日本フィル・ヨーロッパ公演随行記(その1)
今年の4 月25日から5 月16日にかけて、日本フィルハーモニー交響楽団によるヨーロッパ公演が行われた。ウィーンのムジークフェラインザールやベルリンのフィルハーモニーをはじめとして、アムステルダム、ロンドン、ミュンヘンなどいわゆるヨーロッパの主要音楽都市のコンサートホールのほとんどで公演が予定されており、同じオーケストラで色々なホールの音を聞いてまわれるというまたとない機会であったので、これに参加していくつかの公演を聴いてきた。
指揮は、全公演とも正指揮者の広上淳一氏。全公演共通の曲がファリャの「三角帽子」(Sp:坂本朱)で、これに吉松隆「鳥たちの時代」、ラフマニノフ「パガニーニ・ラプソディ(P: アンドレイ・ガブリーロフ) 」、ラロ「スペイン交響曲」、モーツァルト「交響曲第36番」、ベートーヴェン「交響曲第1番」などが組み合わされたプログラム構成であった。各地における公演の日程はつぎのとおりである。
4/25:イギリス・ロンドン・ロイヤルフェスティバルホール
4/26:イギリス・バーミンガム・シンフォニーホール
4/28:オランダ・アムステルダム・コンセルトヘボウ
4/29:ドイツ・ミュンヘン・ガシュタイク
4/30:ドイツ・レーゲンスブルグ・レーゲンスブルグ大学講堂
5/ 2 :ドイツ・ベルリン・フィルハーモニー
5/ 3 :ドイツ・デュイスブルグ・メルカトルホール
5/ 5 :ドイツ・ヴィルヘルムハーフェン・シュタットハレ
5/ 7 :ドイツ・フランクフルト・アルテオパー
5/ 8 :ドイツ・マンハイム・ローゼンガルテン
5/ 9 :オーストリア・ヴェルス・シュタットシアター
5/10:オーストリア・クラーゲンフルト・コンツェルトハウス
5/12:オーストリア・ウィーン・ムジークフェラインザール
5/15:チェコ・プラハ・ドヴォルジャークホール
5/16:チェコ・プラハ・ドヴォルジャークホール
とても3週間にわたる全公演を聞くことはできず、最初のロンドン公演からベルリン公演までのうちの5公演を聞いた後、ウィーンに3日間程滞在してから、日本フィルの人達より一足先に帰国の途に着いた。
1年ほど前、出張先でもレポートを書いたりすることができるようにという理屈を付けて、HP200LX という電卓に毛が生えた位の小さなパソコンを買い込んだ。それ以来、コンサートに行った時などは演奏やホールの音響の印象などのメモを書き込むようになった。時間が経ってから後で読み返してみると、人間が忘れる動物であることを実感する。ヨーロッパ旅行にももちろん持参した。今回は、今はやりのパソコン通信を利用して、書き込んだメモを逐一、事務所に速報として送り続けた。帰国後まとめて印象などを報告するのと違って、とてもホットで詳細な情報を送ることができたと思う。これらの通信によって地球が一段と狭くなったことを実感した。
この、ほとんど毎日送り続けたコンサートメモを今月号から3回に分けて、できるだけそのままの形で紹介することにした。まずは最初の地、ロンドンの報告からである。
960424:イーゴリ・オイストラフ(Vn)+イギリス室内管弦楽団@バービカンセンターコンサートホール:1F中央下手寄
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
- 今日ロンドンに着きましたが、日本フィルの公演は明日からです。ホテルに着いたのが夕方7:30頃でしたのでコンサートはあきらめようかと思ったのですが、調べたらロイヤルフェスティバルホールでアシュケナージ指揮フィルハーモニアのショスタコーヴィチの5番の交響曲、バービカンセンターでイーゴリ・オイストラフのヴァイオリン+イギリス室内管弦楽団(ECO) でベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲他がありました。どちらに行こうか迷った末に、後半だけでもと思って結局バービカンに行きました。
- コンサート開始時間は7:30とありましたが、丁度休憩の時にホールに着きました。遅れた人用の安い当日チケットというのがあって、6.5 ポンド、日本円で1100円位という安さです。通常のチケットの半額位で、しかも空いている席の最も良さそうなできるだけ中央部に近い所を選んでくれます。これはとてもリーズナブルな良いシステムだと思いました。
- ホールの響きは日本で聴く多目的ホールに近く、ホール全体が響く印象はありませんでした。ただし弦の音がとても柔らかく暖かかったのはホールのせいでしょうか、それともオーケストラのせいでしょうか?チェロが意外と弱く驚きました。指揮者はPhilip Ledgerという初めて聞く人です。演奏は、意外に緊張感にやや欠けた演奏でした。
- 明日からはいよいよ日本フィルの公演が始まります。最初はロイヤル・フェスです。
960425:日本フィル@ロイヤルフェスティバルホール:1F中央部18列目
吉松隆:鳥たちの時代、
ラフマニノフ:パガニーニ・ラプソディ(P:アンドレイ・ガブリーロフ) 、
ファリャ: 三角帽子(Sp:坂本朱)
