演奏会後、内田さんに演奏の印象を尋ねると、その日の演奏が良かったとのことで喜んでおられたが、「この人達やる気になるといい演奏するのよ」と言われたのには驚いた。
現在、ホールではホールの友の会の会員を募っていて、県民参加の施設にしようという動きもある。ホールが主体となって県民の活動の場を作り出していっていただきたい。
○問い合わせ先:ハーモニーホールふくい:TEL0776-38-8288 (小野 朗記)
ホールを含む駅前複合施設の音響設計
この1年の間にできあがった担当物件を並べてみると、なんと殆どがホールをもった駅前の複合施設であった。これは時代の趨勢か、あるいはただの偶然か。これらの業務を通して感じたこと、考えさせられたこと、以下に反省の意も込めて記してみたい。
駅前複合施設:
手掛けた施設の多くは下階に商業施設、業務施設を、上階にホール等の公益施設を擁している。これは上階に大人数を動員する施設を設けると、そこへ移動する人々の動線により下階の商業施設の集客の助けにもなるという計画上の意図があるとのことまたこれによって、ホール等が鉄道軌道や駅前の交通量の多い道路から離れるため、交通騒音・振動の影響が軽減されるので音響的にも好ましいことになる。しかしながら、そのために上階には軽量な構造が必要とされるという、室間の遮音確保上ありがたくない現実にも直面する。事実、最近完成した施設の幾つかは乾式工法を多用したものであった。ホール等への外部騒音の侵入を防ぐことはもちろん、公益施設内のホールや練習室等からの発生音が、他の施設に透過することを防ぐことも重要である。中には所有者の異なる施設が隣合う状況のため、使用条件など運用上の配慮を期待するのが難しいケースもあった。
公益施設:
複合施設の中で、われわれが関わった箇所は主に公益施設である。この中には会議室、音楽練習室、各種研修室(調理室、工作室、視聴覚室等)、そしてホール等が盛りだくさんに計画されていることが多い。そのため音響設計の際にまず検討するのが室間の遮音対策である。今回関わった施設の内の数件は、先にも述べた通り乾式工法を多用している。乾式工法については各メーカーより高性能の各種遮音壁が製品化されているが、いざ施工となると、ジョイント部の隙間処理、鉄骨の耐火被覆との取り合い部の処理等、設計図には明示されていなくて施工図レベルで浮かび上がる問題事項が多い。従って、現場での綿密な打ち合わせが必要となり、監理協力段階での作業量が多くなる。また技術的な困難さ以前に戸惑うのが、各室間の遮音性能の設定である。地元の市民サークル等は駅前に研修室、音楽練習室ができることを(おそらくは)待ちわびていて、都内近郊の施設では予約開始数週間で、数カ月後までの予約がほとんど埋まるという所もあるという。つまり、大規模ホールを擁するホール中心の施設とは異なり、必ずしもホールが主役ということではなく、料理を習いたい人には調理室が、エアロビクス愛好家にはトレーニングルームが最も大事な室なのである。
平面図をにらみながら、どの室にはどの程度の音響的配慮が必要か改めて悩むことも多い。施設によっては施主側の意向がはっきりしているものもあったが、いくつかは明確な使用目的が決まっておらず各室の使用内容の予測が困難でいったいどの室の遮音性能を高く設定すべきか判断に迷うこともしばしばであった。最終的には音響設計側である程度使用内容や必要遮音性能を予測・設定し、どの程度の音量を出したらどの程度聞こえるか等の遮音性能のグレードを、ある場合は施主に直接、ある場合には建築設計担当者を通じて説明していくことで理解を得ながら作業を進めた。
多目的ホール:
今回対象となった公益施設内のホールは、200~500席程度の小規模なホールである。これらの多くには当初からの明確な利用展望はなく、通常は地域住民の発表の場として、音楽や演劇の発表会、講演会等いろいろで、時にはプロの演奏家の公演も聴きたい、といった漠然とした要望があるのみである。多目的性を求める結果、いずれのホールも客席は可動椅子となり、舞台は幕や反射板の吊り換えによって演劇やコンサートに対応する方式となっている。可動椅子には二つの種類があり、収納庫から移動観覧席が出てくるタイプ、もう一つは椅子を内蔵した床ユニットが上下するタイプである。前者の場合、遮音性能を高めるためにホールの床を防振床にすると、移動観覧席の有無によって床にかかる荷重が大きく変化するため、防振ゴムの選定が難しいという問題がある。つまり床自体の重量をある程度確保しないと(荷重の変化率を小さくしないと)移動観覧席がセットされた場合は適切に撓んだゴムも、移動観覧席がなくなると全く撓まず、防振効果が望めなくなる(防振系の固有振動数が高くなってしまう)のである。しかし、建物としては「軽量化」が望まれるため、床を「重く」という音響側からの要望と「軽く」という構造側からの要望に対して、建築設計者は常に頭を悩まされることになる。
いずれの物件に対しても、音響設計作業の殆どの時間が遮音対策に費やされた。現場打ちのコンクリート構造ではなく、軽量化を指向した乾式工法の中での高性能遮音構造については、これまで設計、施工を含めて比較的経験、実例が少ない。知識としては、工法上発生する隙間をいかに無くすかが重要と知っていても、実際に現場において、遮音層として見込んでいた壁のあらゆる部位から光が射し込む様に驚き、慌てて対策を講じてもらったという事も多々あった。従来このようなことは、ともすれば見落としがちで、完工後にクレームが生じ、後で高いコストを掛けて対策を行うという事例が多い。
一連のプロジェクトにおいては、建物における音響性能の重要さを理解いただき、設計段階から音響コンサルタントの意見を採り入れ、また現場においても監理及び施工担当諸氏に助けられ、様々な要望を聞いていただいた。その結果、殆どの現場で所期の遮音性能を達成できたと思う。
─参考施設─
- 土浦駅前地区第1種市街地再開発(ウララ-URALA-)[S造]:JR土浦駅前に1997年10月オープン1~4階は商業施設(イトーヨーカドー)等・5階に茨城県生涯学習センター(多目的ホール、音楽練習室、軽運動室、講座室等)
- 溝口駅周辺再開発事業施設(ノクティー-NOCTY-)[S造]:東急溝の口、JR武蔵溝の口駅前に1997年9月オープン・1~10階は商業施設(丸井)・11~12階に高津市民会館(多機能ホール音楽練習室、視聴覚室、トレーニングルーム、会議室等)
- 地球市民かながわプラザ(仮称)[SRC造]:JR本郷台駅前に1998年2月オープン予定(1997年6月竣工)・公益施設
- 六本木6丁目共同ビル(ラピロス六本木-LAPIROSS ROPPONGI-)[S造]:営団地下鉄六本木駅上部に1997年10月オープン・1~7階は商業及び業務施設等、8階に多目的ホール(オリベホール)、10階に岐阜県施設(会議室等)
- 永山駅前拠点施設(ベルブ永山-BELLEBS NAGAYAMA-)[RC造、一部SRC造]:京王、小田急永山駅前に1997年4月オープン・1~2、6階は商業及び業務施設、3~5階に公益施設(多目的ホール、音楽室、工作室、図書館等)
- 武蔵境駅北口地区市街地再開発ビル[RC造、一部SRC造]:JR武蔵境駅前に1996年オープン・2階にホール(スイングホール)、その他は商業・業務施設 (横瀬鈴代 記)