- 日本フィルのゲネプロは16:30 からで、その前15:00 まではロンドン・フィル(LPO) のリハーサルが入っていました。ロイヤル・フェスをホームグラウンドにしているオーケストラは2つあり、このロンドン・フィルとフィルハーモニアです。やはり彼らは公演会場のホールで日頃のリハーサルもやっている様です。LPO のリハの最後の30分を聴くことができました。管楽器のみによるイギリスの現代作曲家(名前は忘れましたが本人もホールに居ました)の曲でした。終了後、指揮者のフランツ・ウェルザーメストと10分程、話をする時間がありました。LPO は必要なリハーサルのうちの90% をこのロイヤル・フェスでやっており、残り10% は Henry Wood Hallという小型のホールでやっているそうです。ちなみにこのHenry Wood Hall では日本フィルが前日に半日かけてリハをやっており、ステージマネジャーの小林氏によると、大変良い音響で日本フィルもこのような練習所が欲しいとのこと。
- ウェルザーメスト氏によるとロイヤル・フェスの音響はとにかくドライで、ステージに音が返ってこない。演奏していてホールが鳴っているという実感がないそうです。
- さて日フィルの演奏はリハの時からすでにドライな印象で、オケのキャラクターがもろに表に出ます。オケは一生懸命演奏しているのにホールが全然鳴らない感じです。
- 客の入りは6割程度と思われます。ほとんどが1F席に集中していましたので、1F周辺では結構客は入っている印象はありました。もっともホールの客席数自体が大きい(約3000席)ですから、6割としても1800人位は入っている計算になります。
960426:日本フィル@バーミンガム・シンフォニーホール:1F中央部やや前方上手寄→1F中央部やや後方
モーツァルト: 交響曲第35番、
ラフマニノフ:パガニーニ・ラプソディ(P:アンドレイ・ガブリーロフ) 、
ファリャ: 三角帽子(Sp:坂本朱)
- 昨日のロイヤル・フェスとはうって変わって弦のよく鳴るホールです。余韻もありホ ールが鳴っているイメージも十分あります。
- 日本フィルのメンバーも一様にその音響の良さに感心しています。サントリーホールに比べるともっとタイトな響きで、まとまったイメージがあります。サントリーの方が空間的に広がっていてもう少し華やかな 印象です。2~3の楽員に聞いてもどちらが良いとはいいきれないといった反応でした。ただし高音から低音に至るバランスの良さや1~3階席の音響的なバラツキの少なさではバーミンガムの方がかなり良いと思いました。
- 意外だったのがピアノの音で、ピアノについてはむしろロイヤル・フェスの方が良かったように思いました。バーミンガムが決して悪いわけではないのですが、ロイヤル・フェスの方がストレートで綺麗でした。やはり響きの多い空間でのピアノは鬼門なのでしょうか。
- 客の入りはほぼ満席で90% 以上は入っていたと思います。日本フィルもだんだんに乗ってきてとても良いコンサートでお客も大喜びといった感じでした。
- ウィーンのムジークフェラインなどの歴史的なホールは別として、比較的新しい現代のコンサートホールとしては、おそらく世界で最も音響的に良いホールの一つといってよいのではないかと思います。以下、次号に続く。(豊田泰久 記)
Queensland Concervatorium of Musicの試聴
この春、オーストラリア・ブリスベンのクィーンズランド音楽院が竣工・オープンした我々は、地元の設計事務所 Bligh Voller Architect Pty. Ltd. に協力して、音楽院のメイン施設である650 席のホールの室内音響設計と電気音響設備の基本設計を担当した。
ホールは、音楽大学の授業・試験の他に一般の貸し出し用として,さらにQueensland Opera Company のツアー用オペラ・ミュージカルの制作・上演にも使われる。我々は、大学の新学期がスタートした7月末に、最終の音響測定と可変機構の効果の試聴確認のために訪豪した。ホールの形状は、客席幅約20m 、天井高さ15m の箱型である。コンサートとオペラの両立のために、走行式音響反射板、オーケストラピット迫りおよび客席側壁の昇降式吸音パネルが設備されている。また、正面の音響反射板の一部にはステージ空間の響きの微調整のため、開けたとき吸音となる小扉が設けてある。空席状態の残響時間はコンサートモードで 1.7~2.0 秒、オペラモードで 1.3~1.5 秒まで変化する。声楽、各楽器のソロ、アンサンブルとオーケストラ、またオペラモードの合唱付きオーケストラなどのいろいろな音源について、これら可変要素の効果を耳で確認できたのは、たいへん有益で貴重な経験であった。特に、音響反射板に仕込まれた扉を開けて、ステージ空間の響きを多少抑えた状態を好む奏者が多かったのは新鮮な驚きでもあった。協力いただいた教官と学生の皆さんにも、このホールの持つ可能性を確認していただけた良い機会であったと思う。設計・施工システムの異なるオーストラリアでの体験も含めた設計の詳細については、あらためて報告の機会を持ちたい。(小口恵司 記)
シンガポール訪問記
7 月8 ~11日に“プロオーディオ&ライトアジア 96 ”という展示会およびJBLのリリースによるサウンドシステム調整用の“Smaart”というパソコン用ソフトウェアのセミナーに出席することを目的にシンガポールを訪問した。JBLのスマートというソフトは、知人である米国の音響コンサルタント、サム・バーコゥ氏が開発したものである。パソコンを単独で2ch.FFTをベースとするスペクトラムアナライザに変身させるというかなり画期的なソフトである。
これらの測定ツールは、システムの調整方法はいうまでもなく、システムデザインにまで大きな影響を与えるということを改めて実感した。一方の展示会は音響機材が主となるQUIET HALLが商談…会話中心で静かなのに比べて、照明機材が中心となるNOISY HALLは派手な実演ショーで盛り上がっていたのが印象的であった。(稲生 眞 記)